第7話 新人戦前日。

「足を止めるな!!思考を止めるな!!止めた時は死んだ時と思え!!!」

聞き慣れた言葉だ。この言葉を何回耳にしたことか。

言われた通り足を運ぶ。考え続ける。

人だった物が大地を埋め尽くし、酷い臭いが立ち込めている。

炎・水・風・土。

俺達を殺そうとする魔術がひっきりなしに飛んでくる。

それを防ぎ、避け、前に進む。

負けじと俺達も魔術を飛ばす。

後方には発動に時間のかかる高威力の魔術を唱える列。

それが敵陣に頭上を通過し飛んでいく。

それでも敵の攻撃は止まない。

俺と一緒に突撃した仲間達はあと何人生きているのだろうか。

横を見る余裕などない。

前だけ、前だけを見続け、顔も知らない人間を殺す。

今日は死ぬかもしれない、今日は俺の番かもしれない。

そう毎日思いながら戦場を駆ける。






「……。最近こんな夢ばっか見んな。」

俺はセットしたアラームよりも先に目が覚めた。

ひどい汗だ。

時計は起きる時刻より30分前を指していた。

「んんーーっ。ひとっ風呂してから行くか!」

俺は汗でぐしゃぐしゃになった寝間着を脱ぎ風呂場へ向かった。

時は経ち、新人戦前日である。





「おはよーっす。お前ら最近寝れてるかー?」

「先生のおかげで毎晩ぐっすりよ。2時間近く走り続けてるもの、死ぬほどクタクタよ。」

朝のHRで俺のテキトーな挨拶に答えたのは美南だ。なんだかんだで俺の言葉に返事をくれる。性格はツンケンしてるけど優しいヤツかもしれない。可愛いし。

「でもお前らほんっと体力実力ともに、この約1ヶ月ですんごい伸びたなぁ。今の感じで行けば、優勝も目じゃないぜ?」

俺の言葉に全員が期待を込めた笑みをこぼしている。

「そう!!!!!今日は新人戦前日だ!!!!明日は今までやったことを発揮する時、上位クラスをギャフンと言わす時だ!!!!!」

俺はマジックボードに新人戦!!!!!と殴り書き拳を叩きつけた。

「と、言っても1式魔術と山で隠れんぼしかしてないですけどね。」

葉隠がツッコむ。たしかにそれだけだ。内容だけ聞けば小学校高学年の実習内容かな?と思うようなレベルだ。

「だがしかーーし!!お前らは魔術の訓練ではなく集団対人戦に向けた練習をしてたのであーる!!これは、新人戦で大いに役立つ!!!!」

全員がおおー!という顔をしていた。やはり1ヶ月ほどこんな実習内容をこなしていれば理解してくる。

術式縮小化・詠唱省略を利用してのゲリラ戦闘練習。これを続ければ嫌でも体に染み付いてくるのだ。

「え!?今までやってたのって遊びじゃなかったのかよ!!!!」

バカ1人を除いて。

徹が本気で驚いた顔で立ち上がる。

「お前なー…。俺があんな豪語しといて1ヶ月遊んでいたと思うのか?おい、バカか?おいおい。」

豪語とはアレだ。あのーA組に勝ってやるぜ!みたいな事を1ヶ月前に言ったことだ。

「たしかになんか筋力ついたし色々考えて魔術使ったりしたなーとか思ってたけどまさか…。」

「いや、あんだけあからさまにやっといて気づいてないのアンタだけよ徹。」

「おい美南ィ!酷いじゃねぇかよ!!教えてくれてもいいだろー!?」

ハァ…と溜息をつき頭を抑える美南。

その気持ち十二分にわかる。

「とりあえずだ、今日は新人戦前日。明日に疲労を残さないためにも今日の実習はいつものようなハードなやつはやらん!!!俺が考えた作戦を教えるから、それに沿って実習をやってくぞ!!」

