第20話 さらば街よ……。
クレストンを殺した次の日。
子どもたちは解放された。
アレックスさんが金を出してくれたのだ。
最終的に税金になって奴隷商に降りかかってるという現実は見えないし、見ない。
子どもたちは、とりあえずカサンドラに預けている。
俺はと言うとだ……街を出ることにした。
いまや俺は街を不死族から救ったヒーローだった。
アレックスさんと組んでこの街に君臨することも可能だろう。
だが待って欲しい。
街の人やアレックスさんの立場になって考えて欲しい。
誰も勝てない化け物を素手で滅ぼした圧倒的暴力。
それが隣に住んでいるなんて悪夢そのものだろう。
さらに言えば、俺は気心が知れている地元の人間でもなければ、土地に縛られた農民でもない。
ただの異物でしかない。
それはアレックスさんも同じだろう。
俺の役目は終わり利用価値のない爆弾へと変わったのだ。
名声を維持することほど難しいことはない。
つまりだ……ここらが潮時だ。
街を出るときが来たのだ。
……やりすぎちゃったから夜逃げするわけじゃないのヨ。
ティアの養子の話も切り出せなくなっちゃった……。
俺はティアを連れて領主の館を出た。
旅立つことを伝えるのは悪手だ。
監視をつけられてしまうだろう。
俺はなるべく自由でいたいのだ。
それに俺の次の計画を知ればアレックスさんにも危険が生じるだろう。
何日も食客として食わせてもらったのだ。
多少の情はあるし、それは避けたい。
俺たちは、集会所へ向かう。
特別に使わせてもらっていた施設だ。
俺たちが集会所に入ると女性が俺に抱きついてきた。
「ダーリン♪」
抱きついてきた女性はスリスリしてくる。
なんというか……カサンドラだ。
においつけだろう。
こういうところは可愛いのだが……。
性生活の価値観の不一致が激しい。いや無理。
内臓ほじる人はダメ!
俺がスリスリされていると、ティアの顔がみるみるうちに不機嫌に変わっていく。
そんなティアを見るとカサンドラは聞いた。
ちょ、空気読めよ!
「この娘は?」
ティアはハイライトのない黒目で言った。
「ジャギー様の性奴隷のティアです。
なにその風評被害!
やめて! 俺、紳士だったよね!
ほんと怖いから!
まじでやめて!
ヤンデレに一回刺されてみたいとは思ったけど、リアルはらめぇッ!
「……
もうね、このマセガキ! そういうのやめて!
こいつはカサンドラ。俺の護衛だ」
「へー、ダーリン。娘いたんだ。
ティアちゃんよろしくね。ママって呼んでね」
ハニーがダーリンの個人情報に興味がなさすぎる件。
カサンドラは俺の頑丈さにしか興味がないのだ。
いや本能的には正しいのだろうが……財布しか見られないのよりはマシか……
なんだろう。思ってたのと違う!
ティアはというと、額にしわを寄せてカサンドラを眺めている。
「……カサンドラってもしかして獅子族?」
『ママ』などとはけっして口にしない。娘よ。偉い!
ティアが聞くと、カサンドラは優しい声で答える。
こいつ子どもには優しいな。
「うん。そうだよ」
「なんだ獅子族か。それじゃあ仕方ねえな。
獅子族は浮気に入らねえ。
おっさん、アンタ勇者だったんだな……」
「ねえねえ、ティアちゃん。なんでさあ、どいつもこいつも俺を神とか勇者呼ばわりするの?」
俺はクレストンを倒すために呼ばれた勇者に違いない。
だが住民の勇者呼ばわりは『勇者(笑)』なのだ!
なんなのお前ら!
「だってよ、獅子族と寝るってのは女道楽の最後に行き着く場所だぜ。
獅子族とやってはらわた食い破られる話なんて耳にたこができるほど聞いたぜ。
獅子族を嫁にするってのは地獄をくぐり抜けた勇者のやることってね」
なんでこの世界って地獄の先にまた地獄があるの!?
ねえ、なんで!
「獅子族との婚姻ってのは昔からの男の夢だぞダーリン!」
こいつら狂ってる。
なにせ確実に死ぬからな。
『青い鯨ゲーム』とかシナモンチャレンジみたいなものだろう。
だから生き残ったら勇者扱いというわけか……なるほど。
アホか!
それで生き神扱いか!
しかも子孫繁栄の神って!
