第5話 隠れることも立派な殺し方。
「…おい。お前ちょっと近すぎねぇか?」
「仕方ないじゃない、この茂み…小さいんだもん」
徹と美南が茂みの中で声を潜めて話していた。
「…けどあの先生、なにを考えるのかしら。この歳にもなって隠れんぼなんて…」
「シッ!!……足音がするぞ…。こちらに向かって来てる。」
近づく足音に2人は息を呑む。
「みぃつけた♡」
約30分前。
「おし、全員いるな!よーし今からルール説明だ!」
俺は荷物を背負い、学校近くの山までE組を連れてきた。今から始めるのは普通の隠れんぼではない。
「いいか。今いる位置、ここには赤い円が描かれてるだろう?」
生徒全員が足元を見る。俺が事前に描いておいた赤い円だ。
「隠れんぼを開始して数十分経ったら俺が合図をする。その合図が聞こえたらこの円に戻ってこい!その間も俺に見つかってはいけないぞ!」
「それって何の意味があるのですか、先生」
美南が手を上げ質問をする。だが俺はその問いに答えはしない。
「焦るな焦るな。後々わかる…。これは俺対お前らの勝負だ。お前らの勝利条件は2つある。1つは合図が聞こえたらこの円に戻ってくること。もう1つは…」
俺はこの山に来る時持ってきた荷物の中から防具を取り出し装着した。
「もう1つは俺に魔術を当て再起不能にしたら勝ちだ。」
「それって!!!」
徹が俺を指差しながら驚く。そりゃそうだ、俺が装着しているのは新人戦で装着する防具だからだ。
新人戦では魔術を使用する。身体強化は勿論行ってから取り組むが、生身の体だけでは危険過ぎる。なのでこの防具を装着する。軽くて一見魔術に対してそれほど防御力は高いとは思えないが、この防具は使用者の身体強化に反応し起動する。起動した防具はある程度の魔術を簡易結界で守ってくれるのだ。結界が発動し、本来なら重傷を負うダメージを受けた場合、この防具からアラームが鳴り、再起不能を知らせる。
このシステムだと新人戦で魔術を使用しても死傷者が出なくて済むという物だ。
まぁ、あくまで学生レベルの魔術。戦場ではこの防具は何の役にも立たないがな。
「そう!!!理事長から借りてきた!!!!」
「先生、それって持ち出し厳禁じゃ…」
「…美南。理事長が良いって言ったんだ。この学校の1番偉い人が良いって言ったんだぞ。誰にも文句は言わせない。」
「…無茶苦茶だわ…。」
頭を抱え嘆く。
まぁ本当は理事長室に手紙置いといて勝手に持ち出したんだけどな。
それは混乱を招くから伏せておこう。
「とにかくだ!この俺に魔術を当てて再起不能にしてみろ!だが、その間も俺に見つかってダメだからな!」
一通りの説明はした。この広い山で隠れんぼを行い尚且つ鬼は1人。そして魔術を当てても勝利…。生徒側に圧倒的有利な勝利条件だ。
「見つかったやつは大人しく円まで帰ってくるよーに。」
E組の生徒は30人。これを俺が合図を出そうと考えている30分で見つけられるのか。
そう思っているだろう。
だがしかし。
俺は隠れんぼが得意だ。鬼側なんてなおさら得意だ。
「そしてーお前らがやる気を出してくれるようにー、俺に見つからず円まで戻ってきたやつだったり、俺に魔術を当て再起不能にしたやつには、今日の夕飯好きなとこ連れてってやるからな。好きなものを好きなだけ食べていいぞー。」
「…え?マジ?」
「大マジ大マジ。」
徹が反応する。ガタイがいい分コイツはめっちゃ食うんだろうなーとか考えていた。
「おおおおおお!!!!!肉が食いてえええええ!!!」
徹が叫んだ、というか吠えた。
「はぁー…徹って本当、悩みなさそうだよな…。」
立花が呆れた笑いを浮かべる。
周りの生徒も笑っていた。
が、俺の言葉の裏に隠れた自信に気づくものもいた。
「それじゃあ、先生はこのルールで負ける気がしないってことですか?」
気づいたのは千佳だ。少しイタズラっぽい笑みで聞いてくる。うん、可愛い。
「あったりめぇよ!!俺が高校の時なんて異名で恐れられていたか知ってるか?」
「いや、高校の時にも隠れんぼをしていたことに驚きよ。」
美南がすかさずツッコミを入れる。こいつ魔術よりツッコミのセンスあるんじゃないか?
