第16話 悪の栄える時代にようこそヒャッハー!

「せっかくだからこのヘルメットに決めた」


 俺は言った。

 某コンバットさんだってこれを選ぶはず。


「なんだその悪趣味な兜は……」


 カサンドラが呆れている。

 中途半端に隙間が空いていて、敵からは血走った目が見えるデザインの鉄仮面だ。

 みんなが思い描いているアレでだいたいあってる。

 だってさ、詳しくは描写できないけどさ、このフォルムにこの昔のアニメみたいなカラーリングよ。

 マストバイでしょ? 名前的に。


「おいくらですか? そこの剣も含めて」


 俺が武器屋の親父に言うとカサンドラが手に取った剣をさりげなく俺に渡す。

 はいはい。これもね。

 ところでショットガンない?

 できればソードオフのやつ。

 あと鋲のついた皮ジャケット。

 そしたらおじさん愛を知らないアウトローになるから。

 という俺の心の内を知らず、カサンドラが言った。


「あとそこのナイフ」


「剣とそこのナイフも含めて、お会計お願いします」


 俺が言うと、ひげ面の店主はやる気なく言った。


「どれも売れ残りだ。お代はいらない。持っていけ」


 なぜか投げやりだ。

 なにかおかしい。


「なにかあったんですか?」


 店主はため息をついた。

 そして俺を見据えて言った。


「騎士団に殺される前に商売をたたむのさ……この街にはいられねえ。

あんた、ネクロマンサー討伐で噂になってるジャギーさんだろ?

金はいらない。お前らにそれはやる。その代わり……」


 店主は左腕をまくって俺に見せた。

 なるほど……手首から先がない。

 俺はヒールをかける。

 にょきにょきと手が生えてきた。

 ホントすげえなこの力。


「ありがとよ。若い頃に戦場でなくしてな。

……そこの槍も持っていけ。そこの姐さんに持たせてやんな」


 カサンドラは槍を取ると笑う。


「アンタがネクロマンサーを? 本当かよ!」


 なぜか背中をバンバンと叩いてくる。

 痛いっす。


「それにその回復魔法。アンタただもんじゃねえな」


 なぜか急にカサンドラの態度が軟化した。

 やたら愛想がいい。

 なぜか高感度が上がったでゴザル。

 俺が困っていると店主が言った。


「獣人ってのは強くて頑丈・・なやつが好きなのさ。特にそこの姐さんはな。それと……お前さん、冒険者ギルドには気をつけろ」


 不穏な台詞だ。

 強いはわかるとして、頑丈ってなによそれ。

 ATM呼ばわりよりはだいぶマシだけど。

 武器屋の態度を見るとセクハラジョークでもないし……


「どういう意味ですか?」


 ううー、気になる。


「そこの姐さんならわかるさ」


 武器屋はそれだけ言った。

 ……俺はわかんないっす。

 誰か説明してください!


 買いものが終わると、俺たちは冒険者ギルドに行く。

 俺は元気よく扉を開ける。

 ここはパリピで行こう!


「ちょりーっす!」


「ぎゃあああああああああああああッ! ジャギーが来たぞおおおおッ!」


 なぜか冒険者が我先にと逃げ出す。

 カサンドラは冒険者が去って行くのを見て俺に言う。


「旦那ぁ。あんたなにをやった?」


「秘密」


 おじさんわかんにゃい。

 というのは冗談で、力を制御できずに一人を殺しかけたなどと言えるはずもない。格好悪い。

 カサンドラは一瞬変な表情をしたが、それ以上は聞かなかった。

 俺たちはガンツの所へ行く。

 ガンツはこの間の余裕はどこへやら。立ち上がって怒鳴った。


「じゃ、ジャギー! てめえなんの用だ!」


「仕事を貰いに……ですが?」


 俺がそう答えるとガンツは「うッ」とうなった。

 なにか隠しているようだ。

 後ろめたいからビクンビクンって反応しちゃったんですね。よくわかります。

 カサンドラは笑顔でガンツに近づく。そしてむんずと胸倉をつかんだ。


「おい、お前。なにか隠しているな? 嘘のにおいがするぜ」


 カサンドラはそう言うとガンツを片手で持ち上げ、テーブルに叩きつけた。

 きゃー! かっこいい!

