第9話 『花園』
「なななな…なんだそりゃああああ!!!!」
ほぼ集合場所から動いていない他の生徒達と、俺の隣にいる那珂先生が驚きの声をあげた。
俺は自慢気に腕を組みへへーんと言わんばかりのドヤ顔をしていた。
「言ったでしょ、10秒で終わらすって!」
これ以上ないくらいのドヤ顔で那珂先生の方を向いた。普段では考えられないような表情をしていた。口があんぐりと空いている。
「いや…これ…アリなの…?」
未だそびえ立つ氷の剣山を指差しながら、普段の口調が崩れた那珂先生が聞いてきた。
「誰も怪我してないし6式とか7式とか使っちゃダメなんてルールなかったしOKかと!!」
それを聞くとははは…と呆れた笑いをした。
少しやりすぎた感は否めない。
「やりおったわあのバカは…。」
常闇センは『花園』特等席で頭を抱えていた。
「ハハハッ!!さすがは形無君だ!無茶な作戦を考える!!」
隣で笑うのは雷系魔術の当主、雷裂透だ。『花園』の中では1番フランクで子供っぽい一面を持つが、雷魔術を使い戦場を駆ける様は「雷神」と呼ばれ、敵に恐れられていた。
「あれで死傷者が出たらとか考えなかったのですかね…彼は…。」
少し心配そうな顔をするのは風系魔術の当主、風凱珠希。『花園』のメンバーにはこの風凱珠希と常闇センが女性メンバーで他は男性だ。風凱珠希はよく雷裂透と行動していて、「雷神」と対となる「風神」と恐れられ、「風神雷神が現れたなら、命が惜しくはない者以外はその戦場に残ってはいけない。」という言葉が生まれるほどだ。
「まぁ形無千のことですから、あの崩れ落ちた氷山も対処できると織り込み済みで作戦を練っていたんでしょう。」
風凱珠希の言葉に返すのは水系魔術当主、水嶺暦。
物静かであまり争いを好まない性格をしているのだが、特殊な身体強化魔術使い一時的に魔力を暴走させることで、性格が好戦的になり敵を一掃する。身体強化魔術を使わなくてもブチ切れると暴走し、『花園』メンバーは手を焼くこともある(ブチ切れる原因はほぼ『花園』内の喧嘩だ)。
「ガハハハ!!!!!やはり喧嘩ってのは派手にやんねぇとなぁ!!!男は酒・女・喧嘩って昔から相場が決まってんのよ!!!!」
場違いで豪華な椅子に唯一足をかけ、煙草を吸っているのが土系魔術当主、土翳豪だ。土翳豪は2m近くある巨体に隆々とした筋肉、男らしい髭。そんな見た目に合った豪快な性格をしていた。少し女性関係でだらしない部分もあるが土翳豪の使う防御系土魔術は世界でみても突破できる者はそういない。常闇センと仲が良いらしい。「常闇センの最強の矛と俺の最強の盾で、ホコタテだな!!まぁ実際俺に最強のホコが付いているんだけどな!!ガハハハ!!!!!!」とよく言っていた。
「またそんな古臭いことを…自分は男の役目は違うと思います!!!というか、男も女も関係ないであります!!!」
熱く拳を握るのは炎系魔術の当主、炎葬大和だ。『花園』メンバーの中で最年少であり、齢20歳でメンバー入りを果たした天才魔術師だ。15歳で高校には行かず軍へ入隊し力をつけていくことを決意。そこで共に戦った「風神雷神」の姿を見て、自分もあのように敵に恐れられる存在になりたいと思い鍛錬に励んだ。その結果わずか5年で『花園』に加わるに相応しい実力となった。そして運のいいことに『花園』の炎系魔術の枠が空き、炎葬大和が加わることとなった。
「…小僧はあの禁術を使わぬよな。」
並べられた椅子の真ん中に座る者。この『花園』メンバーで最年長であり総当主である煜翔寺堰堤だ。
煜翔寺堰堤は煜系魔術の当主でもあり『花園』の総当主でもある。様々な決定はこの煜翔寺堰堤が下す。
実力は現在、ほぼ戦場を退いているようなものなので(自分が出るよりも指揮する方が多いからである)謎だが、1人で敵国の軍勢と戦い勝ったという記録が残されている。
「大丈夫だと思うがな…。いざとなれば私が出る。」
