第20話 侵入成功

形無千…だと…?なぜ貴様が教師をやってんだ…?」

黒いローブを着た先頭の男が狼狽える。

「なんだ、俺は教師よりも無職の方がお似合いってか?」

笑いながら答える。

「形無…!なぜここに来た…ッ!!」

立っているのもやっとな雀須先生が俺を睨みつける。

「俺のことはいい…早く生徒のところへ行けッ!!!」

喋ることすら辛いのに、俺に怒鳴りつけた。やはりいい教師だ。生徒を第一に思っており、現状をしっかりと把握できている。

死にかけの自分の命より、無残に殺されていく多くの生徒の命を助けろ。と言っているのだ。

「やっぱ雀須先生、あなたはほんとにいい教師ですよ。」

俺は尊敬の眼差しを雀須先生に送り、敵の方を向く。

「何を言ってッ!」

「大丈夫です。」

俺は怒鳴る雀須先生の言葉を遮り、親指を上に立てた。

「あなたも助けて生徒も助けます。」

「ハハハハハッ!!!!何を言っているのかわかっているのか過去の英雄!!!!そいつも助けて生徒も助けるだぁ?……あんまナメんじゃねぇぞ…?」

男は戦闘態勢を取り殺気を放つ。両手には術式が展開していた。円が4つ…第4式魔術を2つ発動する気だ。

「まだあんな魔力が残って…。」

俺の後ろで雀須先生が呟いた。多分俺が来るまで長い時間雀須先生は戦っていたのだろう。だが多数とやり合うとこちらが確実に魔力切れしてしまう。それを見越してあの男は温存していたのだろう。雀須先生と直接戦うことがあったとしても、多分最小限の魔術しか使わなかったはずだ。

「少しはやれそうじゃねぇか。あ、ちなみにお前は銃持ってんのか?」

俺は軽い口調で男に聞く。

「俺をナメたことを後悔し、過去の栄光にすがりつきながら死ねッ!!!!!!」

男は俺の挑発めいた質問に対し、答えではなく魔術を返した。あれは第4式攻撃系氷魔術〈氷結界〉か。

速度の速い氷の棘が床を埋めながら俺の方へ向かってくる。両手で発動しているため範囲は2倍、校舎の廊下では視界全てが氷の棘に覆われている。

「ほいっと。」

俺は足のつま先をあげ、床にポンポンと2回叩いた。すると目の前に氷の壁が現れ敵の攻撃を防いだ。

「形無…!?今術式を組んだか…?しかも手を使っていたように思えないのだが、どこで魔術を発動させた…!?」

雀須先生は目を丸くして俺に質問した。

魔術というのは基本手から発動させる。輝彦が使った〈八岐大蛇〉のようなデカい魔術や身体強化魔術などは例外だが、例外を除いてほぼ全て手から術式を構築し展開、発動する。なぜかと言うと、魔術と同じでイメージがしやすいからだ。人間の体で意識的に使うことがもっとも多い腕・手・指は魔術を出すに当たって1番イメージしやすいというか、しっくりくる。無意識下でイメージしてしまっているのだ。『こういった魔術をこういう風に出す』と。そのイメージを強く持つと詠唱が不必要となる。術式を小さくしようと考えると、術式が省略化される。そして魔術を足から発動させるイメージを強く持つと、今行ったように、足から第3式防御系氷魔術を発動させることができるのだ。

「つま先からですよ。こう…ポンポンってやるとできますよ。」

俺はつま先をポンポンと床を叩くジェスチャーを、再度雀須先生の前で行った。

「それで…発動できるのか…?」

「固定概念に囚われてちゃーダメっすよ雀須先生。色々チャレンジしてかないと。」

俺は雀須先生の方を向きニカッと笑う。その後ろから氷の壁を突き抜け男が飛び出してくる。

「死ねぇぇぇ!!!!」

「形無ッ!!後ろッ!!」

「これを応用するとね、こんなこともできますよ。」

俺は背中に術式を構築・展開し、第2式攻撃系炎魔術〈ボルガニックカノン〉を発動した。

完全に決めることができると思っていた男は俺の魔術を避けることなどできず直撃した。

「グハァァァッ!!」

遠くに吹き飛ばされる。

「第2式でそんな威力がでるものなのか?相当な魔力を込めたのか?」

雀須先生が俺に聞く。

魔術というものは込める魔力によって威力も違う。第1式魔術に第6式魔術消費分の魔力も込めることも可能である。だが、その魔術にも上限がある。術式演算が上がれば上がるほど比例して上限も上がる。

だが俺が込めた魔力は発動するのに最低限の魔力しか使っていない。省略化された術式だったので威力が上がっているのだ。

「こんな魔術に割く魔力なんかないっすよ。これからもっと多くの生徒を助けにゃならんのでね。」

俺は倒れている男の方を向く。男はゆっくりと立ち上がり付与系氷魔術を施した。男の体全体が、氷の防具を装着しているように見える。あれは…第4式か?