「と、まぁ雑談はここまでにしといて。とりあえず俺は見つけたらかるーい魔術当てるからな。それで見つけたーってことで!よし、じゃあお前ら隠れろ!」
となんか言われる前にゲームをスタートさせた。急に始まりを迎えたことに少し戸惑っていたが俺がカウントダウンを始めたら急いで山の中へと散っていった。
「にじゅーきゅーーー…さんじゅーーーーっと。」
行きますか。久々の全力隠れんぼ、スタートだ。
と、始まり。
今に至る。
10分もしないうちに半分くらい見つかり戻された。
残るは徹と美南だったのだが、30分経過の合図を聞くことなく、見つかってしまったのだった。
「お前ら…話にならねぇぞ…。もっと俺を楽しませてくれよ…。」
「…十分楽しそうにしてたけどな…。」
徹が円の中で頭を抑え座り込みながら言った。
俺が見つけた時に使った魔術のせいで頭痛がするのだ。
簡単な1式の風魔術で頭の中を少し揺らしたのだ。
受けた者は立ちくらみがする程度のダメージしか負わないが、後から頭痛がくるのだ。
「いいか…。ゲームっぽくやってるけどな、この隠れんぼもれっきとした実習なんだぞ?もっと本気でやらねぇと。」
「というか…こんな広い山の中で、しかも数分で僕達を見つけることができたんですか?」
最初の方に見つかった生徒が聞いてくる。そう、この俺の隠れんぼのコツを今から生徒達に教えるのだ。
「その答えが、この実習の本質だ。俺は決して、お前らがどこに行ったのか事前に把握していたわけでも見ていたわけでもない。」
「だったらどうやって…」
「重要なのは、痕跡と音だ。」
全員が俺の話を真剣に聞き始めた。
「俺がやっていたのは地形の把握をして、痕跡を辿り、後は音のする方へ行っただけだ。身体強化系の〈ステルス〉を使って姿を消しても、音だけは消えてくれない。その音で今敵はどっちの方面に行ったのか、向かってくるのか逃げるのか。それを判断するんだ。これに関しては経験がものを言う。」
俺はこの隠れんぼで使用した術を教える。この術に関しては魔術は一切関係ない。
「対して、だ。お前らの立場はいわば、自分達が待ち構えているところに敵が来た。という状況だ。そういった状況で考えるべきことは、どうしたら敵に気づかれないのか、どうしたら気づかれず攻撃できるのか。これを考えながら実習に参加してほしい。」
珍しく真面目に話をした。俺が教えているのは隠れんぼのコツではあるのだが、その先にやはり闘い方を教えているのだ。
人の殺し方を一つ一つ教えているのだ。
俺が情報を与え、生徒達がどのように受け止め考え行動するかも、俺は見ていきたい。
それがあいつらが考えた、人の殺し方なのだから。
「よし、5分休憩してからもっかいやんぞー!」
結局俺の目をかいくぐり円に戻れた者、俺に魔術を当て再起不能にした者はいなかった。
「よーし今日の実習はここで終わり!ちゃんと飯食えよー。体がエネルギー欲してるだろー?」
「はぁい…お疲れ様でしたぁ…」
休憩はあったものの、実質2時間ぶっ通しで山の中で隠れんぼをしたので生徒達はクタクタに疲れていた。
最後の俺の挨拶に立って答えられた者はいない。
まぁ最初はこんなもんか…。1ヶ月後どれほど成長するか期待だなぁ。
「ふぅー!俺も腹減ったからーメシだメシー!!」
「おい貴様。どこに行く?」
学校へ帰ろうと振り返った背中から呼び止められた。
俺の後ろには満身創痍の生徒しかいないはず…。
しかもこの声は。この声は。
俺はゆっくーーりと首を回し確認した。
ヤツは木の先端に立っていた。
「あっ……と。リジチョーサン…?」
「おい貴様。お前が持ち出したソレ、誰の許可を得て使っているんだ?」
俺が装備を外して入れたリュックを指差し言った。
多分結構怒ってる。
「あ、えーっと。とりあえず、ですね。とりあえず。リュックをここに置きますーっと。はい。」
木の上に立つ理事長こと姉さんの方を向きながら、俺はゆっくりとリュックを下ろす。そして両手をゆっくりあげながら、ゆっくりと後ろへ下がる。
一歩、一歩と下がる。
それと連動しているかのように姉さんの右手もゆっくりと上がり俺の方へ手のひらを向けてきた。
それを確認するやいなや。
「すいませっしたァァァァァァ!!!!!」
俺は今残っている魔力を身体強化につぎ込み全力で学校へ逃げた。
「逃すか馬鹿者!!!!!第7式攻撃系闇魔法…」
「えええ!?!?校舎ごと吹き飛ばすつもりですかァァ!?!?」
俺は逃げながら第7式を使おうとしている姉さんを心配した。
