第15話 憎悪


第3式防御系風魔術〈風前の灯〉。

3式防御系魔術の中で最上級の防御力を誇る。しかし魔力消費がとてつもなく多いため発動するだけで大抵の人間なら魔力が無くなりリタイアとなる。なので戦場でも使う者はいない。文字通り、使用すれば風前の灯のようになってしまうのだ。


「千佳ーーーーーーー!!!!!」

叫ぶ美南をよそに、千佳は迫り来る凛の魔術に対し〈風前の灯〉を発動した。

魔術同士がぶつかり拮抗し、2つの魔術が消滅した。

そして千佳はその場で倒れこむ。倒れこんだ千佳の前には、隆起した地面にぽっかりと穴が空いていた。

「よろしくね…美南ちゃ…ん…。」

千佳は言い残すと気絶し、装着していた防具は赤く発光しアラームが鳴り響いた。

そのアラームを下を向きながら美南は聞く。

「はぁ…はぁ…。まさか〈風前の灯〉を使うとはね。落ちこぼれらしい最期だったわ。」

ここまで広範囲高威力魔術を連発していた凛には、流石に疲れが見えた。息を切らしているが、倒れこんだ千佳を見てニヤリと笑った。

「落ちこぼれのくせに手間取らせやがって…鬱陶しい…!」

心底見下したような顔で、気絶してる千佳に近づく。

「E組が…!私達A組に…ッ!楯突くんじゃないわよッ!!」

気絶している千佳の腹を何度も何度も蹴りつける。

「…めろ。やめろ…。」

下を向いたまま小さな声で美南は言う。だが凛の耳には届かない。

「ちょこまかちょこまかしやがって…。クソ出来損ないのゴミ連中が!!!!」

避けられ続けたことにストレスを溜めていたのがわかる。何度も蹴りつけた後、千佳の顔を踏み躙る。

「やめろ。」

「な〜に〜?聞こえないなぁ〜?」

ワザとらしく耳に手を当て聞き返す。

「やめろっつってんだよクソアマ…。」

美南の中には今まで経験したことのない憎悪が体中を駆け巡っていた。殺気を宿した青い瞳で凛を睨みつける。

「やめて欲しかったら力ずくで止めれば?あ、落ちこぼれには無理かもね〜!」

と千佳の顔を何度も踏みつけながら言う。

「試合とか関係ない。殺す。」

美南はゆっくり凛の方へ近づいていき、右手を凛の方へ向けた。

「なに?またあの速い魔術?見飽きたわ。まさに馬鹿の一つ覚えね。しょーもないわ。」

千佳を蹴り転がして美南と対峙する。あくびをしながら第3式防御系雷魔術を構築・展開する。

「ふぁ〜あ。第3式防御系雷魔術〈青天の霹靂〉。」

凛の前には青い電撃が渦巻き、円の形をした壁が形成された。

「甘いわ。クソ優等生さん♪」

凛はその電撃の円で視界が遮られ、美南が側面に移動したことを視認することはできなかった。しかし読んでいた。

「甘いのはどっちよクソ劣等生!!!」

余っている左手で凛は魔術を使用した。

「第2式攻撃系雷魔術〈雷砲〉!!!」

左手から広範囲に広がる魔術が発動する。

と、凛は思っていた。

「あ…れ…?」

構築・展開した術式から魔術が現れることはなかった。

魔力切れが原因だった。

肉体的疲労と、省略化無詠唱魔術でダメージを負った足に気を取られ、自身の魔力に気が回らなかった。

「だから甘いって言ってんのよクソ優等生!!」

美南が放った省略化無詠唱魔術が凛の顔面にクリーンヒットした。

「グハァ…ッ!!!!」

凛は顔面を抑えながらうずくまった。防具は赤く発光しアラームが鳴り響く。

「どう?あなたがバカにしたその千佳が立てた作戦よ。あなたに広範囲で高威力の魔術をたくさん使わせて魔力切れを狙ってたの。できるだけあなたの気を他のことにそらすよう徹底していたのよ。」

