第29話 決戦1

 さあ、あのアントニオな人のテーマ曲そっくりなアニメ劇中音楽が脳内に流れる。詳しくはかんべんしてつかあさい。

「よっし、おっさん俺とプロレ……」と、俺が言った瞬間である。


 ぐちゃり。


 迫力のないモーションから放たれたビンタ一発で俺はミンチになった。

 目算で少なくとも重さ数トンはある塊が、ダンプカーよりも速く俺にぶつかったのだ。

 そりゃ一発で死ぬ。

 幸いヒールをかけていたので俺は一瞬で肉体を再生できた。

 痛い! まじで痛い!

 なるほど。俺は反省していた。

 よく考えれば当たり前のことだ。

 俺とヴァレンティーノはサイズが違いすぎる!

 ゆえにプロレスが成立しない。

 ホント、そりゃ当然だわ。

 誰でもわかるわ。

 俺さっきまでわかんなかったけど。

 腰の入っていない女の子ビンタなのに俺は一発でミンチ。

 だが俺は確信していた。

 ヴァレンティーノはわざわざ肉体を巨大化した。

 元は塔に入っていたはずだ。

 つまりだ、ヴァレンティーノは元のサイズは人並みのはず。

 こっちが正体のはずがない。

 あの女の子ビンタも重量を考えない巨大化で動きが制限されたのだ。

 そりゃタンパク質と骨じゃ、地上ならアフリカ象、海の中ならシロナガスクジラやダイオウイカくらいが最大のはずだ。

 植物だったらビルと同じ大きさのセコイアとか、山一つまるごとキノコってのがあるらしいが、地上の動物だったら重さはせいぜい数トンだ。

 じゃないと重力で内蔵がぶっ潰れる。

 俺ならその状態でも可動できるけど、不死族は無理だろう。

 だって、重すぎてビンタしかできないのだ。

 戦略を捨ててパワーのみを追求しやがったのだ。

 重さは強さに直結する。普通だったら手も足も出ないだろう。


 相手が俺じゃなければな。


 俺はそっと後ろを見る。部下たちはすでに逃げ去っていた。

 偉い。

 今ごろ不死族の残党を狩っているはずだ。役割をわかっている。

 普通の戦いは部下にまかせ、俺は大物狩り。

 これが俺たちの役割分担なのだ。

 不死族と一緒になって部下が逃げたのが見えたけど気にしない。

 絶対に気にしないからな!

 俺に都合がいいように解釈するからな!

 またもやビンタが来る。

 俺は潰され、即座に回復する。

 俺は全てを受けきるつもりだった。

 もっとだ! もっと俺に貴様の熱い思いをぶつけてみろ!

 ぐちゃり。ぐちゃり。

 あははははは!

 その痛みにはなれた!

 ワンパターンな攻撃が俺に通用すると思うなよ!

 

 ヴァレンティーノの目が光る。

 呪いのブレスだ。

 そうだ! それを待っていた。

 俺の全身が呪いで溶けていく。

 そういや化学薬品に漬かって、マッチョなヒーローになる映画があったな。

 モップで悪い連中をぶっ殺していくやつ。

 俺はどうでもいいことを考えながら、呪いをヒールで回復する。

 そして俺は確信した。

 ゲージが溜まった!

 そう俺のプロレス能力は相手の攻撃を受けることでゲージがたまる。

 ゲージがたまることによって特殊アビリティ【おっさん魔法】が使えるようになるのだ!


「行くぞおおおおおおおぉッ!」


 俺は叫ぶ。

 一瞬、ヴァレンティーノがビクッとしたような気がするが気にしたら負けだ。

 俺は病気を思い浮かべる。

 同僚がかかっていた最悪のやつだ。

 全裸の俺の体からカラスが飛び出していく。

 カラスはヴァレンティーノに襲いかかる。


「がッ!」


 ヴァレンティーノが面白くなく、それでいて切実な悲鳴をあげた。

 次の瞬間、ヴァレンティーノが転ぶ。

 俺は巻きぞいでヴァレンティーノに潰された。ぐっちゃり。

 最後まで格好良くいさせてくれよ。ホント。

 だが俺はめげない。

 40年近い人生は屈辱と失敗の連続だったからだ。

 そう屈辱の人生。

 オフィス街のど真ん中で漏らしたことに比べれば、こんなのは屁でもないのだ。

 俺は再生した。

 すると世界は俺の思い通りになっていた。

 ヴァレンティーノは足を押さえて苦しんでいた。

 その悲鳴はなによりも悲痛だった。

 ああ、同情するよ。


「痛いでしょう。それがあなたに虐げられた民の痛みです」


 ヴァレンティーノが受けた呪い。

 それは通風。

 血中の尿酸が結晶を作って関節内で突き刺ささりまくる症状だ。

 別名:おっさんスレイヤー。※ジャギーさん調べ。

 痛い。冗談じゃなく痛い。

 発症者の9割が男という、おっさんを殺すためだけに存在する疾患だ。

 ケ○ーが死んだ!

