第19話 教師の務め

「全員いるか!…よし。動ける者はまだ気を失っている者を背負って移動!第5演習場に向かうぞ!!」

リタイアした人達が集まる治療室についた雀須はその場にいた生徒達に指示し、第5演習場へ向かう。なぜ第5演習場かというと、単純に距離が近いからだ。一番近いところでシェルター代わりになる建物は第5演習場なのでそこを目指すのだが、試合は先程まで行われていたため、回復している者は少ない。まだ気絶している者もいる。幸い、A組の生徒達は省略化無詠唱魔術を1発喰らっただけであったので、本人達にダメージは少なく、今は完全に回復していた。

A組の生徒がE組の生徒を背負い運んでいく。その光景は、今までの生活からは考えられない光景だった。

(この緊急事態で差別の壁が破壊されたのか?…生徒達がこのような行動をしている以上、私も考えを改めなくてはな。…形無千。あいつの軽率な振る舞いは腹が立つが、生徒を思いやる心、それだけは認めてやらんといけないな。)

雀須は心の中で、形無のことを少し認めつつあった。

「ハァハァ…よかった…。治療室にいた生徒達は無事なようね…。」

息を切らした那珂が雀須の前に現れる。

「那珂先生!他の生徒達は!?」

「私が見える範囲の生徒達は第5演習場に避難させました…。けど……遅かった生徒達もいました…。」

悲しみと怒りの表情が入り混じっている。ここまで来るのに色々な死体を見てきたのだろう。そこには顔の知った教員と生徒達がいた。

「……今はやれることをやるぞ。とにかく第5演習場に急げ!!」

雀須を先頭に生徒達が続き、最後尾に那珂がつくことで前後からの襲撃に備えた。

「ヒッ………。」

足元には生徒だったものや、体の一部、血が大量に溢れていた。第5演習場に向かう生徒達は嗚咽、吐きながらも足を進める。

正直雀須や那珂にとっても目を覆いたくなる光景だ。こんな阿鼻叫喚の景色を堂々と歩ける者の気が知れない。

(この光景を目に焼き付けろ。忘れるな。この怒りを。この悲しみを…。)

雀須は一歩一歩、しっかりと地に足をつけ進む。

「おい止まれ貴様ら。」

雀須の前には黒いローブを着たアスタロトの集団がいた。数は十数名、雀須と那珂が生徒を守りながら戦うには少し厳しい人数だった。

「な、なんだ。何が目的だ。」

黒いローブを着た男は手を差し出し、

「葵千佳はいるか?その女を引き渡せ。」

(葵千佳?…たしかE組の生徒だったか…。あれか、凛が少しやり過ぎてしまった生徒のことだな。たしか今は気絶して誰かに背負われている…。)

ちらっと後ろを確認するとA組の生徒に背負われて、未だ目を覚まさない葵千佳の姿を確認する。

「誰だそれは?そんな生徒私は知らん。」

雀須はシラを切った。

「…俺は生徒とは一言も言っていないんだがなぁ。嘘をつくな。ここで全員死にたいのか?」

男は差し出した手のひらをこちらに向け術式を構築・展開した。

「葵千佳を差し出したら、俺達は引き上げる。他の人間に手を出さないことを約束しよう。」

「それは…本当か?」

その言葉に雀須は反応する。この惨状をこれ以上生徒達に見せるべきではないと考える雀須は、葵千佳を差し出すだけで終わると思うと、心が揺らぐ。


E組の落ちこぼれ1人が犠牲になれば、全員が救われる。もう誰も死ななくて済む。

平凡な生徒を差し出せば、優秀な生徒が救われる。

雀須の頭に、そんな考えが過った。

自分自身も、こんなところでは死ねない。高校大学と必死に勉強をし、私立第1魔術学校の教師になることができ、そしてA組の担任という大変名誉な地位を戴いた。その私が、E組の生徒1人のために死ぬなんて馬鹿な話があるか。