「さすが英雄と呼ばれてただけはあんな…。クソが。だが関係ねぇ。テメェを殺してとっとと葵千佳を攫う。」

葵千佳という言葉に反応した。

「あ?千佳をどうするって言った?」

「形無…コイツらはお前の生徒である葵千佳を攫う為にここを襲撃したらしいぞ!!」

俺の言葉に雀須先生が答えた。

「なぜ千佳を?なんの為に?」

「そんなこと俺も知らねぇよ。上からの命令だ。…生死は問わないから連れて来いってなぁ!」

男はそう言って距離を詰めてくる。

なぜ千佳を攫う?なにが目的だ?

だがそんなことは今はどうでもいい。

千佳が危ないとわかれば今こんなところで立ち止まっている場合じゃない。

「そうか、ありがとよ。大事な情報を教えてくれて。」

「死ぬヤツが何を知っても変わらねぇんだよ!!」

男は飛び上がり俺の顔面を蹴ろうとする。

俺はその足を素手で掴み、床に叩きつけた。脊髄から落ちた男は息が一瞬止まる。

「クハァッッ…す、素手で掴み…」

「魔力の応用だ。千佳が狙われてるとわかればここで遊んでる暇はない。悪いが死ね。」

倒れ込んだ男の頭部を掴んだ。

「第4式攻撃系…」

「やめてくれ!!!嫌だ!!!死にたくない!!!殺すな!!!」

「煜魔術…」

「わかった!!俺達は帰る!!もう誰も殺さない!!!だからな!?な!?」

「今更遅ぇよ。何人死んだと思ってる。〈正義の十字架〉。」

掴んだ手から発動された光の十字架は、男の頭部を貫き消滅した。

「さ、雀須先生。第5演習場に急ぎますよ。」

その光景を見て呆然としている雀須先生を背負い俺は第5演習場へ向かった。





(何から突っ込んでいいかわからんな…この男…。なぜあんなに戦闘慣れしている?…私は必死だったからテロリストを殺してもその時は何も思わなかったが、こう冷静になってみると重い。誰であれ人の命を奪ったという事実は重い…。だが形無はどうだ?ここまで来るのに何人の命を奪った?なぜこんなに平然といられる?)

雀須は形無に背負われながら思った。

(しかも敵が使っていたような無詠唱魔術を使い、第2式で高威力…素手で付与魔術を触り無傷、極め付けは煜魔術ときた。…なんなんだこの男は。)

「もう少しです雀須先生。あ、でも多分中には入れませんよ。俺が生徒達に誰も入れるなって言ってあるんで…。俺達は外で警護です。」

背負いながら身体強化魔術で全力疾走する形無が話しかけた。

「だが…私のような手負いが警護の役に立つのか?」

雀須の体はもう動けないほどのダメージを負っている。そして魔力不足だ。普通なら警護される立場だと思うが、形無は警護にあたれと言う。

「怪我とか魔力不足は気にしないでください。どうにかなるんで。」

「どうにかなるって…回復魔術を使えるものがいるとでも言うのか?世界的に見ても使えるものは少数だと言うのに…。」

特殊魔術、身体強化魔術と同じ部類の魔術である回復魔術は、使用することができる者は少ない。この回復魔術も闇魔術や煜魔術同様に先天的なものだからだ。しかも回復魔術は遺伝的なものでなく、言うなれば魔術のアルビノ的存在である。故に一般的な家庭でも回復魔術を使える子供が産まれるかもしれない。あと回復魔術を使える者は見た目でわかる。白いのだ。肌・体毛全てがだ。そして短命である。

そのことから形無千は回復魔術は使えないと、雀須は判断した。

「回復魔術…使えるヤツが今目の前にいるとしたら、どうします?」






俺は雀須先生に嘘をついた。

回復魔術なんか使えない。というか見たこともない。人の話伝いでしか聞いたこともない。本当に存在するのか怪しいレベルだ。多分雀須先生もそうだろう。

だがなんでそう言ったか。

そう言わないとバレてしまうからだ。第0式魔術の存在が。

第0式魔術がバレるリスクと、俺が回復魔術を使うことができると周りに思われるリスクを考えた時、圧倒的に前者のリスクが高すぎるのだ。

だからあえて回復魔術が使えると偽った。

俺は足を止め、雀須先生を降ろし手をかざした。

「でもこのことは何があっても他言無用でお願いします。…アルビノでもない俺が使えることを知られたら、国にどんな実験をされるかたまったもんじゃないですからね…。」

とテキトーに辻褄を合わせ、第0式が広まらないように釘を刺した。

「だ、だがこのメカニズムが解れば世界に大きな影響を…」

「だからダメなんですよ。医療の技術は進むかも知れませんが、戦争の道具として利用されるのがほとんどでしょう。知ってますか?どっかの国は回復魔術の使用者を軟禁し、命尽きるまで戦争負傷者を回復し続けてるってことを…。」

