第3話 第0式陰陽系魔術

「はぁー…教師ってのは疲れんなぁ…。教えることってこんな難しいなんて知らなかったわ…。」

俺は午前の実習が終わり、職員室で昼食を取っていた。魔術を感覚で覚えているため、人に教える時上手く伝えることができなかった。

こりゃ俺も勉強が必要だな…。

「先生…。初授業お疲れ様です…。どうです、教師ってなかなか難しいでしょ?」

お疲れ様ですの言葉ですらエロスを感じる那珂先生が隣の席からエロ労いの言葉をもらった。

だからその胸元をはだけさせるのをやめてくれ。刺激が強い。

「はい…。俺がガキの頃先生に生意気言ってたのが申し訳なくなりますよ。けどあいつらは俺とは違って素直でいいですけどね。」

「あらあら…先生は昔ヤンチャしてましたのね。」

と言いながら、髪を耳にかける仕草をし、机に置いてある弁当に箸をつけ食べている。

…なんか、すんごいエロい。

「あまり教師をナメないことだな。…お前みたいなどこの馬の骨とも知らんやつを受け入れるなど、校長もヤキが回ったみたいだな。」

「……うぃーす。」

どこの職場にも嫌味ったらしい上司というか先輩がいるもんだなと思った。だが雀須先生が言っていたことは少し違う。

「…でも俺、校長じゃなくて理事長に雇われましたよ?」

「!?」

何気なく発した一言に、雀須先生だけではなく那珂先生、それと職員室で俺の声が聞こえた人達は皆驚愕していた。

「…バ、バカな。お前みたいな奴が理事長と顔見知りだと…!?」

「形無先生……。理事長とはどういったお知り合いで…?」

あまりに驚かれているのでなんか答えづらい雰囲気になっていた。ので、俺はあははは。と笑って誤魔化した。

この私立第1魔術高等学校は名前の通り私立なので、理事長がいる。俺は理事長と顔見知りというか、深い仲で、ある日突然

『お前、今職無いならウチの学校の教師やれ』

と言ってきた。昔から無茶苦茶な人なのだ。

「……。午前中はどのような実習を…」

理事長と知り合いの奴が一体どのような事を教えていたのか気になった那珂先生が俺に恐る恐る質問しようとしたのだが、校舎内にデカい爆発音?が響き渡った。俺はこの音が、人が壁に強い勢いで叩きつけられた音だと感じた。この音は、前の職場で嫌という程聞いた。

「なんの音だ!?」

雀須先生は気づいていないらしい。

「ちょっと、俺見てきますね。」

俺は職員室を出るなり身体強化魔術を使い、速度を上げ自分が担任をしているE組の方面へ向かった。

E組とは限らないが、この差別的なクラス分けといい新入生といい…問題を起こすのは1年生で一番落ちこぼれと言われていたクラスだよな…!

そんな憶測をアテに俺はE組へ向かった。







「ハァ…やっぱりビンゴかよ…。」

「あ、先生。やっぱ音、聞こえてました?」

俺はE組についた瞬間に現状を理解することができた。

午前の実習でスジが良かった生徒の名前は一応覚えていたので名前も分かった。やはりこいつの身体強化か…。

「おい…徹…。いや、うん。現状は理解できてる。多分。見るからに他クラスに挑発されて反射的に殴っちゃった!って感じだろ。」

「まぁー…そんな感じですね。けど悪いことした認識はありますけど、後悔はしてませんよ。」

屈託のなさそうな笑顔を向ける折鶴徹。こいつの身体強化魔術のセンスは他の生徒の追随を許さない。軍に所属し訓練を重ねていれば英雄になるだろう。だが、力の使い道を誤ってしまった場合、この国の脅威になるレベルだ。その道を誤らせない、正しい使い方を教えるのが俺の仕事。教師の仕事というやつだろう。

「このぉ…バカちんがァ!!!!!」

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

俺は屈託のない笑顔を向ける折鶴に近づき脳天にゲンコツをお見舞いした。身体強化魔術を少し使った状態でだ。高校生にもなる男子が、ゲンコツでこんなに痛がるだろうかとお思いだが、俺の愛のこもったゲンコツは歳を重ねるごとに痛みが増してくのだ。

ちょっとカッコいいこと言ったかも。

「生身の人間に身体強化使って本気で殴るやつがいるかフツー!?死ぬぞ!?人殺しにでもなりたいのかァ!!!!」

「……ッ。で、でもコイツら…。」

「ハァ…。男の拳ってのはな?己のプライドを守るために使う時もあるだろうさ。でもな、一番使わなければいけない時というのは、守りたい女を守る時に使うんだよ。」

「でも先生…童貞じゃ…。」

「あー手が滑ったー。」

「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

もう一発お見舞いしてやった。

「とにかくだ、挑発に乗っかって手ェ出した方が負けなんだよ。自分の価値を、自分で下げるな。」

「……ぁぁい…。」

頭を抑えながら半泣き状態で蹲っている折鶴が答えるのを俺は聞き、周りに集まってきた野次馬連中を教室に戻るよう促した。その時、壁で失神していた折鶴にぶっ飛ばされた生徒が目を覚ました。連れ添っていた2人の生徒が駆け寄る。