「まあいい……カサンドラ、獣人の里に子どもたちを返しに行くぞ」
お家に帰す。
これが一番だ。
ついでにカサンドラも実家に帰そう。
「ああ。我ら獅子族はダーリンに永遠の忠誠を誓い、ハーレムを進呈するだろう」
俺はサファリパークに投げ込まれた肉ですね。
よくわかります……って、そういうのはハーレムって言わねえ!
なぜかクレストンの気持ちがわかってきたぞ。
「ティアも行くぞ。この街とはこれで最後だ」
「うん、おっさん」
俺たちは街の門へ行く。
するとそこにアレックさんたちが待っていた。
「バレましたか……あはははは」
俺はポリポリと頭をかいた。
アレックスさんは俺に袋を押しつける。
「ジャギー殿。これを持って行ってくれ。
離れ離れになろうとも我らは友だ。
旅が終わったら帰ってこい。部屋はあけておく」
袋はずしりと重い。
なるほど。この重さは金貨だろう。
……手切れ金……にしては多い。
マジで感謝の印……なのか?
俺は戸惑いつつも感謝を述べる。
「ありがとうございます」
アレックさんは俺にハグをする。
こういう暑苦しいの嫌いじゃないよ。
こうして俺たちは獣人の里を目指すことになったのだ。
街の外に出る。
子どもたちは手を繋いで一列に並ばせている。
いなくなったら困るからな。
気を張っていると男が俺たちの方に来るのが見えた。
武器屋のオヤジだ。
「おーいジャギーの旦那ぁ!」
あー……俺わかっちゃった……
もうね、ぜんぶわかっちゃった。
「はあ……武器屋の親父さん。アンタ、魔王軍の間者だな」
俺がそう言うと武器屋のオヤジの表情が凍り付いた。
それほど驚くことでもないだろう?
俺に警告なんかするし、今このタイミングで現れた。
アレックスさんはここまで気が利くタイプじゃない。
ゆえに雇い主は魔王軍の誰か、という事になる。
「……それで、なんの用ですか?」
「ええ。我々は貴方が神託の8番目の魔王様であると考えてます」
俺は勇者なんだけどね。
「まあ、なんにせよ8番目にはなりませんよ」
「はっはっは。そりゃどうして?
魔王になりゃどんな願いでも叶いますぜ。金も女も暴力も意のままです」
「違いますよ。
「……どういう意味ですか?」
「魔王に欠番が出るって意味ですよ」
「ご、ご冗談を……はははは……」
武器屋の親父は愛想笑いをした。
だが俺は大真面目だ。
「不死族の王をこれから殺しに行きますので」
「またまたぁ……」
武器屋はそう言いながらもカタカタと小刻みに震えた。
だから俺は言った。
「カサンドラ! 同胞の子どもがさらわれ、救出部隊が味方の裏切りで死んだらどうする?」
「むろん報復だ。こちらが全滅するか、裏切った奴らを皆殺しにするか……最後まで戦うことになるだろう」
カサンドラは牙をむく。
ここからは憶測だ。
子どもがさらわれたのはカサンドラを呼び出すため。
おそらくカサンドラは生け贄候補だったのだろう。
それを理解していたのか武器屋の顔が青くなり、膝はカクカクと震えていた。
「わかりましたか。
俺たちはこれから獣人族をまとめ不死族に戦争をしかける予定です。魔王軍に伝えてください。
今から魔王が一人いなくなると」
ロリ死ぬダメ絶対。
俺はこれだけは首尾一貫している。
ロリを危険にさらしたのだ。許されるはずがない。
「わかりましたね?」
「は、はい! か、必ず、つ、伝えます!」
武器屋は走って逃げていった。
「ダーリンのそういう所が大好き♪」
カサンドラが俺に抱きつく。
そしてがぶりと首に噛みついた。
血がドバァっと噴きだした。
痛いっす。マジ痛いっす。ヒール、ヒール!
俺は泣きそうになりながらも空元気を出した。
「さあーて、獣人族の里を目指しますか」
俺はティアの手を握る。
迷子になったら困るからな。
人の首にかぶりつく悪い子はスルー。
待ってろよ獣人族!
なぜか俺の頭の中であのサファリパークのテーマ曲が流れた。
ギャ●ンのテーマ歌ってる人の。
そういや前にも頭の中に流れたな。
……あれ? これって死亡フラグ?
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