これは事実だ。この事実を突きつけることによって、秘密の重みを増したのだ。そして俺は心の中でそっと魔術を唱える。


第0式時空系魔術〈過去の虚像〉


雀須先生の体は戦闘を行う前の、傷1つない体になっていた。

「…すごい。今魔術を使用したかも分からなかった。そして1回の回復魔術で全快するのか…。これは戦争に使われたら恐ろしい魔術だ…。わかった、約束通り他言無用だ。」

雀須先生は自分の足で立ち上がり、俺に握手を求めた。その手に答え、2人で第5演習場に向かった。

俺が雀須先生に使った魔術は、回復系の魔術ではない。時空系の魔術だ。〈過去の虚像〉は、対象の物体の時間を、現在から24時間以内の過去の状態に戻すことができるというものだ。いつから戦闘していたのか分からなかったため、半日くらい雀須先生の体を戻した。では半日経ったら雀須先生の体は先程の傷だらけの体に戻るかと言われると、そうではない。俺の魔術はただただ物体の時間を戻しただけである。魔力も半日前の状態に戻る。つまりはほぼフルで残っているということだ。

「先を急ぎましょう、雀須先生。」

俺はそう言うと身体強化魔術を重ね、最高速度で向かった。





「ここですかねぇ〜やっぱり。そりゃE組ですし、1番校舎から近いですし。」

音羽は返り血に服を染めながら、第5演習場の側まで来ていた。手についた血を舐めり取る。

「せん……せっ…。どうし……て……?」

先程助けを求めてきた生徒を殺したつもりだったが、かろうじて息をしていたようだった。僅かな握力で音羽のズボンにすがりつく。

「チッ。しつこい奴は嫌いなんですよ。あなたの表情はワンパターンで飽きました。死んでください。」

すがりつく生徒を逆の足で蹴り飛ばした。凄まじい勢いで転がり、校舎の壁に当たって絶命した。

「この中に大勢の人間が避難しているんですよね…。ゾクゾクしてきましたっ♡どうしましょう…。仲間のフリして中に入れてもらいましょうかねぇ…。」

音羽は自身の胸ポケットにあった教員証をかざすが、鍵は開かない。

(余計な知恵をつけたクソが、開けないようにと指示したんですね…。それなら…。)

「す、すいません!!助けて下さい!!!!私です、音羽です!!!!」

第5演習場の扉を叩き、叫んで中の人達に訴えかけた。

「戦ってたのですが、魔力がもうなくて…敵のテロリスト達に追われています…!!!どうか中に入れてください…!!」

『でも、これ以上中に入れるなって先生が言ってたし…。』

外付けされているモニター付きインターホンから、E組と思われる生徒が音羽に答えた。

(使えねぇ落ちこぼれですねぇ…。助けを求める声が聞こえたら開けてあげるのが情でしょう。何を律儀に従っているのですか。)

「で、でもっ!もうすぐ敵が来ますッ!!助けてッ!!!」

ドンドンと叩くが中から返事はない。その時だった。

「扉の前に誰かいるぞ!?」

「あれは音羽先生だ!!」

校舎の方から2人の教師が第5演習場へと走ってきた。

(あれは形無先生と雀須先生…?ハッ!いいことを思いつきましたねぇ…。)

「形無先生に雀須先生!よかったです…。ここの中に入れてはもらえないですか?」

「いやー…でも外は戦える俺達が守らないと…。」

「形無先生…それに加勢したいのは山々なんですが…見てくださいこの血を…。察しの通り私は魔力はほぼ残っていない状態でいつ死んでもおかしくない状態にあります…。そんな足手まといを外に置いたままだと、先生達の邪魔をしてしまいます…。なら中に入り視界から消えたいと思ったので…。」

音羽は精一杯の申し訳ない表情を作った。

「…そうですね。やはりあなたを庇いながら戦うのは厳しいです。キツい言い方かもしれないですが、冷静な状況判断の上です…ご理解下さい。」

丁寧に頭を下げる形無。

「いえいえとんでもないです!!私は死んでも構いませんが、生徒達の命は守りたい…。ですがこの体では何もできない。私の思い、あなた方2人に託します。」

形無は無言で頷くとインターホンを使い、

「俺だ!形無千だ!!誰も通すなと言ったが、音羽先生だけは通してやってくれ!!すごい血だ。どっかで寝かせてやってくれないか!」

そう言うと中からロックが解除される音が聞こえ、形無が教員証をかざし、扉が開いた。

「さぁ、音羽先生。中で休んでてください。外は俺達2人にお任せを!!!」

「はい…すいません。お願いします。」

そう言うと音羽1人で第5演習場に入り、中から鍵を閉めた。



(侵入完了です。ここから楽しい時間ですよっ♪)

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