「大丈夫か…?」

「やめろッ!触るな…。」

駆け寄った2人を邪険に払い、自らの足で立ち上がった。

なんか面倒くさくなる予感がする。

「おい…貴様ァ…。よくも…よくもォ!!!!」

「おい!!!何事だ!!!!!」

立ち上がった生徒が右手を前に出し、術式を構築し魔術を発動しようとしていた。

あまりの急な出来事に折鶴はただその光景を見ることしかできなかった。そのタイミングで職員室から来た雀須先生が到着する。

「殺す…絶対に殺す…。第4式攻撃系炎魔術…」

「おい!!!!止めろ!!!殺す気かァ!!!!」

雀須先生が叫びながら近づくが発動するまでに間に合うとは思えない。だからと言って、その場で魔術を使用したところで術式の構築・展開・発動までには時間がかかり過ぎてしまう。

折鶴を狙った右手の術式が構築・展開を完了した。

「死ねェェェェェ!!!!」


誰もが死んだと思った。

魔術を行使した生徒も、雀須先生も、教室の中からその光景を見ていた生徒達も、折鶴でさえも。

誰もが死んだと思った。


俺以外は。


〈0式陰陽系魔術・琥珀の幻影〉



「え……?どうして……?」

生徒の右手から4式攻撃系炎魔術が発動することはなかった。誰もが死んだ、死んでしまったと思った。が、発動する前に術式がガラスが割れるように破壊されたのだ。

「今…何が起こったのだ…?」

雀須先生も驚きを隠せていない。どころか、この光景を見たもの全員が驚いていた。魔術の発動が失敗する場合、このようにガラスが割れるかのように術式が壊れる。だが、ここにいるのは小中とエリートとして進んできた生徒達。怒りに我を忘れたからといって、魔術を失敗するとは思えない。しかも魔術の発動が失敗する場合というのは、構築と展開の段階で失敗し術式が壊れるのだ。構築・展開が完了した魔術が壊れるというのは、まずありえない。

ならなぜ術式が壊れたのか。

誰かが、故意的に術式を破壊したのだ。

「おい形無…。これは一体…。」

この光景に唯一反応の薄い俺に雀須先生は聞いてきた。その判断は正しい。魔術が本人の意思に反して勝手に破壊されたのだ。魔術を使うものにとってあり得ない光景だ。その光景を見て驚かないものがいたとすれば。

それはその光景を、既に知っているものだ。

雀須先生に問われた言葉に俺は、

「……さぁ?」

とだけ答えた。







昼休みが終わり午後の授業が始まった。

午後には魔術学実践特講、いわゆる実習がないため俺は帰ろうとした。が、担任は最後にHRがあったのを思い出し、暇つぶしのためプラプラ校内を散歩していた。

「まさか2日目で使うとはな…。」

俺が昼の騒動の時に使用した0式の説明はおいおいするとして。魔術学校に来たからにはいずれ使うタイミングがあるだろうと覚悟はしていたが…。まさか入学式の次の日に使うとは思ってもいなかった。青春してるんだなあいつら。

「そうだな。まさかお前が人のために0式を使うとは思ってもいなかったよ。千。」

廊下を歩く俺の背中から苦手な声がした。

「ゲッ…。姉さん…。」

「ここでは理事長と呼べばか者。そして私はお前の姉でもなんでもないって、何回言えばわかるのだ。」

「いいじゃねぇか。姉御みたいな雰囲気なんだし。」

苦手な声の持ち主はこの、私立第1魔術高等学校の理事長を務める常闇センだ。そう、俺と同じ名前なのに俺のことを千と呼ぶ。恥ずかしくないのか。この常闇センとは子供の頃からの付き合いで、小さい頃から姉さんと呼ぶような仲である。まぁ実際、本人の言うように血は繋がっていない。

「というよりも、0式を早速使ったようだな。」

「あー…。まぁ、教え子が早々死ぬなんて、目覚め悪いでしょう。」

頭をかき、少し照れながら言った俺の言葉に常闇センは目を見開いて驚いていた。

「ハハハッ!!千が教え子って…!教え子って言った…!」

昔からの仲なのでこの俺が教え子のことを考えてると思うと面白いのだろう。

「うっせ。姉さんが教師にしたんだろ。」

「まぁそうだったな…うん。これは若干花園の影響もあるのだがな。すまない、また巻き込んでしまって。」

「……へいへい。大丈夫ですよーだ。」

悪態をつきながら俺はまた廊下を歩き出す。

その背中を常闇センは心配そうな表情で見つめていた。







花園。

魔術系統とは、煜・炎・水・風・雷・土・闇の7つの基本属性となる。その7つの系統の中で最も強大な力を持つ者がいる。

煜翔寺の姓を持つ者。

炎葬の姓を持つ者。

水嶺の姓を持つ者。

風凱の姓を持つ者。

雷裂の姓を持つ者。

土翳の姓を持つ者。

そして、常闇の姓を持つ者。

その姓を持つ者の当主が集まった、実質この国の魔術において最高権力を誇る集団を人々は「花園」と呼ぶ。













その「花園」には、形というものが、無い。

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