第9話 ノー殺人デー 1

 さわやかな朝が来た。

 希望の朝に違いない。

 そうじゃなかったらこの街滅ぼそう。

 俺の朝は不謹慎なジョークから始まった。

 俺は服の上から革鎧を着けると街に行く。

 目指すは冒険者ギルドだ。

 なぜかティアもついてこようとしたが留守番を命じた。

 魔法を使うときに巻き込んで殺してしまうのは避けたい。

 俺はギルドにつく。

 途中迷子になった。

 俺はそっと黒歴史箱に迷子になったことを封印した。

 冒険者ギルドは汚い建物だった。

 中に入ると黒く塗られた大きな木の板に直接白い線で依頼が書込まれている。

 たぶん掲示板なのだろう。

 文字が薄い。

 チョークではなく蝋石だろうか。

 文字は日本語ではなかった。

 だがなぜか読めた。

 チートバンザイ!


『土木作業員募集 日給 銅貨100枚』


『倉庫作業募集 日給 銅貨50枚』


『鉱山作業員募集 日給 銅貨150枚』


 ……あ、これ日雇いの仕事だ。

 普通の日雇いだ。

 なんとなく俺は冒険者の社会的ヒエラルキーが理解できた。

 俺はたぶん破綻する俺たちの年金のようにそれらから目をそらした。

 するとテーブルでカードらしき遊びをしていたスキンヘッドの男が俺に話しかけてくる。


「よう兄ちゃん。なんの用だ?」


 俺はもはや「兄ちゃん」という年齢ではない。

 だがきっと若く見えるのだろう。


「ギルドに登録しようと思いまして。領主のアレックス様の紹介状もあります」


 館を出て行こうとしたら、お金と一緒にくれたものだ。

 やたら重量のある金色の硬貨が三枚。

 たぶん金貨だろう。錆びてるけど。

 合金だから錆びるんだっけ?

 書状の方は秘密裏に俺を消せって書いてあるかもしれない。

 それだったらどんな手を使っても生き残って復讐しようと思う。

 俺がゲス顔をしていると男が言った。


「なるほど、俺はガンツ。

ここの責任者だ。まずはテストを受けてもらおう。

って言っても、お前がどの作業ができるか調べるだけだがな」


「はあ」


 俺は気の抜けた返事をした。

 この世界ではギルドの受付嬢という都合のいい生物など存在しない!

 それは俺のやる気をそぐには充分な威力だった。

 エロフマダァッ?

 しかもだ。

 このギルドは緩みきっていやがる。

 なにせ日本じゃ責任者がカードやって遊んでいるなんてありえない。

 これは期待できない。


「なんだよそのツラはよ。

冒険者なんか肩肘張ってやるもんじゃねえだろ」


 底辺職確定。

 ガンツはそれを悪いとも思っていない。

 と、悪い方に思考が向かうが俺はそれを追いだした。

 ダメだ。頭を切り替えなければ。

 ここは真面目に考えるとやっていけない系の世界だ。

 日本の感覚ではいけない。

 ガンツはパラパラと俺の経歴を読む。

 手紙は羊皮紙ではない。

 紙だった。

 だが漂白はされていない。

 まだ漂白の技術がないのだろうか?


「おう、この書状に書いてあることは本当か?」


「中身を見てないので……でも魔道士って書いてあると思います」


「おう。そうみたいだな。

名前が思い出せないと……で、他に何ができる」


『裸踊り』と言ったら殺されそうだ。

 俺は場を和ませるジョークを封印した。


「少々の会計と営業、料理も少々、プロジェクトマネージャーの経験も。

……ここ一日は殺人ばかりしてました」


 俺はバカ正直に言った。

 なにこの面接気分。

 圧迫面接許さない。絶対にだ!


「よくわからん。

商会と料理店の経験ありと。

領主様の護衛経験ありと」


 適当に修正された。

 それでいいのか異世界。


「魔法はどんなのが使える?」


「名前は思い出せませんが……。

火炎魔法爆発あり、氷結魔法で人が死ぬ範囲攻撃、人を内部から爆発させる魔法。

それと使用条件が不明な闇魔法です」


 あ、回復魔法忘れてた。


「ふむ……」


 そう言うと、なにか言いたげにガンツは考えていた。


「なるほどな。

戦闘に特化した魔道士と……」


 ガンツがつぶやいた。

 すると別のオールバックで後ろにちょんまげを結った男が俺に言う。


「ガンツの兄貴!

こんなデブが魔道士様のわけがねえでしょ!

ふかしてんじゃねえぞデブ。

おい、今からこのマイキーが根性をたたき直してやるクソデブ」


 3回もデブって言った。

 なんでそんなに喧嘩腰なの?

