第6話 チュートリアルミッション その3

 男が一瞬でひき肉になった。

 俺はティアを突き飛ばし、アレックスさんと奥さんに飛びかかり押し倒す。

 次の瞬間、俺たちのいたところに矢が飛んでくる。


「なぜ殺したんですか!」


 矢が掠めた瞬間、アレックスさんが怒鳴った。

 俺は液体窒素の魔法で出迎えた他の連中を凍らせる。

 近くの地面に矢が刺さる。

 クソ、スナイパーを殺り損なった!


「どこの世界に村の近くに証拠を放置するバカがいますか!

私だったら死体をさっさと森に隠します。

犯罪は見つからないようにするのが大前提です。

つまり証拠を残しても困らないんですよ。

つまり、この村の連中は盗賊の仲間です」


 クソ! やっぱり洋ゲーファンタジーだった!

 盗賊は、たかが馬車を襲うのに7人も使える組織力を持っている。

 7人を常時使えると考えると、少なくとも10人以上の大所帯のはずだ。

 10人の構成員を養うためには、かなりの数の強盗を繰り返す必要がある。

 ずっと移動してわからないようにしている可能性もあるが、移動にも莫大な金がかかる。

 それを考えると強盗とは別の収入がある定住型の組織だ。

 そんなのが近くにいたら、たとえ治安機関がいなくても村人総出で武装して村を守るはずだ。

 馬止めの一つ、バリケードも築いてるはずだ。

 屋根には火矢対策で泥を塗っているはずなのだ。

 その緊張感がこの村にはなかった。

 つまり、この村がまるごと盗賊のアジトである確立が高いのだ。

 俺はティアの襟をつかんで起こすと自分に引き寄せ、移動する。

 その間、牽制でロケットランチャーを撃つ。

 アレックスさんと奥さんもなんとか俺についてくる。


「ティア! この村にガキはいるか!?」


 俺は聞いた。

 口調は乱暴、女の子に対する口の利き方ではないが今は非常事態だ。

 しかたがない。我慢してもらおう。


「オレしかいない!」


 ティアは素直に答えた。

 よしわかった。

 同時に自白も取った。

 ティアしかいないという発言。

 つまりここはティアの住んでいる村だ。

 やはりこいつら全員盗賊だ。

 確率的には高いと思ってたが、『子ども殺すのダメ絶対』を優先した。

 いないなら問答無用で皆殺しにすればよかった。

 ティアが、やつらとなんらかの遠隔意思疎通ができる可能性を考慮して、先手を取る戦略をとったが失敗だった。

 援護射撃要員までいるなんて!

 結果論で言えば遠くから焼き払えばよかった。

 しかたない。

 最大出力のロケットランチャーを撃って足を止めてから、液体窒素で全員凍らせてやる。

 そう思って俺が腕を出した瞬間、信じられない痛みが俺を襲った。

 それは俺の腕を貫通していた。

 尿路結石になったときより痛い!


「んごふッ!」


 俺は言葉にならない悲鳴を上げた。

 俺の血でベタベタする矢が俺の腕に突き刺さっていた。

 狙ったわけではないだろう。

 矢で腕を狙うのは難しい。

 狙っていたら胸や胴体を狙うはずだ。

 流れ矢がたまたま俺の腕に突き刺さったのだ。

 だがこの程度でも人間は死ぬ。

 あっさりと死ぬ。

 なにせ血がダバダバ出ていた。

 俺のもう片方の腕に痛みが走った。

 矢で撃たれたか?

 いや違う。

 俺は腕を見る。


『お前の一番恐れている病気を思い浮かべよ』


 このタイミングで神託かよ!

 おどりゃあああああああッ!

 一番恐れている?

 アレしかないだろ?

 そう思った瞬間、ティアが叫んだ。


「おっさん! こいつら全員殺してくれ!」


 あ、クソ!

 そういうことか!

 気がつかなかった!

 ティアはこの村の誰かの子どもだと思っていた。

 だから俺を・・殺させるために、この村に連れてきたと思っていた。

 だが冷静に考えればそんなわけがない。

 この村には子どもがいないのだ。

 つまりティアをさらって来たに決まってるだろ!

