第12話 優等生と落ちこぼれ

「オラァァ!!!!」

「フンッ!!!甘い!!!!」

「グハァ!…クソッ…。」

徹と瀬戸内の戦いは瀬戸内が優勢にあった。

実習では真正面での殴り合いなんて練習していなかったため、ここでは素の戦闘能力が求められる。

流石のA組、真正面ではE組の徹に劣ることはなかった。

「先程の威勢はどこへ行った?お得意の身体強化で俺を攻撃してみろよ!!!!」

徹のみぞおちに拳が入る。徹は息が一瞬止まりその場にうずくまる。

2人が装着している防具は魔術による攻撃にのみ反応するらしく、直接的な攻撃には対処していないらしい。どんだけ殴り合ってもアラームが鳴り発光することはない。

なので、どちらかが倒れるまで続く。

「負けてたまる…か…。殴り合いにも…試合にも…勝つッ!!!!」

うずくまっている徹は見下ろしている瀬戸内を鋭い眼光で睨みつける。

その目を見ても瀬戸内は怯まない。

「落ちこぼれ分際で…生意気なんだよッ!!!」

うずくまる徹に蹴りを入れようとするが、素早く避ける。そして十分な距離をとった。

「鋼の鎧を身に纏い馳せ参じまいて具現…」

「させるかァ!!!第2式攻撃系雷魔術〈雷砲〉!!」

瀬戸内の右手から放たれる範囲系雷魔術は威力は小さいものの、速い雷撃が広範囲に広がる。相手を足止めするのに最適な魔術だ。

「チッ!!そりゃ詠唱させてもらえねぇよな!」

徹は上に跳び、広範囲に広がった魔術を避ける。

「バカめ!!!自ら逃げ場を無くすとは!!!」

徹が上に跳んだのには理由がある。瀬戸内が使用した雷系魔術〈雷砲〉は速いし広範囲に広がるが、魔術を発動してから消滅するまで時間が少しかかる。ということは次の魔術の使用まで時間がかかるという訳だ。自分が上に跳んで着地するまでの時間は次の魔術がこないと踏んだ。

そして魔術は両手で扱うことは難しい。なので利き手であろう右手が拘束されていることと、〈雷砲〉の時間を考えると安全と思ったわけだ。

なぜ両手で魔術を扱うことが難しいのかと言うと、魔術はイメージの具現化であるからして、1つの魔術をイメージしながら別の魔術をイメージするということはなかなかできることではない。身体強化や付与系魔術のように、一度イメージしてしまえば持続する魔術ではないため、もう1つの魔術をイメージしながら別の魔術を行使すると、威力が弱まるか発動そのものに失敗してしまうのだ。

それが徹が上に跳んで避けた理由であり、防御系魔術を使用しなかった理由である。

防御系魔術は自分の視界が奪われる他に、すぐ攻撃に転じることができないというデメリットがある。

徹は上に跳び着地した後一気に距離を縮め、決めにかかりたかったがために防御系魔術を使用しなかった。

ようは焦っていたのだ。

A組のエリートとE組の落ちこぼれ。

戦闘が長引けば、勝敗は決まっている。

なので早く決めたかった。終わらせたかった。

その焦りが、戦場では誤った判断をさせる。

「第2式攻撃系雷魔術〈雷砲〉!!!」

「なんだと!?」

瀬戸内は跳んでいる徹に左手で照準を合わせ、雷撃を走らせた。

両手で魔術など使用できないと一般常識に囚われていた徹は、防御系魔術を発動することはおろか、受け身さえ取れずまともに雷撃を喰らう。

「グァァァァァ!!!!」

そのまま徹は地面に落ちる。

「チッ。しぶとい野郎だ。」

徹の装着している防具は赤く発光することも、アラームが鳴ることもなかった。第3式身体強化魔術を使っていたからだと考える。

倒れこむ徹の前には蔑んだ笑みを浮かべ、見下ろしている瀬戸内。

まだ徹の魔力は残っているし、アラームも鳴っていない。戦闘は続行できるのだが。

(怖い…のか…?俺は…。)

