第26話 全ては丸く収まらない。
「確カ…アノ男ニ話シテタ時ハマダ気絶シテナカッタヨナ…。」
一歩一歩倒れている美南に近づいていく。美南は音羽にやられた傷から、大量の血が流れていた。
「コノ量ダト放ッテ置ケバ勝手ニ死ヌカ。」
それを確認すると美南に背を向けた。しかし少し黙った後、再び振り返った。
「……念ニハ念ヲ入レトカネェトナ!」
獣は美南の頭部を掴む。そして持ち上げた。
「アーアー。血ガ流レ過ギテンナァ。…コレジャ持ッテ3分トカカ?」
気絶している美南を観察する。血が足を伝い床に落ちていく。
「3分待タズトモ、死ネ。」
獣は掴んだ手に力を入れる。美南の頭部がミシミシと音を上げていた。
この場にはその行為を止めるものがいなかった。そこに居たのは気を失っている教師、雷で死体となった教師、そして美南と形無千の容姿をした獣だけだった。
「ア?急ニ力ガ…ッッ!?ゴ主人…ッ!?邪魔スンジャネェ…!!」
美南から手を離し、頭を抑える獣。宙ぶらりになっていた美南は音を立てて床に倒れた。未だ目を覚まさない。
「ガッ…!俺ト変ワロウッテカ…?俺ノ許可ナシニ変ワレルト思ウナヨ…ッ!?」
獣は頭を抑え、苦しみながら膝をついた。そして床に倒れこみ、呻き声をあげた。
久々に俺はこの黒い海にいる。
深海のような暗さ、周りは全く見えない。
ここが黒いのか、深くて暗いのか、自分でもわからない。
前は、気がついたらここにいて、気がついたら戻っていたから。
息は…できる。どういった原理かは知らないが、魔術を使わなくても息はできている。
ここは本当の海ではない。知っている。
ここは俺の心の中。
閉じ込めた感情、押し殺した怒り。
その中にいる。
不思議と居心地はいい。
時折少しの感情を感じる。
愉悦、憤怒、怠惰…
あ、今は飽きを感じた。
何もないところで、感情を感じるのは不思議な体験である。
ここに来てどれくらい経ったのだろうか。
そう長いこといないと思うが。
ここから出る方法は知っている。
変わりの俺が迎えに来るのだ。
俺がここにいる代わりに、ここにいた俺が外に出る。
そして外にいた俺が、ここにいる俺と交代する。
前にもこんなことがあった。
今は居心地がいいから悠長に構えていられるが、できればここにいた俺と代わりたくはない。
前に少しだけここにいた俺と話したことがある。
あれは…外に出してはいけない。
災害のようなものだと感じた。
入れ替わるトリガーは第0式だとわかった。
1日に何回も使用すると意識がここにいた俺に引っ張られ、入れ替わる。
それを知って、俺はあの魔術を「呪い」だと思った。
知ってからは、最強や無敵など思ったことは一度もない。
「呪い」「災い」
そういった類のものだ。
…。
外の景色がぼんやりと映る。
そろそろ交代してくれるらしい。
どんな状況になっているか不安でしかないが、ここにいた俺が誰かに負けることなどあり得ないだろう。
第0式も、俺が扱える数より圧倒的に多い。
しかも無制限に使える。
敵だったら、それこそ災いの象徴だと思う。
ぼんやりとした景色を眺める。
……?
美南……?
おい、俺、何をしている。
美南をどうする気だ。
おい!!!!!やめろ!!!!!!!
俺の生徒に手を出すなッッ!!!!
クソが!!!!!!!
俺は必死で真っ黒な海を水面まで泳いだ。
この海に水面があるかはわからないが、景色が映る頭上の水面へ、必死に向かった。
俺、勝手に暴れるのは構わない。敵だったらいくら殺してくれても構わない。
…だが、俺の生徒に手を出すことだけは、絶対に許さない。
段々と景色が近づいていき、真っ黒だと思っていた海は明るくなって透明な色へと近づいていった。
なんだ、海が黒いんじゃなくて、暗くて色がなかったのか。
心と同じ。
光があれば、暗いのか黒いのかがわかる。
俺は暗かっただけ。
深い深い海の底に居たのだから。
だが、ここにいた俺よ。
お前の海は暗いだけだったのか?
