第31話 罪の精算
何時間経ったのだろう。
俺がこの戦場に降り立って、時間の感覚が狂っていた。勿論時計は持っているのだが見る余裕もなく、人が死に、人を殺していた。
体感的には何日も立っている気がしたが、昇った日は地平線の彼方に半分埋もれている。
「ハァ…ハァ…。」
俺は戦地から少し離れたところで足を止め休息をとった。魔力が底を尽きかけ、施した身体強化魔術も解けていた。
背負ったリュックから水筒に入った魔力回復薬で喉と魔力を潤した。
といっても回復薬で回復する魔力などたかが知れている。当分戦闘に参加するのは難しそうだ。
「弱い…奴、か。」
俺は姉さんに言われた言葉がずっと胸に残っていた。
新兵だから、初の戦場だから実力がない、出せないのは仕方ないと自らを正当化しようとするが、それよりも情けなさが上回る。
「クソ…クソクソクソ!!!!!」
俺は地面を何度も殴りつけ悔しさを吐き出した。
自分の拳から流れる血に、無力さを感じた。
「威勢がいいのは最初だけか?小娘。」
「ナメるなデカブツ…ッ!!!」
カタストロフの攻撃系氷魔術を、常闇センの防御系闇魔術で防ぐ。一糸乱れぬ攻防が続いていた。
「闇魔術とは…変わった小娘だ。」
「じゃあもっと驚けよ!!!」
喋りながらも詠唱し、第5式攻撃系氷魔術を発動するカタストロフに対し常闇センは攻めあぐねていた。
(流石に私1人ではキツいな…。こんな高演算魔術を何発も撃たれちゃたまったもんじゃない。)
常闇センも高演算魔術で応戦したいのだが、そうした場合自分の方が先に魔力切れすることはわかっている。カタストロフの後ろには4人回復要員がいる。つまりはカタストロフ合わせて5人分と自分1人で戦わなくてはならないのだ。
常闇センは一瞬の隙を見て、第2式攻撃系闇魔術〈夢花火〉を天に向かって放った。
「救援信号…か?」
「その通りだ。…さて、貴様は魔術王の意思を継ぐ7人にどう立ち回る?」
「ふむ…。風神雷神や煜帝が来られてはたまったものではないな。……すぐ貴様を殺して撤退するとしよう。」
カタストロフは顎に手を置き考えるようにして常闇センを見つめた。
今まで使っていなかった左手を常闇センに向ける。
「次はなんだ?第7式でも打つか?」
常闇センはニヤリと笑い術式を展開し詠唱を始めた。
第7式は発動までに時間がかかる。その隙に速い魔術で仕留めようという算段だ。
「勿論闇魔術などを使う小娘に手加減などするはずない。7式だ。当然だろう。だが、」
向けられた左手からは構築された7つの円が浮かび上がってきた。
「なッ!?なぜもう術式が完成している…ッ!?」
「詠唱をするほど、隙は与えてくれんよな。…第7式攻撃系氷魔術〈雹雪崩〉。」
展開した術式から氷の剣山が現れ、あっという間に視界を氷で埋め尽くした。
氷の剣山が動きを止めるころには、常闇センの姿はもうなかった。
「…ふぅ。貴様ら、撤退するぞ。」
カタストロフは後ろの4人に声をかけ、振り返り立ち去ろうとした。が、
「ッ!?」
咄嗟に常闇センがいた方面から後方にバックステップで距離を取り、再び臨戦態勢をとった。
刹那の静寂が流れ、氷の剣山の一部がうっすらと紫色に変色していくのがわかった。
すると融解とも、粉砕とも言えない、まるで常闇センのところの氷だけが無くなっていくように見えた。
段々と濃くなる紫色にカタストロフは唾を飲んだ。
「急に〈雹雪崩〉とは…驚いた。流石のカタストロフということか。」
氷の剣山からは、紫色をしたオーラを纏った常闇センが現れた。
「なんだそれは…!?防御系魔術…いや、付与系魔術か…?」
「ご名答。貴様だけが7式を使えると思うな。第7式付与系闇魔術〈闇纏の羽衣〉だ。」
黒いドレスに妖艶に光る紫炎は、見るものを誘惑する。だが近づいたら最後、瞳は光を失いただ闇に溺れていく。
この〈闇纏の羽衣〉は魔術をも惑わす。故に付与中は全ての魔術を無効化する。勿論限度はある。第7式攻撃系魔術を連発し、〈闇纏の羽衣〉の魔力量を超えるぐらいしか方法はないが。
