第23話 本気の姿

「ふぁあ…。そろそろ飽きてきました。早く割ってくれませんかね?」

音羽は欠伸をしながら輝彦に言う。魔力も段々と無くなっていく輝彦は焦っていた。何回も発動している手を狙うが、敵の魔術によって防がれてしまう。色々走り回って配置系魔術を仕掛け、不意打ちを狙うがどれも失敗に終わる。

(わかる。この人と僕では戦闘経験値が違う。これは〈ヒュドラの毒袋〉を庇いながら戦って勝てる相手じゃない…。)

疲れと焦りで思考が鈍くなっていく。もう割ってもいいんじゃないか、どうにかなるんじゃないかと思ってしまう。

(知ってる…。この思考に陥った時点で…僕の負けだよね…。)

「それ割っちゃったら、葵千佳も死んじゃうけどいいのかい?」

「はい?私は別に構いませんよ?」

輝彦は話し合いに持ち出そうとしたが取り合ってもくれない。

後の選択肢は1つしかない。

輝彦の魔術であの毒を抑え込む。

〈ヒュドラの毒袋〉の特性は輝彦も知っていた。

人が触ればまず即死。魔術が触れてもその術者に毒が回る。魔力を伝って術者までいくという話を聞いたことがある。だが、これしかないのだ。

(毒が全身に回り死ぬまでに、コイツを倒して形無先生のとこまで駆け込むことができるか…?いやできるかじゃなくて、するしかないんだッ!!)

「わかった。僕も覚悟を決めよう。」

輝彦は立ち止まり、両手を前に突き出した。

「第6式防御系煜魔術…」

「輝彦君!?…魔術でそれに触っちゃあ…!!」

「わかってるよ那珂先生…。でもこれしかないんだ。」

輝彦は那珂の言葉を遮り、詠唱を続ける。

「…〈ゴスウィット〉!!!!!」

輝彦の前に光の人型が現れる。その人型の手で〈ヒュドラの毒袋〉を包み込む。そしてゆっくりと押し潰す。

「あはっ♪割れましたよ割れました!!!さて、どこまで我慢できますかね!!!!」

音羽はその様子を楽しそうに見ている。〈ヒュドラの毒袋〉によって拘束されていた手は、潰されたことにより解放される。

「さて、ちょっかいでも出しましょうかっ。」

輝彦に向かって攻撃系魔術を放とうとする。

「させない…」

「那珂先生はッッ!!!!!!」

音羽の術式を見て輝彦を守ろうとした那珂を輝彦が静止させる。

「那珂先生は引き続き、生徒達を守っててください…。僕は大丈夫です。なんせ煜翔寺堰堤の息子ですから

。」

ニコッと笑顔を那珂に向ける。

「輝彦君…。」

心配そうに見つめるが、ヒュドラの毒が那珂達がいる場所に流れる可能性が高いため、那珂は引き続き、防御系魔術で生徒達を守る。

「ほらほらほらほらっ!」

「グッ!…クソッ…カッ…。」

わざとダメージの少ない魔術で輝彦の体を傷つけていく。それを楽しんでいるようだ。

魔術が当たるたびに光の人型の手から毒が溢れる。段々と〈ゴスウィット〉も紫色に変色していく。

(これが…ヒュドラの毒…。回るのが早いね…。)

輝彦の意識が朦朧としてきた。完全に相殺できるまでまだまだ毒はある。輝彦の体が限界を迎えるか、途中で意識がなくなるか、どちらにせよ、そうなった場合終わりだ。全員死ぬ。

那珂が使っている防御系魔術は、少しくらいの毒なら耐えれるが、この演習場が毒の海になった場合、防御系魔術もあったものじゃない。全員もれなく死ぬ。その全員には音羽自身も含まれているのだ。だが死ぬかもしれないという素振りは全く見られない。命を命と思ってない人間、自分の命も軽く見ているのだろうと、輝彦は推察していた。

(あ、やばい…。限界かもしれない…。)