「痛い…ッ!痛い痛い痛い!!!!」

防具や身体強化魔術で守られているとは言え、急所にまともに入ったのだ。痛みは想像を絶する。

「こんなもんじゃないわよ…。千佳の痛みは…ッ!!!」

うずくまる凛を美南は思い切り蹴り飛ばす。

「キャァァァァァ!!!!」

ゴロゴロ転がり大の字に寝そべる形になった。

「あなたはこうやって何度も何度もあの子を蹴っていたわよね?」

凛を何度も何度も蹴り飛ばす。

「助け…助けて…。」

這い蹲り美南から逃げようとする凛を逃さない。

どこかに救いを求める手を省略化無詠唱魔術で撃ち落とす。

「ギャァァァァァァァァァ!!!!痛い痛い痛い!!!!」

「うるさいわね。自分が千佳に同じようなことしといて、許されるわけないでしょ?」

怯え泣き叫ぶ凛を冷酷に追い詰める。

「あなたはここで殺す。絶対に。」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

美南の方を向き泣きながら許しを懇願している凛に対し、右手を向ける。

省略化無詠唱魔術を発動するつもりだった。

「死ね。クソアマ。」

「嫌だ死にたくないごめんなさいごめんなさい!!!」

発動したが凛に当たることはなかった。

凛に向けたはずの右手が空へ向いていた。

「そこまでだ。美南。」

美南の右手を掴んで空へ向けたのは形無千だった。

「邪魔しないで先生。コイツは千佳を…!」

「ダメだ。憎しみで人を殺すことだけはやっちゃいけない。」

モニターで美南と凛の戦いをチェックしていた形無は、美南が危ない状態にあったので司令塔室から抜け出し向かったのだった。

危ない状態。それは憎悪に飲み込まれる状態のことだ。

憎悪による殺人は、また憎悪を招く。

「なんでよ先生!!!!先生が大切な人を守るためにってこの力を教えてくれたんじゃないの!?千佳を守るためにこの力を使って、何が悪いのよ!!!」

掴まれた右手を振りほどき、美南は凛に向かって省略化無詠唱魔術を発動した。

凛は怯えながら目を瞑り、頭を抱えていたが、魔術が当たることはなかった。

形無先生の左手が代わりに魔術を受けていた。

左手からは大量の血が流れた。

「先生……私……!!!」

その血をみて冷静になったのか、美南の顔からは血の気が引いていた。そんな美南の頭を、形無は右手で撫でる。

「いいんだ。お前らが間違った方に進むなら、俺がいくらでも正してやる。今みたいにな。だから好きなだけ間違えればいい。ただそこで学んでくれればいい。」

「先生……。」

美南は形無の胸で泣き叫んだ。何度も何度も泣き叫んだ。

「あ…ありがとうございます…。」

倒れ込んだ凛が形無に向かって礼を言う。

「あぁ…大丈夫だ。だが…。」

形無は殺気を凛に飛ばし忠告した。

「もう一度千佳にやったようなことを俺の生徒にやってみろ。今度は俺が殺す…ッ!!!!」

「は、はい…すいませんでし………。」

その殺気に当てられ、凛は気を失った。











「大丈夫か?形無。」

「いえいえ、すいません。俺の生徒が暴走しちゃって…。」

左手の手当てが済んでから司令塔室に戻った。戻ると心配そうな顔をした雀須先生がいた。

「いや、こちらこそすまない。私の生徒があんな酷いことをしてしまって…。なんと詫びたらいいか…。」

と頭を下げ謝罪した。俺は驚いた。E組と俺に差別的な目を向けていたのでこんな謝罪を受けるとは思わなかったからだ。やっぱり、ちゃんと先生しているんだな。

「おあいこです…。まぁこっからはA組対E組、真剣勝負といきましょーや!」

「あぁ…そうだな。輝彦が真面目にやってくれればいいが…。」

雀須先生を悩ます原因の煜翔寺輝彦は未だに動きを見せなかった。



E組 残り22人。 A組 残り9人。

後半戦が始まろうとしている。













「おい。周りの連中にバレてはいないだろうな。」

「はい、そりゃ勿論。全員バカみたいに騙されてますよ。」

「それならいいが。段取りはわかっているな?」

「大丈夫です。『花園』がいなくなるタイミングでしたよね?しかし常闇センは残ると思いますけどそれはどうするのですか?」

「あの女1人で軍1つの戦力を持つと言われているからな…。だが人質を取ってしまえばどうとでもなるだろう。」

「はぁ…。まぁどのみち反抗する者は全員殺しますけどね♪」

「では、来るべき時まで待機だ。」

「了解です。」

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