第29話 第3次魔術大戦
「よし…ここら辺でいいだろう。総員、降下準備!!!」
「ハッ!!!!!」
俺達は飛行機に乗り、戦場の上空から飛び降り参加する形になっていた。上官の号令によって俺達はシートベルトを外し、ハッチの前に並んだ。
上官が手で合図するとハッチが開かれた。ものすごい風だ。今にも飛んでいきそうになる。
「総員、降下ッ!!!!」
その言葉を聞いた俺達は返事をするかわりに、ハッチから覗く大きな空に向かって足を進めた。
真下には戦火が広がっている大地が小さく見える。
ギリギリのところで風魔術で速度を落としつつ、着地するのだが、着地する場所を間違えると敵地のど真ん中に降りてしまう。それは避けたいので、味方の陣形、それも攻撃の邪魔にならない所を目指して落下していく。
すごい速度だ。身体強化魔術を使用していなかったら恐怖で気を失っているだろう。だが身体強化のおかげで、今は会話もできるほど余裕がある。
「よう泉。ビビってるか?」
近くを落下していた義彦が話しかけてくる。
「ビビってる…そりゃビビるだろ!!」
「そうだよな…俺も昨日から震えが止まんなかったよ…。でもやるしかねぇよな…!!!」
俺の方を見てニカッと笑う。
「そ、そうだよな。…全員生きて帰ってメシでも行こうぜ!!!」
その笑顔に対し俺も精一杯の笑みで返す。
「おう!!誘ったんだからよ、その時は泉、お前が奢れよ?」
「何言って…」
「ギャァァ!!!!!」
義彦の冗談にツッコもうとしたが、俺の眼前には今までの義彦の姿はなかった。
代わりに黒こげの何かが自由落下していた。
敵陣からの攻撃系雷魔術が、義彦に当たったのだ。
確かめなくてもわかる。
義彦は死んでいた。
「う…う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
俺はその死体を見て体が恐怖に支配された。
冷静さが無くなった。余裕も消えた。
俺達をめがけた攻撃系魔術か次々襲ってくる。周りの連中もパニックになっているようだ。
地面がだんだん近くなっていく。俺は取り乱しながらも、雑な風魔術で速度を落とし着地した。
着地というにはあまりにも不恰好な、尻餅をつきながら倒れこむように地面に着いた。俺の先に義彦だったものが地面に着いていたが、上空からの自由落下だったため、着地の時にバラバラで、グシャグシャになっていた。
何人かの第3部隊の連中は、周りの人間が空中で死んだことによりパニックに陥って、速度を落とさずそのまま地面に落下し絶命した。
「おぇぇぇぇ…。」
俺は頭上から降りゆく死体が地面でグシャグシャになるのを見て嘔吐した。
初めて見た。人の中身。初めて嗅いだ。人の臭い。
「だ、大丈夫か…泉…。」
嘔吐した背中をさすってくれたのは大正だった。大正本人も吐いたらしい、服の上に吐瀉物が付いていた。
「なんだよこれ…。これが戦場かよ…。」
俺は泣きながら義彦だったモノのハラワタを握りしめた。そして全ての中身を義彦だったモノに入れようとする。それを大正が止める。
「…酷なことを言うようだが、そんなことしている暇はないぞ。俺達も戦わないと。」
「……友達を弔う時間すらねぇのかよ…。」
俺は悔しかった。そして同時に許さないと、怒りが込み上げてきた。義彦をこんな目に合わせた敵は許さない。
その感情のまま敵陣へ向かった。
だが上手くはいかなかった。
魔術を発動し手を相手に向けるが、その度に義彦のことを思い出した。
俺が人間を…殺す…?義彦みたいな姿にするのか…?俺の手で…?
嫌だ…怖い……
死にたくない…
殺したくない…
怖い。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
俺はまた嘔吐した。今回は敵の目の前でだ。
俺が発動した魔術は明後日の方向へ飛んでいった。
敵は無感情に俺に向けて魔術を放った。
相手の術式に、俺は足が竦み座り込んだ。
「アハハ…ハ…。」
俺は笑うしかなかった。
父さんに教えられ、軍に教えられ、強くなった気でいたのかもしれない。ひょっとしたらこの戦争で戦果を挙げ、父さんに少しでも近づけると思ったのかもしれない。
それがこのザマだ。
笑うしかないだろう。
「大丈夫かい?泉君!」
「無闇矢鱈に突っ込むと死にますよ。」
敵の魔術は雷の壁によって防がれた。
そして俺に魔術を放った敵を一瞬にして殺した。胸に手を突き刺したのだ。引き抜いた腕は赤く染まっている。だが俺を狙う敵はもういなくなった。
助かった…のか…?
「あ…あ…。」
突如俺の目の前に現れた2人。俺は何が何だか理解できないでいた。
「僕の名前は雷裂透。でこっちのお姉さんは風凱珠希だよ!…君のお父さんの弟子みたいなもんだね!」
「軽口叩いてないで行きますよ、雷裂さん。」
「はいはーい!」
と言うと、2人は敵陣に突っ込んでいった。敵は見える数でざっと200人ほどいる。…大丈夫なのか…?
