第13話 ティアとお出かけ (暴力編)
俺の前に立ちはだかる四人の男。
仮にこいつらは筋肉ブラザーとしよう。
めんどうだからブラザーでいいや。
「おい、お前ら」
ブラザーの一人、筋肉Aが俺に言った。
あら凄い大胸筋。強そう。
俺の脂身100%の巨乳とは大違いである。
「なんでしょうか?」
俺は下出に出た。
嗚呼、悲しきかな日本人の習性。
とりあえずクレーマー相手に初手で下出に出てしまう。
「お前、ジャギー・アミーバだな」
「俺の名前……いえ、なんでしょうか」
通じない!
通じないんだそのネタは!
落ち着け俺!
「我らと戦え。仲間の敵討ちだ」
「意味がわかりませんが」
村はきちんと滅ぼした。
俺に復讐しようというものは少ないはずだ。
そもそもゾンビになった時点で手遅れなのだ。
こんなマッチョ軍団にカタキ扱いされるいわれはない。
「たしかに貴様にとってはハエを落とした程度のことだろう。だが我ら騎士団の仲間は兄弟と同じ。
せめて一矢報いねばならん!」
騎士団キター!
完全に逆恨みされている。
「あ、あの……あなた方の仲間を殺したのはゾンビとネクロマンサーであってですね……」
「うるさい! だったら証拠を出せ! いや出せないだろうな。
なにせ貴様が証拠隠滅のために全て焼き払ったのだからな!」
他の筋肉ブラザーたちも「そうだそうだ!」と怒鳴った。
情報がひどくねじ曲がっている!
「なにが望みですか?」
俺は言った。
あくまでクールに行こう。
なにか目的があって俺に声をかけたに違いない。
できれば金であってください!
「目的など決まっている! 貴様の命だ!」
交渉失敗!
俺はすぐさま戦闘態勢に入る。
この場合、選べる魔法は少ない。
ティアを巻き込むわけにはいかないのだ。
子ども死ぬダメ絶対。
だから俺は比較的コントロールが効く電撃を選ぶ。
俺は腰に隠した手を開く。
だけど先に手を出したという確証が欲しい。
正当防衛で皆殺し。それしかないだろう。
筋肉ブラザーどもは帯剣はしてないようだが、ナイフの一本くらいは持っているに違いない。
ナイフで斬られるか刺されるかしたら、すぐさまヒールで回復。
尻餅をついたと思わせて電撃で焼き殺す。
筋肉ブラザーたちが普通に殴ってきたら数発殴らせて様子を見よう。
ただの暴力なら被害者になった方が後々都合がいい。
ヒールを使ってすべて受けきってやろう。
さぞビビるだろうな。
心をへし折ってくれる。
筋肉ブラザーたちは拳を振り上げた。
よし殺す必要はない。運がよかったな。
俺の顔、その真ん中に拳が突き刺さる。
ガントレットもはめてないのに頭がもげたように感じた。
鼻が詰まる。鼻血だ。
鼻が折れたに違いない。
すかさずフックが俺を襲う。
別のブラザーに殴られたのだ。
頭を抱えてガードしたがガードごと頭が揺れる。
手がビリビリと痺れる。
痛え! 思ったより数倍痛い!
聞いてねえよ!
それでも容赦なくブラザーは俺を殴る。
目に当たった。
本当に星が飛ぶのが見えた。
「おっさん!」
ティアの声がする。
だいじょうぶ……だと思う。
俺は飛びそうな意識でヒールを使った。
外傷は即座に回復する。
我慢だ。我慢だ。我慢だ!
あとでこの件を理由にしてクレストンを締め上げてやる!
「オラァッ! やれ!」
ブラザーたちのものではない声が聞こえた。
ギャラリーが集まってきたようだ。
ドンッと腹に衝撃が走る。
また別のブラザーに殴られた。
おえええええええええ……
エグい痛みが腹から上がってくる。
腹パンだ。てめえらコラ。
デブの腹は殴っちゃいけねえって親に習わなかったのか!
たとえ、ほぼ不死身でも痛いもんは痛いんだぞ!
なぜ俺は我慢をしているのだろう?
殴られすぎて俺は自分が何を考えていたか忘れた。
そして次の瞬間、俺の下半身のデルタ地帯。
大事な大事なデッドボールから痛みが上がってきた。
ぽくぽくぽくちーん。
本当にあの金属を叩くキーンという音が聞こえた。
玉を蹴り上げられたのだ。
ブラザーどもは笑っていた。
あははははは。
そのツラ泣き顔に変えてやる!
テメエコラ!
おんどりゃあああああああああッ!
