第二十三話 まったくもう
「よっ! 明日っから夏休みだなー!」
ぼすん、と背中を叩かれ、うっ、と
「って、何か疲れた顔してねえ、麻央?」
「べ……べっつにー? つ、疲れてないし?」
嘘である。
ここ数日の『お嬢』コールでへとへとだった。
面倒見の良いルュカさんと共に行動しているあたしに施設内で出会うと、誰彼ともなく満面の笑みで接してくれる。それはいいんだけど……疲れちゃう。
「そ、そんなことより、美孝」
疲れるもう一つの原因。
夏休み前日の重たい通学鞄を、よいしょっ、と担ぎ直してから素っ気なく言い放った。
「早くも浮かれてるのは結構ですけど、夏休みの宿題は早めにやんなさいよ? いつもみたいに最終日近くなって泣きついてくるのはごめんですからね?」
「わ、分かってるっつーの。釘挿すなって」
そのつもりだった、って顔してるのバレバレ。
「休み中、部活だってあるんでしょ?」
「そ、そりゃあ。まあ、ね……」
言いながら、しきりに背後をちらちら気にしている美孝。
また何か企んでいるのもバレバレだ。
「何よ?」
「な、何って。あー……ほ、ほら、アレだよ」
振り返り過ぎだから。
キョドウフシン。
釣られてあたしも振り返ると、見慣れた――いや、しばらくぶりのしょんぼりした顔がそこにあった。
「ご、ご機嫌よう、麻央さん……」
あたしはすぐに返事はせず、きっ、と美孝を睨み付けたが、敵もさる者、下手糞な口笛を吹いて素知らぬ顔をしていた。
「……ったく」
わざとらしく溜息を吐いてから、あたしは言った。
「そんな態度やめて。何だかあたしが苛めてるみたいじゃない。久しぶり、麗。元気?」
「え、ええ……。元気……ではないかもしれません」
麗は強張った笑みを口元に張り付かせてもごもごと呟いた。もう、口調は高飛車お嬢様の癖に、変なところで気が弱いんだから。
「もう怒ってない……っていうのは嘘。まだ、怒ってる。でも、もう良い。気にするの面倒」
「ごめんなさい」
「だから、良いってば」
もう一度だけ溜息を吐いて、あたしは声のトーンを少しだけ跳ね上げた。
「テニス部、地区予選突破だって? 凄いじゃん! 麗はエースでしょ? 今度の県大会は応援に行くつもりだから、次も頑張って、全国目指してよね!」
「え……!」
意外って顔しないでよ。
あたしたち親友なんだから、知ってるに決まってるでしょ。見てるもん。
「え――ええ! 絶対に勝ち抜いて、麻央を全国まで連れて行ってあげますわ!」
「あたしが行くんじゃないんだってば」
麗の腰溜めに握り締められた拳の漢らしさを見て、思わず、くすり、と笑ってしまった。
「でも……嬉しいですわ。やっぱり麻央は優しい」
「にひひっ。惚れんなよー」
テキトーな返事をするあたし。
ようやくぎこちなさが薄れてきた気がする。
と――ついでにやっとくか。
どすっ!
「うえっ! 何で俺、ローキック喰らったの!?」
「そこに油断した美孝がいたからでしょ? 邪魔」
「ひ、ひでえ! 暴力反対!」
必要以上に苦悶の表情を浮かべながらも、美孝はちょっと嬉しそうだった。
ふん、計画どおり、ってこと?
ま、変な趣味じゃないといいけどね。
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