 カサンドラはガンツの胸ぐらを掴んで起こす。

 片方の手にはナイフが握られている。

 早すぎてナイフを抜いたのが見えなかった。

 他人様を殴りなれている動きだ。今後の参考にしよう。


「げえ、俺は……なにも隠してない……」


 ガンツがそう言うと、カサンドラはガンツの鼻目がけて頭突きをお見舞いした。

 ガンツの鮮血に近いサラサラ鼻血が飛んだ。

 あ、鼻折れたわ。

 うっわ! 怖ッ!


「そこの旦那に聞いたぞ。

ネクロマンサーが出たってな。

脆弱かつ貴重なネクロマンサーが一人でいた?

バカを言え。最低でもオーク族や獣人族の30人規模の護衛部隊がいたはずだ。

いや不死族ノスフェラトゥがいてもおかしくないはずだ。

お前らはなにを隠している。言え!」


 そっかー……護衛か。そりゃいるよね。

 軍隊が日常から切り離されてる日本人じゃわからん感覚だわ。

 俺が冷静に眺めていると、カサンドラはダメ押しにガンツの後頭部をテーブルに叩きつけた。

 くぐもった低い音がした。

 うっわー、容赦ないわー。


「お、おでは知らない!」


 ガンツが叫んだ。

 鼻が潰れているから滑舌が悪い。

 するとカサンドラはナイフをガンツの耳に突き刺した。サクッとな。

 いやー! 怖い!

 俺はホラー映画のヒロインみたいになっていた。


「ぎゃあああああああああああああッ!

ふ、ふっざけんな! ごろす! でめえは殺してやる!」


 ガンツは泣き叫び憎悪を口にした。

 この状態で虚勢を張っているのに少しだけ感心した。

 俺だったら最初の時点でごめんなさいしてる。

 がんばれガンツ!


「うるせえんだよ。次は指を落とすぞ!」


 カサンドラが怒鳴った。

 やめてガンツのSAN値はゼロよ!

 だがガンツは口を割らない。

 やれやれ、青いな。

 恫喝ってのはただ暴力を振るえばいいってものじゃない。

 心を折ることが必要だ。

 ここは年長者として助け船を出してやるか。


「小うるさい男だ。カサンドラ、舌を切り取りましょう。

なあに私がこの男の脳みそを直接覗けばいいだけです。

まあ苦しんで死にますがね」


 俺は嗤いながら手を伸ばす。と、いう演出だ。

 何度も言うが俺は脳みそに手を突っ込む度胸はない。

 だって怖いじゃん。

 虫とか臓物とか脳みそはかんべんな!

 俺の手が額に触れそうになった瞬間、ガンツが泣き叫んだ。


「ひいいいいいいいいッ!!!

い、言いまず! 言いまずがらぁッ!」


 よし、俺への恐怖が刻み込まれている!

 えらいえらい。

 ガンツは泣きながら言った。


「騎士団だ!

騎士団の命令で討伐依頼を隠じたんだ。

クレストンの野郎に頼まれだんだ! 頼む、命だけは助けてぐれ!」


 殺す気はない。だって大事な証人よ。

 俺はガンツにヒールをかける。


「カサンドラ、放してあげなさい」


 俺は水戸のジジイ風に言った。

 カサンドラは素直にガンツを離した。

 ふむ……その……なんだ。

 俺とカサンドラって相性よくない?

 あくまで仕事のパートナーとしての話だけど。


「旦那。これからどうするんだい」


「そりゃいつかは殺さなきゃならん相手です。今殺すか、それとも……」


 子どもを救うためにはクレストンは邪魔だ。

 俺の邪魔をするものはさっさと抹殺である。

 法律? モラル?

 就職氷河期世代ってのは食うか食われるかの人生を歩んできたのだ。

 それがちょっとハードコアになっただけ。

 今は子ども優先。障害物はサクサク排除だ。

 やっぱり殺そう。

 俺たちはガンツを放って置いて外に出る。

 そのときだった。


「ジャギイイイイイイイィッ! 死ねえええええええ!」


 ガンツが槍を持って突っ込んできた。

 あーあ、そういうことね。

 俺に話しちゃった時点で後がないのね。

 俺に殺されるのがわかっているのにやめられない。

 つまりクレストンは俺よりヤバい相手ってことか。

 俺は槍をよけなかった。

 俺の胸に槍が突き刺さる。

 だが俺は余裕だった。

 なぜならヒールをかけたからな……痛いわボケェッ!