「さぁ、寄越せ。葵千佳を!!!」

黒いローブの男は選択を迫った。雀須は黙り込んで考えていた。

「この私が、ここで死ぬわけにはいかない。そして優秀な生徒も死なせるわけにはいかない…。」

黙り込んで下を向いていた雀須が語る。

「流石教師。物分かりがいい。だったら早く差し出…」

「だが!!!!!!」

男の言葉を遮るように、雀須は叫んだ。

「優秀な生徒同様に、E組の生徒も死なせるわけにはいかない!!!!!」

黒いローブの男の方を真っ直ぐに向き、覚悟を決めた眼差しを向ける。

「あぁ?」

男は首を傾げる。理解できないという顔だ。

「教師とは!!!!優秀でも落ちこぼれでも、非凡でも平凡でも、どの生徒の味方でいることだッ!!」

雀須は戦闘態勢をとり、詠唱を始め身体強化魔術を発動した。

「残念だ、見逃してもらったと振り返り歩くお前らを痛みなく殺してやろうかと思ったが…。苦痛を与えて殺すことに決めた。」

アスタロト集団も戦闘態勢だ。

「那珂先生、生徒達を守ってやってください。ここは、私が引き受けます。」

「でも雀須先生!!この数を1人で…!」

「信じてください。私1人で大丈夫です。」

那珂は初めて、雀須の柔らかい、暖かい笑顔を見た。

ただの慢心や自暴自棄で言っているわけではないと思った。

「わかりました…。お願いします!」

那珂は生徒達を先導し、違うルートから第5演習場へ向かった。

「逃すか!!」

逃げる那珂の背中に向かって、敵の魔術が飛んでいく。

だが敵の魔術が雀須より後ろに行くことはなかった。

「第4式防御系土魔術〈土竜壁〉!!」

雀須の背後の通路は土の壁によって完全に塞がれた。

黒いローブを着た男の魔術は〈土竜壁〉にぶつかり消滅した。

「かかってこいテロリスト…!」






「邪魔だァ!!」

目の前に立ちはだかる黒いローブを着た者達を一掃する。

俺は校舎に取り残された生徒達を探すべく、校舎に向かっていた。道中アスタロトの集団に襲われていたが、群がっていない少人数を相手だと脅威ではなかった。

あの銃も見かけないしな。あれは隊長クラスではないと持てないのか…?

道中に出会うアスタロトの連中はどれも下っ端のような奴ばかりだった。そいつらが全員あの銃を持っていたら厄介だったがそういうわけではないらしい。少し安堵する。

校舎に近づくにつれ血の匂いが濃くなる。その濃くなる匂いと比例するように、俺の中の怒りも強くなる。

なぜ『花園』の連中が全員揃っているタイミングで仕掛けてきた?そしてどう対処した?しかも上級生やその担任の教師がいない今日をなぜ正確に狙ってきた?

ここから導き出されるのは、校内に内通者がいるという答えだ。

でなければ今日であるはずがない。メディアを狙っての襲撃だとしても、今日でなくてもいい。こんだけデカい騒ぎを起こせば否が応でもメディアが駆けつけてくる。

これほどの損害…許される範疇を超えてやがる…。

誰だ…クソが…ッ!

俺は校舎へ急ぐ。1番被害が大きく、治療室にいるリタイアした生徒達がいるからだ。動けない者もいる中でこの襲撃はまずい。

「あの校舎に行きたけれ…ふぇ?」

走って向かう俺に対し目の前にアスタロトの人間が1人でてきたが、話の途中で俺は相手の顔面を掴み、地面に叩きつけた。そしてそのままどっかに投げる。

「悪い、話してる時間も惜しいんだ。」

俺は校舎の入り口までたどり着き、治療室を目指す。






「ついたねー!じゃあ誰か、学生証で開けてくれないかい?」

第5演習場に着いた輝彦達は入り口の前にいた。第5演習場というか、演習場は使う生徒の学生証がキーとなっている。第5演習場は1-Eが使っているので、E組の生徒の学生証で開くようになっている。後は教師の教員証で開く。輝彦は1-AのためE組の誰かに頼んだようだ。この演習場が魔力により開く魔道具(教室にあるマジックボードのような道具)ではないのは、魔術に対し、外からも中からも高い防御システムが働いているため使えないらしい。

