第34話 死。


「大正……。大正………ッ!!!」

俺は両目から溢れる涙を血で染まった大地に垂れ流し、頭部が潰れた死体を求め這いつくばった。

「…戦場において私情は禁物。そのくらい新兵でも知っているだろう?」

カタストロフの足元にあった大正は、頭部を潰した本人によって蹴り飛ばされた。

まるでゴミを飛ばすように。まるで虫を蹴り殺すように。

まるで人だったものではないように。

「あ…ッ!!あぁ…大正…。」

俺はカタストロフに目も向けず、蹴り飛ばされた大正の死体を追うように見ていた。

「はぁ……。人間が1人死んだくらいで何を狼狽えている。今まで死は何度も見てきただろう?何度も殺してきただろう?自分でも都合が良いと思わんか?お前が殺してきた相手にも友人、家族、恋人がいたかもしれないではないか。私と同じように、無感情に、ただ作業のように人の命を奪ったではないか。それが自分の身になったら悲しいと、嘆く資格はあるのか?」

その通りだ。戦場に降り立った最初の時にも言われたじゃないか。風凱珠希にも言われたじゃないか。弱い奴が淘汰される世界、それが戦場だ。大正はこのカタストロフよりも弱かった。だから殺された。ただそれだけだ。至極簡単、単純明快、それだけの理由なのだ。今まで俺が殺した人間もそう、殺された仲間もそうなのだ。

「クソが…クソがァァァァ!!!!」

俺は立ち上がり身体強化もロクにしていない体でカタストロフに殴りかかる。

その拳はカタストロフの胸に当たる。というか、避けることすらしていない。ダメージも負っていない。代わりに俺の拳から血が流れた。

「…だが、その怒り、憎しみはお前を強くするだろう。忘れてはいけない。殺されたこの日本人の思いを紡ぐ資格はお前にある。」

自分がどういった感情をしていたのかもわからない。

だがカタストロフは俺の感情を、その胸で受け止めた。

「この戦場から、生きて帰ることができたらの話だがな!!!!!!」

カタストロフは裏拳で俺を吹き飛ばした。低演算の身体強化魔術だったとはいえ、ほぼ身体強化魔術を施していない俺の体にとっては大ダメージだ。

「ーーーーッッッ!!!!」

声にならない悲鳴をあげ、地面に突っ伏せる。

殴られたのは胸あたり…肋骨は粉々に砕け、その骨が内臓に刺さり、吹っ飛ばされた衝撃で手の骨も折れ…動けるような状態ではなかった。

「時に憎しみや怒りは人を壊し、狂わせ、堕とすものであるが…時に人を強くし、人を成長させるものだ。」

カタストロフは一歩一歩俺に近づく。

「私を憎め。怒れ。その先に強さはある。」

そんなこと言われても、今の俺にはどうしようもできなかった。体は動かない、魔力もほぼない。

「クソ……ッ!!たい…しょ…う……ッ!!」

大正の亡骸が視界に入った。怒り、悔しさ、憎しみでどうにかなりそうだった。この目の前の男を殺してやりたいとも思った。しかし体は言うことを聞かない。しいて動くのは口と目だけであった。

「…貴様の憎悪もそれまでか。では、死ね。」

クソクソクソッッッ!!!!

動けッ!!!!!立てッッ!!!

ここで死んでたまるか…大正の分まで生きるんだッ!!

動け…動け…ッ!!

