第6話 戦闘準備は着々と進んでいる。

「忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい…!!!!!」

瀬戸内は、新人戦の舞台となる校舎近くの山を視察し校舎に帰ってきた。

があの落ちこぼれクラスの担任にちょっかいを出され、腰を抜かした自分に腹が立っていた。

否、自分ではなくあの忌々しいクラスと生徒達に腹を立てていた。自分ほど優秀な人間が、あのような下等な奴ら達に無様な姿を晒してしまったのだ。

校舎に着き、A組に着いても尚腹立たしさは収まらなかった。その様子を他の生徒達が確認すると、瀬戸内が来るまで賑やかだったクラスは一気に静まり返った。

瀬戸内はA組の中でも優秀な成績を収めている。ヒエラルキー的思考から、他の生徒を静めているのだ。

「瀬戸内くん。どうしたんだい?いつも以上に不機嫌じゃないか。」

そんな瀬戸内に話しかける者がいた。

「…雀須先生と山へ視察に行ったのだが…あの忌々しい落ちこぼれクラスと遭遇してな…。」

「E組、ね…。ということはあの形無先生ともお会いしたんじゃないか?」

形無という言葉に瀬戸内は反応しもっと顔を歪めた。その変化に察しがついたらしい。

「形無先生…かぁ。君が何かされるのもわかる。あの人、結構大人気ないというか子供っぽいところがあるからね。」

そういうとクスクス1人で笑っていた。

「お前があの落ちこぼれ教師を知っているのか…?」

「まぁ、うん。知っているよ。形無先生は僕が赤ん坊の頃から知り合いだ。…親戚のおじさんみたいな感覚に近いかな?」

顎に手を置き優しく微笑む姿は、窓から入る日差しと相まって天使のように見えた。

「…一体あいつは何者なのだ…?煜翔寺。」


「…それは、多分知らない方がいいことだと思うよ。」

天使の様に微笑むその瞳の奥には、深淵の様に深い闇が垣間見えた。








「俺達は左後方の茂みにフェイクを入れてから、右手に回る。そうしたらお前達は音をなるべく立てずに円へ向かってくれ…!」

「了解。なんなら俺が氷の壁を作ろうか?」

「いや…それは得策…ではないかな…?先生が…発動まで待って…くれるとは思えない…。」

「徹くん!…じゃあ小石を向こうに投げるよ!…くれぐれも身体強化は使わないようにね!」

「任せろ!!とりあえずなるべく目立たないよう行動して、フェイクに誘導するしか…」

「シッ!!先生がこっち来るのを確認したわ。じゃあ作戦開始するわよ…」

徹、立花、吉田、千佳、美南は午前に行われている実習に作戦を立てて臨んだ。

バラバラに行動するのではなく、形無千を攻撃し魔術を当てる班、形無千にバレぬよう円に戻る班と分け、攻撃する班が誘導し円に戻ることを優先的に行う作戦のようだ。まず、攻撃する班に配属された徹、千佳、美南は落ちている小石を拾い左後方に投げた。その小石が茂みに入るとカサカサッと音を立てた。この時徹が身体強化を使い走ったり攻撃に出なかった理由は、無詠唱が段々と板につき術式の縮小化に慣れてきたとはいえど、発動する時の術式が放つ光というのはこの山の中では目立つのだ。

小石が茂みに入る音を合図とし、円に戻る班に配属された吉田、立花は物音をなるべく立てず円に向かった。

このような5.6人班をクラス全員で作り同じような作戦でこの実習に臨んでいる。

が。

「いい考えだが、人が動く音と若干違うんだよな。」

音につられることのなかった形無千は徹と千佳と美南の背後にいた。物音一切しなかった。

「チッ!!!こっからは魔術勝負だぜ先生!!」

見つかった3人は形無千が発動した風魔術を避け、真っ正面から対峙した。

「3対1ね。格上相手にはいい闘い方だ!」

ヌハハハハと笑う目の前のクソ教師をよそに、

「できるだけ時間を稼いで、アイツらを円まで行かせるぞ…!」

「了解。」

「わかりました。」

徹が2人に小声で伝えた。3人は形無千の方を向いたまま会話した。悟られないようにだ。


「俺から行くぜ先生!!!!」

徹の身体強化は他の生徒の追随を許さない。

身体強化魔術にも他の魔術同様1式から8式まである。これは基本魔術構成である煜・闇・炎・風・水・雷・土のどの属性にも分類されない特殊な魔術だ。徹はこの特殊な身体強化魔術を6式まで使うことができる。しかも実習での術式省略化で4式まで省略化できるようになったらしい。基本省略化できるのは2か3式までが限界なのだが、徹はその限界をゆうに超えたらしい。