「私のでよければ…開けるわ。」

美南が学生証をかざそうとした時、校舎側から声がした。

「待って…!!!私達も入るわ!」

それは那珂が率いるリタイアした生徒達だった。

「那珂先生!!!千佳は!?千佳はいますか!?」

美南は駆け寄り那珂にすがった。

「いるわよ…。後千佳ちゃんのことで話が…とりあえず中に入ってから話しましょ。」

美南の学生証を受け取りその場にいた生徒達が那珂に続いて第5演習場へ入っていった。最後に輝彦が入り、誰の学生証でも入れないようにロックをかけた。

その場にいた生徒達は安堵のため息を漏らした。

「はぁ………。一時はどうなるかと思ったわ…。」

美南は千佳の側に行き、安心し切った表情を浮かべ横に座った。他の生徒達も未だ目を覚まさない生徒達を横にし、待機している。

「まだ油断はできないけどね。外にはテロリスト集団がうじゃうじゃいると思うよ。」

輝彦は入り口の方をじっと見つめる。

「そう…さっきの話なんだけど…。」

那珂は改めて、テロリスト集団に襲われたこと、雀須が1人で足止めしたこと、敵の狙いが葵千佳だということを伝えた。

「敵の狙いが…千佳?」

美南は側で目を覚まさない千佳の頬を優しく撫でた。

こんな幼気な少女を狙って大量虐殺をしているのかと考えると、恐ろしくて声も出なかった。

「ふーん…よっぽど、その子には価値があるみたいだね。…じゃあその子を差し出せば帰ってくれるんじゃない?」

輝彦が千佳を見つめ、近づく。

「やめなさい。ここまで連れてきてくれたことや助けてくれたことには礼を言うわ。でもこの子に危害を加えようとするなら、私はあなたを許さない。」

美南が輝彦を睨む。

「ふーん。僕に勝てるって言うの?」

輝彦が殺気を放つ。美南はその姿に怯むが、負けじと睨み続ける。

「冗談だよ冗談!味方を売るなんてそんな酷いこと、僕がするわけないじゃないか。ごめんねからかって!」

輝彦は一転し、ケロッと笑いその場で寝転んだ。その姿を見て美南はホッとする。本気でやり合えばこの輝彦に勝ち目などないことをわかっていたからだ。

「で、那珂先生。雀須先生は大丈夫なの?」

寝転がりながら那珂に聞く。

「あの人毎年新人戦でぶっちぎりの優勝をしてるから、実力的には大丈夫だと思うんだけど…。人数が人数だからねぇ…。」

不安な表情で那珂は呟く。

「だからって輝彦君。ここから移動することは認められないわ。あなたの実力は知ってるけど、知ってるからこそ動いちゃダメよ。万が一に備えて、ここの皆を守ってちょうだい。」

「はいー。わかりましたよー。」

ちぇー…と呟きながらゴロゴロし始めた。

こんな若い時から人を殺すことを覚えるなんて、そんな酷な話あってはならない。国の方針には従うが、殺す力ではなく守る力をつけて欲しいと願う那珂であった。






「第4式攻撃系土魔術〈菩薩合掌〉!!!!」

雀須は両手を勢いよく合掌させる。

「ハッタリか?何も起きねぇじゃねぇか。」

すると、校舎の外から、土で作られた掌が敵を潰すような形で双方からぶつかった。前の方にいた数名以外潰された。

「ハァ…ハァ…。残るは…3人…ッ!!!」

那珂が立ち去ってから長いこと戦闘をし、十数名いたアスタロトの集団はあと3人まできていた。対する雀須の体にはあらゆるところから血が流れており、立っているのがやっとの状態だった。

