第32話 安全な場所
「生き残ろう。…生き残って帰ろう。」
大正は俺を強く抱きしめ言う。大正も泣いていた。
「いつ終わるのかな…。この戦争はいつ終わるのかな…。」
「すぐ終わるさ…。もう少しできっと『軍神』…泉のお父さんが来て、こんな戦争ちゃちゃって終わらせてくれるさ。」
俺達は立ち上がり、戦いが行われている方向を見た。
「それまで、絶対死ぬなよ泉。」
「それはこっちのセリフだ大正。…お前だけは死んでくれるなよ。」
俺達は再度、戦場へ向かった。
「…小娘。これでは我慢比べ…いや、貴様の魔力がどれだけ続くか私が見ているだけではないか。埒があかん。」
未だ〈コカトリスの毒牙〉を〈闇纏の羽衣〉で防いでいる状態が続いていた。常に毒牙を浴びせられている常闇センは、魔力を魔術に注ぎ続けるしかなかった。
と言っても、魔力には限界がある。先ほどまで戦場で戦い続けた挙句、カタストロフと対峙し高演算魔術を使用しているのだ。しかも、カタストロフにはアルビノ体の回復魔術が4人控えている。先に魔力が尽きるのは明らかだ。
「なんだ?だったら尻尾巻いて逃げればいいではないか、カタストロフ。」
「強がるな、小娘。いくら貴様が恐れられている『魔女』といえど、この状況を1人で打開する手などないだろう。潔く死んだらどうだ。」
常闇センは色々考えていたが、〈コカトリスの毒牙〉が消滅しない以上手はない。
(面倒な魔術を使ってくれたものだな…。私の魔力もそろそろ尽きかける頃合だしな…。万事休すか?)
「黙れ。今、この忌々しい魔術を解かせてやるからな。」
常闇センはカタストロフへ近づいた。〈コカトリスの毒牙〉を纏ったままだ。
「貴様も、この毒に溺れろ。」
「フンッ。それくらい予想できるわ。」
構えていた左手から7つの円が構築される。しかしその円は完成することなくガラスのように割れた。
「おっと。魔力が少々足りなかったようだ。…おい、回復魔術を頼む。」
そう声をかけると、後ろに控えていた4人のアルビノ体が一斉に術式を構築・展開し魔術を発動した。
「第1式回復系魔術〈ケアル〉。」
展開していた術式が粉末化し、その粉末がカタストロフの全身に降りかかった。するとカタストロフの体はうっすらと緑色に発色し、光は消えた。
「第1式魔術でも4人いると結構な魔力を回復できるのどよ。どうだ?効率が良かろう。」
「あぁよかったなデカブツ!!!」
常闇センは走り出しカタストロフへの距離を詰めた。
だがカタストロフは後方に素早く移動し、左手から7つの円を展開させる。
「第7式攻撃系風魔術〈神風〉!!!」
常闇センの頭上4kmから巨大な竜巻が落雷の如く落ちる。
「これは…なかなかだな…。」
進む足が止まる。毒牙についで体感何tもの暴風が、頭上に降り注いでいるのだ。立っているだけまともと言えよう。
魔術を〈闇纏の羽衣〉を弾いてるとはいえ、〈神風〉は堪えるようだ。
「ハハハハハッ!!もうそろそろその付与魔術も剥がれるころか?いつまで持つかなァ!!!」
「クソが……。」
常闇センはカタストロフを睨みつけるが、対峙しているカタストロフは笑っていた。
もう一度、カタストロフは左手を突き出し魔術を発動しようとした。
「おい、回復魔術だ。」
そつ後ろの4人に命令と、返事もせず詠唱を始めた。術式が構築・展開され…その時に常闇センは動いた。
「な、なんだッ!?」
「魔力が少々足りなくてな、貰うぞ。」
常闇センは歩けないフリをしていた。ずっと立ち止まっていた。カタストロフに、そう思わすために。
機会は一瞬だった。
(コイツらの回復魔術は術式が粉末化し、その粉末を浴びることで回復していた…。その粉末を私も浴びれば、回復するのでは?)
