第12話 ティアとお出かけ (暴力なし)
おかしい。
俺は自分たちの部屋で腕を組んで思索にふけっていた。
すでに異世界生活は三日目に突入した。
普通の異世界転移者なら犬耳や猫耳の奴隷を手に入れて、今ごろは酒池肉林を謳歌しているはずだ。
偉そうな魔術師のスキルを奪って無双し、ドラゴン相手になめプ(なめたプレイ)の一つもしているはずだ。
初対面で好感度マックスのケモ耳娘に『ご主人様♪』と言われてみたい。
キモいおっさんだけど!
NTRものに出てくる体育教師みたいなおっさんだけど!
それでも俺はエロゲみたいな恋がしたい!
なのに俺はというと、縛り首が決まっていた盗賊のメスガキを保護しただけだ。
それ以外は殺戮に次ぐ殺戮。
人を殺して、ゾンビを殺して、ネクロマンサーを殺した。
俺の通った後には死体の山ができる……と。
殺人と破壊しかしてない。
おかしい。
スライムやオークを鼻ほじりながら適当に倒したり、適当に作ったポーションで大金持ちになれるのが異世界じゃないのか?
俺がちょっとなにかするだけで、周りが全力でほめてくれる優しい世界ではないのか?
その時俺は、ある答えに辿り着く。
……もしかして俺、異世界転移の才能ないんじゃね?
俺は核心に至った。
だが俺はそれから目をそらした。
人には直視できない現実ってのがあるんだよ。
特に汚い中年にはファンタジーが必要なの。
……一応言っておくけど、ヒューマンミートの焼けるにおいがしない方のファンタジーな。
洋物ファンタジーじゃないやつな!
ケモ耳メイドに優しく癒やされたい。いやらしい方じゃなく。
なぜこうなった?
俺がソファで哲学的思索にふけっていると、当のメスガキがむくりと起きた。
年齢は中学一年生くらい。発育は悪い。
ブルネットの短く切った髪に寝癖をつけた姿は、まさに『ガキ』である。
『ボクッ娘』ならまだしも『オレッ娘』である。
色気の欠片もない。
ガキンチョは起き抜けに一言。
「おっさんお腹すいた」
ティアはベッドに座り下着姿で足をパタパタさせている。
落ちつきがないな。この娘……
俺は前日の夜にアレックスさんに言われたことをティアに伝える。
「今日は下働きのおばちゃんが休みだってさ。外に食べに行くか?」
ティアはなぜか満面の笑みになった。
「うん。おっさん、うまい店知ってるか?」
「知らん。お嬢さんは知ってるか」
「市場の方で屋台なら出てるけど」
「んじゃ、行くベ」
俺は昨日の討伐の報酬で銀貨と銅貨をしこたまもらっていた。
銀貨20枚に、銅貨1000枚だ。
クソ重い。全部持ち歩けるわけがない。
額の方も日本円で換算するのは難しい。
だって江戸時代と同じで貨幣が使用用途別なんだもの。
銀ですら高額決済専用である。
なので変換無理。
もしかすると塩の価格を見ればだいたい予想がつくかもしれない。
塩は自由主義経済の前ならどの国でも政府の価格統制が入ってるからな。
「それでお嬢さん。どの金を持っていけばいい?」
「銅貨に決まってるだろ……ホントおっさん俺がいないとダメだな」
ですよねー。庶民は銅貨しか使いませんよねー。
俺は銅貨を取り出すとティアに渡す。
「ほいお小遣い」
金を見るとティアの表情が変わる。
「おっさん……俺を鉱山に売るのか?」
「売らねえよ」
もうね、お小遣い渡しただけでなんなのよ!
子どもだったら駄菓子とか、くだらないおもちゃとか欲しいでしょ。
大人でも欲しいんだから!
ガ●プラとか。プロレスグッズとか。同人誌とか。漫画とか小説とかグッズ。あとゲーム。
「頭おかしいのかおっさん! 犯罪奴隷に金渡すやつがどこにいる! 急に優しくするってのは殺す前しかないだろ!」
てめえらの常識など知らぬわ!
なんかムカつくからあえて逆らってくれる。
「えー、いいじゃん。お饅頭とか、おもちゃとか好きなもん買えよー。ぬいぐるみとか」
ぴたっとティアの動きが止まる。
そうか。ぬいぐるみ欲しかったんだな。
「お、おう……有り難くもらおう」
思ったよりわかりやすいなコイツ。
俺はティアの頭をぐりぐりとなで回す。いい子いい子。
「なんだよ! さわんな!」
顔真っ赤。
こいつ褒められなれてねえな。
……俺もだけど。
誰か褒めてください。
できればエロフで。膝枕で俺を励まして。
赤ちゃん言葉で癒やして……ねえわ。
「いいから、いいから。行くっぞー」
自分の痛い妄想に恥ずかしくなった俺は、そう言って誤魔化すとティアを連れていく。
まさか冒険者ギルドじゃあるまいし、メシ食いに行くだけで殺人事件が発生したりしないよね?