「すごいな先生。よくその状態で戦える。『軍神』もびっくりするだろうな。」

先頭の男は笑いながら言う。あまりダメージを負っていない様子の男は余裕の表情だった。

「クソ…。貴様らを倒して…生徒のところへ向かわなくては……ッ!!」

「その余裕がどこにある!!!」

残り3人のうち1人が雀須に向かって走ってきた。距離を詰め、確実に殺すためだ。

「詠唱なしでどうやって発動しているか知らんが…そんな小細工が私に通用すると思うな!!!!」

省略化無詠唱魔術で付与された敵の右手をいなし、溝うちに拳をめり込ませ、回し蹴りで壁に突き刺す。

「クソがぁ!!!」

壁から出て雀須に向かって拳を入れようとするが、避けられ、腕を組まれ後ろに回し、雀須は躊躇なく骨を折った。

「ギャァァァァァァァ!!!」

「体術もロクにできん奴が、接近戦を仕掛けてきたのが間違いだ!!」

痛みにうずくまる敵の頭にかかと落としを喰らわせ正面を向く。

「あと…2人だッ!!!」

「すごいね〜。体術までハイレベルとは。流石第1のA組教師だ。」

パチパチと拍手をしながら近づく。

「だが、なんで今更体術だ?魔術使えばいいだろ。まさか…魔力切れが近いとか?」

ニヤリと笑う先頭の男。その通りだった。十数名を相手取り、長いこと魔術戦をしていたのが原因でもう残っている魔力が少ないことを実感していた。

「フンッ。魔術などなくても貴様らを倒せるという証明にしか過ぎん。」

精一杯の強がりを言うが、雀須はもう第2式魔術1発ぐらいしか発動できないぐらいに消耗していた。

(どうする…。体術が露見した以上、接近戦は仕掛けてこないだろう…。しかもアイツはほぼ無傷で魔力も相当残っている…。)

「そうかそうか。ならそのお得意の体術で殺してみろよ!」

先頭の男が一気に距離を詰め、両腕に付与系雷魔術を施し接近戦を仕掛けてくる。

敵の攻撃を避け、いなすが、付与された両腕が厄介だった。身体強化魔術を施しているとはいえ、あの腕に触ることは魔術に直接触ることと同じだからだ。

うまいことあの腕の攻撃を避け、決めなければならない。

「どうしたどうした!!動きが鈍くなってるぞ!?」

疲れと魔力消費が相まって、雀須の視界がぼやけてくる。満身創痍の体に、この接近戦は厳しい。

「おいおい、両腕に気取られすぎだろ!!」

腕には触るまいとしていた雀須に、敵の膝蹴りが綺麗に入る。

「グッ…ハァッ!!!!」

膝をつきそうになるが、痛みに耐え右手を突き出し、魔術を発動した。

「第2式攻撃系…炎魔術〈ボルガニックカノン〉!」

「おおっと!危ねぇ危ねぇ。」

突き出した右手のほぼ0距離にいたが、雀須が出した炎の光線には当たらなかった。だが雀須の狙いはあの間合いから距離を取ることにあった。背後には自分で発動した〈土竜壁〉があるため下がれない。

(どうする…。もう魔術は発動できん…。今も意識を保つのがやっとだ…。俺はここで死ぬのか?)

朦朧とする意識の中、雀須は死を意識した。

(ここで死ぬのか…。教師として、学校で死ぬのは悪くない…のか?魂だけがこの学校に残って、生徒達に幽霊として語り継がれ、7不思議にでもなるのではないか。そう思うと愉快だな。)

薄く笑う雀須。

「こんな状況で笑うとは余裕なのか?はたまた気が狂ったのか…。まぁいい。殺せ。」

先頭の男が残り1人の者に命令する。それを頷き、雀須に近づく。

「私はいい、教師だっただろうか…。」

近づく足音すら聞こえない雀須は呟く。

「ハッ。知ったこっちゃねぇな。だが、差別的な考えを持ってる教師なんか、教師じゃねぇだろ。」

先頭の男は軽蔑した笑いを向けた。

(そうか…。AとかEとか、落ちこぼれや優等生など、気にしている時点で教師失格か…。死ぬ前に己の未熟さが知れてよかった。)

雀須は笑い、目を閉じて、その時を待った。

「いや、あんたはいい教師だ。そして自分の未熟さを自覚した後、もっといい教師になる。だからここで死ぬべきじゃない。」

近づく敵が校舎の廊下諸共吹き飛ばされ、雀須の前には違う男が立っていた。

「誰だお前は…。」

先頭の男が雀須の前に立つ男に聞く。

「俺は新人魔術教師、形無千だ。落ちこぼれと呼ばれるE組の担任だバカヤロー。」

形無千は先頭の男に中指を立てた。

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