第24話 第0式魔術の代償

「アハハハハッ!!!!…何を言ってるのか理解できませんねぇ…。第0式?そんな魔術ありませんよ?」

高笑いし下衆な笑みを浮かべ、音羽は俺に歩み寄る。

「ハッタリはいい加減にしてください!!」

付与系土魔術を全身に纏い、俺に接近戦を仕掛ける。

「美南、詳しいことが終わってから説明してやる。」

俺は美南の方を向き笑った。背後には襲いかかる音羽がいた。

「先生後ろ!!!!!!!」

「死ね!!!!!!!」

音羽の攻撃は俺の防御系水魔術によって阻まれた。攻撃が通らないのを確認すると一歩引いて距離をとる。

「さすが形無千先生です。どこからでも魔術が使えるんですねぇ…。ですけど、あれ?0式とやらは使わないんですか??やはりハッタリでしたねぇ。」

わざとらしく首を傾げニヤニヤする。

「技術だけで倒せるのはあの雑魚連中だけですよ?私との実力差はそれだけじゃ埋まりませんっ♡」

音羽は両手を突き出し、術式を構築する。

「あなたが演算することができない、第6式魔術です。第4式まで演算できるということは多分、少しは第5式魔術を使えるのでしょう…。だが、6式までは無理でしょう?ねぇ、落ちこぼれの過去の英雄さん?」

1つ、また1つと円が構築されていく。

「あなたぐらいの実力でなぜ英雄と呼ばれていたか知りませんが、技術で誤魔化していたのでしょう。私はそんな甘い相手ではありません。」

構築された術式の円は6つとなり、展開していった。

「さぁ、防いでみてください!第6式攻撃系水魔術〈海皇の憤怒〉!!!!!」

展開された術式を頭上に持ち上げ、魔術を発動した。

術式からは青紫色をした水が人型を模し、手には三叉の槍を持っていた。さながらポセイドンのようだ。大きさにして、この高い演習場の天井あたりに頭がある。相当大きい。

三叉の槍で横薙ぎをする。演習場の壁にあたり、結界で守られているはずの内装が剥がれ落ち、壁を破壊しながら俺の方へ向かってくる。

「キャァァァァァッ!!!!」

勿論背後にいる美南や千佳も巻き込まれる。美南は頭を抑えうずくまり悲鳴をあげた。

「第0式陰陽系魔術〈大般若經の轉讀〉。」

俺はゆっくりと横からくる三叉の槍に向かって手を出し、第0式魔術を発動した。

すると俺の手のひらに三叉の槍が吸い込まれ、そして本体も吸い込まれ、術式までも吸い込まれていった。

先程まで演習場を覆い尽くすかの如く、君臨した海皇の姿はもういなかった。残ったのは両手を上に突き上げている音羽の姿のみである。

「な、なにを…したのですか…?」

この状況を理解できていない音羽。

「だから言ったろ、0式魔術を使うって。今俺が使ったのは〈大般若經の轉讀〉だ。この魔術は、自分の命を脅かすほどの威力を持った魔術にだけ使えるものだ。その魔術に触れ、吸収する。そして…」

俺はその手を音羽へ向け、水の大きな塊を放出する。

「その名の通り、災いを転換させる。」

「クソッ!!!第6式防御系雷魔術〈青天の霹靂〉!!」

音羽は術式を構築・展開し、防御系魔術を発動した。大きな術式だけで魔術自体は見えない。その術式に大きな水の塊が通過すると、水の塊の姿は消え、俺の頭上から音もなく現れた。その塊には雷が帯びている。

「あなたの攻撃、返しますよッ!!」

「ハァ…。」

俺はため息をつくと、また同じ手を水の塊向けた。すると同じように、吸収されていく。

「俺がお前に返したんだよ。俺の攻撃じゃない。…まぁいいか、これは俺がもらっておこう。」

そう言って俺は手を握った。魔力が回復していく。

「今なにをしたの…?」

後ろの美南が尋ねる。

「何回返してもまた、あの防御系魔術で俺に返ってくるんだろ?だったら時間の無駄だ、この魔術を俺の魔力にしたんだ。」

それもまた、〈大般若經の轉讀〉の能力である。

「そんな魔術があってたまるか…あってはならない!!!」

音羽が叫び術式を構築・展開する。

「懲りない奴だな…。」

「命を脅かすほどの威力!?だったら命は取りませんが自由を奪う魔術を使うまでです!!」

円が4つ…。第4式魔術か。あれでは多分〈大般若經の轉讀〉は使えないだろう。試しに使ってみて、致命傷でしたとなったらシャレにならない。

この区別が難しいのが、この魔術の弱点だ。俺主観の判断ではなく、誰かの第三者目線での判断だからだ。この場合は美南となるのか。

なので〈大般若經の轉讀〉を発動する時には俺と敵、そしてもう1人誰かいなければいけない。〈海皇の憤怒〉を吸収できたのは、美南が見ていなくても、心の中で『あの魔術を受けたら自分達は死ぬ』と思っていたから使えたのだ。なかなかに発動条件が難しい魔術である。

「それは第0式も使うまでもない。」

俺は防御系土魔術で音羽の攻撃を防ぐ。

「まだまだァ!!!!」

音羽は何発も発動し、攻撃の手を緩めない。

これでは埒が明かない。

今日1日で0式を何回使った?新人戦の時、アスタロトの集団に、雀須先生、輝彦に一回と今か…。計5回か。まだ持つか…?