常闇センが答える。常闇センは闇系魔術の当主である。だがこの闇系魔術を使える者はそういない。闇属性だけではなく、煜系魔術も使える者は少ない。いや、正確に言うと、本来の威力で闇・煜属性の魔術を使える者は少ないということだ。この属性は遺伝によって適正が変化するため、通常の人間では本来の威力の5分の1も出すことができない。しかし常闇センや煜翔寺堰堤は扱えるというわけである。なので戦場ではこの2つの属性を除いた5つの属性が主となっている。
「ほう…常闇。お前が形無に勝てるとでも?」
薄めで開いた目だけを動かし煜翔寺堰堤は常闇センを睨んだ。
「少なくとも、老いぼれよりは役に立つぞ。」
腕を組み薄く笑って答える。
「言うではないか小娘。」
険悪なムードになり他のメンバーは口を紡ぐ。この2人は仲が悪く喧嘩の発端になることが多い。エスカレートすると周りが止めに入るが、極力したくない。この2人の喧嘩は、喧嘩というより罵り合って本気で殺し合うのだ。
他のメンバーは口を紡ぐと言ったが、1人を除く。
「何言ってるんですか!!!先輩とやり合うなら自分でありますよ!!!!取らないでください常闇先輩!!!」
立ち上がって闘志に燃えた表情で訴えるのは炎葬大和だ。炎葬大和は空気をあまり読めないが、こういった時は周りのメンバーから助かったと言われる。
「フッ…。そうだったな炎葬。取って悪かったな。」
「そうですあります!!クソーーッ!今度は勝ってやるからな形無先輩ィ!!!」
グッと拳を握り雄叫びをあげるかのように叫んだ。
「こんな無茶な作戦、なんでやらせるのよ!!!」
生徒達の所に戻るや否や、俺は美南に怒鳴られた。
未だぐったりしている徹と立花ハハハ…と寝っ転がりながら笑っている。
「いやー…な?特訓の成果はA組で使いたいし…な?わかるだろ?」
「だからって…。あの剣山がある限り試合ができないじゃない!!!」
と試合会場となった山を指差しながら美南は言う。
まだ立花が発動させた氷の剣山〈雹雪崩〉は健在だ。だがあれは永久に残るわけではない。完全に発動しきったらあれはただの氷の塊である。融解するのを待てば元通りになる。
「バカか!わざと中断させて時間を稼いでんだよ。徹と立花の回復が間に合わなかったら困るからな。」
魔力消費が激しすぎてぶっ倒れている2人の回復時間を稼ぐために、バカでかい氷の剣山を出させたのもある。これで飯食って休めば少しは良くなるはずだ。
「そ、そーゆーことだったのね…。まぁいいわ。」
ぷいっと後ろを振り返り千佳の所へ行ってしまった。
よし、これで2試合目のB組対D組の試合が遅れると思うから、少しは休憩できる…
「自分の出番でありますね!!!!!任せといて下さい!!行きますよーーーー!!!!」
頭上の方から声が聞こえた。
俺達は山の、ほぼ試合開始時に、生徒達が指定された場所で喋っていたので、声からしてあの剣山に向かっていくことが予想できた。
いや、まさかな…。
「行くでありますよ!!!!第6式炎系攻撃魔術ゥ!〈炎の揺籠〉!!!!!」
そう唱える影は俺達の頭上から魔術を発動させた。
その声ともに、そびえ立った剣山の周りから複数の火柱が発生し剣山を囲った。そしてその火柱が剣山のある中央に狭まっていき、やがて重なり、複数の火柱は1つの大きな火柱となった。
その火柱が消えると綺麗さっぱり、氷の剣山は消滅していた。
「おおおおおおおおいいい!!!!!何してくれてんだよォォォ!!!!!」
俺は頭上から降りてきた炎系魔術の使い手に向かって怒鳴った。
俺のプランが出鼻からくじかれたんだ。そりゃ怒るだろ。
「先輩の尻拭いは後輩の務め!!!!生徒の皆さん初めまして、炎葬大和であります!!!!!」
ピシッと足を揃えて綺麗な敬礼を俺達に向けた。その顔は誇らしげでやってやった感が凄かった。
褒められるのを待つ犬みたいだ。
「バカか!!お前は!!!!!何してくれてんの!?あれ残しといていいんだけど!?ワザと残してあるんだけど!?」
「ええ!?!?そうなのでありますか!?てっきり自分は先輩が手をこまねいてるとばっかり…。」
いきなりしゅん…とする。急に怒られた犬みたいになった。
「何してんのよ!?先生、相手は『花園』のお方よ!?歳下でも敬語つけなさいよ!!下らない意地はってんじゃないわよ!!」
