第41話 入隊前夜。

「…なんなのかしら。」

美南は家への帰路で言葉を漏らした。

戦争時代の話は詳しく話したが、最後の方はうやむや、ぼかされて話された気がしていた。

(禁呪…。そんな魔術あるなんて聞いたこともないわ…。)

テキトーだったが、全てその一言で辻褄が合う。

知らないもの、知らないこと、知らない魔術。

それを出されてしまっては追求のしようがない。

調べてもそんな魔術、出てくるとは思えない。

(まぁ…先生の話は終わった。これ以上考えても無駄だわ…。それよりも明日からの軍への入隊に備えなきゃ…。)

そう切り替えると、美南の中に一気に緊張感が増してきた。

日本軍といえば、あの『花園』の煜翔寺堰堤が最高指揮とする軍隊、世界でも有数の力を誇る軍の、しかも謎に包まれた部隊に所属となると無理もない。

(先生が指揮する部隊…。いや…あの『花園』を作った、あの魔術王の息子、あの英雄と呼ばれた花園泉の部隊…か。)

どんな過酷な訓練、過酷な戦場でも戦い抜いてみせる。生き残ってみせる。

私は…千佳を救ってみせる。









立花岬は自室で考え込んでいた。

(さて…。明日は軍への入隊初日になるわけだが…。ははっ…。なんか実感湧かないな。学校に入学してまだ数ヶ月しか経ってないのに…。)

入学して様々な出来事が立て続けに起きた。

こんなの想像できるわけがない。

楽しかった、辛かった、怖かった。

喜怒哀楽が短い期間に凝縮されていた。

そしてその次はあの軍へ入隊するわけだ。次はどんな感情が待ち受けるのだろう。漠然な不安と少しの高揚が立花の睡眠の邪魔をした。

(…明日の自分はどうなっているのだろう。)

瞼を閉じると色々な物が映る。

アスタロトに襲撃されたあの日。目を覚ますとそこら中に死体が転がっている惨状。血塗られていない大地を探す方が大変なくらい穢されていた。

そのような場所を自らの手で作っていくことになるなんて、今は想像すらつかない。

(…ええい!!考えたって仕方ない!!今は寝ることに専念だ!!!)

ガバッと布団を頭まで被り思考とともに蓋をした。



徹は言うまでもなく、帰宅後夕飯を平らげ、そのままいつものように寝た。







「よーし!お前ら揃ってるな!10分前行動とは上出来上出来!!」

俺は朝早くに3人と合流し、日本の魔術軍本部へと足を運んだ。

「…全然眠れなかった……。」

「なんだ立花!!!寝不足で参加とはなかなか肝座ってんなぁ!!!」

「いやアンタの方が座ってるわよ。座りすぎて座禅組んでんじゃない。」

見ると立花の目の下にはクマができていた。その顔を見て笑う徹はグッスリ眠れたようだ。…美南は顔に出ないな。どうなんだろう。

「あ、よく見ると肌荒れてんじゃねぇか。ダメだぞ美南。夜更かしは美容のて…ブァァァァア!!!」

「あ、ごめんなさい先生。言葉より先に手が出てしまいましたわ。」

ニッコリとした笑顔で俺をフルスイングのグーで吹き飛ばした。

「…デリカシーがない先生が悪いですね。」

「それは言っちゃいけねぇって俺でもわかる。」

2人が美南の笑顔に怯えながら言った。

ただのジョークじゃねぇか…。

「いつつ…では、気を取り直して…。これが魔術軍本司令部だ。」


聳え立つ巨塔。風で靡く国旗。飾り気のない壁。

全てが懐かしく感じた。まだ数年しか経ってないというのに。

そこに俺達を出迎える影があった。


「待っていたぞ千…いや、この名前はどうも慣れんな。泉、私の力が借りたいとはよっぽどのことなんだろうな?」

大きな体に日本では目立つ金髪、金色の髭。蒼い瞳をした男が立っていた。

「…お出迎えありがとうございます、カタストロフさん。」

俺は丁寧に頭を下げた。

「え、ええええええええええ!?!?!?」

3人は絶句していた。

不敵にカタストロフは笑う。











「ん……んん…?ここは…?」

少女が目を覚ますと、暗い部屋にいるのがわかった。

外の光は入らず、目の前に大きな鉄の扉。ベッドやトイレなどの、生活できる備品は揃っていたがそれ以外は何もない、味気のない部屋だった。

鉄の扉には向こう側から覗くことができる隙間が少し空いている。

「やっと目が覚めたか?葵千佳。」

「…!?私は…!!!」

状況が段々と理解できてきた千佳は向こう側にいる人物に話しかけた。

「まぁ、そう焦るな。人質に死なれては意味がなくなる。…貴様をとって食おうなんて思ってもいないさ。」

静かに向こう側の人物は笑う。

「…なんで私を人質に選んだの…。私は魔術の才もない、落ちこぼれのE組よ!?なんの意味もないわ!!」

「ハハッ。確かに。魔術でみたらいらない人間かも知れんな。…だが、娘だとしたら、いらない親なんていないよな?」

隙間から見える目は歪んだ笑みを表していた。










今思えば、この瞬間から歯車はゆっくりと、狂っていったのかも知れない。

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