第36話 超新星

「と、まぁそんな感じだ。ついてこれてるか?」

俺は喋っている間にすっかり冷めてしまったコーヒーを、一気に流し込んだ。

「……えっと。情報が多すぎて混乱してきたわ…。」

美南が難しそうな表情で頭を抑えていた。

「お、おいおい!!その環蓁ってやつが来てからどーなったんだよ!!教えてくれよ!!!!」

徹は興奮気味で俺の話に食いついてくる。こんな熱心に聞かれると、余計なことまで喋りたくなるなぁ。

「まぁ、落ち着け。…俺もちょっと喋りすぎて喉が渇いた。姉さん!おかわり貰えるか?」

「コーヒーで喉が潤うか。茶を入れよう。」

机の上に置いてあった空のポットの近くに魔力感知板があり、そこに手をかざし魔力を込めるとポットの中に熱湯が現れた。

そして置いてあった茶葉が姉さんの風魔術によって渦を作り、ポットの中に入っていった。

ほんのり色づいたお茶をカップに移し、風魔術で俺のテーブルへと運んだ。

「相変わらず芸が繊細だねぇ姉さん。」

「魔術を精密に扱えない者は『花園』になんかおらん。…お前以外はな。」

俺はその言葉を微笑で返し、淹れてもらったお茶を飲んだ。

これは…アールグレイか?ベルガモットの香りが鼻を抜ける。

「美味いな。…えっと、どこまで話したっけ?」

「カタストロフと環蓁が花園神也と出会ったところです。」

「そうか、ありがとう立花。じゃあ続きを…」

「まッ待って!!!」

「なんだよ美南止めんなよ!!」

「アンタは黙ってなさい…。せ、先生、今先生も『花園』って…?」

美南は俺と姉さんの会話を聞き逃さなかったらしい。実に鋭い。

「あぁ…。それか。まぁ後々話すが、端的に言うと『花園』は俺が作った。以上。」

「は、はぁ?今なんて…」

「後々話すって言ったろ。…とりあえず続きを話すよ。えっとー確かアレは環蓁が登場したとこだったからー…。」

俺はまたアールグレイを口に含んで話し始めた。











「し…師匠?」

俺は父さんに師匠がいるなんて知らなかった。こんなに強い父さんに師匠がいるなんて、知らなかった。

ということはそれ以上の実力…?

「私の事を倅に話していないとは…。はじめまして、神也の倅。私は神也に近接格闘術を教えた環蓁という者じゃ。よろしくの。」

「は、はぁ。よろし…ッ!?」

俺が挨拶につられお辞儀をしようとした時には、もう目の前にいた。

音も、風も、気配も感じさせずにだ。

「それよりも…ちょっと鈍ってはおらんか神也よ。」

父さんは環蓁の足を掴んでいた。

ちょうど俺の頭を蹴ろうとしていた環蓁の足をだ。見るまで気づかなかった。

「いやいや、師匠の足を切り落とすなど、私には恐れ多くてできませんよ。」

「ほっほっほ。敵に情けをかけるとは…大きくなったの神也よ。」

「そりゃもう…今や父にもなりましたしねッッ!!」

掴んだ足をカタストロフめがけ思い切りぶん投げたのだが、元々いた場所に綺麗に着地した。

「2人が知り合いだったとはな…。中華連合の環蓁に日本の花園神也。この戦場には大物しかいないらしい。」

「貴様が言うか?カタストロフ。だが貴様ら新ソビエトのカラクリはわかったぞ。『戦場のカタストロフィ』が聞いて呆れる!!!!!」

俺は父さんが言っている意味がわからなかった。

カラクリ…?なんのことだ?

回復魔術のことか?…いやでも実際俺が死にかけていたところをアルビノ体の回復魔術で助けてもらったわけだし…。

「そうか、泉は知らなかったな。…このアルビノ体のカラクリを。」

父さんはカタストロフ、環蓁から目を離さず俺に話しかけた。

「…コイツらに回復魔術なんて使えなかったんだよ。超強力魔力回復薬…おそらく新ソビエト独自の薬だろう。それを使用して体力や魔力を回復していたんだ。実際、お前を助ける時に使っているのを見た。」

「…フン。小癪な。わざわざ風魔術の術式を展開し破壊して、その破片を浴びることによって回復している演技をしていたのか。律儀なことだな。薬を霧状にして浴びているだけなのにな。」

姉さんはいじらしい顔でカタストロフを見つめる。

そうなのか…。回復魔術を使えるアルビノ体が多くいるのではなく、ただ薬を使っているだけなのか…。

でもなぜそんな面倒な演技をするんだ?