それを確かめる術はあるか?
お前にとっての、光はあるか?
「ッッ!!!!!ハァハァハァ…。」
俺は意識が戻った。変な汗をかいていた。
そして1番先に目に入ったのは美南の傷と夥しい量の血だ。
「クソッッ!!!まだ大丈夫か!?」
俺は美南の体に手を置き、第0式時空系魔術〈過去の虚像〉を発動した。
みるみるうちに傷は塞がっていき、顔色も良くなってきた。
「ハァ………。良かった、間に合ったぁ…。」
〈過去の虚像〉は死人には使えない。なので美南が生きていなけば発動しなかったのだ。
俺は改めて周りを見渡す。
そして大体の状況が把握できた。
また派手にやったんだな…。俺は…。
「…ん?形無…先生…?」
「お!目を覚ましたか!!美南!!」
俺は目を覚ました美南に向かって笑いかけたが、怯えた表情をしていた。
「本当の…形無先生…?」
そうか……。そりゃそうだよな…。俺のあんな姿を見て、怯えない奴なんかいないよな…。
「そうだ…。ごめんな、心配かけて。詳しいことはまた説明するか…ッ!ておいおい…。」
謝っているところに美南が俺に抱きついた。
俺の胸で泣いていた。
「怖かった…。怖かったよ…。先生…。全部怖かった…。千佳が連れ去られた時も…音羽先生に殺されかけた時も…先生が、先生じゃなくなったことも…。」
俺は優しく美南の頭を撫でながら謝った。
「ごめんな…。頼りない先生で…。ごめんな…。」
美南は何も言わず、強く俺を抱きしめた。
「こんな光景、他の人達に見られたら誤解され…」
「あッ!!先生美南とイチャコラしてる!!!」
俺が困ったように笑ったら、徹の声がした。那珂先生や太刀鮫先生、生徒達もいた。
良かった…全員無事だったか…。
ってこの状況、やばくないか?
「バッ!!違うわよ!!!何言ってんの!!」
美南が俺の胸から即座に離れ徹に怒鳴った。
「あらあら…若いっていいわね。」
「形無先生、一応生徒との交際は犯罪ですよ。」
「お2人まで!!やめて下さいよ!!!俺はね、こんなガキに興味なんて…」
「誰がガキだって!?このクソ教師!!!」
俺に向かって反抗する美南。その綺麗な青い目は真っ赤に腫れていた。
「なんだと?お前、そんなこと言うなら魔術学実践特講の成績、Eの再履修でもいいんだぞ?」
「な……ッ!サイテー!!!!」
俺や、他の生徒、先生達は笑っていた。美南も最初は睨んで怒っていたが、耐えられず笑った。
「おい、ところで千佳は?」
徹は笑いながら美南に聞いた。その言葉で美南から笑みが消える。
「お、おい美南…まさか死んだとか…」
「死んでない。大丈夫だ。生きている。」
俺が答える。力強い答えに徹は少し安堵する。
「じゃあどこに…」
「とりあえず、だ。とりあえず校舎に戻ろう。校長や理事長から話があるかもしれない。」
俺は遮り、立ち上がった。美南に手を差し伸べるが、自分で立てると言わんばかりにフンっと顔をそっぽ向け立ち上がった。
「私達がいない間、そんなことに…。すまない、私達の不注意だ。」
先に生徒達を教室に返した後、俺は戻ってきた理事長、常闇センに今まで起こった全てのことを話した。
「いや…音羽が情報を流していたせいだ。誰も悪くない。」
「…とりあえず、葵千佳のことだが…」
「取り戻す。」
俺は有無を言わさず答えた。
絶対に取り戻す。またE組全員で俺の授業を受けられるように。絶対にだ。
「…そう言うと思っていた。だから、私達で手配した。」
そう言うと俺に千佳を奪還する方法や部隊編成を教えてくれた。
