第13話 葵千佳

葵千佳は裕福な家庭に生まれた。

父は建築業を営んでおり、全世界に展開している「葵グループ」の社長を務めている。

千佳は幼い頃からなに不自由のない生活を送っていた。

私立第1魔術高等学校に入れたのも、父の影響だと千佳自身思っている。

クラス決めは自分自身の力で振り分けられるため、E組に居るのが何よりの証拠だ。

E組に居ることすら、周りには申し訳ないと思っている。

なんの取り柄もなく、魔術も平均レベル。

そんな自分にも高校に入って初めて友達ができた。

今までは自分の金目当ての男、女しか群がることのなかった千佳には初めて友達と言える人ができた。

周りには自分の親のことを話していない。美南以外には。

美南は親のことを聞いても

「すごいじゃない、それだけお父さんも頑張ったってことね。だから千佳は頑張り屋さんなのかな?さ、お昼ご飯食べましょ。」

と言うだけだった。

千佳はありがたかった。

美南に打ち明けるにも相当勇気がいることだった。

またこの子も金目当てに絡んでくるんじゃないか、友達とは言えなくなるんじゃないか。

そんな不安を一言で片付けた。

「えへへ…。うん!ご飯食べよ!」

「ちょっ!なに泣いてんのよ!!どうかしたの!?」

「おいおい美南!千佳を泣かせんなよ!!」

「うるさい徹!!ちょっとも〜!!私がいじめたみたいじゃない!!!」

「ううん…美南ちゃんは悪くないよ…。最高の友達だよ…うん…。」

泣きながら微笑む千佳だった。







「こんな私ができること…。皆のためにできること…。」

「ほらほらどーした!あのよくわからない速い魔術を打ってみなよ!!」

A組の生徒が隠れ移動する千佳を追いかけるように魔術で攻撃した。だが詠唱の時間があるため、千佳は魔術に当たらず避け続けられている。だが、決着がついてしまうのも時間の問題だと、千佳自身わかっていた。

「どうすれば…。何か考えて…考えて…!!!」

逃げ続けながら千佳は思考を止めなかった。先生に教わったことを思い出し、行動に移す。

(当たっても当たんなくてもすぐ移動…なるべく音を立てずに背後を…)

「コソコソめんどくさい女ね!!落ちこぼれは真正面から戦うこともできないのかしら?…いいわ。引きずり出してあげる。」

と言うとA組の生徒は詠唱を始めた。突き出した右手に術式が構築、展開する。

「第4式攻撃系炎魔術〈炎獄の檻〉!!」

4つの円を地面に叩きつけ、魔術を発動させる。

A組の生徒の全方位に、地面から炎が噴出する。その炎が段々と外へ広がっていき、茂みや木々を燃やしていった。

「危ない!!!!」

千佳は間一髪地面から噴出される炎を避けたが、A組の生徒の前へと出てしまった。

「よーやく出てきたわね落ちこぼれ!!!」

ニヤリと笑う。

だが千佳は思考を張り巡らせていた。

戦力差は圧倒的。真正面でやり合えばまず勝てない。この現状を打破するためには、自分がずっと練習してきた隠れて背後から省略化無詠唱魔術で仕留める形に持っていきたいのだが、この辺りは燃えてしまって隠れる場所もない。

(万事休す…ってやつなのかな?)

どれだけ考えても、目の前の相手に勝てる方法が見つからない。

「なにぃ?諦めたような顔して。そんな顔つまんないじゃないの。凛はね、希望を持った表情が絶望に変わるのが見たいの。最初からそんな顔してたらつまんないじゃない。」

A組の生徒・凛は歪んだ笑みを浮かべ座り込んでいた千佳を見る。そして一歩一歩近づく。

「もういいわ。冷めた。リタイアさせてあげる。」

近づきながら右手に術式を展開し詠唱する。

「2度と歯向かえないように心に刻み込んでやるわ。第3式付与系氷魔術〈ホワイトアウト〉。」

展開された術式が右手をすり抜け、腕をすり抜け、肩の付け根の位置あたりで消えていった。

術式が通過した右腕は氷の装備を身につけた様に見える。これが付与魔術だ。基本は自身の体か武器に付与する。

「死にな。」

凛は千佳の頭上に〈ホワイトアウト〉によって付与された拳を落とそうとする。

「…この距離なら、避けられないでしょ!!!」

千佳は近づいてきた凛に右手を向け省略化無詠唱雷魔術を放つ。

「なに!?!?」

勝った。と思った。

取り柄のない自分でも、A組の生徒に勝つことができた、と思った。

「なーんて言うと思った?」

「くらって…ない…?」

凛が装着している防具は赤く発光するどころか、擦り傷すらついていない。千佳が発動した省略化無詠唱雷魔術は凛の右手によって防がれていたのだ。

「どうやって無詠唱で発動しているか知らないけど、その速さも慣れれば怖くないわ。」

全てお見通しと言わんばかりの笑みを浮かべる。

千佳は最初の授業で見た形無の省略化無詠唱雷魔術〈スパーク〉を思い出した。

あの高威力。速さ。

とても第1式魔術だと思えない。

自分もあれほどの魔術を使えれば、なんて思っていた。あの威力と速さがあればあの付与魔術を貫けた。序盤に決着をつけることができた。

相手を殺すことができた。

(やっぱり私は…なんの役にも立たないのかな…。)

頭上に凛の拳が降りかかろうとしていた。

「ばいばい。落ちこぼれさん!!!!」

グッと目をつぶってその時を待っていた千佳だが、脳天に拳が入ることはなかった。

「え…?」

ゆっくりと目を開けると、凛の右手に付与された氷魔術が少し砕けているのがわかった。

地面を見る限り、攻撃を右手で防いだ際、魔術の威力で吹き飛ばされたのがわかる。

「…誰よ、私の邪魔する落ちこぼれは。」

「誰じゃないわよ…。私の友達に、何してくれてんのこのクソ女!!!!!」

千佳の後方から声がした。

千佳は震えた声でその声の主を呼んだ。

「美南ちゃん!!!!!!!!」

「待たせたわね、千佳。さぁ反撃よ。」

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