第16話 アスタロト


「E-2地点に敵のディフェンスボードを確認したわ。護衛人数は1人…というか、もう1人しか残ってないわ。最後の1人は煜翔寺輝彦と名乗っていたわ。」

美南はE-2地点へ向かいながら、トランシーバーで全員に連絡していた。E-2地点というのは、日頃の実習の頃から山に縦・横の線を引き、縦の線をAからE、横の線を1から5と定めていた。そのE-2地点に敵のディフェンスボードがあることを美南は徹と千佳と離れてから見つけていた。1人でディフェンスボードの破壊に出なかったのは残った全員で攻撃した方が効率がいいのと、護衛しているA組の生徒に話しかけられたからだった。







美南が千佳と合流する少し前。

「あったわ…。こんな開けたところにあるなんて思わなかったわ。」

木々をつたい茂みに隠れながら移動していた美南はついにA組のディフェンスボードを発見した。

その場所はこのフィールドとして使われている山の中でも、木がなく背の低い草々が生い茂るなんとも見通しのいい場所の真ん中に、ポツンと立っていた。

その近くにはごろ寝している護衛の生徒を美南は確認した。

(寝ている間に攻撃しちゃう…?いやでも1発で完全に破壊できるとは思えないし…。その音で起きちゃって反撃を喰らうってなると、A組の生徒に一対一で勝てるとは思えないわ…。場所だけ確認してあとは皆に知らせようかしら…。)

美南はケータイを開き、自分の位置情報を確認する。そこは自分達が定めた地点でEの2を指していた。

(よし、これで場所は把握できたわ…。後は皆が来るのを待ちましょうか…)

「あれ?攻撃してこないの?」

「!?」

ごろ寝しながら煜翔寺輝彦は美南に質問した。寝ているものだと思っていた人間から急に問われた美南は驚いたが、すぐに臨戦態勢をとった。

「ごめんごめん。驚かせちゃったね。大丈夫!まだ戦う気はないよ!」

「あなた…ここで何してるの…?」

未だ寝ている輝彦に美南は警戒した。その姿には自信と余裕を感じたからだ。

「なに…って。護衛だけど…。あ!申し遅れたね、僕は煜翔寺輝彦。君は?」

輝彦は立ち上がり遠くから自己紹介をした。ニコニコ笑っている。

(なんでこの状況で自己紹介なんてできるのかしら…。)

「答える義理なんかないわよ!!!」

美南が省略化無詠唱雷魔術をディフェンスボードに向かって放つ。

「ははは!酷いなぁ。これでも煜翔寺堰堤の息子なんだけどなー。義理なんかないなんて言わないでよー。」

結果美南の魔術はディフェンスボードに当たることはなかった。防御系魔術で防がれていたのだ。

「な…なんで防御系魔術が…。」

「なんでって、君達がしていることとおんなじだよ。無詠唱で術式を省略化したのさ。」

と笑いながら答える輝彦。

(私達と同じ?全然違う。魔術の発動が速すぎるし、喋りながら発動していた…。他のことに気を使いながらこの魔術を使えるなんて…熟練度が違い過ぎるわ…。)

省略化無詠唱魔術は頭の中で魔術のイメージを強く持ちながら、術式を小さくすることに気を回さなくてはならない。美南達は約1ヶ月その練習をひたすらにしてきたが、輝彦がやったような芸当はまだ自分達にはできない。無意識に行なっているようにも思えた。

「やっぱり雷魔術を教えたんだね形無先生は。そうかそうか。まぁいいや、僕は寝るから、早く仲間達を連れてきてね。」

そう言うとまた輝彦は寝っ転がり始めた。色々な疑問が残るが、美南は自分1人ではこの男の相手は務まらないと悟り引き返そうとした。その時、

「あ、言い忘れてた。一緒に行動してた女の子?のところに早く行った方がいいよ。早くしないとその子多分死んじゃうよ。」

とだけ言い残すともう喋らなくなった。本当に寝てしまったのでは?と考えたが、美南の頭はその言葉で支配された。

(なぜ私が千佳と一緒に行動していたことがわかってるの?しかも早くしないと死んじゃうって…。なんなのよもうッ!!!!)