「行くぞ!!!!」

俺は防御系土魔術から体を出し音羽に近づく。

「かかりましたねぇ?」

俺が踏み込んだ足には配置系魔術が仕込まれており、気づいた時には爆発していた。

「これで足はぶっ飛びましたねぇ!?アハハハ!!!」

硝煙が立ち込む。煙が晴れると音羽は笑うのをやめた。

「アハハ!!…ハハ…ハ?」

無傷で立っている俺を確認できたからだ。

「いやー、配置系魔術とは気がつかなかった。おかげで足が吹っ飛んじゃないか。」

と言う俺の体にはちゃんと足が二本ついている。また〈過去の虚像〉を使ったのだ。数分前の俺の体に戻した。

「な、なにが起こっているんだァァァァ!!」

再び音羽は魔術を連発する。取り乱しているようだ。

「同じ手が喰らうと思うなよ、音羽先生。」

俺は襲いかかる無数の魔術に対し、第0式時空系魔術〈黄昏の遡行〉を使った。






音羽の魔術が止まる。俺達の視界にある物、人、魔術がモノクロになる。

「なん…ですか…?これは…。」

視界の色が死んだことだけでなく、自分が発動した魔術も止まっていることに驚きを隠せない。まるで、世界が、時間が止まったかのように見えた。

「時間が止まっている…?」

音羽は思ったことを口にしたが、その唇は動いているし、形無もゆっくりと歩み寄ってきている。形無の後ろにいる美南も周りを不思議そうに見渡している。気づくと音羽が纏っていた土の鎧も、音も立てずに崩れていった。止まっているわけではない…だが魔術は静止している。