そう考えた常闇センは、相手が使うのを待っていた。
「小娘が…ッッ!!!!」
「ふぅ…。魔力がなかったから助かったよ。ついでコレも返しておこう。」
近づいたカタストロフに未だ噛み付いている〈コカトリスの毒牙〉を当てようとした。
「クソが!!!!!」
「カタストロフはバックステップで距離を取り、左手を再度構える。
「逃げるなよ。貴様の魔術だぞ?」
魔力が底をつき、〈コカトリスの毒牙〉と〈神風〉で勝負を決めたかったカタストロフにとって、魔力を回復されたのは想定外であった。まず、〈神風〉を上から喰らい続け、あの速さでいどうしてくとも思わなかった。
(流石は『魔女』…と言ったところか…。)
常闇センが移動してから程なくして〈神風〉は消滅した。しかし〈コカトリスの毒牙〉は残っている。
(解除するか?あの小娘がまたこちらに来てはたまったものではない。私はまだしもアルビノ達に毒牙が向けば、軍全体の戦力が落ちてしまう。…回復したとはいえ魔力もあまり残っていないだろう。…どちらの方がリスクが高いか…。)
色々考えた結果、カタストロフは〈コカトリスの毒牙〉を解除した。毒魔術というのは発動した術者だけが解除することができる。その他に毒魔術が消滅する方法は2つ。他の魔術で相殺させるか、喰らった人間が死ぬかだ。
「(解除した瞬間に7式を発動すれば問題はないか…。小娘は詠唱に時間がかかる。……あと打てて1発か?万が一に備え、回復しておくか。)
「おい!!!回復魔術だッ!!!!!」
カタストロフは常闇センから目を離さず、後方にいる4人に叫んだ。そして7つの円の術式を展開させる。
「望み通り解除してやる。だが別の魔術を用意してあるぞ。とくと味わえ!!!!!第7式攻撃系…」
「おいおいそんな大それた魔術使ってもいいのかァ?コイツらの援助はもうねぇぞ???」
カタストロフは詠唱を止め、後ろを振り返る。
「貴様は…?」
後ろには巨漢がアルビノ体4体を抱え立っていた。口には煙草を咥えていた。
「よりによって貴様が来るとはな…。土翳。」
「よォ常闇。オメェが救援信号とは…なかなかじゃねぇか。」
ニヤリと笑う土翳豪。その姿を見て常闇センも口元を歪ませる。
「よォ。ソビエトの軍人さん。…このアルビノ達は上の奴らが調べてぇみてぇでよォ、借りてくぜ。」
「何を…貴様ァァァァ!!!!」
再び左手を突き出し、今度は土翳豪に向ける。
「第7式攻撃系土魔術ゥ…〈ヘカトンケイル〉!!!!」
「俺に土魔術とはナメてんのかァ?」
右腕に抱えていたアルビノ体2体を上空に投げ捨て、右手を地面に叩きつける。
「第7式防御系土魔術〈キャメロット〉ォォ!!」
カタストロフからは土で作られた、腕が無数にある巨人が現れた。その100本ほどある腕から繰り出される連撃を、土翳豪の前に出現した巨大な壁を持った城が受ける。何発受けても城の壁が崩れることもなく、また何発止められても巨人が消えることはなかった。
「今のうちにズラかんぞ、常闇。」
気がつくと、両腕にアルビノ体を抱えた土翳豪がいた。
「貴様ッ!魔力を込めないとあの魔術は…ッ!?」
「あぁ、そのうち崩れんだろうよ。…だがあれは魔力込めねぇでもそう簡単に崩れたりしねぇ。アレが時間稼いでる間にコイツら連れて戻んぞ。」
土翳豪と常闇センは2人で戦場を離れた。
「クソッ!!!逃げられたか…。アルビノもいない。なんたる損害だ…ッ!!!!」
〈ヘカトンケイル〉で〈キャメロット〉を破壊した時にはもう2人の姿は無かった。あの大きな城で隠れていたのだ。
「…まぁいい、アルビノの替えはまだある。…ここは一旦退くか…ッ!」
憤りに顔を歪ませ、その地を去った。
「ハァ…ハァ…。大正!!!!まだ生きてるか!?」