 俺はマイキーとガンツを見た。


「まあまあ、マイキー、そんなムチャを言うもんじゃねえ。

ここは魔道士様の実力を見ればいいだろう。な?」


 そう言うとガンツはニヤリと笑った。

 あ、なんとなくわかっちゃった。

 コイツらグルだ。

 俺の金が目当てか、ただのマウンティングかはわからん。

 だが俺に喧嘩を売って反応を見るつもりのようだ。

 あ、そう。そういう態度。

 俺がイラッとすると、マイキーは腰にさした剣に手をかける。

 だから俺は本当に不機嫌になった。

 デブって言われたことも多少ムカついた。


「それを抜いたら攻撃をする。

これは警告だ」


 俺はわざと事務的に言った。

 これは挑発だ。


「てめえ、生意気なんだよ!」


 マイキーは剣を抜いた。

 だから俺は電子レンジ、バーニングファイアを発動する。

 今回は全身ではなく、腕を狙う。

 しかも小さく小さくコントロールする。

 ここまで出力を絞れば血液の温度だけ上げて戦意喪失させることができるはずだ。

 アメリカ軍がそういう兵器を開発してると聞いたことがある、

 パンッと小気味いい音が鳴った。


「ひ、ひぎゃあああああああッ!」


 あ。腕もげた。

 マイキーの腕が破裂して吹き飛んだ。

 どうやら実験は失敗だったようだ。

 思ったのと違う。

 マイキーは転げ回った。

 このままだと数分で死ぬな。

 そう思った俺はマイキーのところに行くとマイキーのもげた方の肩を全力で踏みつけた。

 追い打ち?

 いや違うって。止血よ。

 このままだと出血で死亡コースよ。

 俺は内心焦っていた。

 殺すのはまだなれないのだ。

 だがこの場を収めるには演出が必要だ。

 俺は血も涙もない殺戮マシーンだという演出が。

 そうじゃなきゃギルドの連中をけしかけられて面倒だ。

 無駄な殺生をするべきじゃない。

 だから俺は偉そうに言った。


「謝罪すれば殺さないでやろう」


 早く謝ってー!

 お願い!


「ひ、ひぎッ! うがあああああッ! しゅ、しゅみましぇん」


 うっわ、血がピューピュー出ている。

 ほとんど意識のない状態でマイキーは残った力を振り絞って俺の謝罪した。いや命乞いをした。

 偉い! よくがんばったマイキー! よくやった! お前はできる子だ!

 俺は心の中で全力でマイキーを褒めるとヒールをかける。

 セーフ! セーフ! セーフ! まだ死んでない!

 出血はおろか、もげた腕まで再生していく。

 おー……これ、知られたらマズいレベルじゃね?

 まあいいや。

 殺人しなくてよかった。

 今日は殺人はお休みなの。


「次は人に刃物を向けないように」


 そう言うと俺はガンツの所に歩いて行く。

 ガンツは不機嫌な口調で言った。

 いや、殺意を俺にぶつけていた。


「おい兄ちゃん、ここから生きて出られると思っているのか?」


「皆殺しにすれば出られるのでは?」


 俺は言った。

 そんな俺をガンツは一睨みした。

 その目力にはかなりの迫力があった。

 怖ッ! 俺、こういう人苦手。

 だが次の瞬間、ガンツは絞り出すように言った。


「……違いねえ。アンタだったらできるだろうな」


 いきなり態度が軟化した。

 海外との取引はこれくらい強気に出ないとなめられる。

 それは異世界でも同じようだ。


「おい、マイキー。無事か?」


 ガンツが言った。


「う、うぐ……無事……です……兄貴。痛えよぉ……」


 幻肢痛ってやつだろうか?

 脳が痛いという信号を出しているのだろうか?

 よくわからん。

 マイキーは泣いていた。ごめんね。

 するとガンツは俺に言った。


「これで手打ち……だよな?」


「ええ。謝罪は受けましたので」


 やりすぎちゃった……まあいっか。治したし。殺してないし。

 なんだか……自分の中のモラルの崩壊が激しい。


「あんたの実力はわかった。討伐依頼を優先してまわそう」


「お手柔らかに」


 俺は逃げるようにギルドを後にする。

 その前に掲示板をもう一度見る。


 ポーションの依頼だ。

 材料の調達でもなんでもいい。

 ポーションを作らねばならない。

 転移者はポーション作って稼ぐものなのだ。

 ポーションで稼いでハーレムを作る。

 WEB小説のお約束展開だ!

 作らねば俺の勝利はない!

 待ってろ俺のエロフちゃん!

 俺は目を皿にしてポーション作成依頼を探した。


 ……ない。


 なにこのクソゲー。

 マジで殴るよ。




 おっさんの犠牲者


 マイキー(精神的に再起不能)

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