「止まってる、で合ってるよ音羽先生。」

「な、どういうことですか…?私やあなたは動いてるじゃないですか…。」

「この第0式時空系魔術〈黄昏の遡行〉は、俺が発動した瞬間を見た者だけが動くことができる魔術だ。…外に出てみりゃわかる。皆固まってるぜ。」

形無は親指で外を指差す。壊れた出入り口から雀須の姿が見えた。確かに微動だにしない。

「この世界では魔術が一切動くことない、入ることのない世界だ。というか、魔力が込められない。」

音羽は試しに魔力を指先に込めようとするが、一切入っていかない。体の中から魔力というものが消えてしまったような感覚だった。

「…つまり、肉弾戦ということですね…?」

音羽は身体強化魔術を施していない肉弾戦というのは初めてであったが、体術の心得はあった。よくわからない魔術を使ってくるよりも、こちらの方が勝機があると思った。

だがそれは違う。

「お前は、な。…言っただろ?魔力が込められないって。だから魔術が使えないって。…だったら魔力を使わない魔術を使えばいいじゃないか。」

と言うと形無はまた、第0式魔術を唱えた。

「音羽、お前にもわかるように詠唱してやる。第0式身体強化魔術〈魂を喰らう者〉」

形無の背中から赤紫色した触手が何本か生え、脈を打っている。その触手を伸ばし音羽を攻撃する。間一髪、音羽は横に転がり避け演習場の壁に向かって走る。

どこまでも伸びる触手は、音羽の背中を貫こうとする。それをギリギリで避け、また壁に向かい走る。

「なんなんですか…ッ!!アレは…ッ!!!」

「逃げ…ル気か…?お、音羽…ッ?」

ニヤニヤ笑いながら形無は言ったが、喋りが拙くなっていた。

「形無…先生…?」

あまりにも面影がなくなった形無を見て、美南が泣き出しそうな声で尋ねた。

「なン…だ?美南…か。どウしタッ?」

振り向く形無の目は赤く充血しており、顔には見たことのない紋章があった。

「先生…先生なの…?」

怯える美南を見て、形無は自分の手を見て、顔を抑えた。

「少シ…使イすぎたヨウだ…ッな…。」

そう形無は呟くと、音羽の方へ向かった。

「時間…ガかかルと…ッメンどーだ。ここデケリをつケるッ!!」

壁に到着した音羽は、先程自分の魔術〈海皇の憤怒〉で空けた穴から外に脱出しようも試みたが、それも上手くいかず。形無の触手によって退路を絶たれる。

「こんなの…勝てるわけないじゃないですか…。」

絶望に打ちひしがれ、その場で座り込みうなだれる音羽。

「死ネ。」

その脳天を触手で潰そうとするが、寸前で触手の動きが止まる。

「……ん?」

音羽はその時を待っていたのだが、絶命することはなかった。

視界を上に上げると、頭を抑え苦しむ形無の姿があった。

「ウゥゥ…クソがァァッ!!…呑まレて…たマル…ッ!!…カァァァ!」

ゆっくりとだが視界に色がつき始めた。そして音羽が放っていた魔術もゆっくりと動き始めている。

「ウガァァァァァァァァァ!!!!!」

形無は叫びその場に倒れた。倒れたと同時に世界は色を取り戻し、音羽の放っていた魔術は誰もいない、演習場の壁へとぶつかった。

「お、起きませんね…?何がどうなって…。まぁいいです、とりあえず葵千佳をさらって帰りますか…。疲れました。」

よろよろと立ち上がり、美南達の方へ向かう。その姿を見ても、形無は立ち上がることはなかった。

「来るな!!!!!」

美南は省略化無詠唱魔術を放つが、気だるそうにしている音羽の防御系魔術で全て防がれる。

「面倒ですよ…。とっとと死んで、葵千佳を渡してください。」

ハァ…とため息をつき、右手に付与系雷魔術を纏い、美南を切り裂いた。

「キャァッ!!!!」

腹から大量の血が流れる。美南は倒れこみ意識が朦朧とした。

朦朧とする意識の中で、千佳が音羽に担がれているのを見ていた。

(形無…先生…。千佳を……。千佳を守って…!!)

すると出入り口から爆発音が聞こえ、人影が転がってきた。その影は雀須であった。

「クソッッ!!なんなんだアイツはッ!?おい形無!!…形無?」

敵と交戦中だった雀須は、演習場の中に入ったことを利用し形無と共闘しようと考えていたのだ。だが形無の姿は見えない。

「どうした先生。そんなもんか?」

出入り口から1人の黒いローブを着た男が入ってきた。

「ブラストさん。これが葵千佳です。」

音羽が千佳を背負ってブラストに近づき、担いでいた千佳をひょいっと投げて渡した。

「目的のモノは手に入れたか…。おし先生、お前の命は見逃してやる。よかったな。」

そう雀須に告げるとブラストは背を向け帰ってしまった。その先にはもう1人のアスタロトメンバーがいて、移動系空間魔術でどこかへ行ってしまった。

「クソ…ッッ!!!!!生徒1人守れずして何が…何が教師だッ!!!!!!」

雀須は己の未熟さに、拳を強く握った。

「でもまだ、殺し合いは終わってませんよ?」

前方から声が聞こえ、反射的に防御系魔術を使ったのが幸運だった。雀須の前には付与系雷魔術で全身に雷の鎧を纏った音羽が襲ってきたのだ。

「貴様も一緒に帰れば…命を落とさず済んだのにな…ッ!!」

「正直、形無先生相手だったら帰ってました。でも…あなたなら殺せますからねぇ…。殺せる相手を見逃すような、甘い人ではないですよっ♡」

高く跳躍し音羽は距離を取る。そして両手を前に突き出し詠唱する。

「では、早速ですが死んでください。第6式攻撃系炎魔術〈炎龍の咆哮〉」

「なにッ!?第6式だとッ!?」

雀須自身も外でブラストやアスタロトと戦っていたため魔力は残っていない。音羽に関しても、輝彦や形無と戦っていたはずなのに、まだこんな魔術を発動できる魔力が残っているとは思わなかった。

「防ぐ…しかないよな…。」

覚悟を決めた雀須は叫んだ。

「形無ィィィ!!!後は任せたぞ!!!!!いつまでも寝てないで起きて戦え!!!!!!」

そう言うと、雀須は静かに手を前に出し詠唱した。

「第3式防御系風魔術〈風前の灯〉!!!!」

炎の龍と風の盾がぶつかり合う。雀須は残っていた全魔力を注ぎ、受け止めていた。やがて2つの魔術が消滅し、雀須はその場で気を失った。魔力切れによる失神だ。

「さすが、捨て身の防御で守りましたか…。だがこの後はどうするんです?…例えば…。」

音羽は省略化無詠唱魔術を倒れている雀須に発動した。

「こういう時、ですっ♡」

だが、目の前で魔術が弾けた。音もなく弾けた。

「はい?」

気がつくと、音羽の右腕ももげていた。痛みすらない、体から血がやっと吹き出した。体自身も気づいていなかった。

音羽の背後には黒いオーラを纏った、まるで獣のような者がいた。

「久シブリノ表ノ世界ダ…。存分ニ暴レサセテ貰ウゼゴ主人様ヨォ!!!!!」

その形無千の容姿をした獣は高笑いをし、悪の瞳で音羽を見つめる。

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