第8話 俺の名前(仮)

 二重の門を抜けると、建物が広がっていた。

 石畳の道が敷かれていて、文明レベルはリアル寄りの中世ファンタジー世界のようだ。

 衛兵の詰め所を通過する。

 当然のように俺の通行許可証がないが、アレックスさんは顔パスだった。

 通行料も払わない。

 こういうのって普通、通行料も払うよね?

 つまりアレックさんはそういう立場の人だってことだ。

 門の中はレンガの建物が多い。

 ただし、レンガは日本のホームセンターで売っていたものよりだいぶ安っぽい。

 ちゃんと焼いていないのかもしれない。

 日干しのレンガ……ってやつなのだろうか?

 うんわからん。

 それにしても悪臭がひどい。

 死体のにおいが気にならないレベルだ。

 そこらじゅうに汚物やゴミが散乱している。

 うっわ汚え。

 おじさんの子ども時代の工業地帯でもこんなに汚くはなかったぞ。


「ずいぶん荒れてますね」


 俺は思わず言った。

 酷え町並みだ。


「私がいたころは、こうではなかったのに……」


 アレックさんは残念そうに言った。

 するとゴキブリが這う姿が俺の視界に入った。

 どああああああああああッ!

 おじさんはゴキブリが苦手である。

 いや、正直に言おう。

 虫全般が苦手である。

 おじさん、ここ焼き尽くしたい。

 ゴミ一つ残らないくらいに焼きたい!

 俺はこの時点になって、なぜ異世界転生勇者が街作りをするかの答えを見つけた。

 既存の街をきれいにするより、一から作った方が早いですよねー。


「虫がどうかしましたか?」


「あははは……」


 もうごまかすしかない。

 39人も殺して虫が怖いなんて口が裂けても言えない。

 くすん、くすん。ゴキブリ怖い。

 しばらく歩くと大きな門に併設する建物が見えた。

 とうとう夕日が差す時間になっていた。


「この奥が領主の館です。そこに建物が騎士団の詰め所です。今回のことを報告しましょう」


「ティアは私の所有物だということを証言してくださいね」


 夕方までこの世界にいてグロ耐性がちょっとだけついたけど、ガキが死ぬのはかんべんな。

 マジかんべんな。


「お約束致します」


 要するにアレックさんは『お約束』できる身分だということだ。

 騎士団の詰め所の中に入ると男たち、騎士がまるで幽霊でも見たかのような顔をしてざわついた。

 あーあ、犯人わかっちゃった。


「アレックス様……」


 はい嘘確定。

 商人じゃないのが確定っと。


「私の留守中に好き放題してくれたようだな。クレストン」


 アレックスさんの雰囲気ががらりと変わる。

 エリーさんも後ろに控え目立たないようにしている。

 俺もなんとなく空気を読んで後ろに控える。


「アレックス様……ご、ご無事で」


「ああ。幸いなことにこちらの……」


 アレックスさんが俺を見る。


「ジャギー・アミーバです」


 なんとなく俺のソウルがこの名前にしろと言ってきた。

 俺の名●を言って見ろ!


「その冴えない雰囲気の男がなにか……」


 クレストンと言われた短髪で体格の良い男が言った。

 何一つ反論しませんし、できませんがなにか?

 でもコイツ嫌い。


「クレストン。口を慎め。無礼であるぞ。彼は暗黒神のご加護を受けた魔道士。私もエリーも何度も命を救われた」


 たった2回ですけどね。

 うち1回は矢の治療で返して貰ったし。


「ほ、ほう……暗黒神の……それは恐ろしい……」


 クレストンは、それ以上俺に突っかかってくることはなかった。

 あ、引きやがった。

 このまま粋がってたら喧嘩売って口を割らせようと思ってたのに。


「それとすぐ近くのシュシュの村だが……盗賊の住処になっていた。貴公らはなにをしていたのだ? まさか貴公らが見逃しているはずがないと思うが」


「い、いえ……けっしてそのような……」


 クレストンの額に汗がにじむ。

 本当だったらアレックスさんは死んでいるはずだったんですね。

 予定が狂っちゃって焦っているんですね。

 よくわかります。


「仕事ができないというのであれば、街道の馬糞の掃除でもしたらどうだ?」


 うっわ、きっつい!

