第30話 淘汰される者。
1人、2人、3人……。
俺は次々と足枷を増やしていった。
自軍の部隊と合流することができ、横一列の陣形で敵軍へと向かっている。
何人もの敵を殺した。俺が殺したり、隣のヤツが殺したりした。
怯える時間も、恐怖に足を竦める時間もない。
どう相手を殺すか、どう生き延びるか。
それだけを考えていた。
「敵の足を飛ばし動きを止め確実に脳天を潰す…。それが無理なら腕を削いで魔術を使えなくさせる。そこから殺す…。あとは……。」
俺はブツブツ独り言を言いながら向かう。何人もの人間を殺しているが、もう俺は気にも留めなくなってきた。
「お前、その無詠唱…どうやってんだ?」
隣を走る先輩兵士と思われる味方が聞いてきた。
「あぁ……。詠唱は単なるイメージの補強にしか過ぎません…。魔術のイメージを強く持って術式を構築すればできますよ。」
俺は先輩兵士の方を見向きもせず答えた。
「…大丈夫か、お前。」
「?なにがですか。怪我はしてませんよ。」
俺は先輩兵士より先に敵陣へ突っ込んだ。
俺は何も感じなくなっていた。
恐怖に打ち勝ったとか、払拭したとかそういう類ではない。
麻痺していたのだ。
何もかも。思考も感覚も。
それ故に、人を殺しても何も感じなくなっていた。
自分でもわかる。この殺戮行為に再度何かを感じた瞬間、正気に戻った瞬間、俺は壊れるだろう。
今までの罪に耐えれず、壊れてしまうだろう。
そうならないよう必死に殺した。
感情も、人も。
「まずは敵の足を止めて…」
俺は何人目かもわからない敵に対し、何回目かもわからない戦術を使う。
「!?」
避けられた。だが他に手はある。
手を削いで魔術を奪おう。
「なッ!」
それも簡単に避けられてしまった。ならば…ッ!!
「これでくたばれッ!!」
省略化無詠唱魔術を連発し避ける隙を与えない。
防御系魔術を使おうものなら、死角から殺す。
「…甘いな。」
「なッ…なんだそりゃ…。」
俺の魔術が、魔術が素手で弾かれた。
付与系魔術を施していない手でだ。ありえない…そんなことがあっていいはずがない。
そんなことがあるなら…。
コイツに魔術は効かないのではないか。
「見たところ…新兵ってところだな。日本人。」
敵の新ソビエト連邦と思われる男は俺に話しかけてきた。
今の時代、日本語や英語などの言葉はあるが、身体強化魔術によりこれらが統一された言語のことを、通称「魔術語」と呼ぶ。
その魔術語で俺に話しかけてきたのだ。
「なんだよ…化け物がッ!!!」
俺はまた省略化無詠唱魔術を仕掛けるが、まるで相手にされない。
「そんな豆鉄砲で俺が倒せると思うか?」
装備や服装が周りと違うことから、この男が隊長、もしくは少佐以上の階級持ちであることが推察できる。少尉や中尉ではないという理由は、装備を見ればわかる。
少尉、中尉、大尉は下士官や兵と同じ装備で少し色が違ったり、何かしら追加されているのが基本だ(日本やアメリカの場合だが)。
しかしこの男は見るからに違う。
あと表情だ。
百錬練磨、修羅場をいくつも潜った顔つきをしている。
周りが見えなくなるうちに、俺はこんなヤバい奴と対峙することになってしまった。
逃げなきゃ…
「どこへ行く?」
背を向け走り出す俺の目の前には、すでに男がいた。
「なんで…」
「敵に背を向けることは死を意味する。それを知らないわけでもないだろう?日本人。」
男は不敵に微笑む。
「クソがァ!!!!」
俺はヤケになり魔術を連発する。魔術は男に弾かれるどころか、敵にすら当たらない。明後日の方向へ飛んでいく。
「…。弱いな、日本人。」
「わかってんだよそんなことは…わかってんだよォ!!」
「違う、実力ではない。心が…だ。」
男はゆっくり俺に近づいてくる。詠唱をし、右手に付与系炎魔術を纏わせる。
「若き芽を摘み取るのは心が痛いが…。悪いな、これが俺の仕事だ。」
炎の腕を振りかぶり、俺の脳天を掴む。