 つまりティアはこの村の連中を俺に殺させるために連れてきたのだ。

 よし、この世からこいつら全員抹殺してやる。

 俺は痛みで震えながら、ある病気を強くイメージした。

 その途端、俺の体からカラスが飛び出す。

 おいおい、マジかよ。

 そいつが本当に俺の思い浮かべたあの病気だったら……国を滅ぼすことも簡単だ……。

 でもひでえじゃねえか。

 あんまりじゃねえか……。


 カラスは村人に襲いかかった。

 狙撃者も槍を持ったものも、農作業をしていたものまで無差別に襲いかかる。

 カラスは急降下し、村人の体を貫く。

 すると村人は顔が真っ青になり倒れた。

 一人が倒れると村人たちは悲鳴を上げる。

 魔力のカラスに村人たちは次々と体を貫かれ倒れる。

 それは一方的な殺戮だった。

 やはりそうだ!


 ……成人病にこの中二病エフェクト。

 恥ずかしくて他の転移者に顔向けできない!

 なにせ俺が一番恐れる病気ってのは、あれだ……


『糖尿病』


 しかも二型。不治の病だ。

 ストレスを抱えながらラーメンを10年間毎食食べたら発症。

 黄色い看板はデブのオアシス。

 塩分+脂肪+炭水化物=打撃力。……膵臓への。

 以来、食事制限の日々だ。

 病状が悪くなると体液中に過剰に存在する糖を栄養にしてバイ菌が繁殖する。

 そして足から腐っていく。

 さらには失明に、癌のリスク増大に、糖まみれの体液の処理で腎臓が壊れるという呪いとしか思えない病気だ。

 俺は村人の方に寄ると首に手を当てた。

 異常に冷たい。

 低血糖を起こしたのかもしれない。

 こういうときは糖を与えればいいのだが……この文明レベルじゃ村にはないだろうな。

 助ける方法はない。

 このまま低血糖で死ぬだろう。

 インシュリンもないだろう……。

 なにせそこは中世ファンタジーの世界だったのだから。

 それになにより俺に助ける気がない。

 俺は振り返る。

 アレックスさんが目を丸くしていた。

 俺は矢が貫いている腕を眺めて情けない顔をした。

 痛い。漏らしそうなほど痛い。

 あ、そうか。

 体力ゲージが一定まで減ったら使える系の超必殺技か……。

 あははははは。最初から言えよ!


「アレックスさん……あはは。こいつ抜けます?」


 俺はアレックスさんに言った。

 もう痛みがひどすぎて笑うしかない。

 もう気絶しそう。

 アレックスさんは、汚いおっさんに矢が刺さっているという、ビジュアルの暴力に怯えながら言った。


「今すぐ抜きましょう。道具を持ってきたら矢を折って抜きましょう」


 ですよねー、矢にはかえし・・・がついているから折らないと抜けませんよねー。

 筋肉も締まりまくってますもんねー。はっはっは……。

 俺、そろそろ心が折れそう。

 アレックスさんが『やっとこ』と『金槌』を持ってきた。

『やっとこ』ってのは閻魔大王が舌を抜くのに使うやつだ。

 それであらかじめ折った矢を抜くのよ。

 反対側から金槌で叩きながら。

 俺はテーブルに寝かされる。

 するとエリーさんが俺の肩を押さえつける。

 そりゃ麻酔ないですもんね。あははははは……


「矢を折る前に言っておきます。

貴方は眉一つ動かさずに人を殺せる人物のようだ」


 そんなことないよ。

 俺、人殺し嫌いよ。

 異世界生活開始半日でビリー・ザ・キッドの人生よりも多くの人を殺したけど。


「正直言って貴方は信用できない。

いつか裏切るかもしれないと思ってましたが、貴方は私たちを二度も助けてくれた。感謝します。

だから……今度は私が貴方を助けます。お願いですから私を信用してください」


 つまり……要約すると超痛いんですね。

 死ぬほど痛いんですね。

『痛いけど報復はしないでね』ですね。よくわかります。

 もちろんしません。

 俺は無言でうなずいた。


「ティア、君も押さえつけて!」


「うん」


 ティアの仇にならなかったのは幸運だった。

 もしティアの親を殺してたらトドメを刺されるところだったはずだ。

 ティアは木の棒を俺に差し出す。

 なあにそれ。


「噛んで」


 ですよねー。

 俺はにへらっと笑った。

 俺の痛みに弱い繊細な脳は脳内麻薬をバンバン出していたのだ。

 それにもうね、痛いのがわかっていると笑いしか起こらんわ。

 俺は素直に棒を噛んだ。


「今から矢を折ります!」


 はい、これからはグロシーン多めなので少しカットね。

 おっさんが苦しむところ見ても誰も面白くないもんね。

 でもね、チュートリアルはまだ終わりじゃなかったのよ。すぐにわかるけど。

 最後に俺の悲鳴をどうぞ。


「ぐみゅうううううううううううッ! (くそったれえええええええッ!)」

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