と俺は座り込んだまま、あの2人が敵を圧倒してるのを見ていた。
2人の姿を確認した敵陣は撤退していくのがわかった。
40人ほど殺したところで、2人は撤退を確認し俺のところに戻ってきた。
「いやー心配だったんだよ、泉君。初陣がまさか世界魔術大戦とはねー。」
アハハと笑う雷裂の体には返り血がべったり付いていた。それを気にもしない様子である。
「ハァ…。持ち場を離れて来た理由はそれですか、雷裂さん。…大丈夫ですか?泉さん。」
風凱から差し伸ばされた手は血で汚れていた。
あの訓練の時のような、義彦が伸ばしてくれた手とは大きく違っていた。
「なん…で…ッ」
「ん?どうしたのですか?」
「なんで…そんな平気でいられるんだ…ッ!人をッ!!殺してるんだぞ!!!!」
俺は2人を怒鳴りつけ睨んだ。すると2人は見合わせてフフッと笑った。
「いやー若いねー泉君。実に青いよ。」
笑っている雷裂の目は死んでいた。歪んだ目の奥の瞳はくすんでいた。
「…では、躊躇して自分や仲間が殺されてもいいのですか?」
俺はその質問にたじろいだ。
「でも…それが人を殺していい理由なんかに…」
「なるんだよ、泉君。」
雷裂が俺の言葉を遮った。
「ここでは、戦場ではね、それが理由になっちゃうんだよ。それだけじゃない、些細な事でもだ。例えばー…今で言うと、新ソ連人が個人的に好きじゃないとか、中華連合の食べ物が嫌いだーとか!あ、今日なんか目覚めが良くなかったとか、鳥のフンを落とされてイラついたとかでもいいね!」
「な、何を言って…」
「おかしいでしょ?…でもここじゃそれが成立する。それだけで人を殺す理由になっちゃうんだよ。あらゆる事が曲がり通って、正当化されるんだよ。」
「ふざけるなッ!!!そんな理由で義彦が殺されていいはずがないッ!!!!!」
俺はあいも変わらずニコニコ笑う雷裂に、怒鳴った。この男に怒っても仕方ないし解決もしないが、怒らずにはいられなかった。
そんな馬鹿みたいな理由で、義彦が…。
「ではどんな理由ならいいのですか?」
風凱が俺の怒りに答える。
「愛する人を守るため?自国を勝利に導くため?自分が殺されるから自己防衛のため?そんな理由だったら良いのですか?……そんな理由なら殺されてもいいのですか?」
「…。」
俺は黙ってしまった。
「殺される側にとっては、そんな理由など関係ありません。どんな理由であろうと、殺されたことに変わりないのですから。ただ、殺された理由というのはあります。…それは弱いからです。弱者はここでは、淘汰される存在です。」
風凱は俺を見下ろし言った。まるで俺のことを弱者だから死んでもおかしくない、いやむしろ当然と言わんばかりの眼光だ。
「まぁまぁ、珠希ちゃん。泉君は初陣なんだから。大目に見てあげてよっ!」
ヘラヘラフォローを入れる雷裂。
俺は拳を握りしめた。強く。爪が手にめり込んで血が流れるくらい強く握りしめた。
悔しかった。弱い自分が。
言い返すことができない、言い返す実力がない自分が情けなくて悔しかった。
「強く…なります…。」
「ん?」
「強くなって…俺は父さんみたいな兵士になりますッ!!」
「大きく出ましたね…泉さん。」
俺は立ち上がり2人に言った。それを優しい笑みで答えた風凱。
この戦場は、俺の力で生き残る。もう2人の力や、周りの力は借りない。
俺の力だけで。俺の…俺の…ッ!!
俺は2人を背にし、勢いよく飛び出した。
「あーあ。アツくなって飛び出しちゃった。やっぱまだまだ青いねぇ、泉君は。」
「…でもこの大戦を生き残ったらあの子は成長するでしょう。覚悟がついた目をしてましたよ。」
「生き残れたら…ね。」
2人の会話はもう、俺には届いていなかった。
「やるしかない…決めろ!!覚悟をッ!!!」
俺は走りながら自分に言い聞かせるように叫んだ。
死を意識すると、どうしても義彦や第3部隊の連中を思い出してしまう。俺の手で、あんな酷たらしいモノを作ってしまうのか。
そう考えただけで狂いそうになる。
だが、俺は今や軍人、兵士、兵隊。
それが仕事だ。
目の前に敵がいる。見るからに怯えていて、新兵だと分かる。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
俺の姿を見るなり叫んで、慌てて俺の方へ手を向ける。
「だっ!第2式攻撃系、雷魔術!」
詠唱する言葉も詰まっていてたどたどしかった。
俺もその敵に手を向け、牽制のつもりで第1式攻撃系雷魔術〈スパーク〉を放った。
父さんとの特訓時に編み出した、省略化無詠唱魔術だ。
イメージを強く持ち、術式を小さくする感覚…。
「ッ!?」
俺は強くイメージしていると、もう魔術は発動を終えていた。
俺は立ち止まり敵を見た。
顔面の真ん中に穴が空いていた。
ちょうど鼻辺りから直径5cmほど空いていた。
「あ…あ……。」
それだけ言うと、敵の新兵は倒れた。絶命していた。
今、俺の手で人を殺した。
自分と同じ新兵を、あいつにも友人がいるだろうし家族もいるだろう。色んな繋がりがあったと思う。
その繋がりを今、この手で消した。
1人の人生を、この一瞬で奪った。
「ハハ…ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
俺は狂ったように笑った。なにも考えられなかった。命とはこんなに軽いものなのか。儚いものなのだろうか。
なにが可笑しくて笑ってるかわからなかったが、俺の瞳からは涙が溢れていた。
「なんで…泣いてるんだろ…。」
涙を拭って、前を見る。
涙で霞んだ視界に敵が写る。
戦争というこの場で、殺すたび立ち止まるわけにはいかない。
俺は重い足を動かす。
これが、人の殺し方。
これが人を殺すということ。
奪った命は、消えることなく1つ1つ足枷となる。
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