第一部 「最後の警告をしよう」

 一瞬の変身に密かにシュムが眼を丸くして、驚きつつ感心していたのだが、男二人がそのことに気付いた様子はなかった。

 小さく拍手をしてみたが、あえなく無視される。


「何考えてんだ、テメェ!」


 絞め殺しかねない勢いで、カイが男の襟首をつかむ。男は、それでも笑みを浮かべたままだった。

 余裕のある態度が、余計にカイの神経を逆撫さかなでする。


「ああ、君、いたんだ? 小さすぎて気付かなかったよ」

「テメェ…!」

「あー、はいはい。そこらへんでやめとこうね。無事だったんだし。それに多分、今アルを殺しちゃったら、ハーネット家ともめることになるんじゃないかな」


 これ以上手が出る前にと、シュムは溜息を呑み込んで、カイを申し訳程度に押しとどめた。

 力ではかなうはずもないが、十分に意思表示にはなる。応じて、カイが一応勢いを緩める。

 おや、とアルと呼ばれた男が不思議そうな表情をした。


「どうしてわかったんだい?」

「紋章」


 一振りの剣に蛇が巻きついた意匠のカフスボタンを指し示す。


「物によっては出回ってるけど、その細工は違うでしょ。立派すぎる。小間使いが盗むとかってのも、いくつも使ってあって量として難しいだろうから、ハーネット家の内部の人が依頼主か協力者かなんでしょ」

「こんなもので判るとは。やはり君は、僕に相応ふさわしく聡明だ」


 伸ばされた手を、カイを盾にしてするりとかわす。それを好機としてアルに掴みかかろうとしたカイに、「やめなって」と釘を刺すことも忘れない。

 シュムは、うんざりとした目を向けた。


「今まで何回も言ってきたけど、あたしは子どもじゃないんだからね。アルの範疇からは外れてる」

「いや、問題は見掛けだからね。その外見で、子どもでないと言っても意味はないよ」

「そうだったのか…。じゃあ、聡明どうこうって関係ないじゃないか」


 溜息を一つ。

 そして、にっこりと笑いかけた。


「最後の警告をしよう。もしも今度またあんな真似をしたら、再起不能にするよ?」


 さらりとした言葉に、アルはもとより、その必要のないはずのカイまでもが顔を引きつらせた。シュムは、満面の笑みを張りつける。


 本当なら、三日前に言っておくべきだったのだ。

 だがあのときは、突然のことにシュムも気が動転していた。あまり認めたくはないが、事実だ。

 いつ敵対することがあってもおかしくないとは思いながらも、裏切られたように感じたのだ。不意打ちのような真似でなければ、そうでもなかったはずなのだが。

 硬直している二人を放置して、シュムは方々から向けられた視線の先を、軽く見渡した。


「うーん。人目ひいてるなあ」


 目立つオレンジ頭の男に、明らかに貴族の男。付け加えるなら、アルほどではないにしても、カイも見栄えは悪くはない。

 いくら田舎とはいえ、いや、逆に田舎だからこそ、これで注目されない方が不思議だろう。

 向けられる視線が好奇や好意なのを見取って、カイの変身は見られなかったらしいと、その点では胸をで下ろした。見られたら、どんな騒ぎになるか。

 得体えたいの知れないものは、るだけで十分に恐怖や排除の対象となる。

 物足りないからといって、厄介事まで起こす趣味はない。

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