「…まぁ、多少の不安はあるが、それでいい。すぐに行こう。」
「わかった。……とりあえず、お前はクラスの奴らに話してやれ。」
そう言うと俺は、教室で待つE組の生徒達のところへ向かった。
「葵千佳は、テロリスト集団アスタロトに攫われた。」
俺の第一声に教室内がどよめいた。
「え…先生生きてるって…」
「生きてはいる…と思う。だがここにはいない。これは確かなことだ。」
徹は顔色を青くし下を向いた。
「勿論、俺は千佳を連れ戻しに行く。」
「だったら俺も!!!!」
「お、俺も!」
「私も!!!」
徹の言葉にクラスの全員が乗っかった。美南は黙って目を伏せている。
「連れていけない。」
俺の言葉にクラスが静まり返った。
「…どういうことですか…それ…」
立花が少しキレた口調で返した。
「今回の葵千佳奪還作戦は、俺と『花園』、軍の部隊で行く。…そして美南、お前も強制連行だ。常闇センからの直接命令だ…。すまない。」
「いいわよ。私も行くつもりだったし。」
美南は静かに受け入れた。
「なんで俺達はダメなんだよ!!!!」
徹が机を叩き、立ち上がった。多分皆が同じ思いだ。全員で行きたいだろう。だがダメだ。
「お前は、この襲撃の時役に立ったか?」
「ッ!?」
徹が狼狽える。
「…俺は最後まで意識を失っていたよ…。でもそれは新人戦で瀬戸内と戦ったからであって!!!」
「それがもし敵とだったらどうするんだ?1人と戦って魔力切れで意識を失って…。そんなんじゃすぐ死ぬぞ。」
徹は言い返すことができず、自分の不甲斐なさに腹を立てた。黙って拳を強く握っている。
「…お前ら薄々気がついているかもしれないが、俺は元傭兵だ。日本の魔術軍に所属していた。」
全員が黙って俺の話を聞く。
「お前らに教えていたのは軍用魔術、人を殺すためだけに考えられた魔術だ。それで俺はお前達に人の殺し方を学ぶと共に、人の命を奪うことの重さを知って欲しかった。…今回の襲撃でわかっただろ?輝彦があんなに簡単に人を殺して、お前らは何かを感じたと思うが、輝彦は何も感じないんだよ。…俺もそうだ。何も感じない。そうなって欲しくはない。俺達のような人間にはなっていけない。」
俺の言葉を静かに聞く。
「…連れていかないと言ったが、このクラスも任意同行の許可が降りている。希望者は葵千佳奪還作戦の一員とする、ってな。」
徹がその言葉を聞いて顔を上げる。
「だが、今回の作戦では俺はお前達を助けない。助けることができない。自分の力で生き残れ。」
その厳しい言葉に沈黙する。
「お前達の今の実力では確実に死ぬ。…作戦までは時間少しだがある。その期間を利用して、参加する者は軍での訓練が義務付けられる。だが短期間での成長なんて、たかが知れている。死ぬ。確実にな。ついてきたら死ぬ。それでもいい奴は手を挙げろ。…言葉を変える、死んでもいい奴、手を挙げろ。」
俺の言葉を聞いて誰も手を挙げることなかった。
…そりゃそうだよな。まぁ来て欲しくないから、あえて厳しい言葉を使ったんだが。
誰も死んで欲しくない。俺の生徒達には、誰も…。
「俺は……死んでもいいぜ。」
徹が震えながら手を挙げる。
「ハァ!?死ぬぞ!?絶対に!!新人戦の模擬戦闘如きで震え上がってたお前なんか、すぐ死ぬぞ!!」
「おうよ。そのために訓練して強くなるんだろ?それで死んだ時は…まぁ実力不足ってことでしょーがねぇ!って思えるぜ。」
「バカッ!!!!命をそんな簡単に捨てんな!!」
俺は教卓を強く叩き怒鳴った。