ふっと力が抜け、〈ゴスウィット〉は消滅した。消しきれなかった毒が一気に演習場に流れる。

「アーハッハッハッハッ!!!!最ッッッッ高の瞬間ですよッッ!!!!」

高笑いする音羽が、輝彦の薄れゆく視界に映った。

そして願った。求めた。

朦朧とする意識の中で輝彦は、今出る精一杯の声で叫んだ。

「か…たなし…せん…せ…たすけ…て…ッッ!」

入り口の扉がぶっ飛び1人の男が素早く中に入ってきた。そして音羽を殴り飛ばす。

「ふぇ…??」

不意を突かれた音羽は頬を殴られ、その勢いのまま壁に激突した。爆音が鳴り響く。

「よく頑張ったな輝彦。後は俺に任せとけ。」

と輝彦の頭を優しく撫でると、男は両手別々の属性魔術の術式を構築・展開し、それを重ね魔術を発動させた。暴風が演習場内を掻き回し、ヒュドラの毒を一滴残らず巻きあげた。そして暴風に帯びていた冷気が、毒を凍らせる。若干男に毒が回ったが、それも瞬時に回復する。その暴風を男は演習場の入り口から外に飛ばした。この演習場にはヒュドラの毒が一滴も残らなかった。

「か…形無ィィィィィィィィィ!!!!」

「キャラブレてますよ、音羽先生ッッ!!!」

音羽は立ち上がり男の名を呼ぶ。男は余裕の表情で音羽の名を呼ぶ。






「形無、貴様が中の様子を見てこい。」

「え?俺がですか?」

雀須先生の魔術によってアスタロトの集団が一網打尽された後のことだった。

「あの扉、貴様なら難なく開けれるだろ?」

「そりゃあまぁ…開けれなくはないっすけど…。あそこ開けたらもう避難場所じゃなくなっちゃいますよ?」

「わかっている。だがそのリスクよりも、音羽に全員殺されるリスクの方が排除すべきだろう。」

中に輝彦がいるから安心だ、と勝手に思ってしまったが、輝彦もまだ高校1年生。音羽がどれだけ経験を積んでいるか知らないが、相当な手練れだった場合負ける可能性が高い。純粋な戦闘力でもそうだが、避難している生徒を人質に取られた場合などを考えると、たしかにそっちのリスクの方が排除すべきだ。

「わかりました…!じゃあこっちは頼みますよ!!」

「任せておけ。」

と俺は演習場入り口の前に立った時、中から声が聞こえた。

「アーハッハッハッハッ!!!!最ッッッッ高の瞬間ですよッッ!!!!」

俺はその声を聞くと、反射的に体が動いた。身体強化魔術を重複させ、ドアを蹴破り、音羽を全力で殴りつけた。ぶっ飛ばしてから気づいたが、これは多分〈ヒュドラの毒袋〉と思われる毒が流れていた。

そして毒に侵されている輝彦の姿が見えた。

「よく頑張ったな輝彦。後は俺に任せとけ。」

そう優しく頭を撫でる時に、第0式時空系魔術〈過去の虚像〉を使う。瞬時に回復しては周りに怪しまれるため、遅延的効果にした。

〈ヒュドラの毒袋〉か。対処の仕方は知っている。

俺は左手に第4式攻撃系氷魔術と、右手に第4式攻撃系風魔術を展開・構築し合成魔術を作った。ヒュドラの毒を一滴残らず、風魔術で巻きあげ、氷魔術で凍らせる。魔術に毒が触れた瞬間、俺自身にも毒が回ったが、〈過去の虚像〉でどうにかなる。そのままヒュドラの毒を入り口から外に投げた。

隣では意識が限界だったのか、倒れこむ輝彦。そして殴り飛ばされた音羽が立ち上がるのが見えた。

「か…形無ィィィィィィィィィ!!!」

「キャラブレてますよ、音羽先生ッッ!!!」

その叫びを合図にしたかのようにお互いが距離を詰め、お互いがお互いの頬を殴る。音羽も高威力の身体強化魔術を使っているようで、俺の重複身体強化魔術を喰らっても頭が吹っ飛ばない。何発も何発も殴りつける。