「あぁまだくたばっちゃいねぇよ!!!!」
俺達は再び戦場に立ち奮闘していた。
互いが互いの背中を預け戦う。姿が見えないので、時折生きているか確認をする。
「お前の…ッ!!!無詠唱を俺も使えたら楽なんだけどなぁ!!!」
「喰らえッ!!!!…帰ったら嫌と言うほど教えてやるよ!!!」
喋りながらも、殺されないよう死なないよう必死だった。絶対に生きて帰る。それだけを考えて。
「こっちはあらかた片付いたぞ!!!泉!お前はどうだ!?」
「オラァ!!!…これで最後だ!!!……終わったのか?」
「いや、戦争自体はまだ終わらない。だがもう俺達に戦える気力や魔力はない…。1回戻ろう、基地に。」
「あぁ…そうだな…。」
俺達はやっと気を抜くことができた。そして俺達の本拠地である場所に戻る。と言っても元からある建物ではない。魔術で作られた基地だ。この基地に戻り休息した後、また戦場に戻る。戦場に朝や夜は関係ない。休息を取るにしても最小限の時間だけしかいない。そして誰かが基地に戻れば、中にいた者が戦場へ出る。そうすることで戦場に出る人数を極力減らさずにできるのだ。
「場所は伝えられていたけど…こんなデカいとこだったんだな。」
「俺は怪我人を運ぶために1回立ち寄ったが…泉は見るの初めてか。」
「軍の本部ぐらいあんぞ…。」
俺達は基地の中に入り、1度負傷を見てもらい手当てした後休息室で仮眠を取った。休息室は多くのベッドが並べられ、結構な人数が寝ているがまだ余りのベッドがたくさんある。
数時間寝た後、大広間に行き食事を大正と取った。
「…俺達が戦場に降りてから何時間経った?」
色々なメニューがある中俺はカレーライスを選び頬張った。
「んっ…はぁ。ちょっと待ってろ…あぁ、後15分くらい経てばちょーど36時間だな。」
大正はうどんを選び、啜りながらポケットに入っていたケータイで時刻を確認した。
「おおっ!…そんなに経ってたのかよ…。そりゃ腹も減るわけだ。」
持っていった荷物に多少の携帯食料や水(魔力回復薬)もあったが、そんなもの取っている時間などほぼなかった。
というか、1日以上戦ってたのか…。ずっと殺して殺して…。
カレーの横に添えられていた福神漬けの綺麗な赤色が血の色と重なり、口に運ぶことを躊躇った。
「いやー!!食った食った!昔の言葉で腹が減っては戦はできぬと言うが、よく言ったものだ!」
大きな丼に入っていた人の小腸のような長い白い麺を平らげていた。
…ダメだ、食べ物でさえ戦争に影響されている…。
余計なことを考える前に俺もカレーを食べきった。
「さて、いつ戻るか…。」
大正が暗い顔で言った。
そりゃそうだ。誰だってあんな場所に戻りたくない。
だが戻らなくてはならない。それが仕事だ。
「1回この安全な場所を知っちゃうとな…。戻りにくいよな。」
「確かにな。…いつ死ぬかわからん場所に…なぜ戻らなくてはならないのか…。俺はもう、誰かが死ぬとこなんて見たくはない…。」
大正の言う通りだ。誰かの死ぬところ、それは敵だってそうだ。誰かを殺したくもない。
「…できる限りこの場所にいよう。少なくとも、ここは誰かが死んだり殺したりという世界からは限りなく遠いだろう。」
「…そうだな大正。今ぐらいは甘えても許されるだろう…。」
食べ終わった食器を片付けようとした時、基地に大きな揺れと爆音が鳴り響く。
「なんだッ!?」
俺は周りを見渡すが、状況は把握できなかった。
「…泉。俺達の考えが甘かったのかもしれない。」
最初の揺れと音に続き、何度も何度も揺れ続け、響き渡った。
そう、この地において安全な場所などないのだ。
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