第14話 ジャギーさん、新世界の神になる

 帰ってくると俺はアレックスさんに呼ばれた。

 執務室に行くと、アレックスさんはクスクスと笑っていた。


「くっくっく、ジャギー殿。よくやってくれましたな」


 怒られるかと思ったが、アレックスさんは喜んでいるようだ。


「調子に乗って処刑を繰り返した騎士団もすっかり大人しくなったそうですよ」


 なるほど。殺しておけばよかった。

 あの戦いで俺が得たのは『不死身でも痛いもんは痛い』ということだけだ。

 殴られれば頭がぼうっとするし、腹パンされれば気持ち悪くなる。

 金的なんかされたら地獄の苦しみだ。

 ヒールがあっても心は折れそうだ。

 あとプロレス最高。


「これで私が殺されることもなかろう」


「それはどうでしょうね……」


 俺は言った。

 それは甘いよアレックスさん。


「アレックス様がどういう状態で裏切られたか。それは私にはわかりません。

ですが騎士団はすでにアレックス様に弓を引いた身。

貴方を殺さねば次に死ぬのは自分たち……と考えているはずです」


「私が一言『許す』と言い渡せばどうなる?」


「口約束に意味はありません。

もう彼らはアレックス様を殺さねばならないのです」


 裏切って消そうとした時点で主従関係は終わりだ。

 許したところでお互いに信用を取り戻すことはできないだろう。

 なにがあっても殺さねばならない。


「……わかった。ジャギー殿が言うのならそうなのだろう」


 よくわからない理由で納得された。


「では近日中に騎士団と対決することになるだろう。我々は一蓮托生だ。

勝てば……勝ちさえすればジャギー殿に最大の便宜を図ることを約束致しよう」


「わかりました。では対決の前の仕込みをしてきましょう」


 俺は微笑んだ。

 なにせ確実に勝利をつかむ手段を思いついたのだ。

 ところでケモ耳ハーレムマダァッ?


 次の日、外に出ると俺は路上に放置されていた病人にヒールをかける。

 野垂れ死に寸前だった男は、みるみるうちに元気を取り戻した。


「……ジャギーの旦那。今、あんたなにをやった」


 頭のはげ上がった男が俺に声をかけた。

 知らない人だ。

 誰だコイツ。

 どうやら俺は市場のプロレスで有名になっていたようだ。

 それなら話は早い。

 俺はなるべく慈愛をたたえた眼差しを向けた。


「治療ですよ。領主アレックス様のご命令で病人の治療をしております」


「だ、旦那……か、金は!?

回復魔法に払う金なんて俺たちにはねえぞ!」


「もちろん無料ですよ。さあ、病人の元へ案内してください」


 俺は、さも男が案内をすることが当たり前であるかのように誘導した。


「お、おう。そこの家の婆さんが肺の病気を患ってるけど」


 俺はズカズカと婆さんの家に侵入する。

 中には婆さんが寝ていた。

 日本なら不法侵入になるのは気にしないことにする。

 俺は婆さんが死んでないか確認する。

 ギリギリ生きている。

 呼吸は荒く苦しそうだ。

 俺は救世主気分で婆さんにヒールをかける。

 婆さんの呼吸は元に戻り、顔色もよくなる。


「うおおおおおおッ!」


 すでに外にはギャラリーが集まっていた。

 そりゃ無料の治療なんて、見世物になるわな。

 だがそれが俺の狙いだった。

 くくく、我が知略を見よ!

 俺の狙いは民衆を味方につけることだ。

 そして俺の世界はありとあらゆる新興宗教がしのぎを削る、カルトヒャッハー世界。

 民衆の心の掴み方など小学生でも知っているわ!

 思うにこの世界は金で命を買うのが常識だ。

 しかも横暴な騎士団が民衆の命を水のように扱っているわけだ。

 そして、そこに現れた救世主。

 つまり俺だ。

 俺がときには騎士団と戦い、ときには民の命を救う。

 そして裏では俺様教を布教しまくってくれる!

 さーて、民衆はどちらに着くかな?

 騎士団が勝つシナリオも充分ありえるが、作戦としては悪くないはずだ。

 俺はあくまで慈悲深い顔をしながら集まった民衆に言った。


「みなさん。広場に病人を集めてください! 一気に治療します」


 エリアヒール的なものもできると思う。

 いやできる!

 根拠はないが自信があった。

 俺の思惑通り、すぐに人が集まってくる。

 ほとんどは病人ではない。

 面白そうだから集まった野次馬だ。

 そもそも重病人はここまで来られないのだ。

 たまに後遺症や怪我人が混じっている。

 よし、勝った! 俺の勝ちだ!

 俺はあくまで慈愛に満ちたゲス顔で言った。


「みなさん! これから治療をいたします!」


 俺はエリアヒールをする。

 ヒールの魔法で空間を大きめにイメージ。

 あとはヒールと同じである。

 俺が指定した空間の人々が光り出す。

 よっし、成功だ。


「うおおおおッ! なくしたはずの腕がああああああッ!」


 うん?


