第10話 ノー殺人デー 2

 ポーション作成の依頼がない。

 転移者としては許されないシチュエーションだ。

 なぜならポーションの材料の調達。

 もしくはポーションそのものを作るのは転移者の覇道のお約束なのだ。

 だが待てよ。

 薬屋にはあるのかも!

 俺は薬屋に向かう。


「いらっしゃい」


 ババアが出迎えた。

 胡散臭い。

 俺は薬を見る。

 わからん。


「回復薬はありますか?」


 俺がそう言うとババアが店の奥から薬を持ってくる。

 壺に入っている。


「ひひひ、何にでも効く薬だよ。ちょっと飲むかね」


 そう言うとババアは皿にほんの少し薬を盛った。

 ……赤い粒でゴザル。

 これどう見ても……


「朱砂ですか」


「おう、ご存じか」


 いわゆる硫化水銀である。

 どう考えても体にはよくない。

 つうか苦しんで死ぬ。

 これで確信した。

 ポーションはこの世界にはない。

 もし存在したらこんなものは使わない。


「……なるほど。ところで店主殿。もっと効く薬を作ったら買って頂けますかな?」


 俺が言うとババアは笑う。


「おうおう、いいぞ。なんぞ作ったら持ってこい」


 俺はアレックスさんにもらった金貨を出すと言った。


「それじゃあ、薬草をいくつか分けていただきたい」


 実験のためである。

 適当に混ぜてヒールをかければポーションができあがるに違いない。

 他の転移者はそうやってポーションを作っているのだ!


「それはいいが……金貨では買えぬ。それは貴族が使うものだ。銀貨か銅貨に両替してきなさい」


 オウシット。

 またもやリアル寄りのクソゲー成分がはみ出した。

 ババアに素直に聞いたところ、普通の買いものは銅貨か銀貨。

 銅貨は庶民が使う。

 銀貨は主に商人間取引の決済。庶民も使う。

 金貨は発行量が少ないので、貴族の税金支払や行政への補助金、それに遠隔地への送金など大口取引用。

 それと奴隷も金貨で買えるらしい。

 意味のないリアルである。

 萎えまくった俺は絞り出すように言った。


「それではまた……来ます……」


 もう来ねえよ!

 うわああああああああああん!

 俺は心で泣きながら外に出た。

 これでまた一つエロフが遠ざかった。

 おじさん悲しい。

 優しいお嫁さんが欲しい。

「〜なんだゾ!」って言ってくれる嫁がほしい!

 俺が嘆いていると兵士に囲まれる。

 兵士と言ってはいるが、俺には騎士と兵士の違いはわからない。

 なんとなく兵士っぽい集団だと思っているだけだ。

 兵士たちの中で長身のヒゲの男が俺の前に出てくる。

 俺と同じくらいの年代だ。


「ジャギー殿! お探ししていましたぞ!」


 俺の名前を言ってみ●おおおおッ!

 と俺はお約束を心の中で叫んだ。

 そんな俺に対して兵士はあくまで丁重だった。

 どうやら俺を殺しに来たわけではないらしい。


「私はヴァルグ、この街の兵長をしております。早速ですが、シュシュの村で大量のゾンビが発生しました」


 ……オウシット。

 燃やせばよかった。

 もしかすると闇魔法が影響しているかもしれない。

 異世界がファッキンシットすぎる件。

 隠蔽せねば!

 俺はごまかすことにした。


「と、盗賊の死体のしょ、処理をお願いしていたはずですが」


「その処理を行っている最中に村人がゾンビになって騎士や作業員に襲いかかりました。

すでに15名が犠牲になったとのことです。

解決のためにジャギー殿を派遣せよとご領主様がお命じになられました」


 もしかして、おじさんの犠牲者ついに40人突破?

 やったね。このまま魔王になれるよ!

 ふぁああああああああああああああっく!

 もうね! 神様!

 そういうことは先に教えてって言ってるでしょ!

 い、いや待て、俺の魔法のせいだとは確定してない。

 きっと俺は無実に違いない。

 まだ人を直接殺してない。

 きょ、今日は人を殺さないんだからね!

 俺はいつになくやる気を出した。


「すぐに行きましょう……ですが……私、実は馬には乗れません」


 こればかりは仕方ない。

 習ったことないもん。


「しかたありませんな。私の後ろに同乗してくだされ」


 俺には選択肢などない。

 ヴァルグさんについて行く。

 同じ年代だと遠慮しなくて良さそうだ。

 そのまま馬に乗せられる。

 兵士の皆さんにケツを押してもらって。

 どうして他の転生者は最初から馬に乗れるんだ……?

