第37話 休戦。

次に目が覚めた場所はまた、俺が運ばれた医療室のような場所だった。

「…目と口を閉じとけと言っただろう。この馬鹿者。」

姉さんが呆れ溜息をついた。

「……泉。どれだけ私に心配させるつもりなんだ…。」

父さんは目を真っ赤にして俺の手を握っていた。

「ごめん…父さん…。」

「ごめんで済まされるものではないだろう…。まぁ生きているならいいんだ…。」

そう言うと父さんは俺の手を強く握り下を向いた。

「ッ!!父さん!!あの後は…」

俺は思い出したかのようにあの〈超新星〉後の展開を聞いた。無理に起き上がったせいか胸が痛む。鈍痛に顔を歪めている俺の手を、父さんは離しはしなかった。

「争いは一時的に終わったよ。…魔術の威力を抑えて発動したから、敵味方関係なくここらで戦っていた人間は意識を失っている。」

あの威力で抑えた方だと言うのなら全力を出した場合、全地球の人間が死に至るような魔術を使えるのではないか…?

「師匠とカタストロフはまだ生きている。魔術を見た瞬間、あの場から離脱していった。」

父さんは続けて話す。

「…まぁー一時休戦と言ったところだな。…フゥー…。とりあえず本部に戻って作戦を立て直すか。大将も来たところだし、本部には煜翔寺の旦那もいるわけだし、現状はそんなもんだ。」

土翳豪は煙草をふかし、頭をかきながら言った。

「チッ…あの老いぼれもいるのか。」

「おいおいセン。旦那と仲悪いのは知ってるが老いぼれはねぇんじゃねぇか?」

「黙れ。…戦争に勝つ為とはいえ、非人道的な作戦を立てるあの老いぼれが気に食わんのだ。」

「それでも優勢になんだからいいじゃねぇか。……戦争に良いも悪いもねぇよ。フゥー…勝てば正しい、負ければ間違いなんだからよ。」

「上手くことが進むのがまた腹立つのだ!!!」

チッと舌打ちをし、土翳豪が吐いた煙を払いながら悪態をついた。

俺はその煜翔寺という人間がどのような人物かはわからなかったが、出会う前から少し印象が悪くなった。

戦争に勝つとはいえ非人道的な作戦を立てる人物に良い印象を持つだろうか。

「まぁそうだな。一回堰堤さんのところへ行くとしよう。」

そして俺達は本部へと向かった。




「随分と遅い到着だったようだな、神也。」

「ハッ!…申し訳ない。新ソビエト連邦の襲撃で到着が少し遅れてしまった。」

「もう少し早く到着していればより良い策もできたもものの…まぁいい、過ぎたことはよしとしよう。」

俺達は巨大な城の正門をくぐり、最上階にある仰々しい扉を開いて総司令室へ入った。

そこのテーブルに座っているのが、先程話に上がっていた煜翔寺堰堤だろう。父さんは入るなり敬礼をし煜翔寺堰堤が手で合図するまで姿勢を崩さなかった。

父さんがかしこまるほどの人物…。これが煜翔寺堰堤か…。

「…その小僧が神也の息子か。泉、だったか?」

「ハ、ハッ!作用でございま…?ん?そうであります!…ん?」

俺に鋭い眼光を飛ばした。その圧に作用するかのように俺はすぐに敬礼をした。だがかしこまった言い方が合っているのかわからずはてなマークを浮かべた。

「ハハハハッ。面白い小僧だ。よい、話しやすい言葉で話せ。」

顔は笑っているが目は笑っていない。という言葉が今一番しっくりきた。正直ビビってる。今すぐこの場を離れたい。

「煜翔寺の旦那。あんま怖がらせるなって…。少しからかい過ぎだ。」

土翳豪は笑いながら言った。馴れ馴れしい言葉に何故か俺がヒヤッとしたが、この場で煙草に火をつけないところを見ると、土翳豪も一応かしこまっているようだ。

「フフッ。すまんな、若者を見ると少しからかいたくなる。自己紹介が遅れたな。日本魔術軍総司令の煜翔寺堰堤だ。一応神也の上官になるが、実力では到底及ばん。神也は現場担当、私は指揮担当と言ったところだ。…ついでにそこにいる土翳豪や小娘、常闇センの上官でもある。」

