第33話 大正薫。
「て、敵襲だーーーーー!!!!」
基地の中が騒がしくなる。中のサイレンも鳴り響き、休んでいる者、食事を取っていた者、手当を受けていた者も全員戦闘準備をした。
「なぜここが襲撃されるんだ…?」
俺は疑問に思った。本来ならここは敵に知られていない、知られてはいけない場所である。なぜだ?
「…泉。俺達のせいだ。俺達が基地に戻る時…つけられていたんだよ。」
大正は青ざめた顔で、声を震わせながら言った。たしかにその可能性は考えられる。俺達がこの基地にたどり着いたのは数時間前。仮眠を取ったりしている間に、俺達をつけていた敵は仲間に伝え、十分な戦力が揃った時期に攻撃を仕掛けてきた。
確かにおかしかったんだ。基地に帰る時、敵と出会わなかったこと。こんな乱戦状態の中で、安全に帰れる方がおかしいのだ。
「た、大正…。どうしよう…。」
俺は今まで背負った事のない大きな責任感と罪悪感で押しつぶされそうになった。大正を向く俺の顔は…正直どんな顔をしているかわからなかった。
「ど、どうもこうも…戦うしかないだろ…。」
俺達はおぼつかない手つきで準備をし、基地をでた。
「な…なんだよこれ…。」
基地の外には敵戦力の半分以上が集まっているかと疑うぐらいの人数が、基地を囲っていた。
「詠唱準備!!!!!」
敵の掛け声により敵のほぼ全員が詠唱を始めた。手の前には円が4つ。この人数で第4式魔術を打つ気だ。
「お、おい…。これどうすりゃいいんだよ…。」
「ハハハ…ハハ…。」
大正はもう笑うことしかできなかった。そりゃそうだ。何百、何千といる人間全員が第4式魔術を、俺達に向けて放とうとしているのだ。まず防げない。
第5式防御系魔術を使えるといえど、物理的な面積が足りない。ここにいる味方全員で発動して、やっと防げるかどうかだ。そんな連携を取る時間もなければ、魔力もない。回復しているからと言って、今全員が第5式防御系魔術を使えるわけではない。
詰み、だ。ここから俺達は成すすべなく蹂躙されるのだ。
俺達がつけられたせいで。
俺達のせいで、ここにいる人間全員が死んで、基地を失ったことにより、自軍は敗北を記すのだ。
「クソッタレ…ッッ!!!!」
全ては俺が弱いせいだ。
俺は両手を前に出し、詠唱した。
「お、おい…泉…?何してるんだ…?」
「数多の声を聞け!!!……せめて俺達だけでも助かるぞ。…死んでたまるか。弱いまま…死んでたまるか!!!」
「ハハ…。この光景を前によくそんなことが…。」
「うるせぇ!!やってみなきゃわかんねぇだろ!!!」
詠唱が終わり、術式は構築・展開された。
俺にはまだ隠していた魔術がある。
そう、煜魔術と闇魔術だ。
これは父さんにあまり使うなと言われていたが、今は緊急事態だ。使わざるを得ない。
だが使ったところで、俺達が助かる保証はない。単純な物量の差で、こちらの防御系魔術が破壊されるかもしれないからだ。というか、その可能性の方が高い。
だが…やってみないとわからないッ!!!
「第5式防御系煜魔術〈天空の羅針盤〉!!!!!!!」
「放てぇーーーーー!!」
俺の魔術発動と共に敵陣営は魔術を放った。
俺達の目の前に現れたのは大きな黄金色の羅針盤であった。一見すると防御できそうもないのだが、中にある針がくるくると回り、北ではなく俺達からみて右の方を指した。すると羅針盤の前にきた敵の魔術は羅針盤に当たることなく、右の方へ飛んでいった。そして敵の魔術同士がぶつかり合い相殺された。
「お、おぉ…!!!!流石は花園の血を引く男だ…。煜魔術をも使えるなんてな…。これは…もしかしたら……。」
先程まで生を諦め目が死んでいた大正に再び光が宿った。
「もしかしたら…なッ!くそッ!!さすがにこの量はキツいな…ッ!!」
流しきれず何発か羅針盤に当たっている。その衝撃や損傷を俺の魔力でどうにかするが、こちらが先に疲弊するのは見えている。壊れるのも時間の問題だ。
「…泉、俺も手伝う!!!!」
大正が両手を突き出し詠唱した。
「第4式防御系水魔術〈海龍の渦潮〉!!!!!」
俺が発動している羅針盤の周りに、羅針盤よりも大きな水の渦が発生した。その渦で襲いかかる敵の魔術を巻き込み、巻き込まれた魔術は段々と威力が落ちていきやがて消滅した。巨大な渦を抜けてきた魔術は羅針盤の効果でどこかへ飛んでいく。
「大正ッ!!!!…絶対生き残るぞッ!!!!!」
「当たり前だろ泉!!!!!」
俺達は並んで顔も見合わせず会話した。その時笑っていたと思う。俺も、大正も。
程なくして敵の攻撃は止んだ。俺の羅針盤はほぼ全壊、形を留めているのがやっとの状態だ。大正が発動した渦も今は小さくなり、流れも止まっている。ただの水の塊が不安定に浮いているだけであった。
だが、生き延びた。
あの猛攻の中、俺達は生き延びたのだ。
「ハァ…ハァ…。生きてるかぁ…大正……。」
「しつこいな泉…。生きてるに決まってるだろ…。」
俺達は膝をつき肩で息をしていた。だが生きていた。
「基地はどうなった…ん…だ…ッ!?」
俺は後ろを振り返ると、先程まであった大きな建物は跡形もなく崩れ去っていた。そしてその周辺には味方であろう死体が多く転がっている。
