第21話 光の使徒

 私はレミリア。

 光の神の使徒にして勇者と呼ばれている。


【レミリアよ。

死と腐敗の王に挑み、これを討ち果たせ】


 突如として腕に刻まれた神託。

 神託は神の意思。

 逆らうことは許されない。

 それが光の神の使徒としての私の役割。

 私は死と腐敗の王ヴァレンティーノの討伐に挑んだ。

 長年ヴァレンティーノに手を焼いていた王国も兵を出すことに同意した。

 王国のヴァレンティーノ討伐遠征軍。その数一万。

 だがヴァレンティーノは狡猾だった。

 騙し討ち、間者による破壊工作、村を全滅させその死体での襲撃。

 思いつく限り最低の手段で我々の軍へ攻撃してきた。

 なんということだろう。

 ヴァレンティーノの居城に到達するまでに兵は半分以下になっていた。

 それも面白半分に。

 私はわかっていた。

 ヴァレンティーノは本気を出してない。

 ただ遊んでいるだけなのだ。

 だが勝利を確信する兵たちを前に口にできなかった。

 私は光の使徒なのだ。

 神の意思に疑念を生じたかのような発言だけは許されない。


 辛く苦しい旅の果て、ヴァレンティーノの居城までたどり着いた。

 これで解放される。

 兵たちは喜んだ。

 だが……それは生からの解放にすぎなかった。

 魔法では滅することのできない圧倒的な回復力。

 草すらも死に絶える毒の息吹。

 存在自体が死に至る毒。

 それがヴァレンティーノだった。


 結果は返り討ち。

 私の刃はヴァレンティーノの足元にすら届かなかった。

 随伴した騎士の七割が死に、残りは再起不能になった。

 私や仲間たちも半死半生の傷を負った。

 それは完全敗北だった。

 私たちはヴァレンティーノに一矢報いることもなく命からがら逃げ帰った。

 片手を失ったもの。

 全身を焼かれ意識が戻らないもの。

 毒や呪いで今も死に向かいつつあるもの。

 生き残った兵たちも死に向かっていた。

 私も片眼を失った。

 それだけではない。

 目を失った時にヴァレンティーノに呪われた。

 外から見ると火傷の跡に見えるが、呪いは徐々に体に広がっていた。

 心臓まで届いたとき、私は灰になって死ぬだろう。

 徐々に手足の自由がなくなってくる。

 動けなくなるのも時間の問題だった。

 私は体を治すためにあらゆる手段を試した。

 教会の秘術。

 光の最高治癒魔法。

 エルダーエルフにまで会って助言を求めた。

 だがどれも効果はなかった。

 人の身では、七人の魔王の力にあらがうことはできないのだろう。

 やつらの圧倒的な力は生物の範疇を超えている。

 地震や嵐のようなもの。

 それらが意思を持った存在。

 神に近い存在、それが魔王なのだ。

 それと同時に神の意思に疑念が生じていた。

 神はなんのために。

 なんのために無駄な犠牲を払ったのでしょうか!

 私は死を覚悟していた。


 そして私には死より大事なことがあった。

 私たちのパーティの中で唯一無事だったリオーネ。

 エルフの姫である彼女だけは守らなければならない。

 命を狙うものだけではない。

 彼女の政治的立場もだ。

 失敗した勇者である私から遠ざけねばならない。

 私が死ぬ前に。

 だが私はそれを口に出せずにいた。

 死が怖かった。

 いや孤独に死ぬのが怖かったのだ。

 絶望とはこのことだと私は理解した。


 そんなある日のことだった。

 私は地方のとある街に訪れた。

 獣人族に会いに行くその途中の街にいた。

 獣人族の秘薬。

 どんな病気でもたちどころに治すという薬の情報を私たちは得た。

 それは私の体を治す可能性のあるものだ。

 だがおそらく情報は嘘だろう。

 今まで何度もあったことだ。


 これがダメなら暗黒神の使徒を探さなければならない。

 暗黒神の使徒は神のことわりを曲げ、人の命を操る。

 その数は他の神の使徒と比べて、極端に少なく一時代に一人しか現れないとも言われている。

 謎に包まれた存在だ。

 それこそガセ情報よりも怪しいものだ。

 存在したとしても私の命が尽きるよりも先に見つけることは困難だろう。

 だがその日、私は出会ってしまった。

 突然に……偶然に……。


「やっほーお姉さん♪」


 それは中年の男だった。

 普通の人間ならそう感じただろう。

 だが光の使徒である私にはわかった。

 彼は闇の使徒だ。


(強い……)


 それが第一印象だった。

 魔王ヴァレンティーノと同格の強さ。

 本当の力を隠しているだけかもしれない。

 襲われたら、私たちは逃げることもできずに死ぬだろう。

 私は戦うことを覚悟した。

 だが、その男はふざけた動きで私に寄ってくると、私の眼帯をむんずと取り上げた。


(恥ずかしい!)


 戦闘意欲や憎しみよりも羞恥が先に立った。

 私は顔を真っ赤にしながら聖剣に手をかけた。

 だが彼はそんな私に言った。


「傷を治しましょう。ヒール」


 死の呪いが解けるのがわかった。

 リオーネがなにかを叫んだが、私の耳には入らなかった。

 なぜ光の神はこんな試練を私に与えたのだろうか?

 私はパニックを起こして固まっていた。

 すると男は言った。


「あ、ごめん。勝手に治しちゃった! 美しいお嬢さん。えへへへへ……」


 そして男は謝罪を述べて逃げ出した。


「うううううう、美しい!?」


 そんな言葉をかけてもらったことはない。

 幼少より魔王を殺すための武器として鍛錬に次ぐ鍛錬を課せられ完成した兵器だ。

 女の幸せなど得られるはずがない。

 光の使徒というだけで男たちは縮み上がるのだ。

 この男はなにを言っているのだろう?

 自分が女として見られていると感じた瞬間、私は顔をさらに真っ赤にした。

 変な男だ。

 だがまた逢いたいと思わせる面白い男だった。


 ……なんて一人で納得していたところ、男が8番目の魔王になろうとした不死族を討伐したとの報が舞い込んだ。

 彼しかいない!

 しかも獣人族最強の戦士と名高いカサンドラをものにしたらしい。

 具体的な意味はわからないが……。

 民は彼を「勇者」と呼んで慕っているらしい。

 ……さすがだ。


 そして彼の素性に関する情報を得た次の日……。

 私は彼がヴァレンティーノ討伐に旅だったことを知った。

 なんと高潔な魂を持つものだろうか。

 彼を助けねば!

 私は決心した。

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