「動けーーーーーーーーッ!!!!」

叫んだところで、俺の体は動くことはなかった。

だが俺は近づいてきたカタストロフを睨み続ける。

「………。第1式攻撃系氷魔術。」

そんな俺を冷たい眼差しで見下ろす。しゃがみこみ、俺の頭に右手をかざした。

「死んでたまるか…ッ!!俺は…俺はァァ!!!!」

生きて帰るんだ。

その言葉を発する前に、

「〈アイスロック〉」

カタストロフの発動した魔術が、俺の頭を直撃した。

視界がぼやける。

思考が止まる。

息もしづらくなる。

鼓動も遅くなる。

瞼を開けているのさえ辛くなる。

俺は自分で悟った。

死ぬんだ…。俺はここで死ぬんだ…。

薄く笑い、閉じゆく瞼を自らの力で眼球を閉じた。

「……我が息子と同じくらいか、それよりも若い日本人だった。」

音はまだ聞こえる。

立ち上がる音と、喋る声が聞こえた。

「そんな子供を、私は殺した。…なぜこんなことをしなれければならない、なぜこんなことを強要されなければならないッ!!!!!!」

カタストロフからそんな言葉が出るとは驚いた。

見た目からして冷酷で残忍な性格だと思っていたのだが…。

この男も、葛藤しながら戦っていたのか。

「…こんな戦争、ここで終わらせなくてはならない。子供達のために、争いのない世界を作らなくてはならない…ッ!!!」

と、声が聞こえたところで俺の意識は途絶えた。




死んだ、と思った。

俺の最後は呆気なく、反撃や敵を傷つけることすらできなかった最後だ。

実力不足もいいところと笑えばいい。自分でもよくわかっている。死んでから気づいたって遅いけどな。

もっと父さんに教わればよかった、もっと聞けばよかった。

…死んでから色んな後悔するってダセェなほんと…。

『…おーい!!おーい!!』

遠くから声がする。あれは…大正?もう1人いるぞ…あ、義彦じゃねぇか!!!

『おーーい!!!!義彦!!大正ー!!!!』

あぁ、多分これが死後の世界ってやつだろう。気がつくと周りは綺麗な花畑になっていて、空も綺麗な青空だ。

しかも死んだはずの大正と義彦が俺を呼んでいる。

これなら死後の世界も悪くねぇな…。

『お疲れ泉。どうだった?初陣は。』

『なんだよ義彦。ここにいるってことは死んだってことだろ?最悪に決まってるだろ。』

『バカ言うんじゃねぇよ!俺なんて戦場にすら降りてねぇぜ?』

そう笑って言う義彦を見て、俺は義彦が死んだ場面を思い出してしまった。

嗚咽が出る。

『おおっと!悪いな、変なもん見せて…。気分悪くなったろ?』

口を押さえ丸くなる俺の背中を義彦がさする。

それを見て大正は大きく笑った。

『ハハハッ!!義彦、俺も負けてねぇぜ?俺なんて泉の前で頭部潰されたからな!!!』

それを聞いてまた思い出し、今度は吐いた。

『どーだ義彦!俺の勝ちだ!!』

『なんの勝負だよッ!!!』

そして3人で笑った。落ちている吐瀉物なんか気にせず、笑い転げた。

ほんの数日前まで一緒にいたのに、この2人に出会ったのが懐かしくて泣けた。泣きながら笑った。

『そうだ、泉。お前が見たもん教えてくれよ。俺が死んだ後どーなったんだ?』

義彦が目から流れる涙を拭いながら聞く。

『いいぜ?でもそんな面白い話なんかねぇぞ?』

『まぁーそー言わずにさ。お前の武勇伝が聞きたいよ。』

そう言われると俺はわざとらしく仁王立ちした。

『しょーがねぇなぁ!!!!よく聞いとけよ?まずなぁ、お前が死んだ後……。』

『おい泉。お前、足透けてんぞ?』

大正が俺の話を割って入った。足元を見ると確かに透けている。

『…ま、まぁ幽霊って足透けてるって言うじゃん?それじゃね?』

『いつの話だよそれ。…多分まだお前は生きてやることがあんだろ。』

義彦が満面の笑みを俺に見せる。

『いや…でも俺死んで…。』

『死んでねぇよ。』

大正が答える。

『…ッ!!確かにあの時俺は殺されたんだ…。だからお前らと話せる。俺はあんな酷い戦場に戻るくらいならお前らとずっと話してたい…ッ!!!』

『バカ言うなよ。俺はお前に言ったんだぜ?生きて帰れって。それを忘れんな。生きるチャンスがあるなら絶対に摑み取れ。そして俺達のところへ帰ってくるな。…お前がじいちゃんになったら、その時は仲間に入れてやるよ。』