 この人でなし!

 同僚が悶絶する姿を見て以来、恐怖を感じる日々である。

 お酒飲むのやめよう……。

 この大きさと重量で痛風を起こすなんて悪夢そのものだ。


「な、なんだ。この呪いは! ただ痛みを与えるなんて!

ひい! 痛い! 痛い! いたあああああああいッ!」


 ヴァレンティーノは泣き叫んだ。

 だが残念なお知らせがある。

 俺のゲージはまだ使い尽くしてない。

 俺は俺は何度も何度も死んだ。

 それだけの数、お前の攻撃を受けきったのだ。

 俺は次の病気を思い浮かべる。


「これは亜人たちとレミリアの分!」


 さらに俺からカラスが飛び出す。

 カラスはヴァレンティーノに襲いかかった。


「うごふッ!」


 あ、悶絶した。

 ヴァレンティーノは腰を押さえながら浅く呼吸を繰り返す。もう虫の息のようだ。

 痛いだろう。本当に痛かろうよ。

 おっさんキラーその2。

 椎間板ヘルニア!

 軟骨が神経を圧迫する症状だ。

 痛いし、痺れるし、最悪の場合だと神経の麻痺で動けなくなるのだ。

 痛いなんてもんじゃない。本当に死にたくなる。

 ビリビリするの!

 台風の後とか軽く死にたくなる。

 ヴァレンティーノが、ちょっとかわいそうな気がしてきたぞ。

 だが、まだだ! まだゲージは残っている!


「そして……これがロリの分だああああああぁッ!」


 ロリ死ぬダメ絶対。

 たとえ事情があろうとも子どもを盾に使った時点で貴様は苦しむべきだ。

 わかるか?

 俺はただそれだけのためにお前をぶっ殺しに来た。

 お前は滅びるべきなのだ。


「ひぎゅッ! ぐぎゅッ! や、やめ!」


 ヴァレンティーノが股間を押さえた。

 重すぎて寝返りも満足に打てないようだ。

 おっさんキラーその3にして最凶。

 尿路結石。

 石ができる。ナニとその前の管に。主砲の弾詰まり。

 キング・オブ・ペインと言われていて、その痛みは失神するレベルだ。

 ヤのつく反社会勢力の怖いお兄さんでも耐えられない。

 実は俺はまだかかったことはない。

 だが痛みで軽く死ねるとは聞いている。やーね。

 ヴァレンティーノは口から泡を出しながら悶絶する。


「き、貴様ぁッ! な、なぜだ、なぜこんな仕打ちを……」


 おっさんスレイヤーの効果はばつぐんだ。


「子どもを盾にさえしなければ、私があなたと戦うこともなかったでしょう。

恨むなら愚かな選択をした自分を恨むんですね」


 俺はあくまで平常心だった。

 心に波が立つこともない。

 どこまでも落ち着いていた。

 そして俺は言った。


「決着をつけましょう。元の姿に戻ったら呪いを解除します。

どちらが死んでも責任者としてのつとめを果して死ぬ。

名誉は守られます。

私が勝っても不死族が逆らいさえしなければ、無体なことはしないと誓いましょう」


 これは脅しだ。はっきり言って脅迫だった。

 ヴァレンティーノが断ったら、問答無用で自分ごと火災旋風で焼き尽くす。

 その可能性はある。

 ……とヴァレンティーノに思わせることにした。

 今までのクレイジーな行動はすべてそのための布石だ。

 はい、そこ。たまたま起きたラッキーパンチって言わないの!


「ああ……わかった……貴様と真の姿で殺し合うとしよう」

 

 俺の目論見通り、ヴァレンティーノは俺の提案通り元の姿に戻った。

 どんどんと縮んでいく。

 俺は頭の中で呪いに解除命令を出す。すぐに呪いは解除された。

 人間サイズになったヴァレンティーノは落ちていた剣を広うと、サヤから抜き構えた。


「落ちている剣を取れ、ジャギーよ!」


 だが俺は素手で大きく構えると言った。


「必要ありません」


「つくづく剛のものよ……。

ところでだ……その……全裸だがいいのか?」


 いまさらそこ!

 みんな忘れてると思うのに!


「気にしないでください」


「お、おお……」


 ヴァレンティーノはとりあえず納得した。

 ……この戦いは後に思いっきり美化されるのである。

 だって、全裸の汚いおっさんと半分ミイラが戦うわけよ。

 まさにビジュアルの暴力。

 取り返しのつかない汚点。

 だがそれこそが頂上決戦だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る