美南は千佳のところへ踵を返した。







そして今に至る。

『了解』

美南が支持した場所に向かう各班が短く返事をした。

そして、残ったE組総勢20名とA組の残った1人がE-2地点で対峙する。



「やっと来た!!遅いよー。僕のクラスメイト達はどうだった?弱かったでしょ!」

E組の生徒が来たことを確認すると輝彦は飛び起き、心底楽しみにしていたような笑顔で話す。

「そりゃそうだ!だって僕がバラバラで行動しようって支持したんだもん!僕1人対大勢っていう場面を作りたくてさ!」

「なんでそんな不利な場面を作りたかったのよ…。」

美南が恐る恐る聞く。

「え?そりゃあだって…。」

輝彦は狂気に満ちた笑顔で答える。

「形無先生の作品を、僕がぶっ壊したかったからさ♪」








「あのクソガキ…。やっぱ変なこと考えてたか…。」

俺は司令塔室で頭を抱える。隣を見ると雀須先生まで頭を抱えていた。

「アイツ…なにを考えているのか…。」

ハァ…と深いため息をついていた。

あのクソガキの担任となると振り回されて大変だな…。可哀想に…。

と思いつつあの輝彦と正面からぶつかり合ったら冗談抜きで死人がでるかもしれないので、この戦闘においては指示をすることにした。

「あー。聞こえるかー?お前ら。」

返事が返ってくる。まだ返事をする余裕はあるようだ。

「いいか?目の前にいる煜翔寺輝彦ってやつは化け物だ。まともに戦うな。死ぬぞ。」

『じゃあどうすればいいのよ!!大人しく降伏しろっての!?』

美南から焦ったような声色で怒鳴られた。

「違う違う。まぁ聞け。輝彦は名字からわかるように煜翔寺堰堤の息子だ。だからお前らに馴染みのない煜魔術を使ってくる。ありゃあやべぇ魔術だ。本当やべぇ。」

『……じゃあ…具体的に、どうすれば…いいの…?』

吉田が聞いてくる。目の前の化け物に対しどう対処すればいいか考えを巡らせているとは。流石だ。その思考こそ戦場で大事なのだ。思考が止まってしまえば後は死だけが待っている。

「具体的には…。とりあえず、立花以外は隠れながら魔術をディフェンスボードに向かって打て。無理はしなくていい。自分がリタイアしそうになったら全力で逃げろ。ヒットエンドランを徹底しろ。」

『俺以外…ということはどうすればいいですか。』

「立花は隠れて魔力を回復させろ。他の奴らがヒットエンドランで時間を稼ぐから7式が打てるまで回復してくれ。それが勝つためのキーとなる。」

『わかりました。結構時間かかると思うが、皆、持ち堪えてくれ。』

今考えられる作戦は、まともに輝彦とやり合わないことだった。こんな逃げの作戦しか立てられないが、この作戦が一番勝率が高いと踏んだ。というかこれ以外勝てる見込みがない。それほどヤバいんだよアイツ。

「頼むぞお前ら…。」

後はもう、見守るしかない。









「あーちょこまか逃げ続けてる!!隠れんぼかい?僕は結構得意だよ!」

輝彦は左手でE組の生徒達が放つ魔術を、防御系魔術で防ぎ、右手で攻撃系魔術を使い反撃していた。

「バケモンだな…本当に。両手で魔術を使うことは他のA組の生徒もしていたが、同じ魔術を両手で出していた。だがアイツは両手で違う魔術を使ってるぞ…。」

茂みに隠れながらE組の生徒が言う。他の生徒達も輝彦の姿を見て怯む。本当にあの化け物に、自分達は勝てるのか?その疑問だけが残った。

「なにビビってんのよ!!私達は指示されたことをやるだけよ!それが唯一の勝ち筋じゃない!」

美南が先頭に立ち生徒達を引っ張る。

「…だよな。はぁ…よしッ!!ビビってても仕方ねぇ!!やるしかないか!!」

「そうね!!先生の言う、『覚悟』を決めなきゃ!」

怯んでいて、未だ戦闘に参加できなかった生徒達を美南は奮い立たせた。

(全員で協力しなきゃ…アイツには勝てない.。)