「なんだと!?だったらお前は俺に敬語を使え!?いつからタメ口になった!?最初は敬語使ってたろ!!」
俺と炎葬のやりとりを見て後ろから美南がツッコんできた。だが自分も敬語を使っていないのに、言われる筋合いはない!と思っているので直す気はない。
「ははーん。先輩、生徒にあまり懐かれていませんね?自分が教えてあげましょうか?生徒達の人気を得る方法。」
「余計なお世話だバカ!!!!」
俺は炎葬の頭をポカっと殴った。イテッ!!と言いながら頭を抑えている。
「えっと…炎葬様と先生ってどんな関係なのですか…?さっきから先輩って…。」
と後ろから千佳が恐る恐る炎葬に聞いた。
「あ!よくぞ聞いてくれたであります!それはですねー…」
「コイツは歳上の人を全員先輩付けで呼ぶんだよ。あんまり深い仲でもない。」
俺は炎葬の言葉を遮った。
「何を言うのでありますか!先輩は他の人とは違い直属の」
「やめろ。生徒の前だ。関係ないことを喋るな。」
俺は炎葬を睨みながら言う。その視線に気づいたのか、俺の意図に気づいたのか知らないがそれ以上喋ることはなかった。
「まぁ、理事長先生との繋がりでな。親同士が仲良かった的な?そんな感じだ!」
俺は生徒の方を振り返り、ケラっと笑いながら話した。
「そ、そうなんですね。それなら納得です。」
少し俺と炎葬のやり取りに不信感を感じながらも、俺の態度と言葉にそれ以上詮索することを千佳はやめてくれた。
俺の言葉の「親」という単語を聞いた炎葬は拳を強く握り怒りに耐えていた。
ありがとう炎葬。余計なことを言わないでくれて。
程なくして炎葬は帰っていった。
アイツのせいで俺の時間稼ぎプランは台無しになったが、B組対D組の試合は30分後に行われるとのことで、少し休憩することはできた。
「形無先生、先程の試合凄かったです。」
職員専用の休憩室で待機していると後ろから音羽先生が話しかけてきた。
「アハハ。どうも。」
俺は愛想笑いを浮かべ、照れている素振りを見せた。
「嘆いてましたよー?那珂先生が。新人戦が終わったら毎日悪戯してやるーとか言ってましたよ。」
クスクス笑いながら可笑しそうに話す。
「イタズラですと!?!?それはどのようなイタズラですかね!?!?んんーーーッ!?」
俺は立ち上がり音羽先生の肩をガッシリ掴んだ。
「いや…形無先生の想像するようなイタズラではないかと…。」
困ったような笑う音羽先生をよそに、俺はガクッと肩を落とした。
「次の試合は私達B組なので、しっかり観といて下さいね?決勝で当たると思いますので。」
遠回しな激励をもらうと俺は音羽先生と握手を交わした。
「はい!全力でやりましょう!…まぁ生徒達が主体ですが。」
「ハハハ!そうですね!…じゃあ私は生徒達の所へ行きますので。観といて下さいね…偵察結果と同じかどうかを。」
俺は驚いた。俺がB組に仕掛けてあった配置系魔術は本命3つとダミーが7つ、計10個の配置系魔術を設置していたのだが、B組だけ破壊されていなかった。俺はただ単に気づいていないだけか、ダミーに気づいていたがE組の連中に見せた所で問題はないと過信したのだと思っていたがどうやら違うようだ。
ワザと壊さず、俺に見せつけていたのだ。
「…なかなか曲者ですね、音羽先生。」
「それはお互い様でしょう、形無せんせっ♪」
上機嫌のまま音羽先生は生徒達の所へ向かった。
こりゃ一筋縄では行かなくなりそうだな…。
「現在の状況は?」
「はい。今1試合目が終わったところです。」
「あの連中は?」
「全員います。屋上の椅子に座っています…。情報通りですね。」
「内通者との連絡を怠るな。来たるべきタイミングで一気に行くぞ。」
「了解しました。配置系魔術の設置は完了しています。…様子を見る限り、誰も気づいていません。」
「わかった…。この3800年という節目に、知らしめるのだ。俺達の存在を。…この国の実態を…。」
闇はひっそりと忍び寄る。
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