俺たちは外に出て市場へ行く。
市場には野菜や果物が並ぶ。
なんかわくわくしてきたぞ。
俺は屋台のおばちゃんに銅貨を払い、リンゴっぽい果物を買う。
俺はティアにリンゴを一つ渡す。
そのまま自分の分をながめた。
冷蔵技術や輸送手段が限られているので鮮度は期待しない。
色は薄い。品種改良もされてないだろう。これは糖度も期待できない。
その代わりに農薬もないだろう。
俺はリンゴをかじった。
虫がいませんように!
……酸っぱい。
あきらかにアウトな味だ。
日本だと冷凍食品か加工用のグレードだ。
いや、規格外で廃棄かもしれない。
品種改良しゅごい。
「どうしたおっさん」
ティアが俺を不思議そうに見つめていた。
そんな無邪気な顔をされたらマズイなんて言えない。
「いやこれは料理用かなと」
「パイでも作るのか?」
「面倒なんで芯をくりぬいて砂糖を入れて焼こうかと」
甘党ですが何か? 糖分を取らないと死ぬ。
バターはあるだろうか?
「砂糖なんて高いぞ」
「じゃあ蜂蜜で」
「どこの貴族だよ……って、おっさん、料理できるんだな」
「ティアちゃん。一人暮らしが長いとね……なんでもできるようになっちゃうの……」
俺は井戸の底よりも深い闇をたたえた目をティアに向けた。
こちらも好きで長いこと独身やってるわけではない。
「お、おう。悪かったな……」
言葉のドッジボール。
当方に多少の被弾アリ。
俺たちは屋台を回った。
俺は、なんの肉だかわからない串焼きを食べる。
あらおいしい。ワイルドな鶏肉味……。
もうなんの肉だかわかっている。
言うなよ、言うなよ!
「大トカゲうめえだろ。カエルも食べようぜ」
……言いやがった。
言葉のドッジボールはおっさんの負け。
しかも、ティアはカエルの足の串焼きも買ってくる。
食わねばなるまい。
俺はカエルを食す。
普通に美味い。
あたい……今日なにかの一線を越えたわ。
俺は手長エビの串焼きを二本買ってティアに一本渡す。
これはよく知っている味だ。実に美味い。
でもエビは地球でも一部の内陸国だとゲテモノ扱いなんだよな……。
そう考えると、いま俺は異文化に触れてるのか。
虫以外ならがんばって食べよう。
そんな俺を見てティアは言った。
「おっさんは、やっぱり貴族じゃねえんだな。安心したよ」
「見た目が貧乏くさいからわかったの?」
「違えよ。トカゲの肉を嫌がらなかっただろ。騎士や貴族だったらぶち切れてたよ」
いや嫌がってたよ。
隠しただけで。
ワニ肉食べたことなかったらアウトだったよ。
「ワイルドな鶏肉の味でうまかったよ」
悔しいことに味の方はマジで美味だった。
「そうか!」
なぜかティアはうれしそうだった。
全力で俺に媚びないと生きていけないのを理解してるのかもしれない。
うーん、背徳感と罪悪感のコンボ。
あのまま盗賊を続けていたら確実に悲惨な未来が待っていた。
だとしても、俺は考えなしにティアの未来をいじってしまった。
行き先を考えてやらないといけないな。
俺はティアに対して責任が発生したのだ。
とりあえず俺は罪悪感を隠すように言った。
「美味しいものを教えてくれた良い子にはお菓子を買ってやろう」
決してお菓子で買収しようとしてるわけではない。
エロいことも考えてない。
いやマジで。
俺は屋台で飴玉を買ってティアに渡す。
「……もしかして……俺の体が目当てなのか」
「ぶん殴るぞマセガキ!」
「えへへへへー♪」
俺が叱ると、なぜかティアは喜んだ。
もうね、おじさん。
JCが何考えてるのか、ぜんぜんわからない。
だけどティアは妙に上機嫌だった。
ニコニコとしてる。
そんな俺たちの生ぬるい日常は、いきなり中断する事になる。
なにせ俺たちの前に体育会系っぽい男たちが立ちはだかったのだ。
もうね! エロフ以外は帰れ!
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