第16話 証言

 放課後、僕はひとり上つなぎ神社の境内に侵入した。といっても正面の鳥居の門をくぐってはいるけど。

 僕にできること。それはつくも神たちに巫女服の行方を知っているか聞くことだ。今の宝物殿には捨てられた物がいる、もし巫女服が自分から出ていったのなら捨てられた物たちが見たという証言を聞きだせるかもしれない。あの目立つ紅白の服なら一度見たら忘れないだろうし。


 宝物殿にはまた鍵がかかっていた。どうやら平日は鍵がされているらしい。御子神のお父さんを探してみようと移動していると、この前花房が入った所と同じ所の窓が半開きで開いていた。そしておあつらえ向きにとばかりに窓に入れるほどの高さがある脚立も傍に置いてあった。

 片づけ忘れかな。この前花房が侵入したばかりだというのに不用心だな。左右を見渡すと境内には誰もいない。


「ごめんなさい。だまって入るけど、巫女服が見つけるためだから」


 宝物殿と本殿それぞれに断りを入れてから、脚立をかけた。祓い串片手に脚立を上り、僕の体が入れるぐらいに窓を全開にする。こんなところ御子神に見られたら前みたいにものすごい剣幕で怒られるところだ。


 もう何度目かとなる宝物殿の中は相変わらずの真っ暗闇。何度入っても慣れない。けど、怖がっちゃだめだ。御子神のためにやらなきゃ。

 祓い串を片手に中の棚を歩き回ると、棚の角にこの間不法投棄された冷蔵庫を発見した。よし、まずはこれから。

 冷蔵庫の上の扉辺りで祓い串をこすりつける。さっそく冷蔵庫からふわぁっと声を上げた。


「ここに連れてこられるまで紅白の巫女服を見かけなかった?」

「知らないよ。もうお役目ごめんとなったんだからもう少し寝かせてくれ」


 とろんと眠たげな声でそう言うと目をつむりまた眠ってしまった。

 だめか、次に行こう。

 とにかく数をこなしていこうと、捨てられた物たちに祓い串を当てていく。


「さあねえ」

「そんな目立つもの、一度見たら忘れないよ。つまり知らないということだ」

「見たことないな。それよりも俺をここから出してくれよ」


 半分宝物殿の半分ぐらい回ったところで僕はその場に座り込んだ。だめだ、巫女服を見たって証言がぜんぜんないや。


「巫女服が外に出ていったのなら、すぐに見つかると思っていたのに………」

「つくも神が自分からここから出ていくことなんてありえないっての」


 そばにあったハンガーラックにつるされていたコートがくるりと向いた。あれ、このコートどこかで見たことがある。最初の時に見たのもあるけど、もっと最近に……そうだ! 土曜日に見た写真で、御子神のお母さんが着ていたコートだ。

 ガサガサと被っているビニール袋をゆらしながらコートが腕を組んだ。


「たしかにあの由緒正しい巫女服のあいつにもつくも神は降りていた。だが俺たちつくも神は霊力の強いこの神社の中でないと力が抜けて動かなくなるんだ。一歩でも外に出たとたんに力が抜けるからな。それよりも遠くだとなおさらだ。自分の力で抜け出すことは絶対ない。俺自身が先代に、よく霊力の弱いところに連れだされたからな」


 ユサも神社の外でつくも神が宿ったけど、ほとんど動けなかった。他の捨てられたものだってここから出ようともしないのは、出ようとしても途中で力尽きるから、誰かに出してほしいと頼んでいるんだ。


「それに、主の証である服は先代が他の人に預けているはずだ」


 思いがけないところから巫女服のとこが飛び出し、僕は驚いた。


「誰かにって、誰に!? 巫女服がどこにあるのか知っているの?」

「いや場所までは知らん」


 即答で返されて、へなへなとその場でへたり込んだ。せっかく巫女服が見つかったと思ったのに、場所がわからないだなんて。しかし変だ。いくら場所を知らなくても巫女服をなくしたうわさが流れるはずはない。


「じゃあなんで巫女服をなくしたなんて話が広まっているのさ」

「皆には伝えた。だがここから遠くにある所まで先代が行ったから、力が弱まっておぼろげにしか覚えてなくて。それが真実か疑わしいく思っている連中がいる。まったく物の言うことをそんなに信じないものか」


 コートさんはため息混じりにぐちを吐き捨てた。僕がユーレイを見たと言っても信じてもらえなかったみたいだ。でもここにきて証言が見つかったんだ。他に手がかりを見つけないと。


「他に何か思い出せることはない? 場所とか、においとか」

「それをしてどうするんだ」

「御子神がここにもう一度戻ってくるようになる」

「今の主は俺たちを嫌がって入ろうともしないじゃないか。お役目を果たしていた先代を泣かせるということを知らずにいる今の主がだ」


 コートはむっすりと不機嫌な口ぶりで御子神のことを信頼していない。コートさんは御子神のお母さんの持ち物だ。写真でも身にまとっていたぐらいに一番近くでお役目を見ていた。だから今の御子神の態度を気に食わないのかもしれない。

 でも、御子神はつくも神を嫌っていない。稲垣のグローブの時も、ユサの時も付喪神が望むことのために動いてくれた。


「来るよ。御子神はみんなを嫌っていないよ。御子神はお役目を果たそうと一生けん命に動いている」

「疑わしいな。そもそもなんでお前がそんなことするんだ。たまたま俺たちが見えるだけななのに」


 ぐっと頭を押さえつけられるような感触に襲われた。そう、僕はたまたま御子神の親戚で、たまたま同じクラスで、そのまた偶然でつくも神が見えるだけだ。

 でもその偶然が重なり合って、裁ほうができること、料理が上手いこと、家のことで悩んでいること、笑ったら一番かわいいこと。いっぱい知れた。

 僕は大山のように話がうまくも、稲垣のような肝も据わっていないけど、誰かのために役立ちたいんだ。


「僕は、御子神の親戚だし。御子神は大事な人だから、その人のために役に立ちたいんだ。つくも神だって、持ち主のために一生けん命になることあるでしょ」

「……本当に主様は来るんだろうな」

「うん」

「俺が覚えていることは、冬のことだ。先代が巫女服を入れた袋を携えて、揺れる巨大な箱の中に入った」

「それから?」

「そこからがあやふやで。けど神社に戻る前に、手袋とは違う紙切れのようなものを入れてたな。まだ俺の中にあるはずだが」


 被っていたビニール袋をめくり上げてコートの中を探る。すると、右のポケットの中に紙切れが入っていた。


 『預り証 着物仕立て専門店コマキ 担当和裁士:小巻ユキ子 住所:――』


 預り証だ! 住所も書いてある。これで巫女服が見つかるぞ。


「ありがとうコートさん。絶対に御子神を連れてくるから」

「期待しないでおく」


 これで御子神が喜ぶと興奮のあまりろくに前を見ず、暗闇棚に頭を何度もぶつけた。おまけにまだろくに片づけが終わっていなく、床に転がっていた掃除機やらに足を引っかけてしまった。

 鏡を見なくてもわかるぐらいひどい状態だ。早く巫女服を取りに行かないととはやる気持ちが勝って気にしていられなかった。

 宝物殿から出て、石段を下りるときだった。御子神を神社の石段の手前で見つけた。


「お父さんごめんな……って深山君?」


 どたどたと石段を駆けおりて御子神の手を引いた。


「行こう!」

「えっ、どこに行くの!?」

「お母さんの巫女服が見つかったんだ!」

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