第25話 獣。
「い……痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
遅れて痛みが襲ってきた音羽は、腕のなくなった肩を抑えのたうち回った。その様子を形無の姿をした獣が笑いながら見ていた。
「ギャハハハハハッ!!!!!ゴ主人ガアンマ甘ェコトシテルカラヨォ…。余計ナ時間クッチマッタジャネェカ!!最初ッカラ俺ガ出テリャアアノ千佳ッテ小娘モ助ケラレタカモシレネェノニヨォ!!!」
形無の容姿、形無の服、形無の声なのだが、美南にとっては全くの別人、化け物に見えた。
「形無……先生なの…?」
朦朧とする意識の中、美南は形無と思われる獣に聞いた。
髪色は同じ黒のままだが、瞳は充血を超え、赤く染まっていた。顔には先程見た紋章がびっしりと現れていて、美南が見える範囲の肌には全てその紋章が刻まれていた。
「形無先生ェ…?アァ、ゴ主人ハ今ソンナ名前デ呼バレテルンダッタナ。俺ハ形無先生デアッテ、形無先生ジャネェ。ソレガ今、オ前ニ伝エラレル唯一ノコトダ。」
美南に返すが、あまりの恐怖に話が入ってこないようだ。ガタガタ震えるだけで、それ以上何も喋らない。
「トコロデ、オ前。イツマデ転ガッテンダァ?トットト起キロ!!!!!」
痛みにのたうち回る音羽のみぞおちに蹴りを入れ、演習場の壁まで吹き飛ばした。
「クハァッッ!!!!」
壁に激突してもなお、音羽は肩を抑えながら苦痛の表情を浮かべる。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い…ッ!!痛いんだよクソがァァ!!!!」
音羽は立ち上がり、残っている手で術式を構築・展開する。そして第4式攻撃系風魔術を形無の姿をした獣に発動した。
「アァ……?テメェ、久々コッチニ来テテンション高ェノニ…眠テェ魔術使ッテンジャネェゾ!!!!!」
獣が咆哮すると、音羽が発動した攻撃系風魔術は霧散していった。
「なんなんですか…!?貴方は一体…誰なんですか!?」
その光景に驚愕し、恐怖し、腰を抜かして問いた。
「俺ノコトヲ『ビースト』ヤ『獣』トカ呼ブヤツガイタガ…違ウゼ。俺ハナ…怒リダ。2人ノ花園ガ産ミ出シタ憤怒、憎悪、憤然…ソレガ俺ダ。」
「な、何を言って…ッ!!」
「オット。コレハ言ッチャイケネェ約束ダッタナ。コレヲ聞イタ奴ハ殺サネェトナ。」
そう言うと獣はニヤッと笑い、一歩一歩音羽に近づく。
「やめろ!!!!来るなァ!!!!!」
魔術を発動しようと術式を構築するが、完成する前にガラスのように割れてしまった。
「魔力切レカ。チョードイイ。抵抗サレズニ済ム。」
ここまで音羽は高演算魔術を連発していた。今魔力切れを起こしてもおかしくはなかった。というか、あれほど魔術を使って今まで魔力が切れなかったことの方が驚きだ。
「クソがぁ…。使ってやりますよ!!!!」
音羽は立ち上がり、内ポケットから注射器を取り出した。
「?」
注射器を腕に構える音羽を、首を傾げ不思議そうに見ていた。
「この化け物を殺すには、自分も化け物になるしかないようですね…ッ!!」
注射器の針を腕のない肩に突き刺し、中の禍々しい色のした液体を注入していく。
「うッ…!!!これ…で私も…ッ!!グァァァァァ!!!!!」
全て注入し、注射器を投げ捨てた。体が拒絶反応を起こしているのかわからないが、もがき苦しむ。
「何シテンダ?テメェ。」
その姿を軽蔑した目で見つめ続ける。
「グァァァ…。ハァハァ…これで私も…ッ!!」
「変ナ薬デ強クナッタト錯覚シテンダナ。可哀想ナヤツダ。」
立て直した音羽の目は黒く変色し、体の筋肉は隆起し、髪も白く染まる。そして肩からなくなった腕が再生した。というか、生えた。黒い腕が断面から勢いよく生えたのだ。
「黙れ化け物がァ…。体中から魔力が漲ってくるのがわかります…。これなら…ッ!!」
音羽は両手を獣に突き出し術式を構築する。左右に7つの円で構築された円が展開していく。
「私の扱えなかった7式を同時に…ハハハハハッ!!!最ッッ高じゃないですかこの薬はァ!!!!」
高笑いをする音羽をジッと見つめる。