「ダメだ泉、振り返るな…。前を見ろ。まだ戦闘は続いている。」
その言葉で反射的に前を向いた。あれは見てはいけないものであった。
俺達のせいで、こうなってしまった物、人。
それらを見てしまえば罪悪感に押し潰され、戦うこともできなくなってしまう。…今はまだ見ちゃダメだ。俺は視界に写してしまった光景を一生懸命忘れるよう、考えないようにした。
「また会ったな日本人。お前のような弱者がまだ生きているとは…よほど強運に恵まれているのか。」
遠くで聞き覚えのある声がした。
正直もう聞きたくはなかった声だ。
その男は白いローブを纏った人間を6人後ろにつけ、仁王立ちをしていた。
「カタス……トロフッッ!!!!!」
俺はその姿を視認すると、足の震えが止まらなくなった。
あの男に俺達が勝てるはずがない…。
しかもアルビノ体を今度は6人も連れている。本気で潰しにかかる気だ。
「ここの基地を完全に潰せれば我々の勝利は約束されたものとなる…と思ってきたのだが、遅かったか。もう跡形もないではないか!!!フフフ…ハーハハハハッ!!!!!!!『魔術王』がいないとこのザマか!!!!!」
カタストロフは顔を抑え高笑いをした。
「カタストロフ…?まさか…ソビエトの…あの…?」
大正が、俺の口から出た名を聞き驚き恐れ戦いた。
「…正直勝ち目なんてない。願うのは、基地が潰れているから用はないと、帰ることぐらいだ…。」
小声で俺は大正に伝えた。カタストロフには聞こえていない。カタストロフは潰れた基地を見て興が冷めたのか、周りの人間に退却の指示を送っている。
「…このまま引いてくれ…。」
俺は目をつぶり祈った。目を開けたら敵の姿はもういない、俺達だけの世界でありますようにと。
だが、神はその願いを否定した。
「日本人、貴様は私が直々に殺してやる。」
近くで声がし、目を開けると眼前にはカタストロフの殺気に満ちた瞳が映った。
「大正ッッッ!!!!逃げろッッ!!!!!!」
俺は咄嗟に省略化無詠唱魔術を地面に当て、土煙を起こした。視界が奪われている今にどこかへ逃げなくてはならない。
「1度交えた敵を生きて返すのはポリシーに反するのでね…。私自身の手で殺すことができて嬉しいよ。」
土煙をすぐさま風魔術で切り裂き、狂気に満ちた笑顔を向けるカタストロフがいた。
「この…化け物がッ!!!!」
ここには土翳豪という男も、常闇センも、雷神風神こと風凱珠希、雷裂透もいない。俺達でどうにかするしかない…のか?
だがどうすることもできない。先程の防御系魔術で魔力は消耗している…完全回復した状態で勝てる見込みもないのだが…。
「助けは来ないぞ日本人。ここで死ね。」
カタストロフが詠唱を始め構築・展開された術式が俺の目の前に現れた。
「だッ!第3式防御系…」
「遅い。」
俺の詠唱を待つはずもなく、カタストロフは魔術を俺に放った。
終わった…のか、俺の人生。…早かったな。まだ全然父さんに追いつけずに死んじまったよ。…そういえば小さい頃よく父さんに連れられて色んなところに行ったな。あの『軍神』や『魔術王』とか言われている人が家ではちゃんと父さんなんだぜ?そんな姿を知っているのは俺だけだ。…くそッ…悔しいなぁ…まだ、生きていたかったな…。
俺は走馬灯のように昔のことを思い出しながら、その時を待っていた。
だが俺の体は不意に吹き飛ばされ、敵の魔術が当たることはなかった。
「ほう…。」
発動し終わったカタストロフは感心するように俺がいた場所を見ていた。
「あぁあ…ぁぁあ……ッッッ!!!!」
そこには胸を貫かれた大正が横たわっていた。
「お…前は……花園泉…だ…ッ!ここ…で…死ぬべ……き男…じゃッ…ない……ッ!!!」
大正は俺を見つめニヤリと笑った。
「逃げ…ろ…。泉……。」
大正はカタストロフの足を掴み、俺に言った。あの瀕死の状態で掴む力など、ほぼ皆無だというのにも関わらず掴み続けた。
「嫌だ…一緒に生きて…帰るって言ったじゃないか!!!!!」
俺は泣きながら大正に近づいた。
「ダメだッッッ!!!!!……来るな…!!…大丈…夫だ…。俺も……後から…ちゃん…と帰る…からよ…。」
大正はあいも変わらずな笑顔で俺に話す。
「…その状態でまだ生き長らえるか。」
足を掴まれたカタストロフは、大正を見て感心する。
「…諦めの…悪…さだけ……は一人…前だから…な…。」
「そうか、なら今楽にしてやろう。」
カタストロフが足を上げ大正の真上に持ってくる。
「やめろ……。」
「第2式身体強化魔術〈硬化〉」
「やめろ…ッ!!!」
「泉……短い間…だった…が…お前と友達に…なれて本当に……」
最後まで言葉を聞くことなくカタストロフの〈硬化〉された足によって頭部を踏み潰された。
「大正ォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
大正の最後は、今まで見たこともない柔らかく、優しい笑顔であった。
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