第10話 火蓋は切って落とされる。

「第2試合開始10分前です…」

俺は生徒達と共にアナウンスを聞いた。

俺達がいるのはグラウンドに設置されていた野外観戦塔にいた。

第1試合だったのと、遅刻したのとで気づかなかったが、グラウンドの端にでっかい建造物があったのを見落としていたようだ。

この建造物を作るのに、今の時代そんなに時間はかからない。土系魔術を応用すれば数時間でできてしまうのだ。昔…科学歴と呼ばれた頃の時代では、何十、何百人の人を雇い、何日もかけて作っていたそうだ。

そんなに時間がかかるとなると、逆算して何ヶ月前から準備しなくてはならなかったと考えただけで嫌になる。

魔術が当たり前となったこの世の中では、考えられない不便さだ。

「B組とD組の試合を見ろってさー、俺たちゃこの後A組との試合が控えてんだぜ?悠長に構えてていいのかよ?」

少し疲労が回復してきた徹が、設置されている椅子を前後に揺らしながら俺に聞く。

この野外観戦塔の中には各クラスごとに部屋が用意されていて、部屋の中には正面にでかいメインモニター、そして各自の机に50cmほどのモニターが設置されていた。

部屋はほぼ教室と同じような設計をしており、生徒達は自ずと教室での席順に座っていた。

各机のモニターは自分の好きなカメラの映像に切り替えることができ、正面のメインモニターは各映像を1分ほどで切り替わりながら流れている。このメインモニターも好きな映像に切り替えることができるらしい。教卓のような机に番号のついたボタンがある。

どのモニターも音は聞こえないらしい。

「バカか徹。お前らがA組に勝ったとしても、決勝ではB組かD組が上がってくるだろ?そいつらに勝たないと優勝はできないんだぞ?」

「そりゃそうだがよ…。」

「後な、戦う前に相手の実力を観れるなんて絶好の機会、逃すわけにはいかねぇだろ。そこで対策も立てられるだろうし…。俺が偵察したデータは意味ないしな。」

「な、なんでですか?」

席が真ん中辺りの女子生徒が聞いてくる。

「B組の音羽先生がな…。あの人結構曲者でさ、俺にワザと情報握らせたってわけよ。そんなもん当てにするわけにいかねぇしさ。…とりあえず観戦して少しでも情報が欲しいところかな、今は。」

俺は教卓に肘を置きながらメインモニターの方を向いた。メインモニターにはアップされた音羽先生の顔が映る。いつものニコニコ顔だが、笑って細くなった目はカメラを捉えている。