 ねえどうして? いやマジで。

 みんな有能すぎじゃね?

 なんで俺は人殺しにパラメーターが極振りされてるの?

 ねえ、なんで?

 俺は下を見た。馬って高くて怖い。

 マジありえねえ!

 ママチャリがどれだけ素晴らしい乗り物か再確認したぞ!


「では行きますぞ」


「はい。どわああああああああッ!」


 マジか! マジか! マジか!

 馬の二ケツ、シャレにならねえ!

 なにこの揺れ!

 どっごんどっごん揺れまくり。

 ケツが! ケツが! 割れてしまう!

 馬に比べたらゼ●ァーちゃんはどれだけゴッドな乗り物か!

 おっさん、マジで死ぬかも。

 永遠に感じる地獄が終わると、俺はシュシュ村に辿り着いていた。

 そこはヒューマンミート祭り。

 ゾンビがさっそく作業員にまたがってお食事タイム。

 うああああああああああああッ!

 俺は八つ当たり気味に馬上から魔法を発射する。


「ロケットランチャー!」


 炎の玉が発射されゾンビと作業員が爆発四散する。

 俺はそれと同時に馬から飛び降りた。

 すっげー怖かった。飛び降りたのが。

 ……すいません。今調子に乗りました。

 中二病っぽく格好つけて飛び降りたかったんです。

 でもなんて言うか馬が高かったのよ。

 もうね、今ね、足に半端ない衝撃が来たのよ。

 グルコサミン飲まないとやばそう……この年になると残り少ない軟骨まで気にしなければならない。


「ジャギー殿!」


 ヴァルグさんが俺を呼んだ。

 正直言って、うろちょろされると巻き込んで殺してしまいそうだ。

 だから俺はヴァルグさんに言った。


「私はここで食い止めます。生存者を探してください!」


 一度言ってみたかった。

 俺に構わず行け!

 やべえ格好いい!


「わかりました!」


 兵士たちは去って行く。

 ちなみに俺の発言は嘘である。

 生存者などいるはずがない。

 だって33人のゾンビ部隊よ。

 もう死んでるでしょ。お約束的な意味で。

 それにこのゾンビだけは俺がなんとかしなければならない。大人として。

 もしものときの証拠隠滅のために。

 ロケットランチャーの大きな音にゾンビたちが気づいた。

 俺に向かって一斉に走ってくる。

 走れる方のゾンビか!

 こういうときこそ液体窒素だ。


「ぐあああああああああああッ!」


 ゾンビたちは俺への闘志を剥き出しにして叫んだ。

 だけど俺は容赦しない。

 液体窒素!

 ゾンビは叫んだ次の瞬間には凍っていた。

 その数10体。

 村人の三分の一弱を凍らせた。

 とは言え相手はアンデッド。

 これだけでは足りないだろう。

 俺は次に崩落する橋のイメージで魔法を撃つ。

 地面が隆起し、凍ったゾンビが串刺しになる。

 よし、地属性魔法。殺人の隠蔽に使える!

 俺の中ではすでに殺人は避けられない道になっているようだ。

 さらにもう一つ。余裕のあるうちに魔法を試しておきたい。

 今度は学生のときの夏休みにやった工事のアルバイトで、うっかり感電して死にかけたことを思い出す。

 労災なにそれおいしいの?


 そう今度は電撃魔法だ。

 まずは手から雷が出た。

 これじゃダメだ。

 火花放電は効率が悪い。

 俺は地面に指を置く。

 串刺しになったゾンビが手足をバタバタさせる。

 電気で筋肉が動いたようだ。

 地表か地中かはわからんが、電気が通ったのだと思う。

 指を動かすと別のゾンビも手足をバタバタさせる。

 よし、どうやら対象も選べる。

 これなら殺人をせずに相手を止めることができる。

 と、思った次の瞬間だった。

 猛烈な勢いで煙が上がった。


「うっわ、くせえ!」


 ゾンビが体の中から発火した。

 目と口から炎が吹きだし、問答無用でゾンビたちの全身が火に包まれていく。

 電気椅子のエグいやつである。

 ……だめじゃん。また殺人魔法じゃん。

 しかも超グロい。

 バーニングファイアと同じくらいグロいぞ。

 ヒューマンミートの電気バーベキューを見ながら俺は途方に暮れた。



 現在のジャギーさんの被害者


 あわれなゾンビ 11体

 デイリーミッション 殺人件数 0件

 その他犠牲者 作業員1名(犯人未確定)

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