「ええ!先生が作戦を考えてくれたんですか!?」

「まぁーそうだな!お前達、毎日疲れすぎて考える暇なんてなかったろ?新人戦のルール上俺が参加するわけには行かないからな、力になれる時になっとかねぇとな!」

千佳が驚きと嬉しそうな表情で聞く。

その表情好き。その尊敬〜みたいな表情好き。

「よーしまずは第5演習場に行くぞ!!」

俺の掛け声と共にチャイムが鳴り、朝のHR終了を知らせた。






「いーか?お前ら、勝利は何の上に立つと思う?」

第5演習場に集まった生徒達に、作戦内容を伝える前に俺は聞いた。俺が考える勝つために必須なものだ。

「アレだ、『友情』『努力』『しょ…」

「いや、それは違うから。それアレだから。あんま言えないヤツだから。」

俺は徹の言葉を遮る。言っていいことと悪いことがあるからな。うんうん。

「コホンッ…。えーっと。わかるやついるかー?」

わざとらしく咳払いをし、俺は改めて全員に聞いた。

と、自信なさげに手をあげる者がいた。

「お!吉田!何だと思う?」

「えっ…と。はい…。敵の…数とか、何をしてくる…とかを事前に知っておくことが…大事だと思います。」

「おおー!!正解だぞ吉田!!」

俺は素直に驚いたので思わず拍手をする。

その拍手に吉田は下を向きながら照れていた。

「そう!吉田が言っていたように、敵がどの数いるのか、どういった攻撃をしてくるのか。そういった『情報』が鍵となってくる。まず1つは『情報』だ。あと2つほどあるんだが、これはもう正解を言うぞ?」

指を一本立て、必須な要素の『情報』を表した。そして二本目を立て話を続けた。

「2つ目は『策略』だ。情報を得た自陣はそれに対してどういった策を考えるのか、これが重要となってくる。まぁこれは俺が考えてあるから大丈夫だとして、お前らに知ってほしいのはこの3つ目だ。」

俺は三本目の指を立て、真剣な表情で続けた。

「勝利するために必要なこと、3つ目は『覚悟』だ。情報を得、それに対し作戦を立て、それ実行する上にあたって必要なものだ。作戦というのはどのような状況においてもそれを遂行しなくてはいけない。それがもし死ぬ可能性があることでも、自分の命で作戦が成功するなら、その覚悟でやらなくてはいけないんだ。」

「……で、でも自分の命より大事な物ってあるんですか?」

1人の女子生徒が聞いてくる。

「…。大抵の大人達は、命より重いものはないだとか、自分の身が1番大事だとか言うと思う。俺もその意見にはまぁ、賛成だ。俺がお前達に人の殺し方を教えているのも、自分の命を守るため、大切な人を守るためだ。だが、それは時と場合によって変わってくる。優先順位が変わる時があるんだ。……戦うということは、そういうことだ。」

全員が沈黙する。空気が重いのがわかる。

だがしかし俺はコイツらにわかって欲しかった。模擬的な戦闘だろうと、始まってしまえばそこは戦場と変わりない。その中で逃げ出さずに戦い抜ける強さも身につけて欲しい。戦場での命の価値を知って欲しい。


人を殺す、ということを理解して欲しい。


「でも、明日やるのは新人戦だ。俺も作戦のために死ねだとか、敵を殺せなんていうことは言わない。ちゃんとした作戦だ。」

俺が和かな表情でそう話すと、少し安堵の表情が見られた。

よかった、萎縮したまんまだと作戦が頭に入らないからな。

「とりあえず俺が偵察した時の情報だと…」

「て、偵察?いつの間にそんなことを…?」

俺がポケットに入っていた、小さく折りたたんだマル秘偵察情報プロジェクトXと書かれた(この名前で半分くらい占めた。)紙を取り出しながら説明しようとした時、葉隠が遮った。

「え?そりゃするだろ偵察。俺がやったのは1年が使う各演習場に配置系魔術を張っただけ。カメラみたいな機能なんだけどな、これがまぁバレないのよ。それで実習時間が終わったら回収してチャックするだけ。簡単だろ?」

そう説明すると女子生徒達が一気に冷ややかな目…というか軽蔑したような目で見てきた。

「そんなことできるんだったら更衣室とか設置したんじゃないの…?」

胸元を抑えて心底信じてない目で美南が睨んでくる。

「バカかお前ら!!!!!俺はお前らみたいなガキじゃなくて那珂先生のような…こう大人なエロスに魅力を感じるんだよ!!!バストとヒップサイズから出直してこい!!!!」

俺は女子生徒達に向かってあっかんべーする。もっと軽蔑したような目線を送られる。

「だからドーテーなんじゃ…」

「誰が童貞じゃぶっ殺すぞァ"ァ"ン!?!?」

生徒達の中でボソッと童貞という言葉が聞こえたので過剰反応した。

俺の耳はドーテーアウェアネスだ。

「ハァハァ…とりあえず対A組の作戦を伝えるぞ…。」

本来の目的を思い出し俺は生徒達に作戦内容を伝えた。






「おーい、立花、徹ー。ちょっといいかー?」

「お!なんだよ!」

「はい、先生。」

一通り作戦内容を伝え終わったら、全員は術式縮小化・詠唱省略の練習を行わせた。

全員力をつけ始めてるとは言えど、まだまだ術式は小さくできるし、詠唱省略したことにより発動まで少し時間がかかっている。それはまだイメージがハッキリしていないからだ。もっと練習を積めばイメージが脳内で固定され発動までの時間を短くすることができる。なので繰り返し基礎練習だ。

その中で2人を呼び出す。

「お前らに説明したのってA組専用の作戦じゃん?」

「あぁ、たしかにそうだな!」

「はい…。あ、そういうことか。」

立花はこの言葉で理解してくれたらしい。

徹はまだ理解していないようだが。

「話聞いてるとー…A組とやるためにはまず一回勝たないといけないじゃん?」

「そりゃそうだな…って、おい!!!その前の作戦ねぇじゃん!!!」

徹が納得した後焦ったように叫んだ。

コイツ表情豊かで飽きないな。てか疲れないのか?

