第二十話 お宅訪問 その2
次はあの人のところに行ってみようっと。
みーっ。
再びインターフォンを押して名乗る。
「邪魔をするぞ、鬼人武者――私である」
「……しばしご猶予を」
そう返事が聴こえたかと思うと、それほど待たないうちにドアがすらりと開いた。現れたその姿を見て思わず声が出かかったが、ごくり、と呑み込んで別の台詞を口にした。
「た、鍛錬の最中であったか。済まないな」
「い、いえ! むしろお見苦しい姿であることをお詫びしなければならぬのは拙者で――!」
「拙者は、人間の姿に変じている時の方が身も軽く気楽なのです。なので、部屋にいる時はこのような姿でおることが多く……いやはや、お恥ずかしい限り」
「いやいやいや! 構わんとも。大いに結構だ」
鎧甲冑との会談の方が気を遣いそうだもん。
「お茶でも召し上がりますか、我が主?」
「あ、いや――」
あたしは早くもたぽたぽのお腹を気にして手を振った。
「先刻、抜丸の
何だかあたしの言葉遣いまで変になってるけど。
この恰好でトイレに駆け込むのは避けたい。
「して、本日はどのような御用件でしょうか?」
「それはな――」
抜丸さんにしたのと同じ説明をすると、合点がいったとばかりに鬼人武者さんは笑った。
「はは。いかにも我が主らしいですな」
「そうか。うむ」
鬼人武者さんの部屋は抜丸さんの部屋と同じ広さみたい。ただし全面板張りで、まるで剣道場ような殺風景さだった。壁には竹刀と木刀、そして鞘に納められた一対の日本刀がある。どれも鬼人武者さんの立派な体格に見合う長さと太さだ。
「稽古中であったのだろう? よい、続けよ」
「はっ」
ぴしっ、と一礼をすると、鬼人武者さんは木刀を手に取り、再び素振りを始めた。静まり返った道場内に、ずびゅっ!ずびゅっ!と一刀ごとに空気を切り裂く音が、一糸乱れぬリズムで流れる。思わず時間が経つのも忘れて見入ってしまうほどの気迫と熱意だった。
ふう。
と一息つき、床に垂れた汗を丁寧に拭く鬼人武者さんの姿を見て、自然と手を叩く。
「見事。実に見事だ。さすがは鬼人武者である」
「いえいえ、そんな滅相もございません。拙者、馬鹿力と努力くらいしか取り柄がありませんゆえ、そのように手放しでお褒めいただいては、ただただ恥じ入るばかりで……」
「何を謙遜しておる、鬼人武者よ」
あたしは首を振った。
「お前のその力を、我と我が同胞のために惜しむことなく使ってくれるのだろう? その力を磨き極めるため日夜努力を欠かさないお前の姿を見て、誰が恥などと思うものか。むしろ心から誇りに思わねば、な?」
「あ、主……」
その名と見た目にそぐわず情に脆いところがあるらしい鬼人武者さんは、あたしのその科白を耳にすると、ぐっ、と喉の奥で声を詰まらせた。
それにしても――どうしてあたし、こんな難しい科白をすらすらと言えるんだろう?
もしかして、このVRゴーグルにはそういう機能でもあるのかしら?
それとも、銀じいの記憶だけがまだこの中に――。
いやいや、そんな訳、ないか。
きっと、夢中になって観ていた『ユニソルジャー』に登場する悪の組織の大首領、カオス・ダークの科白が頭にこびりついていて、それらしいことを言えているだけなんだよ。きっと。
でも、嘘は言ってない。
全部、あたしの気持ちだ。
「さて鬼人武者、お前に与えた任務の首尾はどうだ?」
「いえ、それがまだ……拙者は備えるばかりの日々ゆえ」
ぽりぽり、と角刈りの頭を掻いて微笑む。
「拙者の場合、出番は真の正義が現れた時ですから。しかしながら、無為に時だけ費やしているのでは皆に申し訳ありませんので、空いた時間には建築現場で日雇いのアルバイトなぞをしております」
「うむ。良い心掛けだな。実に良いではないか」
超似合いそう。お弁当でも作ってあげようかしら……と思いかけたところで今の自分は悪の大首領アーク・ダイオーンであることを思い出す。さすがに気味悪がられちゃうよ、それは。
「安心したぞ。そして、一層心強く思う。その調子で励んでくれ。良いな?」
「はっ!」
あたしはいまだに自分のアバターを見れていないのでどんな表情なのか自分では分からなかったけど、精一杯の笑顔らしきものを浮かべると、鬼人武者さんの部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます