第35話 第8式魔術


「おい坊主。大将の戦を見んの初めてか?」

「あ、あぁ…はい。」

「そんなかしこまんなって!!!ガハハハッ!!タメ口でいいタメ口で…。まぁそれよりも、さっきは大将の戦力を心配してたなぁ?」

俺達は外に出て戦場へと向かっている最中であった。

先頭は父さんが進み、後方に俺とこの土翳豪がいた。歩けるとはいえ手負いの俺を、『最強の盾』を誇る土翳豪が守る形になっていた。

いつもの父さんの背中が、大きく見える。

自信に満ち溢れているというか、貫禄というかなんというか。

恐怖すら覚える背中である。

「あのカタストロフが相手だと…しかも回復要員までいる。そんな相手に勝てるのかどうか…。」

「ハーハハハハッ!!!そんな心配をする方が失礼ってもんよ。あの人がなぜ世界から恐れられているのか、なぜ『魔術王』やら『軍神』やら仰々しい異名がつけられているのか、坊主。お前の目で確かめろ。」

「…。」

最早負けるなどと思っていない。絶対的な勝利への信頼を置いている。と土翳豪は煙草に火をつけた。

「坊主も吸うか?」

「いや…俺まだ未成年だし…。」

「細けぇこと気にしてっからいつまで経っても坊主なんだよッ!!!男なら酒!!!煙草!!!女だろうがッ!!!!」

俺の肩をガシッと掴んでデカい口で笑う。

その頭を背後からスパンッと叩く女性がいた。

「馬鹿者。泉に変なことを教えこむな。」

「るっせぇなぁセン。オメェもそんな堅物だから彼氏にフラれんだよ。」

「今フラれたことは関係ないだろう!!!!!」

「バーカ。男ってのは何気ねぇとこを見てんだよ。」

「クソッ…。よりによってコイツに言われると腹が立つ…。」

姉さん彼氏にフラれたのか…。逆にクールにフる側だと思っていたが…。姉さんが甘える姿を想像すると少し笑えた。

「何を笑っている?泉。」

後ろから頭をがっちりと掴まれる。

頭部がミシミシと音を立てているのがわかった。

「痛ててててててッ!!笑ってなんかねぇよ姉さん!!」

その光景を見て大きな声で笑う土翳豪。

柔らかく笑う常闇セン。

この戦場に束の間の休息が訪れたような感覚であった。



「着いたぞ。」

父さんが足を止めた場所は基地があった場所で、敵に攻撃を受け瓦礫となった場所だ。そう、大正が死んだ場所、俺が死にかけた場所である。

そこで父さんは足を止め、詠唱を始めた。

敵の姿は見えない。というか味方の姿すら見えない。ここは戦場とはいっても端の方だ。激戦化している中央部には遠い。

「なぜここで詠唱を…?」

俺の疑問には土翳豪が答えた。

「…これが大将の魔術よ。よく見ておけ?そうそうお目にかかれるもんじゃねぇからな。……第8式魔術なんてよ…。」

第……8式!?

と驚いているうちに詠唱が完了し、術式も構築された。大きさで言うと…かなり大きい。今まで見てきた術式の中では、〈八岐大蛇〉を発動する時の術式が一番大きかったのだが、今回の魔術はその大きさを優に凌駕する。