「…こうでもしないと抑止力にならんだろう。日本には『魔術王』がいるように、新ソビエトには『戦場のカタストロフィ』ありと、世界に知らしめたかったのだ。」

そういうことか。戦わずして勝つ。そうすることが戦争において一番良い解決策だからな。

「バレてしまえば仕方ない。…おい、薬全て寄越せ。」

カタストロフは白いローブを纏ったアルビノ体から、魔力回復薬を受け取り、しまう。

「では全力で行かせてもらうぞ花園神也。」

「どれだけ成長したか見せてもらおうかの、愚弟よ。」

カタストロフに合わせるように環蓁も臨戦態勢を取る。

それに呼応するように、姉さんも土翳豪も構える。

「いや、私だけでいい。」

それを制止し、父さんは両手に別々の術式を展開した。

「…あれは水魔術と炎魔術の術式……?」

俺はこの時まで、別属性の術式を一気に展開することはできないと思っていた。奇跡のような芸当だと思った。

「第8式水魔術に加え…第8式炎魔術…」

展開しきった術式を重ね合わせ、新しい術式が構築・展開された。

「合成魔術〈超新星〉ッッ!!!!!!!」

詠唱が終わった瞬間、父さんの前に展開された術式は2つに増え、カタストロフと環蓁がいる場所を間に、線対称に分かれ、大きく広がった。片方の術式からは山1つを水没させることができるような大きな水の塊、片方の術式からは、落ちればここら一帯が更地と化すような巨大な融解しかけている隕石が現れた。それらが間にいる2人をめがけ近づく。

「お前ら!!!!!!できるだけ距離を取れ!!!」

そう言った瞬間に姉さんは俺を抱え、身体強化魔術を唱え、できるだけ後方に下がった。土翳豪も同様である。止まることはなく、常に走り続けていた。随分遠くへ離れたが、2つの巨大な魔術はこの場所からでも視認することができる。

「…別属性の魔術の…合成…。」

俺は目の前で起きていることに理解が追いついていなかった。

「坊主、初めて見たか。…あんな神業やってのけるのは、世界探しても大将しかいねぇよ…。とにかく今は全力であの魔術から逃げるこったぁ。」

土翳豪の顔に余裕が見られない。それほどヤバい魔術ということなのか…。

段々と小さくなる2つの魔術が、もう少しで合わさる所だった。

「おい泉、口と目を閉じてろよ。」

姉さんはそう言うと、目を閉じ、呼吸をするのをやめた。俺もそれに合わせるように目を閉じ呼吸を止めた。

今は聴覚しか感じることができないが、凄まじい轟音が鳴り響いた。この音を聞いて、あの2つの魔術が衝突したのだなとわかる。それほどの音だ。その音に、鼓膜が破れた。そして両耳から血が溢れた。

「ーーーーーッッッッッ!!!」

叫びそうにもなったが、ここで口を開けたら多分、臓物もやられるだろうと感じ、歯を食いしばった。

凄まじい衝撃波に姉さんは吹き飛ばされ、俺を投げ捨て転がった。地面に体をつけて初めてわかったが、地震の時よりも激しく揺れている。この揺れであったら都心部の建物は全壊しているだろうと感じるほどの揺れだ。

結構な距離を取ってこの衝撃、0距離にいるカタストロフ、環蓁…そして父さんはどうなるのか…?

「父さ………。」

つい、というか不意に、俺は目を開け口を開け、父さんの方を向いてしまった。見てしまった。

そこはまるで…いや、俺が生きてきた中でこのような光景を見たことはない。アニメでも、漫画でも、だ。


星が生涯を終えると大規模な爆発を起こすらしい。これをスーパーノヴァ、超新星と呼ぶのだが、魔術名〈超新星〉とはよく言ったものだ。周りの生命は絶命し、父さんが発動した魔術は本当に、星が爆発を起こしているかのようであった。

「綺麗だ……。」

この言葉は多分、言えてなかったであろう。まず、この言葉を伝えるために必要な空気も〈超新星〉によって消滅している。そして口から食道、気管、肺に至っても焼けるような痛みが襲い、一瞬見えた景色も今は白く光り、そこで視力さえも奪われたことに気づいた。


そして俺の意識は途絶えた。

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