『…そうだな大正。俺もお前と話ができてよかったし、できればずっと話しててぇ。だが、お前の帰りを待ってる奴だっている。その人達を悲しませねぇように戻ってあげろよ。……これはーあれだ、神様が俺達に話す機会をくれたんだな!!そーゆー感じだろ!』

2人でニヤリと笑う。俺はその姿を見てまた泣いた。

『おう…。ちょっと忘れもんしたから戻るわ…。また必ず戻ってくるけど、その時しわくちゃになってたら勘弁な!!!!』

俺は泣きながら拳を突き出した。その拳に対して2人も拳を合わせる。

『待ってるぜ。泉。』

『生きて帰れよ。』

俺は何も言わず、2人に背を向け走った。

どこに行けば生き返るのか、本当に生き返るのかはわからないが走った。2人に背中を押され、走らないわけにはいかなかった。

走る、走る、走る。

果てが見えないこの世界で全力で走った。




「…み……いずみ………泉ッッッ!!!!!」

俺は気がつくと、知らない施設の医療室のような場所にいた。

俺を呼びかける声の主は、花園神也こと父さんであった。

「と、父……さん?」

「ッッッ!?!?!?」

驚きと悲しみが混ざったような表情をして、俺に抱きついた。

負傷している体が痛む。

「いたッ!!!…父さん痛いよ……。」

「よく……よく生きてくれた……ッ!!!!」

父さんのこんな姿初めて見た。今めちゃくちゃ驚いている。

「あれ…でも俺なんで死んでないんだ…?」

「そりゃあ、コイツらのおかげよ。」

壁際に立っている巨漢が親指でくっと示した。その方には肌と髪が白い女性が2人立っていた。

「……ッ!!!!」

俺は最初わからなかったが、この人達がアルビノ体だということがわかった。

「カタストロフの…手下?」

「はい…。元、でございますが。私達はこの土翳豪様に連れてこられた捕虜扱いとなります。」

「というわけだ。」

所構わずタバコを吸う巨漢が答えた。この男は土翳豪と言う男か。姉さんの口から聞いたことがある。態度は最悪、口も悪い大雑把でデカい男で、だが防御に関しては日本において右に出る者はいないと。

まさにこの男ではないか。

「……このノンノとフリューゲルがお前を回復魔術で助けてくれたんだ。」

そう父さんが言うと、アルビノ体の2人は頭を下げた。

「いやー研究のために2人は送ったんだが、この2人は残しておいてよかったな。」

タバコを拳で握りつぶし、そのままポケットへ入れた土翳豪が話した。

「あ、そういえばここは…?」

「軍の本拠地だ。」

土翳豪がベッド横まで近づき答えた。近くで見ると威圧感がすごい。あとタバコの匂いもすごい。

「本拠地って潰れたんじゃ…。」

「ハッ。あんな目立つ所に本拠地置いてたまるか。あれはな、まぁー言わば中間地点みたいなもんだな。」

たしかにアレは相当目立っていたと思う。俺達がつけられるまでよくバレなかったものだとも思う。

「…俺達は……敵につけられてあの基地を…皆を死なせた…ッ!!!!」

俺はあの瓦礫と死体の山を思い出し、かけられていた布団を握りしめた。悔しくて涙が溢れた。

「……いい。気にしなくていい。お前のせいじゃない。いいんだ…。」

父さんは優しく言葉をかけてくれたが、俺は気にせずにはいられなかった。

こんな新兵のせいで大勢の人間が死んだ、基地が無くなった。俺達のせいで。

「スゥ…フゥー…。まぁなんだ、損害はまあまあだが、花園さんが来てくれたんだ。この戦争ももうじき終わる。」

また煙草を取り出し、火をつけ吸う土翳豪が煙を吐き出しながら言う。

だがしかしあのカタストロフに父さんが勝てるのか…?父さんの噂は聞くが実力をこの目で見たわけではない。カタストロフのあの実力…そして姉さんでさえも救援信号を出した相手だ。…はたして父さんが勝てるのかどうか…。

「心配するな泉。」

そんな様子を察したのか、父さんは立ち上がりニヤリと笑った。

「日本には、俺がいる。」

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