ちなみに、魔術というのは色々な形式がある。雷1つとっても、攻撃系、防御系、配置系、付与系など様々だ。これら全ての形式・属性を扱うことができるようになって初めて○式まで演算することができると言えるのだ。例えば4式まで魔術演算できると言えば、全ての基本魔術構成である7つの属性の全ての形式を4式まで扱うことができるというわけだ。

その中で特殊な魔術である身体強化魔術の4式を全身に纏い、徹は形無千に突進した。

「おいおいいきなり4式かよ…。しかも無詠唱の術式省略って…。ありか…よッと!」

形無千は足に身体強化魔術を施し高く上空へ飛んだ。

それを確認した千佳は無詠唱術式省略の〈スパーク〉を何発も放つ。

「上空の逃げられない状況を作って速い攻撃で狙い打つ…。なかなかいいセンスだ。だが!!!」

全ての雷を1枚の2式防御系炎魔術〈ファイアウォール〉で防ぐ。

「今だよ美南ちゃん!!!」

「わかってるわよ!…くらいなさい!!」

〈ファイアウォール〉で視界が遮られた形無千は、遮られた先にいた美南が着地地点に2式配置系土魔術〈クレイモア〉を仕掛けていた。配置系というのは言わばトラップ魔術だ。視界を遮ったことにより形無千はトラップを仕掛けたことに気づいていない。

跳躍を終え自由落下し地面に足を着く形無千。

「勝ッ…!?」

3人が勝った!と言おうとした時着地地点に形無千はいなかった。

「なかなかいい連携だった。が、ここで終わりだ3人とも。よくやった!」

3人は目の前に急に現れた形無千の魔術によってリタイアなった。








山で実習を始めて1週間が経った。

コイツらは俺の予想よりも早いスピードで学習し伸びてきて、自分達でも試行錯誤し実践している。思ったより形になりそうだ。俺はあと数週間後に行われる新人戦の作戦を練り直すことにした。

とそんなことを考えていたら、茂みで物音がした。が、これは人ではなく石かなんかを投げ入れた音だ。そのブラフは初見には通用するかも知れないが、俺からしたらここにいますよと教えているようなものだ。石を投げたであろう位置に身体強化で強化された速度で近づき背後に回った。背後に回ることも基本だ。真正面から戦うより、死角から突くほうがそりゃいい。徹と千佳と美南か。徹が先制攻撃を仕掛けてくるが動きが単調で裏があるように感じた。何をするのか気になったのでとりあえず上に飛んでみた。その上空から円に戻ろうとする生徒を確認する。円に戻る班と分けた訳か。まぁ妥当だな。千佳が攻撃してきたためわざと大きめの炎魔術で防ぎ視界を遮った。と、着地地点にトラップを仕掛けたようだ。着地地点を予測するまではいいが、その配置系土魔術は起動まで少しのラグがある。トラップに気づかれていた場合瞬時に逃げれば捕まることはない。

着地と同時に3式身体強化魔術を何重にもかけた脚で3人の眼前まで詰め寄った。

そしてその3人をリタイアさせた後、円に向かっていた立花、吉田を追いかけリタイアさせた。




「お前ら…思ったより吸収早ぇな…。」

最初は円に集まった時誰一人立っておらず倒れ呼吸を乱しながら話を聞いていたのだが、この1週間で随分と成長した。今では全員が立っており、呼吸は乱れているものの、まだ余裕が見られる。

「あれ…先生、息上がってるじゃないっすか…。」

流れる汗を手で拭きながら乱れる呼吸を整えている徹が言う。

「お前こそ、余裕無さそうじゃねぇか。まだ実習は30分ほどあるぞ?」

俺と徹の間にバチバチと聞こえそうなほどお互いがお互いを睨み合う。要するに意地の張り合いだ。

「男子って…下らない…。」

ハァハァと言いながら美南が呟く。汗を着ている運動着の首元部分で拭いている。その時運動着が引っ張られるため引き締まったお腹がチラ見えする。チラ見えする度に男子生徒達が凝視していた。