俺はブチ切れた。
あのね、いくら40歳を前にした汚いオッサンでも玉蹴られたらキレるよ。ほんと。
ここまで我慢したの褒めて。マジで。
俺は片手で俺の股間を蹴り上げたブラザーの喉笛を片手つかんだ。
そのまま片手で持ち上げる。
「な、なんだ……げ、げふ……」
俺はニヤリと笑った。
そしてそのまま市場の床。石畳に男を叩きつけた。
チョークスラムである。
ギャラリーから歓声が上がる。
やられっぱなしだった俺が投げ飛ばしたのだ。
まさにエンターテイメントしてるだろ?
俺は突然の反撃に固まった別のブラザーの喉に水平チョップを入れる。
ブラザーはもんどり打って倒れた。
俺は倒れたブラザーの両足をつかむ。
「き、貴様! なにを!」
俺はそのままブラザーを引っこ抜いた。
空中に浮かんだブラザーの泣きっ面が見えると俺はブラザーを石畳に叩きつける。
パワーボム!
ギャラリーの歓声は強くなった。
「てめえふざけんな!」
ブラザーの一人が怒鳴った。
それは俺の台詞だ。
ブラザーは残り二人。
一人が俺を殴ってきた。
俺はよけない。ただ受ける。
顔面に拳が突き刺さる。
俺はびくともしない。
オラァッ! ホントの攻撃見せてやらあ!
そして殴ったブラザーの全面股間から手を入れズボンを掴み、もう片方の手で肩をつかむ。
そのままブラザーを抱え上げる。
「や、やめろ! やめてくれ!」
完全に体を持ち上げられたブラザーが命乞いをする。
お前ら俺のチャームポイント蹴った。俺、お前ら殺す。
俺は容赦なく叩きつける。石畳が嫌な音を立てて割れた。
ギャラリーは興奮していた。
「お前が最後だ」
俺は最後のブラザーに言った。
ブラザーの顔が恐怖に染まっていく。
「ひいいいいいいいいッ!!!」
死刑宣告と同じだったのだろう。
ブラザーは逃げ出した。
だが逃がさん!
俺は一気に距離を詰めブラザーの胴を腕でホールドする。
そしてそのまま一気にブリッジしてぶん投げた。
ジャーマンスープレックス。
ヘソから投げたジャーマンスープレックスが炸裂した。
「「うおおおおおおおおお!」」
ギャラリーの歓声は最高潮。
俺は歓声を全身で受け止めていた。
「おっさん喧嘩も強かったのか!」
ティアはまるで地元一のハイパーヤンキーを見るような尊敬の眼差しを俺に向けている。目がキラキラしてる。
それマジやめて。
40歳を間近にしたオタクのおっさんには、その路線はキツいから!
やめてー!
筋肉ブラザーズ。
今はただの肉……って街のど真ん中で殺人はまずいか。
関節とか首とか変な方向に曲がってるし。
俺はブラザーどもにヒールをかける。
ヒールをかけていたら、なんかムカついたので一人一発ずつ軽くストンピングを入れる。
「起きろ」
「……く、殺せ」
ブラザーたちはなぜか破れた服の胸を押さえていった。
男のくっころ楽しくない。
服だけ溶かすスライムあってもつまんない。
もう強制賢者モード。
これ絶対俺への嫌がらせだよね?
「いいから散れ。二度と俺に話しかけるな」
もうね!
殺しておけばよかった!
みんな見てるから自重してるけど!
あ、そうか、今度から手加減するときは素手でぶん投げればいいのか。
「おお、あんた。いい男っぷりだ!」
俺の醜い内心を知らずに、市場にいた連中が俺に声をかけた。
「あいつら騎士だろ。
四人がかりでかかってきたのを素手でボコボコにするとは!
いやいいもの見させてもらったぜ!」
ペシペシとおっさんが俺の背中を叩く。
次は椅子を振り回しながら入場するわ。
おばちゃんが俺に声をかける。
「ほらあんた。これ持って行きなよ!」
俺たちは土産を持たされていく。
なんとなく理解した。
騎士は嫌われていたのだ。
普段から言いがかりをつけては暴れていたに違いない。
まるで俺はヒーローのように扱われていた。
……なるべく目立たないようにって転移者の義務だっけ?
失敗したなあ……。
と、俺が渋い顔をしているとティアが言った。
「それでよう。おっさん。ここを真っ直ぐ行くと連れ込み宿があるんだよ」
「は?」
「ヤるか?」
「このマセガキ、マジで拳骨落とすぞ」
俺は拳でティアの頭を軽くグリグリする。
もうね、そういうの『めっ!』よ!
おじさんね。常識の範疇に収まる現代人なの。
そういうのゾワッとするのよ!
「えへへへへー、そっかー」
なぜかティアは喜んでいた。
わからん。
ティアの頭の中がぜんぜんわからん!
これは……老化なのか……。
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