第18話 悪魔

「な、なんというか…あっという間…だったね…。輝彦くんの戦い…。」

スキップしながら先頭を歩く輝彦の後ろを、オドオドしながらついていく吉田は隣を歩く美南に話しかけた。誰かと話していた方が気が紛れると思ったからだ。

「そうね…。敵が殺しにきた時、私があんな風に対処できると思わないわ。腰が抜けちゃうかも。…一瞬だったものね…。さっき。」

ついさっきの輝彦とアスタロトの戦いを思い出し、美南は少し身震いをした。輝彦は恐れるどころか、怒りや、恐怖や、憐れみなどの一切の感情が見られなかった。

淡々と殺した。

人が蟻を踏み潰すかの如く、なんの感情も持ち合わせずに。

その姿に恐怖を覚えたのと共に、軽蔑も覚えたような気がした。

人の命に無頓着なのではないか、命の重さを知らないのではないかと。

「アハハ!テレビの見過ぎだよ!…本物の戦場なんてあんなもんだよ。強い奴が、弱い奴を一方的に蹂躙する。」

話を聞いていた輝彦が笑って答える。が、その微笑んだ瞳の奥にはドス黒い何かが宿っていた。






「ハハハハハハ!!!!どうしたどうした!?魔術が使えないと、そんなものか形無千!!」

俺を囲っていたアスタロト集団は四方八方から魔術による攻撃を仕掛けてくる。ギリギリで躱せてはいるが、身体強化による補助がない分疲れるし、1発喰らっただけで死ぬという恐怖が体を少し鈍らせる。