 パワハラだべー!

 クレストンは顔を真っ赤にして俺を睨む。

 アレックスさんの意図がわかった。

 クレストンの怒りを俺に向けるつもりだ。

 アレだな……クライアントに土下座しに行くときに立場が低いものにヘイトを向ける上司。

 そして一緒になって俺を罵倒する……そのパターンの亜種。

 涙が出るぜ。


「我々は館に泊まる。貴公らの働きに期待する」


 そう言うとアレックスさんは踵を返した。

 俺もティアもエリーさんも後ろをついて行く。

 俺ちゃん、主人公感ゼロ。

 そのまま門が開くと俺たちは中に入っていく。

 中は東南アジアの金持ちが持っているような豪邸が鎮座していた。


「ジャギー殿……で、いいかな? 私が領主のアレックスだ」


 アレックスさんが笑う。

 口調は貴族喋りだ。

 理由もなく叩いて反応を見てみたい。

 やらないけど。


「なぜ御領主様が護衛を一人しかつけずにあんなところにいたのですか?」


 俺は全力でへりくだる。

 ヒャッハー!

 権力の味は最高だぜー!

 ぽくちゃん金とハーレムが欲しい!


「実はその時、別のところにいてな。謀反の兆しありとの知らせを受けて、密かにこの街に入る予定だったのだ。なにせ護衛まで敵だらけで誰も信用できなくてな」


 この人助けたの失敗だったかもしれない。

 一応、裏切る方のシナリオも作っておこう。


「クレストンを殺せばよろしいですか」


 もう39人も殺したんじゃー!

 何人でもぶっ殺してやらぁ!


「それも最高のタイミングでな。ジャギー殿。報酬はなにが欲しい?」


「下水道と下水処理施設、ゴミ処理場、それとティアの身柄と少々の金が欲しいですね」


 あたい……不潔なのに耐えられないの。

 街をきれいにするわ。


「すまないが……下水道とはなんだ?」


「私の住んでいたところには当たり前に存在した施設です。病気と害虫を防ぐことができます」


 異世界転移者としてはNAISEIに手をつける義務があるだろう。


「……ほう……面白いな。クレストンを討伐したら、その望み叶えてやろう。だが……しばらくはこの館に住み込み、冒険者ギルドにでも登録してみるのがいいだろう。今日は遅い。なにをするにせよ明日にしたまえ」


 冒険者ギルドキター!

 なぜか手広くやってる全国組織!

 転移チーレムに一歩近づいたぜ!

 ひゃっほー!


「ではお言葉に甘えます」


 と、言うと俺たちは食堂に案内される。

 簡単な食事を取ると俺とティアは宿泊する部屋に案内された。

 案内された部屋は無駄に広い。

 客用の上等な部屋のようだ。

 部屋に入るとティアが服を脱ぎだした。


「ナニヲしているの?」


 俺は焦る。

 逮捕されるんじゃね? ヤバいんじゃね?

 俺が困っていると、すっぽんぽんになったティアはベッドに大の字になった。

 そして一言。


「さっさとヤれよ」


 ぶちり。なんかムカついたぞ。

 さすがにこの状態のガキをヤっちゃうほど落ちぶれてねえっての!

 汚いおっさんが誇りまで失ったらただの豚なのだよ!

 俺はソファーの方に行くと用意されたティアの着替えを手に取る。

 そして大きく振りかぶり、ティアに投げつけた。


「がッ! なにしやがんだ、おっさん!」


「着替えて寝ろ!」


 モウネ! この世界嫌い!

 おじさんには初対面でいきなり好感度MAXの奴隷とか、そういうファンタジーが必要なの!

『さすがジャギー様!』って言って欲しいの!

 こういう身も蓋もないのダメ! 絶対!

 もうね、おっさんは繊細なの!


「俺はソファーで寝る」


 俺は着替えるとふて寝した。

 血まみれの服は適当に洗ってくれるそうだ。

 風呂のことを聞いたが、明日蒸し風呂を用意してくれるそうだ。

 ああ、この世界に公衆衛生の概念が欲しい。

 肉体労働になれていない俺はすぐに眠りについた。



 神様的な人へ。

 マジでぶっ殺しに行きますので首を洗って待っててください。


 ジャギー・アミーバ(仮)

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