この人、冗談も本気じゃねぇか。
「死んで詫びろ!!!!!!!!〈フォトン・アビス〉!!!!!!」
「ヒィィィィィ!!!!!!!」
俺は頭を抱えその場に丸くなった。
逃げるのをやめてだ。
あの魔術を前に逃げるとかないのだ。もう視界にあるものすべてぶっ壊すようなやべぇ魔術なのだ。
「…ってバカか使うわけなかろう。」
丸くなった俺を姉さんは蹴飛ばした。
ともかくして、次のステップに移行した俺の実習初日は終わった。
昼休憩中、理事長室でめちゃくちゃに怒られた。
2日目。
「ほらほらどーした!俺はここにいるぞー?」
「クソ…ナメやがって…!」
木の上に隠れながら山中を堂々闊歩しているクソ担任教師の背後に向かって無詠唱省略雷魔術を放つが、クソ担任教師はこちらも向かずに、ピンポイントで1式防御系魔術の〈シールド〉で防いだ。
「なんでわかんだよ…」
そう呟く時には、目の前にあの忌々しい後ろ姿はいなかった。
「魔術打ったら移動。仕留めても仕留めきれなくても移動。基本中の基本だ。わかったな?」
気がつくと自分の背後に回っていた。
「は、はい…。」
風魔術で攻撃を受け、最初の赤い円に戻る。
「まぁー段々といい動きにはなってきたな。2日目なのにここまでできるとは!」
俺は全員が円の中に戻ってきたのを確認した。
「でも、誰一人先生に魔術当ててないし、バレずに円に戻るどころか合図まで見つかってない人がいないじゃない…。」
「まだ初めたばっかだからな、そんなもんだろう。とはいえ俺が教えたことは拙いながらできてる!あとは磨き上げるのみ!って感じだなー。」
結果が出ない実習に美南は下を向き、呼吸を整えながら話すが、最初から完璧にできるとは思っていない。
が、想像以上に飲み込みが早いようだ。
「いいかー?まずは基本からだ。魔術を打ったら移動する。音を消すのは難しいから小さくして利用する。後は誘導しつつー…」
「ハッ!山で隠れんぼとは、さすが落ちこぼれ共。生徒だけだと思っていたが教師までとはな!!」
「やめなさい、瀬戸内。…だが形無。こんなとこで何を?」
俺が説明をしていると校舎側から歩いてくる2人の姿があった。1人は雀須先生ともう1人は…
「あ!お前この前の!」
徹が覚えていたらしい。あのE組の前で4式をぶっ放そうとした奴だ。
「クソッ…。よりによってアイツに覚えられているとはな…ッ!」
徹の顔を見るなり不機嫌な顔からもっと不機嫌な顔になった。じゃあ来なきゃいいのに。
「あーえー…まぁ実習の一環ですわ。」
「実習で山…か。まぁいい、形無。運が良かったな。新人戦のフィールドはこの山に決定した。その視察に俺と瀬戸内は来たのだ。邪魔して悪かったな。」
悪いと思っているとは思えないぐらいの言い方で雀須先生は去っていった。が、瀬戸内という生徒は残った。
「キサマらがどれだけ努力しようと、才能の差は埋まらないのだよ。落ちこぼれは身分の程をわきまえて、大人しく我々A組に蹂躙されるがいい。」
E組の生徒達は黙っている。相手がA組だからだろうか。この前の騒動があって反省しているからだろうか。
「まぁせいぜい頑張って、上手にかませ犬を演じてくれ落ちこぼれ諸君。」
と言い残し、瀬戸内は殺気を放ちE組の生徒達を威嚇した。そして振り返り校舎へと歩き出した。
生徒達は拳を握りしめて押し黙っている。
「お前ら、今なんで誰も言い返さなかった?」
「いや、…そりゃ悔しいけどさ。A組にあーやって言わちゃうと…。凹むっちゃ凹むよ。」
「前は徹が先に手を出したけどな?…徹、お前はよく堪えたな。」
「お?…あぁ!おう。そりゃ前怒られたからな。」
葉隠は悔しそうに拳を握りしめていた。徹は一瞬感情的になりそうだったが、抑えていた。
「…上出来だ。お前ら。戦場では常に冷静に、だ。感情的になった奴から…死んでいく。」
が、あそこまで歳下のガキにナメられては、俺のメンツも丸潰れだ。
「…そんな上出来なお前らに、大人気ない俺がひとついいものを見せてやろう。」
校舎に向かって歩いている瀬戸内の背中に向かって。
俺は殺気を放つ。
「ッッッ!?!?!?!?!?」
瀬戸内は怯えながら振り返り、腰を抜かして地面に座り込んでいる。
位置的に俺の前にいた生徒達は凍りつき冷や汗が大量に流れていた。静かに泣いている者もいた。
「これが本物の殺気ってやつだ。覚えておけバカヤロー。」
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