「…思い出したぞ。確か日本に風神雷神、煜帝の他に『魔女』と呼ばれる者がいたな…。その姿を見て理解した。小娘、まさか貴様が『魔女』とはな。」
「カタストロフに覚えてもらっているなんてな。私も少しは有名になったか?」
妖艶に笑う常闇セン。だがこの〈闇纏の羽衣〉にも弱点がある。この魔術を付与中は、他の魔術を使用することができないのだ。普通の付与系魔術なら発動できるのだが、この魔術だけは特別である。消費する魔力が半端ではないのだ。他の魔術に回している余裕などない。
「ほざけ小娘。…だがその付与系魔術は厄介だ。第7式でも傷つけられぬか…。ならばッ!!」
カタストロフは再度左手を突き出し、7つの円を展開した。
「第7式攻撃系毒魔術〈コカトリスの毒牙〉!!」
禍々しい色のした巨大な牙が、常闇センを襲う。牙が常闇センに当たると消滅することなく、ずっと噛み付いたままであった。
「…これは敵が死ぬまで砕き続ける〈コカトリスの毒牙〉。いくら魔術を弾くからといって、この状態が続けばいずれ毒が回るだろう。」
と言うが、カタストロフは微塵も油断はしていない。左手を構え続け、次の攻撃を考えている。
(ふむ…。どうしたものか。)
〈コカトリスの毒牙〉の中で常闇センは考えていた。
これではカタストロフに近づくことができない。だからといって〈闇纏の羽衣〉を解くわけにもいかない。
色々考えた結果、
(そうか、アイツらを待てばいいのか。)
全てを丸投げし、常闇センは〈コカトリスの毒牙〉の中でじっと待つことを選択した。
随分前に姉さんの方で救援信号と思われる魔術が上がっていた。やはりあのカタストロフという男を1人で相手するのは困難だったのだ。
俺を庇うために、1人で、戦っている。
これで姉さんが死んだら、俺はどう責任を取る。
俺のために、姉さんが死んだら…。
そう思うと居ても立っても居られなくなるが、行ったところで足手纏いにしかならないという現状に腹が立った。
魔力が少しずつ回復し戦闘に参加できるほどになった。
が俺は休憩することで冷静になった。
いや、冷静になってしまった。
今まで積み上げてきた罪の清算が、今降りかかる。
「あぁ…あぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
何人の人間を殺してきた?
何人の人生を終わらしてきた?
何人の死を見てきた?
俺が俺に問いかける。
慈悲もなく、ただ作業的に殺してきたな?
うるさい黙れ…。
中には家庭を持ってるやつもいたかもな?その家族もろとも、お前は絶望に落とし込んだんだ。
…相手も殺しに来てたんだ。しょうがないじゃないか。
しょうがない?人の命を奪うことにしょうがないだと?ハハハハッ!!!笑わせるな!!!
どうすればよかったんだ…!!殺す以外ないだろ!!
逃げる敵の背中を射抜いてまで…か?
やめろ…。
そして自分が死にそうになったら都合よく逃げる。いい身分だな。
やめてくれ…。
聞かせてくれよ俺、今どんな気持ちだ?
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺は混乱し、自らの頭に向け魔術を放とうとしていた。
「ハァ…ハァ…。」
ここで…俺も死ねば…楽になるのかな…。
俺は笑いながら魔力を込める。
「もう…うんざりだ…。」
「馬鹿野郎!!自分で死ぬ奴があるか!!」
俺は背後から頭を殴られた。
その勢いで地面に突っ伏せる。
「その声は…大正…?」
「あぁ!大正薫だ!!地べた這いずり回りながら生き長らえてやったわ!!…生きててよかったよ…泉。」
と言うと俺を起こし強く抱きしめた。
久しく人の温もりを感じていなかった俺には、大正の体温は暖かすぎた。
「おお…お…おおおおおおおおお!!!!」
俺は大きな胸で泣き崩れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます