第二十一話 告白します

 そんな調子で何日かかけて、あたしは一通り我が悪の組織、《悪の掟ヴィラン・ルールズ》に属する構成員=怪人たちの部屋を訪問しては話をして、いろいろなことを見聞きした。ちょいちょいメモを取りながらも、全員の名前も顔も特徴も何とか覚えることができた。


「でも……」


 けれど心残りは、やっぱりゴールデン・タウロのことだった。


 自室に戻り一人きりになれた安心感から、普段のあたしの口調で無人の部屋に尋ねてみる。


「タウロはいつも出掛けてるみたいでいないんだよね……。ね、タライさん? タウロが何処に行ってるのか、知ったりするの?」

『――私ノセンサーデモ施設外マデハ探知デキマセン』

「そっか……」


 素っ気ない返答に、はぁ、と溜息を吐くあたし。


『――町ノアチコチニ設置サレテイル監視カメラノハッキング程度ナラ可能デスケド。ソレデモ彼ノ行動ノ全テハ把握デキテイマセンネー』

「ハッキングって……犯罪よ、それ」

『――黙ッテイレバ分カリマセンヨ。ウフフ』


 ホントにAIなのかしら、この人。

 あ、人じゃないのか。


「ね、タライさん? パパに連絡してくれる?」

『――合点承知ノ助』




 ぷっぷっぷっぷ……。




「パパ!」

「やあ、麻央。元気かい? 今日は指輪外してくれたんだね。驚かずに済んだよ」

「ああ、うん。それでね、早速なんだけど――」


 あたしはパパに、今日まで調べたこと、知ったことを一気にまくし立てるように話した。一方的に喋り続けるあたしにパパは嫌そうな顔一つ見せず、ただうんうんとうなずきながら静かに耳を傾けていた。




 最初は、ただの客観的な報告のつもりだった。




 けれど次第に、あの人こんな趣味があるんだよ可愛いよねー、とか、凄い真面目なところがあって感心しちゃった、とか、あたし目線で見た怪人たち――いや、《悪の掟》の大切な仲間たちのありのままの姿を、感じたまま、思うがままに、うきうきと楽し気に話している自分に気付いてしまった。




 だが、そろそろ結論を出さないといけない。




「前、パパに聞いたよね? どうしたらいい、って」

「僕がどう答えるかは分かってるだろ?」


 モニターの中のパパの顔がくしゃりと笑った。


「じゃあ、どれが良いとか駄目とかじゃなくって、あたしがどうしたいかを決めたらいいんだよね? たとえそれがどんなことでも、パパは応援してくれる?」

「もちろん。……あ、犯罪行為だけは駄目だよ?」

「しないってば」


 それは……ちょっぴり不安なところがあるけど。

 もうあたしの心は決まっていた。


「あたしは銀じいじゃない。……今のアーク・ダイオーンはあたしだって告白しようと思う」




 ◆◆◆




 その日――。


 地下に拠点を構える悪の組織、《悪の掟》の大広間には、所属する全ての怪人たち、構成員たちが勢揃いしていた。事前にルュカさんから通達されていたこともあって、欠席者はゼロ。あのゴールデン・タウロの姿もあたしの座っている玉座から確認することができた。


「拝聴! 拝聴!」


 隣に立つルュカさんが、後ろで手を組み、胸を張って高く澄んだ良く通る声で言い放つと、僅かにざわついていた室内が水を打ったように静まり返った。


「これよりアーク・ダイオーン様の御言葉がある! 一同、心して聞くが良い!」


 あたしは静かに掲げた右手を軽く押さえるように下げ、ルュカさんに合図を送って下がらせる。そして、今にも震えて崩れそうな膝を押さえつけながら、ゆっくりと立ち上がった。


「今日は私のために集まってもらい、まずは感謝の言葉を述べたい。本当にありがとう」


 無言で頷き返す面々を見渡し、あたしは続けた。


「この数日間、私は皆の下に通い、皆のことを知ろうと努めた。そして、私は私なりに皆のことを知ることができたと思っている。それは貴重な体験であり、嬉しさと喜びの連続であった。実に……楽しかった」


 どより、と場に笑いがこぼれた。

 そんな今更――そんな気恥ずかしさも手伝っているのだろう。


「抜丸よ。お前は一見軽薄そうに見えて、誰よりも皆が仲良く、楽しく付き合えるようにいつも気を配っているのだな? 鬼人武者よ。お前は武骨で堅苦しく見えてしまいがちだが、根は実に優しく、その上、懸命な努力を地道に続けているひた向きさに、私は心を打たれた――」


 そうやってあたしは一人一人に対して、思ったこと、感じたことを、長い時間をかけて話し続けた。所属する構成員全員に向けて、誰一人欠くことなく、あたしの気持ちを素直に伝えていった。


 もちろん、直接会って話すことは最後までできなかったけれどゴールデン・タウロについても、あの時、助けてもらった少女があたしだということは明かさずに、その時に感じたことを足りない言葉を何とか絞り出すようにして伝えることができたと思う。


 照れ臭そうに隣同士を小突き合っている皆の姿を眺めながら、しばし言葉を切って一息吐いたあたしは静かにこう続けた。


「だが……その感情が徐々に高まり、皆に対して一層の親愛の情が湧くにつれ、私は……皆に対して隠し事をしている自分が許せなくなってしまったのだ。本当に……許して欲しい」

「な、何を仰います、アーク・ダイオーン様!」


 ルュカさんが仰天して悲鳴に似た声を出した。


「御覧ください! 皆一様にアーク・ダイオーン様の御言葉にいたく感銘を受けております!」

「そうではない……そうではないのだ……!」


 あたしは首を振った。

 何度も何度も。


「この私は……私であって、かつての私ではないのだ。それを皆に隠したまま、今もこのように《悪の掟》の大首領、アーク・ダイオーンとして振舞い、こうして皆の信頼と尊敬を勝ち得ている。それは間違ったことなのだ。間違っている。それこそ、私が嫌う……正義の皮を被った悪の所業とも言えよう」

「それは一体――!?」

「………………今、見せてやろう」


 そう告げて、あたしは右手の人差指に嵌めた黒い指輪に手をかけた。




 ――ぶるっ。

 いまさら、怖い、という感情がむくむくと沸き出すのを感じる。




 もし、今目の前にいる敬愛すべき悪の大首領・アーク・ダイオーンが、何処にでもいるただの女子中学生なのだと知ったら、ここにいる彼らはどう思うのだろう。騙された!といきどおり、怒りのままにあたしをバラバラに引き裂いたりするのだろうか。




 ――いいや。

 そんな筈はない。


 あたしはもう知っていた。信じていた。




 彼らは頭のおかしな殺人狂でも犯罪者の集団でもない。ただちょっと見た目が他の人たちと違うだけで、ただちょっと他の人にはできない特殊な能力を持っているだけで、ただちょっと世間の方が彼らを受け入れにくい存在だと思っているだけなのだ。




 勇気を出せ、真野麻央!


 えいっ!




 目を閉じたまま指輪を一気に外すと、大広間は水を打ったように一瞬の静寂に包まれた。




 そして――。



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