「お前ら、ガキの腹に鼻の下伸ばせるくらいの余裕は残っているようだな!」

「はぁ?なんのことよ。」

「美南ちゃん…汗拭う時、お腹見えてるよ。」

「ハ、ハァ!?ガキって私のこと!?というかアンタら見てんじゃないわよ!!!!」

顔を真っ赤にしながらぷんすか怒っている。まだまだ元気だ。若いっていいなぁ…。そんなに歳変わらねぇけど。

そうして俺達は残りの時間みっちりと実習を行った。




「アイツらのことばっかり気にしてたけど、俺も他の先生に勝たなきゃいけないんだったよな。」

実習が終わり腹ペコ状態で校舎に戻る最中、俺は思い出した。

新人戦は生徒同士の競い合いと、教師同士の競い合いがあったことをだ。

毎年教師の中でもA組が優勝しているのを聞くと、あの雀須先生が半端ない強さで圧倒していると予想できる。

あんまりイメージできないけどなぁ…。

とにかくE組全員が真剣に勝とうとしてる中で俺が負けるわけにはいかない。だが、今の俺で勝つことはできるのだろうか。予想だが雀須先生は6式まで魔術演算を組めると考えられる。A組の教師というからには5式組めるくらいでは成り立たないだろう。だが7式までとはいかないだろう。7式組めるような人間は、こんなところにいない。

だが6式を真っ正面から相手にするとなるとどうだろうか。あまり勝てるイメージが湧かない。

「また会ったな千。」

考え事をしながら歩いていたら、校舎の前まで来ていた。校舎に入ろうとした時目の前から声をかけられた。

「なんだよ…また姉さんか。いいのか、理事長さんがこんなに出歩いて。」

俺は呼び止めた常闇センを横目に通り過ぎ、校舎の中の職員室へ戻ろうとした。だが、すれ違う時に肩を掴まれ止められた。

「…わかっていると思うが、使うなよ。」

「……大丈夫、そんなヘマはしない。」

「あれは…言うなれば禁忌だ。知ったものは毒される。そうなってしまったら私達が…」

「わかってるって。」

俺は少し強めに遮った。

「まぁ…そうだな。すまない、信用していないわけじゃないんだがな。」

そういうと常闇センは肩から手を離した。

「まぁその不自由な体で、頑張ってくれ。千。」

俺は振り返らず手を上げ返事をした。

何が不自由な体だ。何が頑張れだ。

こんな体にしたのはお前達……。

いや、ここで常闇センに怒りを覚えるのはお門違いだ。自分でもわかっている。

少しイラつきながら職員室の自席へ座る。

「もう少しで始まりますね、新人戦っ。」

座るやいなや、お弁当を美味しそうに頬張っていた那珂先生が話しかけてきた。あいも変わらずエロく食べるのがお上手だ。

「そ、そうですね…。アイツらも気合入ってますよ。ハハハ。」

俺は那珂先生の開かれた胸元にしか目がいかなかった。それもそのはず、那珂先生のクラスも実習終わり。動いて疲れたのか暑いのか、いつも以上に開いている。見える。これは下着が見える。もう少しで見える。この見えるか見えないかが1番エロいとこの時理解した。

「もう、先生ったら。見過ぎですよっ。」

バレていた。

女性は胸元を見る男性の視線に敏感と聞くが、それ以前に俺はもうガン見だった。

そりゃバレるわ。

「すいません…。まだ心はガキのままなんで、そんな刺激的な服装をされると…。」

「何を言っているんですか…。私から見ても先生は十分ステキなオトナですよ。」

エロい目つきでエロい言い回しをしてくる。

ヤバイこれは落ちる。いや堕ちる。

誤魔化すように昼食として持ってきた弁当を詰め込む。

「フォフォフォ!おふぁふぁい、ふぁんふぁりまひょうふぁ!!!!(お互い、頑張りましょうな)」

「詰め込み過ぎですよ…センセっ。」

えへへと頭を掻きながらわざとらしく照れる。

その様子を見た雀須先生が昼食を終え席を立ち俺に言ってきた。

「生徒もそうだが、形無。お前も無様な姿を見せるなよ。」

「んっ…ふぅ。いやー今回は先輩達に胸を借りるつもりでやらせて頂きますよ。」

詰め込んだ食料を飲み込み答える。

「今年は理事長先生だけでなく、あの『花園』の方々もいらっしゃるとのこと。くれぐれも醜態を晒すなよ形無。」

「あら、雀須先生それは本当ですの?初めてではないですか?あの方々がいらっしゃるのは。」

「そうです那珂先生。多分私のクラス煜翔寺煇を見にくるのではないかと思います。」

「そうでしたね!あの煜翔寺さんの息子さんが入学してましたものねぇ。親御さんとしては初の晴れ舞台、それは見逃したくないですものねぇ。」

ウフフと口元を押さえ笑う那珂先生。

俺は予想していた。今回の新人戦、多分『花園』の連中が来ることを。

それはA組の煜翔寺を親として見にくるから?

いや違う。アイツはそんな親ではない。

じゃあ何のために来るのか。

そんなことわかっている。

それは。



俺の監視をするためである。

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