土翳豪は軽く敬礼をしてニカっと笑ったが、姉さんは腕を組んだまま煜翔寺堰堤を睨みつけていた。

「……。」

長い沈黙が続く。あの眼光で姉さんを睨み返している。

気まずい。より一層この部屋から出たくなった。

「そんなことよりも、だ。堰堤さん。この戦局をどう見る。」

耐えきれなかったのか、父さんは静寂を壊し話を進めた。

「ふむ。……神也のおかげで一時休戦に持っていくことができた。が、こちらの損害が大きい。既に中間基地がやられている。負傷した兵士達もまともな治療を受けられずに戦場に戻る形。一方敵は…神也の〈福音〉と〈超新星〉で戦場にいた連中の7割8割は削ぐことができたが…中華連合のことだろう、数日もあれば戦力は元通りになる…。さて、どうしたものか。」

煜翔寺堰堤は眉間を抑える。7割8割も戦力が欠けているなら一気に攻め込めばいいのではと考えたが、それを可能にさせない要因は多分環蓁とカタストロフだろう。しかもアルビノ体の回復魔術ではなく薬での体力・魔力回復という情報も妨げになっている。要するにアルビノ体をどうにかすればよい問題ではない。『戦場のカタストロフィ』はカタストロフ1人で完成しているのだ。迂闊に手は出せない。

「まぁ…今のところは負傷した兵の手当て、中間基地の復旧…と言っても作り替えた方が早そうだ。その2つの指示ぐらいしかできぬ。」

「ハッ!!では私は報告に…」

「神也。お前はその小僧の稽古についてやれ。また戦争が再開され小僧が死にかけた時、お前が持ち場を離れては困る。」

敬礼をしその場を出ようとした父さんに静止をかけた。これから何日、何ヶ月休戦になるのか定かではないが、その間に父さんに俺を見てもらうよう煜翔寺堰堤は言った。

「小僧。たしか神也と同じく全ての属性…煜系と闇系の魔術も使えるのだな?」

「ハ、ハイ!拙いですが、一応は…。」

俺は急に話を振られビクつきながらも敬礼をした。

「それを戦争がまた始まるまでに、使えるものにしておけ。……後は、小僧が編み出した術式を省略した無詠唱の魔術。アレを軍の公式魔術として登録するがよいか?」

「え、まぁ…はい。あんなのでよければ…。」

「ハハハ、何を謙遜しておる。あの魔術は実に実用的で殺傷能力も高い。私は神也から聞いて、やはり息子なのだと感じたぞ。才能だ。」

この人から褒められるとは思っていなかったのですごく嬉しいのだが、なんか素直に喜ぶことができない自分もいた。何か裏がありそうな気がするのだ。

「旦那、俺ァどうすりゃ?」

「土翳、お前は中間基地の再建に手を貸してやれ。…あと小娘、貴様も小僧の相手をしてやれ。とりあえずのところは以上だ。」

2人に命令をすると、返事を聞くまでもなく煜翔寺堰堤は消えた。

文字通り消えたのだ。体が光に包まれ、眩く発光したかと思えば、あの見るからに偉い人が座る用の椅子から煜翔寺堰堤の姿は消えていた。

「あの老いぼれ…勝手なこと言いやがって…。」

と姉さんは俺を睨みつける。

おれ悪いことしてなくね?

「とにかく、まずは泉。お前の特訓だ。私が使った合成魔術、環蓁が使っていた魔力の応用を重点的に行うぞ。」

「私が教えられるのは闇系魔術だけだがな、死にたくなかったら覚えろ。」

「ガッハッハッハッハッ!!!!大将とセンについてもらえるなんて光栄だな!!!!!死なねェ程度に気張れよォ!!!!!」

と笑いながら土翳豪は去っていった。



戦争は休戦になり、束の間の安息が得られるかと思ったが、俺の地獄のような日々は継続となった。

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