恐怖で体が震えているのがわかった。

それもそのはず。

人生で初めてまともに魔術を喰らったのだ。

徹も喧嘩はしょっちゅうしたことがある。

だがどの喧嘩も殴り合いで勝敗をつける。魔術なんぞ使ってしまうと子供の喧嘩でも死人が出るからだ。

そのような事故がないように、国は私的な理由で攻撃系魔術は使用することが禁じられている。この新人戦のような、学校の取り組みでのみ扱うことを許されているのだ。

初めての攻撃系魔術。

その魔術には殺意と敵意が感じ取れた。

明確な殺意と敵意。

平穏な生活では考えられない感覚に、徹は恐怖を覚えていた。









「勝負あり…だな。」

徹と瀬戸内の戦闘をモニターでチェックしていた土翳豪がつまらなそうに呟く。

何本目かわからない煙草に火をつけ、肺から煙を吐き出す。

「ハハッ!懐かしいなぁ。初めての戦場を思い出すよ。僕もあんな風にプルプル震えてたなぁ!」

雷裂透も同じようにモニターでチェックしていた。徹が恐怖で震える様子を見て、懐かしいと笑っていた。

「なんだよ…。俺コイツには期待してたんだけどよォ…〈英雄の凱旋〉なんて久々見たからどうかなと思ったが、やっぱまだヒヨッコか。形無は何してたんだか。」

土翳豪はガクッとうなだれてモニターを消す。

「で、そーいやよ、お前んとこの息子は何してんだ?ずっと動かず寝転がってるけどよ?」

土翳豪が煜翔寺堰堤に聞く。

たしかに煜翔寺輝彦は、ずっとディフェンスボードの周りでゴロゴロしているだけだ。

「知らん。…ただ、形無千に挑戦状を叩きつけるなぞほざいておったわ。」

煜翔寺堰堤は静かに、モニターに映る煜翔寺輝彦を見ていた。










「どうしたどうした!!逃げ回るだけか!?」

両手から放たれる攻撃系炎魔術に対し、逃げるだけの徹だった。

(なんでだ!?アイツの魔術を見ると足がすくんで攻撃に移れねぇ!!!ビビってんのか!?)

徹は攻撃に移ろうとするが、炎魔術を見るとその動きを止め、逃げる選択肢を取らざるを得なかった。

このままでは現状を打破できないと考えた徹は茂みに隠れ、形無と連絡を取った。

「鬼ごっこの次は隠れんぼか落ちこぼれ!!あまり手間をかけされるなよ!!!!」

手当たり次第魔術を放つ。

その光景に恐怖しながらもトランシーバーを形無に繋いだ。

「先生よぉ…。俺今攻撃喰らってから調子がおかしいんだ…。アイツの魔術を見ると震えが止まんねぇんだよ…。俺、死にたかねぇよ…。」

そう告げる徹の声は震えていた。

「先生言ったよな、勝つには『覚悟』が必要だって。俺その話聞いた時言葉でしかわかんなかったけどよ、今体でわかったわ…。今の俺にはそんな『覚悟』がねぇってこともわかった…。どうすりゃいいんだ…。教えてくれよ先生…。」

徹の声は震えていた。瀬戸内の様子を確認しながら連絡を取った徹の声は恐怖に呑まれていた。

『徹。戦うって怖いだろ。恐ろしいだろ。喧嘩とは違うんだ。相手の息の根が止まるまでやるのが戦闘ってやつなんだよ。テレビで見るようなアニメとかドラマの世界とは違うんだよ。やっつけて終わりじゃないのが戦闘だ。…本当はこういった経験ってのは戦争で知るんだよ。殺すか死ぬかの戦場でしか知らない体験を今できたというのは、いいか悪いかは別としてお前の力となる。』

「あぁ…そうか。先生もこんなことあったのか?」

『当たり前よ!そりゃーもう怖かったし逃げたかったよ。というか、実際逃げた。…でもな、逃げても何も変わらないし、変えられないんだ。そのことに俺は逃げた後で気づいた。…お前は逃げる前に知ることができた。その差は大きい。俺が保証する、この戦いを超えたお前は、前のお前よりもっと強い。大丈夫だ。…検討を祈る。』

そこから通信を取ることはなかった。

徹は震える手を強く抑えつけ不安定に笑う。

(やるしかない…超えるしかない…ッ!!)