こりゃ、この試合でも掴ませてくれそうにないな…。

「試合、始まるわよ。」

美南がそう言うと、試合開始のアナウンスが流れた。

その合図と同時にD組の生徒達の半分は一気に山の中へ入っていった。残った半分はディフェンスボードを中心とし、円となって全方位を警戒していた。

対するB組は…。

「なにも…しない…?」

吉田が呟いた。

俺もその作戦に少し驚き意図を探った。

生徒達の様子は、警戒するわけでもなく緊張しているわけでもなく。ただそこに居てじっとしているだけだった。中には座り込んだり、寝ているものも居る。

「なんだよ…。D組如きじゃ相手にならねぇってことかよ。」

少しイラつきながら徹は言う。

気持ちはわかる。完全に舐めきっている。相手に失礼だ。

だがあの音羽先生がそんなことするとは思えない。

何か絶対に意図があるはずだ…。

「あ、仕掛けるよ。」

千佳がそういうと、D組の生徒が遠距離から第3式攻撃系水魔術を発動した。多分威嚇のつもりだろう。それかその反応を見てディフェンスボードの位置を探るかだ。

俺が考えた対C組作戦はどこにディフェンスボードがあるかは問題ではなかった。

なんせどこにあったって、氷の剣山から見下ろせるし、そこから身体強化した徹が跳べば確実に壊せたからだ。

多分D組のやり方がセオリーなのだろう。

水魔術はいい線を行っている。B組のディフェンスボード近くに落ちた。

だが誰1人として反応しない。

その後も何発かD組は魔術を飛ばすが、B組は相変わらずだった。

20分ほどが経過する。

この広い山の中でディフェンスボードという目標を探すのは、目印がないとなかなかに厳しい。

それを当てもなく20分ほど探し回るとどうなるか。

そりゃ疲れるし魔力も少なくなってくる。

一旦攻撃を止め、D組は自分達のディフェンスボードの方へ帰っていく。

そのタイミングで音羽先生はトランシーバーで生徒達に指示を送っていた。

その指示を聞いた生徒達は急に動き始めた。

「な、なんなのよコイツら!!」

その光景を見て美南は驚く。たしかに音がなく、映像だけ見ると操り人形というか、全員が指示待ちのロボットのように見えた。

だが俺は納得した。

そーゆー作戦ね…。音羽先生、曲者どころじゃねぇよ。

「こりゃあ…お前達、決勝も苦労しそうだな。」

「ん?どういうことですか?先生。」

立花も疲労が回復してきたようで俺は少しホッとする。A組戦でもダウンしてたらキツイからな。

「もうB組の勝ちだよ。この試合。…やれやれ音羽先生って相当頭キレる人だったんだな。」

俺はため息をつきながら部屋を出ようとする。

「まっ、待ってください先生!どういう意味ですか!?」

千佳が俺を呼び止める。

「見てりゃわかるさ。後で簡単に解説してやる。…ちょっとメシ食ってくるわー。」

というと俺は部屋を後にした。

本当はメシなんて食うつもりはない。

対B組の作戦を練ろうとしたが情報が少なすぎて大したことは思いつかなかったので、気分転換に散歩でもしようと思ったのだ。

後、生徒達が終わったら教師陣での試合もあるので、ちょっとだけ運動しようかなとも思っていた。

「精が出るな、千。」

部屋を出て野外観戦塔から出ようとすると、出入り口に常闇センが立っていた。

「お、姉さん。いいのか?あのお偉い椅子に座っていなくて。」

「嫌味か。もうそろそろお前が体動かそうとしていると思ったから来てみたんだよ。と、その様子を見ると当たってたか。どれ、付き合ってやる。」

俺はニヤニヤ顔で嫌味を言ったら、変なお誘いがきた。

「嫌だよ。姉さんとやったらウォームアップじゃねぇもん。本戦より疲れそうだし、後死ぬかもしれないし。」

この人加減を知らないのだ。いつも全力で殺しにかかってくる。血の気の多いお姉さんだ。

「なんだ、だったら土翳も連れてくるか?アイツなら大喜びで来るぞ?」

「もっと嫌だよ。あの人スタミナと魔力無尽蔵じゃねぇか。疲労で死ぬわ。」

俺は常闇センの提案を断り、野外観戦塔を出た。

そして水嶺暦に連絡を取った。

あの人は大人しい人だから、丁度いいウォームアップになると思ったからだ。

電話が繋がると、向こう側から

『ウォームアップっすね!!!!自分が行くであります!!!!!!先輩のちっさい姿はこちらからも確認できてるんで、そこで待っててください!!!可愛い後輩が全速力で向かうであります!!!!』

と一方的に切られた。

俺のケータイは全てアイツに繋がっているのか。

そう思っていると、もう目の前まで来ていた。

屋上から走ってきたようだ。そう、校舎の壁をもだ。

「おまたせであります!!!!!どこでやりましょう!!!ここですか!?ここですね!?わかりました構えて下さい行きますよーーー!!セイヤァァァ!!」

「落ち着け!!!!バカか!!!ここ一体更地にするつもりか!!!!」

俺は炎葬大和の頭を殴った。イテッと言って頭を抑える。

「…もうお前でいいや。ついてこい。第5演習場だ。」



第5演習場へつくと炎葬大和はエサの前で待てをされている犬の如くヘッヘッしていた。

俺とやり合えるのをまだかまだかと待ちわびていた。

「言っとくが少しだぞ?もう試合終わるだろうから、俺の感覚を少し取り戻す為だから少しだぞ?わかったな?」

「もちろんであります…よッ!!!」

その言葉からいきなり始まった。炎葬大和は地面を蹴り俺の顔面に飛び膝蹴りを入れようとしたが間一髪で避ける。

「ほんッと…急だなオイ!!」

俺は負けじと右左…と拳を体に入れようとするが全ていなされる。そこに足蹴りも混ぜるが変わらず全て体に当てる前に弾かれる。

炎葬大和も攻撃を仕掛けてくるが、俺も避け、攻撃をいなす。どちらも攻撃と防御を同時に行う。

「隙アリでありますよ!!!」

俺の隙を狙い体重を乗せた二本指で目潰しにかかる。体が前のめりになる。

「バカめひっかかったな!」

俺は右足に魔力を送り、そこから第2式攻撃系水魔術〈ウォーターカノン〉を発動させる。

俺の右足の真上は丁度炎葬大和の股間辺りだ。

潰れろ!!!!!!