「加えて…第3式身体強化魔術〈千里眼〉!!」

父さんは術式を宙へ浮かせ、身体強化魔術を発動した。

先程完成させた術式は、8つの円の術式から大きな時計盤へと姿を変え、長針しかない時計盤の針が、ゆっくりと動き出す。

「……どんな魔術なんだ?」

「まぁ、今は目視できないから分かりにくいだろうな。だが見ておけよ泉…これが『軍神』、『魔術王』と恐れられる姿だ。」

が、なにも起こらない。大きな大きな長針が、ゆっくりと進むだけである。

父さんは〈千里眼〉で目を瞑っているし…。

異様な光景である。

長針が丁度22時あたりを指したところで、

「うおおおおおおおお!!!」

はぐれたと思われる敵が1人こちらへ向かって来るのが見えた。

「と、父さん!!!!!」

俺は咄嗟に構えるが、姉さんが止める。

「見ておけ。」

「で、でも!!」

敵は付与魔術で氷を纏った右腕で父さんに殴りかかる。

寸前で目を開けた。

「……時間だ。第8式攻撃系煜魔術〈福音〉」


目があった敵の心臓部分には光の紋章が浮かび上がった。紋章というには…なんというかひび割れのような形であった。

と同時に、時計盤は大きな鐘を鳴らした。

ゴーン、ゴーンと体の芯まで震えるような轟音が鳴り響いた。

「ヒィッ!?」

その音が響き渡る中、敵の胸についていたひび割れた紋章から、光の枝が生え、そのまま成長し敵の体を貫き大きな木となった。

その光景を目の当たりにしたが、あまり驚かなかった。

この戦場において第7式魔術というものを見てきた。それに比べるとなんというか…派手さ?に劣ると思う。

もっとこう…目に見えてすごいものがくると思っていたから、少し拍子抜けである。

「これ…だけ?」

俺は思わず口にしてしまった。

「まぁ今はわかんねぇよな。この魔術を。」

土翳豪が笑って答える。

「いいか?坊主。この魔術の発動条件ってのは大将自身が敵を視認することで発動すんだよ。まぁーつまりだ、見たやつ全員あの紋章がつくってわけよ。」

「え…。まさか…」

「そう、そのまさかよ。大将は〈千里眼〉を使って敵のー…多分8割ぐらい見たんじゃねぇか?そいつら全員…こうよ。」

土翳豪は光る木となった敵を親指で示す。

前言を撤回する。

派手さに劣る?とんでもない。

戦場はおそらく光る木の森となっているだろう。

拍子抜けなんてそんなおこがましいことを思ったことを恥じた。

別次元だ。

1から7式の魔術とは別次元の魔術だ。見渡した全範囲が魔術対象だと?

〈千里眼〉で見渡せば…最悪この地球全てにこの魔術を行使することができてしまう。

「いや…6割ほどだな。紋章を剥がされた。」

父さんが答えた。

「まぁーこの魔術を知ってる奴じゃねぇとそんなことできねぇからな…。多分経験者だろ。」

土翳豪が答える。

多分第2次大戦の時も使ったのだろう。対策できた者もいるそうだ。

だがしかし…敵戦力の6割を今の1度の魔術で削った…?

「わかっただろう?これが泉、お前の父にして『軍神』にして『魔術王』だ。」

常闇センは俺の肩に腕を回し耳元で囁いた。

「こんな……まさか…」

父さんが強いと知っていたし、周りから異名をつけられ恐れられていたことも知っていた。

だが、こんな強大な力を持っているとは知らなかった。

…こりゃ抑止力になるわけだ…。

「む。敵の親玉が来るぞ。気をつけろ。」

父さんが感情のこもっていない声で俺達に告げる。

「まさかこんな早い到着とは思わなかったよ『魔術王』。」

「その声は…カタストロフか。相変わらずお仲間も一緒か…ん?そこにいる老人はまさか…。」

カタストロフとアルビノ体数人の他に、赤い盤領を着た老人が立っていた。

「久しいの…神也。元気にしておったか。」

「環蓁殿。やはりおられましたか…。」

父さんはあの老人に頭を深く下げた。

「先程私のことを老人と言ったかのぉ〜?」

「い、いえいえッ!!そんなことはッ!!」

焦っている父さんを見るのは新鮮だった。

「ところで…久々の再会にあのプレゼントはなんじゃ。不恰好な紋章なんぞつけおって…。」

「貴方なら余裕で回避してくると思いましたよ。」

ニヤリと笑う2人。

「大将、ありゃ誰だ?俺も見たことねぇ顔なんだが…。」

煙草に火をつけ煙を口から出す土翳豪に対し、父さんは答えた。

「…中国が敵となる時点で少しは思ったのだがな…。あの人も敵になるって…。あの老人、環蓁さんは俺の師匠だった人だ。」

ほっほっほと静かに笑う赤い盤領を着た老人がいた。

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