徹は恐怖に体を震わせながらも、瀬戸内の前に出た。

「おいおい。体が震えてるじゃないか。怖いなら家に帰ってお寝んねでもするんだなァ!!」

「馬鹿野郎。これは…武者震いってやつだよ…。」

強がりの笑みを浮かべ、徹が無詠唱省略化できる最大の身体強化魔術である、第4式身体強化魔術〈韋駄天〉を発動した。

この〈韋駄天〉は魔力消費が著しく、体への負担が物凄くデカい。しかし、身体強化によりスピードが段違いとなり、速さだけでは6式の〈英雄の凱旋〉に劣らない性能だ。因みに〈英雄の凱旋〉はスピード・パワーが向上するのは勿論のこと、空中歩行が可能になり視力等の5感までもが上がる。

「ん?今何か使ったか?」

無詠唱で省略化したため、魔術が発動したかわからない瀬戸内は徹に聞いたが、言い終わる前には、もう徹の姿は無かった。

「どこ見てんだァ?優等生さんよォ!!!」

「なッ!?速ッ!?」

徹の正拳突きは瀬戸内の脊椎を抉る。

少しよろけるが、すぐに態勢を整え構える。

「貴様…詠唱なしで魔術を使ったのか…?」

「お前が言う落ちこぼれ教師に教えてもらった技術だよ…。本当はお前を倒してから皆と合流してこの試合続けるつもりだったがよ、そんな余裕ねぇわ。俺の全てをお前にぶつける。」

拳にグッと力を入れ、深く息を吸い静かに吐き出す。

徹の目には迷いがなかった。

『覚悟』を決めた目をしていた。

「ふざけるなッ!!!!!魔術が詠唱なしに発動していいわけがない!!!そしてェ!!!!」

瀬戸内が両手に術式を構築し展開していく。

「気持ちでお前の劣等魔術は変わらないんだよッ!!!!第3式攻撃系土魔術〈針土竜〉ァ!!!!!」

両手を地面に叩きつけ発動させる。

すると瀬戸内の目の前には、地面の中から発生した鋭い針のような土が、勢いよく飛び出し徹の方角へと進んだ。

両手で発動しているため範囲が2倍に広がっており横には避けづらい。

瀬戸内の視界は土の針で埋め尽くされていたが、この範囲と徹まで魔術が到達する速さを考えて、勝負は決まったと思っていた。が。

「甘いんだよォ!!!!!」

真正面から飛び出してきた徹に不意をつかれた。

無数の土の針を、助走をつけた飛び蹴りで穴を開け、そこから飛び出してきたのだ。

「何ィ!?!?クソが!!!第4式攻撃系…」

「遅ェ遅ェ遅ェ遅ェ!!!!!!」

「グハァァ!!!!!」

飛び出してきた徹に4式魔術を発動しようとするが、〈韋駄天〉の速さにはその発動する時間すら隙となる。強化された脚で連続蹴りをし、瀬戸内の体を蹴り上げた。高く上がった瀬戸内を追いかけるように、徹は地面を蹴り跳んだ。

「俺の全てを叩き込むッ!!!!第3式付与系雷魔術〈トールハンマー〉!!!」

付与系雷魔術を利き足である右足に付与する。

「な…ナメるな落ちこぼれがァァァ!!!」

空中で態勢が崩れる中瀬戸内は術式を構築した。

「第4式防御系炎魔術〈焔の壁画〉!!!!!」

瀬戸内の体の前には、青い炎で作られた長方形の壁が現れた。

「喰らえ優等生野郎ォォォ!!!!!!」

「調子に乗るな落ちこぼれ風情がァァァァ!!!」

徹は〈韋駄天〉で強化された脚に〈トールハンマー〉を付与し、空中に浮いている瀬戸内の体にかかと落としをした。その攻撃を防ごうと〈焔の壁画〉で防御する。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

瀬戸内が発動した〈焔の壁画〉にヒビが入る。

「クソがァァァァァァ!!!!」

徹の利き足の血管が破裂し、鮮血が勢いよく吹き出す。

「ぶっ飛べェェ!!!!!!」

〈焔の壁画〉が完全に破壊され、徹のかかと落としが瀬戸内に直撃した。

徹は足を振り切り、瀬戸内を地面へと叩きつけた。その衝撃で地面は陥没し、瀬戸内が装着していた防具からアラームが鳴り赤く発光した。

徹は着地する余裕などなく、そのまま地面へと頭から自由落下する形となった。

「ハハッ。勝ったぜ…。乗り越えたぜ…。先生…。」

地面に突っ伏した徹は笑い、ガッツポーズした後気絶した。

どちらの防具もアラームが鳴り赤く発光していたが、誰が見ても勝敗は明らかだった。

徹の『覚悟』の勝利であった。

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