「おっと…!!!危ない危ない。流石は形無流魔術。股間を潰すことに容赦がないです。」

「股間を潰すことに容赦なんかいるかよ。」

発動し股間に届く前にバックステップで距離を取った。

「やっぱり先輩の無詠唱はシャレにならんくらい速いでありますね。流石は生みの親…ッと!?」

喋っている隙を狙い省略化無詠唱雷魔術を打ったが避けられた。

「おいおい。今の避けるってお前の方が速いじゃねぇか。」

「先輩今のマジで殺す気でありました…?」

「当たったらゴメンぐらいの感覚だ…よッ!!」

俺は再び肉弾戦を仕掛ける。また攻撃と防御の繰り返しだ。

長いことやり合い、お互いがお互いの顔面に一発拳が入った。2人ともよろけ少し距離が開いた。

その距離から右手に第3式付与系雷魔術〈雷撃〉を纏わせ一気に詰めて殴りかかった。

炎葬大和も付与系炎魔術を纏わせキメにかかる。

その拳がぶつかり合う前に演習場にアナウンスが響いた。

「形無千先生。形無千先生。至急、所定の位置にお集まり下さい。繰り返しします…」

2人の動きが止まり、付与していた魔術が解けた。

「…ありがとよ。いい運動になったわ。」

少しは勘のようなものを取り戻してきた。

ウォームアップは時間的に早いかと思ったが、この空き時間の短さならこれくらい前にやっていた方が丁度いいなと感じた。

「えぇー!まだ勝負は決まってないであります!!もう少し!!もう少しでありますー!!!」

そう駄々をこねる炎葬大和をよそに俺は集合場所へ向かった。





「また遅刻か、形無。教師たるものが生徒の前で不誠実な姿を見せるな。愚か者が。」

「…へーい。すいませんでしたー…。」

戻った矢先怒られた。

E組の生徒達も少しオロオロしているのがわかった。

『あーあー…。聞こえるか、お前ら。』

俺はトランシーバーで生徒達に言った。

『もう何してんのよ!!!結局B組の作戦も教えてくれないし全然来ないし…教師失格よ!!!!』

トランシーバー越しでも美南に怒られた。

『ごめんって…。まぁ聞いてくれ。お前ら、いつも実習でやったことをやるだけだ。それ以上もそれ以下もない。指示は最低限に送るが、基本はお前らが考えて連携を取り合って行動しろ。だがトランシーバーの使用は極力抑えろ。生徒同士でもあんまりすんなよ。…おし!俺からは以上だ!!!お前ら!!!勝つ準備はできてるか!!!』

『はい!!!!!!!!!』

生徒全員から返事がきた。

『元気があってよろしい!!!!では、準備しろ。健闘を祈る。』

俺は通信を切った。

そして司令塔室からフィールドを見渡した。

おし…ここからがアイツらの正念場だ。

思う存分力を試してくれ。







「いいかい?皆。相手をE組だからって侮っちゃいけないよ?相手だって全力で来るんだ。僕達も全力で迎え撃とう。」

「うん!!」

「わかった!!!」

「任せとけ!!!」

煜翔寺輝彦がA組の生徒達に話す。

受け答えを聞いて輝彦はニッコリと笑った。

「大丈夫、君達は強い。力を合わせれば勝てない相手なんていないよ。…さぁ行こう!」

その掛け声と共にA組は勝ち鬨の声をあげる。


「貴方の作品をぶち壊しますよ…形無せんせっ♡」

煜翔寺輝彦は歪んだ笑みを浮かべる。








「試合開始です。」

その合図と共に、E組は動き出した。

実習の時のように、3人1組を作り行動した。

誰も言葉を発さず、そして立てる音も最小限に抑え行動していた。実習で嫌という程同じ動きを繰り返したのだ、言わなくても各自取る行動はわかっている。迷いがない。

生徒同士ジェスチャーだけでコミュニケーションを交わす。

まずは相手のディフェンスボードを探すことから始めるが、A組の生徒達は自分達が立てる音に気を使ってもいなかった。

その音を聞き逃すE組ではない。

気づいた者から自分達の班、近くにいた班に指示を送り、それを伝達していく。


「つっても相手はE組だろ?あんな落ちこぼれ集団、出会った瞬間消し炭にしてやるぜ。」

「あー早く終わらないかなー!」

ハイキングをしているかのように歩くA組の連中を発見した。油断と隙だらけだ。

E組班は音をなるべく立てずにA組の背後に回り込み、後ろから嫌という程練習した、省略化無詠唱魔術を叩き込んだ。

「グハァ!!!」

命中した1人が倒れこみ、装着していた防具が赤く発光しアラームが鳴り響く。

「どこ!?」

一緒に行動していたA組の生徒は周りを警戒し魔術を発動しようとするが、どこにいるかもわからない。

「A組各員へ!襲撃を受けました!襲撃を…キャァァ!!」

トランシーバーを使い他の生徒達に連絡を取ろうとするが通信の途中でリタイアとなった。

E組の生徒達は、格上であるA組の生徒をリタイアにしたのだ。本来なら声を上げ喜んでもいいのかもしれない。互いにハイタッチでも、してもいいのかもしれない。

だがE組の生徒は小さなガッツポーズをし、トランシーバーで『A組2人、リタイア。』とだけ伝え、次の行動へと移った。

それはなぜか。

あまりにも簡単に倒せてしまい拍子抜けなのもある。

が、やはり1番大きかったのは、いつも相手にしているあのクソ教師は一撃も当たってくれなかったということだ。毎日実習をしていても一撃も当たらない。それどころか、こちらがすぐリタイアに追い込まれる。

だが試合が始まってみればどうだ。

避けられる想定で打った魔術がヒットし、あっという間にリタイア。

喜ぶも何もないだろう。

俺達はいつもお前達より強い奴と戦ってきたのだ。

その自信が、彼らを前へと進める。



「はぁー…。ここはのどかな場所だなぁ…。夜になったら星が綺麗に見えるかも!……ふふっ。楽しみだなぁ。」

1人ディフェンスボードに残った煜翔寺輝彦は空を見上げ呟く。

「皆死なないといいなっ♪」

屈託のない笑顔は崩れない。

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