「A組専用の作戦を使ってもいいんだが、これは隠しておきたい…。だからまぁ、仮の作戦があるんだけどさ。」

「はぁ…。」

「で、どんな作戦だ?」

「…。えっと因みに徹、お前身体強化魔術って最大どこまで演算できる?」

「いや、全部とまではいかねぇが、6式の魔術なら1個ぐらい使えるぞ?」

「オーケーオーケー。で、立花、お前氷魔術得意なんだってな?どこまで演算できる?」

「僕も攻撃系氷魔術しか組めないですけど、7式まで組めますよ。」

「おぉ…7式かよ、すげぇな立花。」

「まぁ消費する魔力が多くて、使った後はインターバルが必要だけどね。」

徹が驚き過ぎて引いていた。

1つだけでも、7式まで組めるのは相当凄いことだ。簡単に言うなら、あの自信満々な雀須先生でも組めないだろう。それくらい凄い。というかやべぇなコイツ。なんでE組にいんだよ。

因みにだが、氷系魔術というのは基本魔術属性に含まれない魔術の1つである。分類的には水属性の派生系である。しかし魔術的な強さで言ったら、基本魔術属性が1番強い。例えば、同じ7式攻撃系魔術でも、氷魔術と水魔術なら水魔術の方が圧倒的に強いのである。

だからあの『花園』の連中は偉そうに踏ん反り返っているのである。

「7式か…。お前らにやって欲しい作戦があるんだけど…。」

俺はニヤニヤ顔で2人に作戦内容を耳打ちする。

「ハァァ!?!?そんな感じでいいのかよ!?」

「ハハハハッ!!やっぱ面白いな先生は!!」

2人の反応を不思議そうに見る他の生徒達。

だが無理もない。自分でも笑ってしまうような作戦だからな。



とにかくして、この日の実習は終わった。

俺は職員室に戻り弁当を素早く胃に入れ、那珂先生の谷間をチラチラと堪能し、1人山へ向かった。最終チェックだ。

新人戦内容は特別に校長に教えてもらったので(新人教師だからよくわかりませんという技を使った。)どういった条件で勝利するのかもわかっていた。

それと各クラスの情報を取り入れ作戦を練った。

後はアイツらを信じるだけ…。

後は俺が勝つだけ…。


「精が出ますねぇ。形無先生。」

色々考えている背中に聞き覚えのない声が

「おっ!っと…。えーっと。ぁぃばゃ先生。」

「お話ししたのも初めてなので誤魔化さなくても大丈夫ですよ。私、B組の担任をしています音羽と申します。」

誤魔化しているのがバレた。これ一回も成功したことないな。

「すいません…E組の形無です。よろしくお願いします。で、音羽先生はどうしてこちらに?」

俺は頭を抑えながら誤魔化し笑いを浮かべ尋ねた。

音羽先生はずっとニコニコした表情を崩すことなく答えた。

「えぇ。私も明日の新人戦で使われるフィールドというものを見ておきたくてですね…。ほら、そろそろA組に勝ちたいじゃないですか。」

口ぶりから毎年B組を担当していることが推察できた。

「俺もアイツらの頑張りが報われて欲しくて、色々奮闘していますよ…。なかなか大変ですけどね。」

「それは素晴らしいですね!応援しています、是非決勝で会いたいですね!では。」

俺の言葉に軽い拍手を送った後一礼し帰っていった。

「……あんな先生もいるんだな。」

大抵E組のくせに調子乗んな感があるのかと思ったら素直な褒め言葉。お世辞でもあんなことを言ってくれる先生がいるとは思わなかった。しかもB組という上位組の担任がだ。

だがなんとなく嫌な感じがした。

善人のツラを被った極悪人のような雰囲気がした。

いや、初対面の人にこんなこと思うのは失礼か。

俺は最終チェックをした後校舎に戻る。




帰りのHRを済まし、家に帰りいつものように風呂に入り飯を食って寝た。

特に高揚感も緊張もなかった。

死ぬことのない戦場と分かっていると幾分気が楽だ。






そして新人戦当日を迎えるのである。

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