「喰らえ化け物!!この距離じゃ避けられまい!第7式攻撃系雷魔術〈天罰〉!!!!!!」
近づいてきた獣に第7式攻撃系雷魔術を2つ発動する。
放った雷は元々の色と違い、闇の気配を纏った紫色をしていた。
「なんですかこの色は…?凄まじい魔力を感じます…。」
発動した本人も理解していない。だが、普段の〈天罰〉よりも確実に威力は強くなっている。その紫色した電撃が獣に向かって走る。
「イイネェ高マッテキタゼェ!!!!!!!」
咆える獣。その電撃に向かって右手のみを前に出す。
「形無…先生…戻って…。」
笑う獣に、美南が懇願する。こんな姿は形無ではない、いつもの先生に戻ってくれ、と。
「邪魔スンジャネェ小娘。殺スゾ。」
獣は目線だけを美南に向ける。が、その殺気に当てられ美南は気を失ってしまった。
「邪魔スルヤツハ消エタナ。ジャア始メヨウゼェ?第0式亜空系魔術〈ブラックホール〉!!」
獣の手からはブラックホールが形成され、音羽が放った2つの雷のうち1つが吸い込まれていった。
もう1つの雷はブラックホールを避け、頭上から獣を襲う。
「意のままに操れるのですよ!!!!死ね!!!!」
獣はそれを避けるが、雷は追尾し続ける。〈天罰〉という魔術は、敵に当たらない限り消えることない魔術だ。
「ヤッパ1ツ残シテ正解ダッタゼ。楽シクナッテキヤガッタ!!」
襲いくる雷を避けながらも、戦闘を楽しんでいた。
「アァ?」
避けた先に、気絶している雀須を見つけた。そして獣は雀須の頭を持ち、音羽に向かって投げつけた。
「本体ガガラ空キダゼェ!?」
投げつけられた雀須を跳んで避ける。発動している右手の魔術は維持したままだ。雀須は壁に激突し、血を流して倒れた。
「私が言うのもなんですが…酷いことしますねぇ。」
「ア?俺ニトッテ、俺以外ハ全員敵ダ。全テダ。ダカラソンナ人間、ドウ扱ッタッテ構ワネェダロ?」
迫り来る雷に対して逃げるのをやめた獣は、全身で紫色の雷を浴びる。
「ハハハハハッ!!!やったぞ!!!!喋っている暇があったら、避けるんでしたねぇ!!!!!」
雷は獣に当たった後も、消えずにいた。あの魔術は対象に当たり、死を確認してから消える。死ぬまで消えない。
「……は?」
笑っていた音羽もおかしいと気づいた。
なぜ消えない?
なぜ当たったのに消えない?
否、当たったが死んでいないからだ。
雷を纏いながらも、獣はゆっくりと音羽に近づいていった。
「第0式身体強化魔術〈諸刃の鎧〉ダ。1ツノ魔術ニ対シテダケダガ、一切ノダメージヲ無効化スル。」
「なんですか…それ…。なんでもありじゃないですか…。」
絶望に満ちた表情で笑う音羽。
「ドウシタ?終ワリカ?」
手を広げ、もっと攻撃してこいと言わんばかりの獣。その姿を見て、絶望から怒りに変わり魔術を発動する。
「この化け物がァァァ!!!!!」
連発する魔術も素手で弾かれてしまう。だが音羽は薬で強化された魔術を連発する。
「クソ…!?!?!?」
途中で音羽は自身の体の異変に気づく。
中から激痛に襲われた。
「…薬ノ副作用ッテヤツカ。」
声も出ないほどの激痛に顔を歪ませる音羽を見て、冷淡に言う。
「まだです…まだ終わらせない…」
「モウイイ。飽キタ。死ネ。」
かろうじて伸ばした黒い腕も、獣によってまた切り落とされる。
「ーーーーッッッ!」
再び肩を抑える音羽。
「知ッテルカ?俺ノ使ッタ〈ブラックホール〉、吸イ込ムダケジャネェンダゼ。コレガ〈大般若經の轉讀〉トチガウトコロダ。アレハソノ場デ吸収カ返却カ決メナキャナラネェガ…コレハ違ウ。」
ゆっくりと音羽の顔面に向け、右手を置く。
「第0式亜空系魔術〈ホワイトホール〉。」
右手から放たれた紫色の雷が音羽を襲う。
程なくして雷は消え、動かぬ死体となった音羽だけが残った。
「ハァ…。ヒサビサ出テ来レタト思ッタノニヨォ…。ツマラネェ。ゴ主人ニ返スカ…。」
ため息をつき、落胆した表情で立ち尽くした。
だが思い出したかのように、失神している美南の方を向いた。
「ソーイヤ、オレノ産マレタ話…コノ小娘モ聞イタヨナァ?」
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