「なんだよこれ…ッ!マジで魔術使えねぇじゃねぇか!」

「どうだ?魔術歴3800年にして、科学の力を思い知っただろう。…なんと便利な銃なのだ。あの集団から買っておいてよかった。」

あの集団?アスタロトだけでなくまだ反国分子がいるってのかよ…。

だがあの手のひらサイズの銃には俺も興味がある。発射される魔力の塊…。あれを応用できれば…。

「そろそろ効力が薄くなり始める頃だ。お前ら、本気で殺しに行け。」

「ハッ!!!!」

ナーガの合図により、今までは省略化無詠唱魔術で攻撃していた黒いローブの連中が、詠唱をし、高術式魔術を発動しようとしていた。

「まだ試験品とはいえ、5分ほど魔術を拘束できるのか。」

と、俺にはもう目もくれず手に持っている銃を眺めていた。もう死んだも同然、気にしなくてもいいと思っているのだろう。

〈琥珀の幻影〉は今は使えない。

ならば…。

「寄ってたかって、1人のただの人間に恥ずかしくねぇのかテロリスト共。」

「ほざいてろ。どうせ死ぬ。覚悟を決めたらどうだ形無千。」

ナーガは俺に背を向け、輝彦達が向かっていった方面へと歩き出した。

アイツらのところには誰1人として行かせない。

この現状を打破するためには、使うしかない。

禁術と言われ目をつけられていたが、『花園』の連中はいないし、コイツらをここで全員殺せば0式が知られることはない…。

魔術が使えない?俺には関係ない。

第0式は術式を使わないからである。術式の円が術式演算を表しているなら術式を使用しない俺の魔術は0式だ。

術式も詠唱も魔力も必要としない。

それが禁術だ。


第0式身体強化魔術〈堕天〉










「ウギャァァァァァァ!!!!」

「な、なんだこの化け物は…やめ…ギャァ!!」

「助けて…助け……。」

ナーガは背後から味方の断末魔が聞こえた。聞こえるとするのなら確実に死ぬであろう形無千の声だ。

聞き間違いかと思いゆっくりと振り返る。

「な、な、なんだ…その姿は……?」

ナーガの眼前には、内臓が飛び出た屍が転がり、胴を引き裂かれた味方だったものが散乱し、踏み潰されぐしゃぐしゃになったなにかがあった。

そこには唯一立っている者がいた。

背丈は3mほどの巨漢、頭には角が二本、皮膚は真っ赤に染まり、瞳は黄色、白眼は黒く染まっていた。

ニヤリと笑う口元には牙がある。

「あ…悪魔……。」

ゆっくりと悪魔がナーガに近づく。そこら中に散らばっている腹わたや死骸をものともせず、踏みつけながら近づく。

「やめろォォォォォォ!!!来るなァァァァァァ!!!!!」

ナーガは持っていた銃を投げ捨て、両手を悪魔に向け持ちうる限りの魔力を使い、何発も何発も魔術を放った。

「死ねこの化け物が!!!!!」

ほぼ魔力が尽き、体力も奪われ肩で息をするナーガ。

魔術が悪魔の体にあたり煙が立ち上がる。

「ハ…ハハ…。」

煙が晴れると、そこには無傷でニヤリと笑う悪魔がいた。諦めたような笑いが溢れた。

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

悪魔は地響きを起こす程の雄叫びをあげた。

ナーガはその雄叫びに身を震わせ座り込んだ。足がすくんでうまく立つことができない。

足元に転がっている銃を見つけ、慌てて手に取り、悪魔に向け、震える手で照準を定めた。

その姿に悪魔は首を傾げる。

何発も打ち込む。傷一つつかないのは当たり前だが、悪魔が怯むこともない。元に戻ることもない。

「それは…それは魔術じゃないのかァー!!」

弾切れでカチカチと音がなる銃の引き金を、何度も何度も引くナーガの手を悪魔はつまむようにして引っ張る。ナーガの体は宙へ浮かぶ。

「やめ…や…やめてくれ…。」


泣き、許しをこうナーガを見つめ、悪魔はニヤリと笑い、ナーガの頭部を噛み砕いた。








「ハァ…ひとまずは凌いだか…。」

俺は元の姿に戻ると木陰で休んでいた。少しずつ魔術が使えるようになり、2式までの魔術なら問題なく発動しそうだ。

だが…。

〈堕天〉を使ってしまったか…。あの術は『花園』の連中でも知らない魔術なのだが…。誰にも見られていないよな?

俺のみが使える第0式魔術。俺しか使えるものがいないため情報があまり出回っていない。なのでどんな魔術があるのかも不明である。『花園』の連中でも、知っている魔術はせいぜい2つか3つだろう。実際はもっとある。魔力を消費しないため何回でも連続で使用できる。俺自身でも、恐ろしい魔術だと思う。

〈琥珀の幻影〉だけは別だ。あの術は少しインターバルが必要なのだ。

だがこの力は好きではない、というか嫌いだ。

この魔術を手に入れるために…と、言うと俺が自ら望んで手に入れたと勘違いされるので訂正しよう。


この魔術は強制的に手に入れられた。

自分の力と大切な人を犠牲にしてまで。


この話はおいおい語るとしよう。

今はアスタロトの集団をどうにかすることが最優先だ。

俺は立ち上がり、口に混じっていた血を吐き出してリタイアした生徒達が集まる場所へと向かった。






「待たせたな。」

「いえいえ。どうです?報告通りでしょう?」

「面白いくらいにな。あと制圧までどれくらいだ?」

「ふむ…。形無千を校舎から遠ざけた故、目的までそれほど時間はかからないでしょう。」

アスタロトの総長『ブラスト』は内通者と、校舎の屋上で話していた。

屋上からだと現在の状況がよく見える。

「たしか…目標は治療室にいるのだな?」

「はい、先程の試合で気絶していましたから…。」

「わかった。下の者に連絡を取る。」

「どうぞどうぞ。私はこの景色を目に焼き付けておきますよっ♪」

「ハッ。教師なのに趣味が悪いな、音羽先生。」

「こんな景色、もう2度と見れませんよ?はぁ…日本中いや、世界中がこんな景色で溢れればいいのに…。」

内通者こと音羽は満面の笑みで深呼吸を繰り返した。

「死と絶望の匂いがします…とてもいい香りだ!」

「先生!!…助けっ!助けてくださいっ!!!」

屋上に生徒が数名駆け込んできた。

アスタロトの襲撃を受けて逃走し、音羽を探して屋上まで来たのだった。

「あら、智也くんに新太くん、夏樹ちゃんじゃありませんか。」

音羽は心配そうな顔で3人に駆け寄り、ギュッと抱きしめた。

「怖かったでしょう辛かったでしょう…。他のB組の生徒は…?」

「グスッ…わかんない…皆バラバラに逃げちゃった…。」

安心したのか夏樹と呼ばれる女子生徒は泣き出してしまった。他の2人も安堵の表情を浮かべる。

「そうですか…。ところで先生の大好物って知ってます?」

「だ…はい?どういうことですか…?」

突然の脈絡もない質問に戸惑う生徒達。

「なんなんですか…?」

「それはですね……。」

黙ったまま、抱きしめた両手から魔術を発動し3人を串刺しにする。

「カッ……せんせ……」

「なん……で…?」

「それは希望が絶望に変わった瞬間の表情ですーーーーー♡」

3人の生徒の血を服に纏わせケタケタと笑う悪魔がいた。

「さぁ行きましょうブラストさん。殺戮ショーの始まりですっ♪」

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