「なんて事だ! 足が! 足が動く!」


 お、おう。


「お父さんの髪の毛がああああああッ!」


 ……おう。

 なんか思ったより効果が高いが、想定の範囲だ。

 素晴らしいヒールだ。

 どんなに手加減しても魔法の効果は激しく高い。

 しょうもない症状まで治った辺りの人々は興奮する。

 俺は特に素晴らしいことをした気はしないが、なにせ無料である。

 代金の代わりに住民が次々と、適当かつ大げさな賛辞を口にする。


「か、神の使徒が降臨なされた……」


「なんと! ありがたやありがたや……」


「生きててよかった」


 民は俺を尊敬の眼差しで見ていた。

 やべえクセになる!

 俺は日本では募金すらほとんどしたことがない。

 だから知らなかった。

 神様プレイがこんなに気持ちいいものだとは。

 その魅力はこのまま新世界の神になっていいと思わせるほどだ。

 だが俺は40歳を目前にした汚いおっさんだ。

 ティーンだったら勘違いの一つもするだろう。

 だが俺は自分の内面が神から遠いのをちゃんとわかっている。

 それが分別ってやつだ。

『殺人鬼がなに言ってやがるんだ』っていう突っ込みはナシの方向性で。

 俺は民衆に言った。


「また明日も来ます。体調の悪いものがいれば連れてきてください」


 俺を褒め称える声が聞こえる。

 その声を背中に受けながら、俺はその場を立ち去った。


 ……るんたったーるんたったー♪

 俺は広場から離れるとスキップしながら領主の館に戻る。

 さすがにちょっとハイテンションになっていた。

 なにせこの人殺しに特化されたクソチートの有効利用ができたのだ。

 嬉しくないはずがないだろ?

 しばらくスキップすると身なりの良い女性二人組が道の先に見えた。

 背の高い赤い髪の女性と金髪の少女だ。

 まあ、かわいい。

 赤髪の女性は剣士のようだ。

 なにせ剣を腰に差してるし、隙がない。

 この街の騎士どもと比べたら雲泥の差だ。こりゃ相当強いのだろう。

 そして背の高い女性の右目には革の眼帯が装着されていた。

 眼帯の脇からは、こめかみまである痛々しい古傷が見えていた。

 さて……このとき俺はハイテンションだった。

 褒められたこともあるが、それでもかなり調子に乗っていた。


「やっほーお姉さん♪」


 俺はナンパするかのように軽い口調で話しかけた。

 なぜ俺はこのとき二人に近づいてしまったのだろうか?

 もしかするとヒールの副作用はハイになることなのかもしれない。

 俺は女性側からすれば痴漢行為とおもわれるようなことをしてしまったのだ。

 バカじゃないの俺!

 なぜか俺は女性の眼帯に手をかけ、取ってしまう。

 顔半分に広がる火傷の跡が顕わになった。

 目はくぼみ、傷は引きつっていた。

 女性の顔が羞恥と怒りに染まる。

 俺はその表情がわかっていながら、手をかざし小さく唱えた。


「傷を治しましょう。ヒール」


 女性の顔の傷が消滅し、美しい顔に戻っていく。

 あら、かわいい。めんこい子だわ。美少女って本当に存在するのね。


「そ、そんな! エルダーエルフでも解けなかった致死の呪いのはずなのに!

れ、レミリア、呪いが解けた。呪いが解けたの!」


 金髪の少女が涙を流しながら赤毛の女性に抱きついた。

 眼帯の女性は口元をわなわなと震わせ、剣に手をかけながら固まっていた。

 剣を手にかけたのが怒りで、固まったのが理性だろう。

 頭の中で情報の整理がつかなかったようだ。

 俺はこの時点で間違いに気づいた。

 なにやってんの……俺。


「あ、ごめん。勝手に治しちゃった! 美しいお嬢さん。えへへへへ……」


 俺は愛想笑いをすると、


「すいませんでしたー!」


 と深々と頭を下げて謝罪した。

 たとえそれが結果的に善行だとしても、女性を傷つけたなら謝罪せねばならない。

 それが……おっさんのさだめ。……鉄道の中とかな。

 赤毛の女性が真っ赤になる。


「うううううう、美しい!?」


 あ、フリーズしてる。

 って、うおおおおおお!

 俺なに言ってんの!


「あ……すいませんでしたー!」


 俺はまた謝った。

 やっべ、セクハラしてしまった。

 会社だったら速攻でつるし上げられるレベルだ。

 だめだ、なにをやっても悪い方に行く。

 ここは逃げるぞ!

 でもね……おじさん、若い子がきれいになってくれるとうれしい。

 特に人殺しばかりしてると本当にそう思う。

 俺は女性に眼帯を手渡すと逃げるようにその場を去った。

 女性は真っ赤になりながら固まっていた。

 ……なんでこんなことをしたんだろうね?

 俺もよくわからん。

 でも悪いことじゃないはずだ。

 さてさて、これがまた面倒なことになるんだわ。

 いや、後から考えればこの出会いは神に仕組まれた運命だったのかもしれない。

 でも……それを俺が知るのはまだ先のことだ。

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