そのことが美南は分かっていたから震える手足を抑え、自分が先頭に立ったのだ。



だが、気持ちだけでは戦力差は埋まらない。



「めんどくさいなぁ…。じゃあこれは対処できるかな?第6式攻撃系煜魔術〈八岐大蛇〉!!」

直径約30mほどの大きな術式が輝彦の背後に構築・展開され、そこから8本の光輝いた龍の首が出現した。

8本の首が出揃うと、龍達は咆哮をあげた。

「どうだい!?この魔術はどう対処する!?形無先生ェ!!!!!」











「あのバカッ!!!!!!」

俺は司令塔室で叫んだ。司令塔室からでもあの大きな術式は確認できたし、勿論そこから出現する8本の龍の首も確認できた。

「なんだ…あの魔術は…?」

雀須先生も〈八岐大蛇〉を見て驚いていた。多分高術式煜魔術を初めて見たのだろう。

「雀須先生!!あの魔術はヤバいです!!死人が出ます!早く止めて下さい!!!」

俺は雀須先生にお願いしたが、

「クソッ…。アイツ、トランシーバー切ってやがる…。」

連絡を取ろうとした雀須先生のトランシーバーは輝彦に繋がることはなかった。

「私が直接…」

「いや、やめた方がいいです雀須先生。あれは俺達が行っても止められるようなものじゃない。巻き添えで死にますよ…。」

現場に向かおうとした雀須先生を引き止め、俺は考えた。アレに対抗できるのは多分立花の氷魔術しかないのだがまだ魔力は溜まっていないだろうし、打てたとしても〈八岐大蛇〉は消滅してくれないだろう。

〈八岐大蛇〉という魔術は龍の首が破壊されても、術者が魔力を注入すればまた生えてくるという魔術だ。伝承の八岐大蛇と似ていることからこの名前が付けられたと聞く。万が一立花の第7式氷魔術が全ての首を落とせたとしても、輝彦の魔力が尽きない限りまた復活する。完全に止めるには…。

(あの術式を破壊するしかない…か。)

ここからでも〈八岐大蛇〉は確認できる。ということは術式も確認できる。やるしかないのか…?

死人を出すよりはマシかもしれない。

第0式…

『禁術を使うなよ、小僧。』

考えていると俺のトランシーバーに煜翔寺堰堤から連絡があった。姉さんが持っていたトランシーバーを借りたのだろう。

「いや…でもあんなの放置してたら絶対に死人が出るぞ!?」

『構わん。死人が出るよりお前の禁術が漏れる方が一大事だ。第一、輝彦がそこまでやるとは思えん。』

俺の生徒が死ぬより俺の魔術の方が大事…。

俺は拳を強く握り怒りを殺した。爪が食い込み拳から血が流れる。

俺は煜翔寺堰堤と通信を切り、生徒達に繋いだ。

「作戦変更だ!!!!お前ら死にたくなかったら全力で逃げろ!!!攻撃に魔力を使うな!!逃げることに回せ!!!」

戦場でもないこんな場所で死んでほしくない。俺は切実にそう思った。そう思った末の指示だ。

「立花、お前魔力はどれくらい回復した?」

『はい、多分一回くらいなら打てるかもしれません…。だけど今回は倒れるたけでは済まないかと。そのままリタイアになると思います。』

「そうか…。よし、立花の近くに2人ほど回ってやれ。立花が魔術を使い終わったら2人で立花を安全なところまで連れてってやってくれ……。立花、『覚悟』はいいか?」

『もうとっくにできてますよ、先生!!!!』








「行くぞ!!!!!!!全ての生命よ、白く染まることなき運命よ。汝を刹那の理へ導かん…」

両手を〈八岐大蛇〉へ突き出し詠唱を始める。立花の目の前には術式の円が1つ2つと構築されていき、7つの円が完成した後大きく展開していった。

「お!7式魔術だね!!かかってこい!!」

それに気づいた輝彦は魔術が完成するのを待っていた。

「いざ、絶対零度へ誘おう!!!!第7式攻撃系氷魔術〈白銀世界〉!!!!!!!!!!」

「行けェ!!!!〈八岐大蛇〉!!!!!!!!!」




その光景は誰もが息を呑んで見つめていた。

E組の生徒も、リタイアした生徒達も、野外観戦塔で見ている者達も…。『花園』のメンバーも例外ではなかった。椅子に座って見ていた雷裂透も、風凱珠希も、土翳豪も、水嶺暦も、炎葬大和も、常闇センも、煜翔寺堰堤も例外ではなかった。