「ヒュドラの毒を喰らってませんね…。どういうことですか?回復魔術を使えるわけではないのに…。」

殴り合い、口からでた血を拭いながら音羽が言う。

音羽からしたらおかしいのだ。魔術でも、触れれば確実に毒に侵されるものなのに、目の前の俺は侵されていない。不思議でしょうがないはずだ。

「おい形無!!!!外はあらかた終わった!!」

入り口から雀須先生が俺に伝える。俺が入る前に言っておいたのだ、今は外より中の方が危険だから、外が片付いたら生徒達を避難させると。

「ありがとうございます!!」

と言うと俺は那珂先生方面へ第2式配置系空間魔術〈ディメンションゲート〉を発動した。那珂先生の後方にある壁に異空間ができた。

「那珂先生、その空間に入れば外に出られます。今は外より中の方が危険です。生徒達を出してC・D組と合流してください。」

「わ、わかったわ…。」

空間魔術まで使えるこの新人魔術教師は何者なのだと思いながら生徒を誘導し異空間に入っていく那珂先生達。

「させますか!!!!」

那珂先生めがけ攻撃系魔術を発動する音羽だが、それを許す俺でもない。

攻撃系魔術を素手の拳で握りつぶした。

「余所見しないでくださいよ。相手は俺っすよ?」

「私の魔術を素手で…ッ!?計り知れませんね…形無千…。」

お互いニヤリと笑う。







「先生…私はここに残るわ。」

「なに言ってるの美南ちゃん!形無先生から言われたでしょ!?中の方が危険だって!」

美南は千佳を背負ったままここに残ると言い出した。

「だから…よ。あの先生の、演習じゃなく、言葉じゃなく、本気の姿を見て私は学びたいの。…人の殺し方を。」

青い瞳を形無にまっすぐ向ける。

「それに千佳は形無先生のところにいた方が安全じゃない?」

笑顔を那珂に向ける。

「それも…そうね。…はぁ。わかっているとは思うけど、あなたがいるだけで、形無先生の足を引っ張ることになってるのよ?それを忘れないで。」

厳しい言い方だが那珂はわかって欲しかった。この状況はワガママが言えるような状況ではないと。多分美南もわかっている。わかっていて残ると言ったのだ。

覚悟はできていると、那珂は感じた。

「はい…。ありがとうございます。」

一礼すると、那珂達は異空間に入っていった。美南と千佳以外が入ると静かに、空間魔術は消滅していった。

「美南!?千佳!?なんでお前ら行ってねぇんだ!?」

2人の姿を確認した形無が驚いていた。

「見届けてあげるわよ!!先生の勝利を!!!!」

と笑いながらエールを送る。

「足手纏いちゃんが残ってくれましたねぇ。」

ニヤリと笑う音羽。全速力で美南と千佳に向かっていき、攻撃を仕掛ける。

「まずは手足を捥ぎましょうかッ!!」

付与系魔術により強化された腕で、美南の腕を千切ろうとしたが背後から腕を掴まれた。

「俺の生徒には手ェ出させねぇよ…。」

今までにない殺気を感じた音羽は、反射的に距離を置き、恐怖で少し足が震えた。

(なんなんですかあの殺気は…ッ!?同じ人間とは思えません…。)

その姿を見て美南も恐怖に震えた。

(これが…先生の本気。)

恐怖でガタガタ体を震わせているが、形無の姿を見逃すまいと、目だけは必死に開ける。

「お前だけには…特別に見せてやる。……多分ここまで大ごとになったら『花園』や軍から直々に命令が下ると思うからな。もう隠す必要はない。」

と美南に言うが、なんのことかさっぱりわからなかった。

「あと…アイツは今ここで死ぬから問題はない。」

と言うと形無は髪の毛をかき上げた。形無の目にはやる気、怒り、悲しみ、喜び、覚悟。

どの感情も宿っていなかった。


無。


これが形無千の、本気。

美南は再度恐怖を覚え、同時に絶望感が満ちた。

この無の感情を、自分に向けられていたら、どうなっていただろうか。

美南は考えるだけでゾッとした。


「これが俺だけが持つ力、第0式魔術だ。」

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