「やっぱ、先生って優しいよなぁ。俺達が死なねぇように、わざと強い言葉で言ってんだろ?」
徹に見透かされた。なんか恥ずかしいわ。
「俺も…死んでいいです。」
続いて立花も手を挙げる。
「……ハァ。バカなのは徹だけだと思ってたら…。お前もか立花。」
「バカが移ったんでしょう、多分。」
「バカバカ言うな!!!!」
俺は頭を抑えてため息をついた。
「おし、この2人だけ連れて行く。この雰囲気に呑まれて行くって奴が増えないようにな。…行かないと残ったお前らは正しい。間違ってはない。生きて、ここで俺達を待っててくれ。」
そう言うと俺は、美南、立花、徹を連れて理事長室へ向かった。
「ほう…自殺志願者が2人も募ったか。」
常闇センは理事長室で足を組み、俺に言った。
「……バカだよこの2人は。…こいつらの軍での訓練は、俺と炎葬をつけるでいいか?」
「まぁいいだろう。…おいお前ら3人。」
「は、はい!」
「はい。」
「おう!」
美南、立花、徹は常闇センの言葉にピシッと背筋を伸ばした。
「軍での最高指揮官と呼ばれる形無と炎葬につけてもらうんだ、誇りに思えよ。…そして、その2人に教えてもらったからには絶対に死ぬな。」
「はい!!!!!」
3人は覚悟を決めたような、大きな声で返事をした。
「あとは……やはり話さねばならんな…。形無のことを…。」
常闇センはため息をつき、俺を見た。
おい、話してやれって目線だ。
俺は頷き、3人の方を振り返った。
「今回の作戦では、俺は教師としての形無千ではなくて、軍人としての形無千で向かう。…勿論第0式魔術も使う。」
「だ、第0式…?」
「なんだそりゃ…?」
美南は黙っていたが、徹と立花は初耳という顔だ。
「…だから俺の過去を知っておいて欲しいんだ。俺がどう生きてきたのか、どう死んだのか。」
「待ってくれよ先生。死んだって…何言ってんだよ。」
徹が半笑いで俺に聞く。だが俺の表情は真剣そのものだ。
「昔の俺は死んだ。そして『形無千』という俺が生まれた。」
「どういうことですか…?」
美南が理解できないという顔で見てくる。
「……俺は元々、形無千という名前ではない。」
3人が驚いた表情をする。
常闇センは黙って聞いている。
「じゃあ、話そう。俺の過去を。昔話を…。」
なんとも下らない、昔話。
昔々、あるところに、から始まるあれだ。
そんなに昔でもなければ、あるところでもない。
聞いていて楽しい面白いという感情は湧かないだろう。
最後は絶望で終わる昔話。
この世にハッピーエンドなんて、ありはしない。
アスタロト襲撃による、私立第1魔術高等学校の被害
2、3年生 休校日だったため、ほぼ被害なし。
1年A組 軽い怪我を負った者もいるが、命に別状はない。熱戦を繰り広げた煜翔寺輝彦も負傷なし。
1年B組 30名中2名以外死亡。犯人は音羽俊だと判明するが、音羽俊は死体として第5演習場で発見される。
1年C組 迅速な避難により全員無事であった。那珂友美の判断が負傷者0という奇跡の数字を出せたのだろう。
1年D組 こちらも負傷者0。那珂友美と太刀鮫郷史のクラス間を超えた協力によるものだと考えられる。
1年E組 葵千佳以外、襲撃による死傷者はいなかった。骨折や腹部損傷など重症の者もいたが、命に別状はない。葵千佳はアスタロトに誘拐され、未だ戻って来ず。
第5演習場 ほぼ全壊。
校舎 全体の4割破損、修復作業中。
新人戦編 完。
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