「今だ。発動しろ。」

「はい、第4式配置系空間魔術〈ノアの箱船〉。」





「!?!?」

『花園』の7人が座っていた椅子の下に術式が展開され、椅子ごとその術式に吸い込まれていった。

「なんだ…!?まずい!形無!!!今すぐ試合を中止しろ!!何かが起こ…」

常闇センは吸い込まれていく中、トランシーバーで形無と連絡を取った。が、最後まで伝えることはできなかった。

校舎の屋上には、あの仰々しい椅子も、『花園』の姿も無くなっていた。





「我ら魔術による差別撤廃を求める集団、『アスタロト』。全てを無に帰す者だ。」

先頭を指揮するの者の後ろに数十名の武装した集団がいた。彼らは「アスタロト」と名乗る。

「手始めにやるか。おい。お前ら。やれ。」

先頭の者が手で合図すると後ろに控えた集団が一斉に詠唱し魔術を校舎に放った。学校は火の海と化す。

「メディアもいるしいい宣伝になるだろう。俺達の存在を、全世界に知らしめてやる…。」

邪悪な笑みを浮かべた。






「まずい形無!!!今すぐ試合を中止しろ!!!何かが起こ…」

常闇センからの通信を聞くと俺は迷わず〈八岐大蛇〉と(白銀世界〉を見つめ、

第0式陰陽系魔術〈琥珀の幻影〉

2つの魔術を破壊した。

そして生徒全員に連絡を取った。

「聞け!!!!俺もよくわからないが非常事態だ!俺の指示を聞き安全な場所に…」

と言いかけたところで校舎側から大きな爆発音がした。

この音は聞き慣れている。

魔術による攻撃を受けたのだ。

「何がどうなっている!?!?」

「雀須先生、多分今どっかから魔術攻撃を受けてますよ…。いち早く生徒の非難と対処をしなければ…!!」

「なんだと…!?まぁこの音からして間違いはないだろう…。よし、私はリタイアした生徒達を避難させる!お前は試合をしている生徒達を頼む!」

この素早い思考と対応能力は流石A組の担任といったところだろう。身体強化魔術を使い、すぐにリタイアした生徒達のところへ向かって行った。

「俺も行くか…!」

身体強化魔術を使い、山の方へ向かった。






「何が起こっているの…?」

美南は校舎が大きな爆発音と共に燃えているのを山から確認した。

目の前で〈八岐大蛇〉と〈白銀世界〉が破壊され、その後校舎が爆発し…。理解が追いつかなくなっていた。

「テロリスト集団の仕業だね。あれは。」

輝彦が校舎を見つめながら言う。

「テロリスト…?」

「そう。最近水面下で動いていた、魔術による差別撤廃を主張する集団がついにって感じかな?」

「それが…なんで今私達の学校に…。」

「多分この新人戦ってメディアがわんさか来るだろう?しかも3800年っていう節目の年だ。いつもよりメディアの数が多い。しかも『花園』までいるときた。今年を狙わないわけないよ。」

上がる炎を見つめ続ける。

「『花園』がいる時をなぜ狙うのよ…。」

「やっぱりバラバラにいるよりも全員集まっていた方が都合がいいからじゃない?対処が楽だし…多分今頃全員どっかに飛ばされてるかも!」

「そ、そんなわけないじゃない。あの人達は…」

「お前ら大丈夫か!?怪我はないか!?」

話の途中で形無が息を切らしながら来た。

ある程度形無が把握していることを生徒達に伝える。

「嘘…。『花園』の方々は…。」

「多分どっかに空間魔術で飛ばされた可能性が高い…。」

ある生徒の質問を形無が答える。

「ね?言ったでしょ?」

輝彦が美南に向かってウィンクをした。

「…こんな状況で、なんで平然といられるのよ…。」

この状況でも、輝彦が余裕を持った表情でいられるのが不思議だった。他のE組の生徒達は座り込んで震えていたり、泣いている者もいた。だが輝彦は気にも止めないような感じだ。

「え?なぜってそりゃ…。」

輝彦は形無を指差す。

「形無千がここにいるから、だよ。」

美南を見つめる。

「君達が信頼している以上に、僕はこの人を信頼している。」

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