 俺は怒りの全てを俺に突き刺さる槍に手刀でぶつけた。

 俺のチョップで槍はまるで紙のように容易くへし折れる。

 なんか俺、パワーアップしてね?

 あと痛いのだけは変わらない。

 神様……一度話し合いませんか? サシで。


「旦那ぁ!」


 カサンドラが叫んだ。

 俺はカサンドラを『なにもするな』と手を出して伝えると、一気に槍を引っこ抜いた。

 痛ッてえええええ! 矢で射られたときより痛え! しかも異物が内臓を通り抜けていく感覚が嫌すぎる!

 ずおおおおって音がする!

 神経に触ってぞわわってする!

 ホント。もうねヒール、ヒール!

 でもこれは必要な演出だ。我慢だ、我慢!

 俺の体から鮮血が噴水のように噴き出す。

 俺の中暖かいナリ。

 だが次の瞬間には俺の傷は何もなかったように塞がった。

 だんだんと人間離れしていくな。

 それを見たガンツは腰を抜かしへたり込んだ。


「だ、旦那! お前も不死族ノスフェラトゥだったのか!」


 ガンツは口角から泡を出しながら言った。

 あー、こりゃ胃に相当なダメージが行ってるね。

 わかる。おじさんも入院前そうなった。

 カサンドラも驚いている。

 俺は一人冷静に考えていた。


「お前も」……ね。なるほどね。


 おじさん真相わかっちゃった。


「違いますよ。ただの人間です」


 そう言いながら俺は、腰を抜かしてへたりこむガンツを引っこ抜く。

 もう重要な情報は聞き出した。

 あとは制裁を加えるだけだ。

 だってムカつくもの。

 俺はそのままブレーンバスターの体勢で持ち上げ、脇に頭から落とす。


 ノーザンライトボム!


 ガンツは床に突き刺さった。

 俺は一応ヒールをかけておく。


「旦那……接近戦もできたのか……」


「嗜む程度に」


「人間の格闘術でこういうのがあるって聞いたことがあったな……まあいい。

そいつ殺さないのか?」


「騎士団長を殺すのに証人が必要ですから」


「そうか……でもいいのか? 相手は騎士団長だろ?」


「クレストンはすでに魔王軍側、それも不死族でしょうけどね」


 カサンドラは目を見開いた。

 驚いているようだ。


「お、おい。そりゃどういう……」


「そりゃね。ガンツは私を見て『お前も不死族だったのか!』って言いました。

つまり……直接会ったわけです。不死族の誰かに。

それもごく最近にね。

不死族ってのはありふれた種族じゃないでしょ?」


「ああ、数は少ない。よくわかったな」


 人間と同等かそれ以上に知能が高く、死なない種族の数が多いはずがない。

 繁殖力が高ければ人間はすでに絶滅してるか、家畜にされてるはずだからだ。


「ガンツは騎士団の不自然な指令を受けた。

誰の要請で? なぜこんなに怯えて?

騎士団の方もなぜか討伐依頼を止めている。

アレックスさんにもたらされるはずの新しい魔王の出現を知らせる神託までもね。

そこから考えればクレストンは高確率で不死族でしょうね。

そうそう、こんな状態ですと魔王軍への反逆になっちゃうので、カサンドラは騎士団長殺しには参加しなくていいですよ」


 若い者をかばって泥を被るのは、おっさんの役目なのさ。

 だがカサンドラは首を振った。


「いや……旦那について行くよ。私にも理由ができた」


 なんだろうね?

 まあ深くは聞かないけど。

 これでクレストンを殺す理由ができた。

 クレストンが俺の予想通り不死族なら報償金も出るだろう。

 魔王だったらもっとだろう。

 金は別として邪魔だから近いうちに殺さなきゃならんかったけどな!

 それで子どもたちを買って保護するのだ。

 そしたらカサンドラに子どもたちを引き渡して獣人族に返してもらえばいい。

 そのあと俺は街を出て悠々自適に暮らせばいい。

 ティアも経歴を偽造したら適当なところに養子に出そう。

 アレックスさんは中途半端に善人だから、彼に任せれば悪いようにはしないだろう。

 それですべてはうまく行くと思う。

 具体的な計画がまとまった俺は例のヘルメットを被った。


 まあね、の栄える時代がやって来たって事よ。

 

 おじさんの世紀末ドリブル見せつけてやる!

 ……ギリギリの線を攻める台詞を言ってみたかっただけ。

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