第二十二話 二代目襲名

「うぇええええええええええええええええっ!?」

「え……えっと……」


 耳をろうする悲鳴に似た叫びにかき消されそうなか細い声で、あたしは初めてあたし自身の声で皆に語りかけた。


「こ、これがあたし、真野麻央と言います」

「じ、JS女子小学生じゃないッスか!」


 ち、ちょっとっ!

 そりゃあいろいろと足りない部分あるけどさ!


「ち、中学二年生ですっ! 失礼ですよ、抜丸さんってばっ!」

「す、すんません……い、いやいや! でも……!」


 皆の視線があたしに集まり、じろじろと穴の開くほど見つめられているのが嫌でも分かる。気恥ずかしくなり真っ赤になってもじもじと身をよじっていると、隣から助けの声がかかった。


「成程。しかし先程、私は私で、かつての私ではない、とおっしゃられていたかと思いますが、それは一体……?」

「はい」


 あたしはルュカさんの変わらない優しい声にうなずく。


「皆さんが知っていたアーク・ダイオーンは、あたしのおじいちゃん――真野銀次郎だったみたいなんです。あのですね……この前……死んじゃいました。九十六歳で」

「そう……だったのですね」


 僅かに言葉を詰まらせたルュカさんは中腰になってあたしの目線まで姿勢を低くすると、悲しそうにこう言った。


「それは……本当に残念です。麻央様も、さぞやお辛かったことでしょう」

「はい。大好きなおじいちゃんでしたから」


 あたしは思わず涙ぐみそうになりながらも、まずは皆に説明を続けることにした。


「このVRゴーグルと指輪は、アーク・ダイオーンになるために必要な物だったみたいなんです。最後に銀じいは、あたしにこれを残していきました。すきにしな――そんなメッセージと共に。あたしは銀じいの残してくれたこれが何なのかを知りたくて、偶然にも皆さんの前に姿を見せることになって、あの日、調子に乗ってあんな大それた演説までしてしまって……」

「ふむ」


 ルュカさんは頷いたが、まだ半信半疑のようだ。

 途端に、ざわざわ、と大広間が騒がしくなった。


「た、確かに、最初は興味本位のところもありましたよ? それは否定しませんけど――!」


 あたしは慌てたように必死で訴えた。


「で、でもっ! 皆さんをからかおうだとかだましてやろうだなんて一度も思ってませんから! その場限りの嘘なんて言ったつもりはありません、全部、あたしの本当の気持ちです! だって、皆さんは良い人たちばっかりじゃないですか! それなのに……可哀想です! よっぽど裁かれるべきなのは、正義のフリをした悪の方なのに! 全く分かってない!」


 ふるふる、と首を何度も振って続ける。


「あの官房長官だって大悪党だったじゃないですか! 自業自得です! いい気味! この前もあたしのしん――友達がこう言い出してきて、もう頭に来ちゃって絶賛喧嘩中なんです! だって、正義は必ず正しくて、悪は何処どこまで行っても悪だって言ったんですよ!? ちっとも分かってないんだから! 馬っ鹿みたい!」


 思い出したら途端に言葉がするすると飛び出してきた。


「悪いことするから悪? そんな訳ない! 悪は誰かが決めることじゃないもん! 自分が悪だと心に決めたら悪なんですっ! そう強く思う意志と志でしょ!? なのに、誰かが言ったから、大人が言ったから悪だって決めつけるだなんて、そんなの思考停止です! それこそ悪のすることですっ!」




 しん、と静まり返った後、




「うわっはっはっはっは――!!」


 大広間は弾けたように笑いと歓声に包まれた。




「あ、あれ……? 皆さん、どうしたんです?」


 ぜいぜいと肩で息を継ぎながら、隣で身を折るようにしてくすくすと笑い続けているルュカさんに尋ねると、息も絶え絶えにこう答えてくれた。


「ああ、おかしい! いや、いかにもあの方のお孫さんだなと思いまして……くくく……!」

「そ……そうなんです?」

「いや、まさにアーク・ダイオーン様の名を継ぐ者にふさわしい御言葉だと思いましたよ!」


 少し息を整え、冷静さを取り戻して大広間に集まった皆の顔を一人一人観察すると、どれもこれも楽しそうで、少なくとも怒ったり気分を損ねている訳ではないように思えた。ちょっぴりホッとするあたし。


 徐々に静まりゆく大広間を見つめていたあたしは、改めて皆に向けてこう尋ねた。


「あの……あたし、どうしたらいいんでしょう?」




 なかなか答えは返ってこない。

 隣同士で顔を見合わせ、無言で首をひねっている。




 そこで突然、誰かがこう叫ぶのが聴こえた。


「よっ、二代目! これからもお願いするッス!」


 ぬ、抜丸さん……?

 チャラくないですか、それぇえええ!


「二代目……」

「それは良いかもしれんな」


 やだやだっ!

 このままだと決まっちゃう!


 次々と広がっていく声を阻止しなければ!


「に、二代目って、ヤクザみたいで嫌ですっ!」

「では……お嬢、というのはいかがか?」


 き、鬼人武者さん……?

 それ、あんま変わんないですぅううう!


「お嬢! いいッスね、それ! 決まりッス!」


 決まってない!


「お嬢、可愛い……! そして、可憐だ……!」


 決まってません!

 悪い気はしないけど、駄目ぇえええ!


「お・嬢! はいっ!」

「お・嬢! はいっ!」

「お・嬢! はいっ!」


 あー……これ、決まった流れだわー……。


 大広間を揺るがす「お嬢」コールの中、あたしは曖昧に微笑んで手を振ることしかもうできなかった。


 こうしてあたしは正式に、二代目アーク・ダイオーンになったのだ。






 そして――。


「ち――。俺は認めねえ……認めねえかンな……」


 少しばかり浮かれていたあたしは、そう呟いて大広間を後にする彼らの姿を完璧に見過ごしていたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る