「クッ…!!!クソが…」
「苦しみはなるべく感じないようにしてやる。」
男の手に力が入る。炎に焼かれる痛みと、頭を圧迫される痛みが襲う。
「グァァァァァァァ!!!!!」
「ッ!?」
俺の頭を投げ飛ばし、男は距離を取った。
「グハァ…ハァハァ…。」
俺は倒れこみ、血を吐いた。だが生きているようだ。
まだ生きているようだ。
「大丈夫か?泉。」
戦場には似合わない黒いドレスを纏った女性。
黒いドレスに似合う長い金髪。
紅い瞳に妖艶な笑み。
「ね、姉さん…?」
霞む視界に常闇センが映った。
常闇センは俺の父さんと知り合い…というか常闇センの父親が知り合いで、子供同士小さい頃から仲良くしていた。要は幼馴染みたいなものだ。年はかけ離れているが。
「ったく…。なんて奴に絡んでんだ貴様は。」
常闇センは前に立つ男を見つめ言う。
そんなヤバい奴なのか…?こいつ。
いや、十分に強かったけど姉さんが言うってことはよっぽどだ。
「なんだ小娘。」
「お初にお目にかかれて光栄だよ。『カタストロフ』さん。」
姉さんはそう言った。
ソビエトのカタストロフ。
戦場のカタストロフィという作戦名があるが、それはこの男の名から付けられたという。
戦場のカタストロフィとは、第2次世界魔術大戦において使用された作戦で、その時新ソビエト連邦と対峙していたオーストリアに対し、カタストロフ率いた10人ほどの軍隊で勝利へと導いた。その軍隊は5人ほど回復系魔術が使用できる魔術的アルビノ体を連れて行き、カタストロフが片っ端から高演算魔術を打ち、魔力が尽きかけたら回復魔術を施すというなんとも脳筋な作戦だが、それが成功したのはこのカタストロフが、成功させるほどの実力だったのだ。
言うなれば、1人でオーストリアを征服した男である
「こんな小娘にまで知られてるとは、私も少しは有名になったのかな?」
金色の髭を触りながら笑うカタストロフ。
「カタス…トロフ…!?父さんから聞いたことがある…。そんな人がなぜ戦場に!?」
それもそのはずだ。階級的には少佐よりももっと上の階級、戦場にはなかなか赴かない。指揮をしているか、いざという時、特殊な作戦の時にしか出陣しないはず…。
「まさか…その特殊な作戦が…今?」
「ハーハハハハッ!!…ご名答、日本人。…貴様ら日本は『魔術王』を出す気だろう。」
俺の言葉にカタストロフは大きく笑った。そして、俺達を睨み、言った。
魔術王とは俺の父さんだ。父さんが戦場に出ることと何か関係があるのか…?
「前回の大戦でもそうだったが、魔術王が出てきてはすぐ戦が決まってしまう。面白くもない。…だったら先手必勝、我が軍が圧倒すれば良いだろう。…聞いた情報によると、今は魔術王がここに来れないのだろう?なら今しかないではないか。…『戦場のカタストロフィⅡ』開始だ。」
カタストロフが構えると、後方に白いローブを着た敵が4人ほど現れた。多分、あの連中が魔術的アルビノの、回復要員だろう。
「泉!!!!!逃げろ!!!!!ここは私に任せろ!!!」
姉さんが俺の前に立ち、言い放った。だが、こんな化け物を目の前に姉さん1人にできるわけがない。
「でも姉さんが!!!!!」
「今貴様がここにいても邪魔なだけだ!!!!…弱い奴は、邪魔だ。」
そう言うと、姉さんは詠唱を始め闇魔術を発動しカタストロフと応戦し始めた。
その言葉が俺の心に突き刺さり、逃げる足を重くしていた。
弱者は邪魔、淘汰される存在とさっきも言われたはずなのに。
わかっていたつもりでいた。少し敵を殺すことができたから、勘違いしていたのだ。麻痺していたのだ。
恐怖とともに、自身の力量さえ麻痺していた。
まただ。
俺はまたできる気になって死にかけた。
悔しくて仕方がなかった。
圧倒的な力の前ではない無力。
何もできない弱い奴だ。
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