第15話 親戚の僕ができること
次の週の月曜日。いつもより遅い時間で学校に到着したが、教室のドアに手をかけるのをためらった。
入りづらい。苦しんでいるのに軽々しくほめて、怒らせてしまったから顔を合わせずらい。
このまま帰るわけにもいかないからそっと教室をのぞき、どうか御子神が来てませんようにとやましい祈りを込めてドアを開けた。
御子神は来ていた。そこまではいい、けど話をしているのが稲垣なのが問題だ! いつもそりが合わないはずの御子神と稲垣が、面と向かって険悪な様子もなく話している。
一体何を話しているんだろう……
そのまま教室には入らずに、聞き耳を立てて二人の話を聞こうとした。しかし、周りの話し声がうるさくて二人の会話が聞き取れない。稲垣が明るく楽し気に身振りを大きくしながら話す一方、御子神はだんだんと首が垂れさがっていて話の流れとしてはよろしくない様子だ。
予鈴が鳴り、稲垣が席から離れると御子神は暗い表情のまま机と向き合っていた。何か悲しませるようなことをされたのかな。でも稲垣がそんな風にしていた様子はなかったけどなぁ。
唐突に、僕の後からやってきたクラスメイトがドアを思いっきり開けて、ドアに寄りかかっていた僕は教室に転がり込んでしまった。派手な登校で教室のみんなが一斉に振り向いた。その中には御子神も含まれている。
ああもう恥ずかしい。
「大丈夫深山君?」
「うん平気」
「昨日は取り乱してごめん」
意外な反応で僕は困惑した。嫌われいるから無視されるのではと思っていたんだけど、こうして僕を心配して寄ってきている。心配しすぎだったのかな。
「僕も軽はずみで言ってしまったから。あのさ稲垣と何話してたの?」
「……深山君に言ってもわからないから」
つんとそう言い残し、自分の席に帰っていった。なんだか前までのクールでそっけない御子神に戻ったみたいだ。言ってもわからないってどういうことなんだ。
「深山いつまでそこにいるんだ。早くランドセルを置いて席に着きなさい」
いつの間にか先生がやってきて、またもクラスのみんなにさらされた。
一時間目の授業中、先生が黒板に算数の文章問題を書いている間こっそりノートの端を切ってメモを書く。御子神が何を話していたのかそれを知りたい。僕は掃除ぐらいしか取り柄はないけど、あんな苦しむ姿を見てしまった以上何か力になりたい。そのためにはボスの稲垣にさっきの話を聞くしかない。
カツカツと先生のチョークが鳴る音が響く中、折りたたんだ切れ端を前の席の子に渡す。
「これ、稲垣に渡してくれない?」
前の席の子はこくりとだまってうなずいて紙を受け取った。先生の目をかいくぐりながら、稲垣への手紙がリレーで渡されていく。
ちらりとろうか側の席で上の空になっている稲垣を見ると、まだ手紙に気づいていない。稲垣は素直に話してくれるだろうか。いつも僕のことを下に見ているのに、急にお願い事だなんて聞いてくれるか不安だ。そして手紙が稲垣の前の席の子から回されると、ぎろっと稲垣の目が僕に向いた。
神様、仏様、つくも神様。どうか稲垣が話してくれますように……
ところが稲垣はクシャッと僕の手紙を手の中に丸め込んだ。ああ、だめだったか。
「えー、次のところだが。これを……」
ちょうどそのタイミングで先生が黒板から離れた。やっぱり稲垣に聞くのは無理だったんだ。
意気消沈しているとまた先生が黒板に向かう。するとさっき手紙を渡してくれた前の席の子から僕のとは違う小さな紙片が回ってきた。
「稲垣から」
え! さっき手紙を握りつぶしたのに?
もしかして先生に見つからないようにわざと手紙をつぶしたのかな。再び先生がこちらを向く前に、中を開く。
『この前のグローブの礼だ。着物を扱ってる店を知らないか聞いてきた。俺はそれに関してはまったく知らないといったら落ち込んでいた。なんで着物なのかはよくわからない』
もしも僕が御子神のお父さんからあの話を聞いていなかったら僕もわからなかっただろう。御子神は、巫女服を探しているんだ。
***
お昼休み、またも教室に居づらくなったので親戚バレした時に掃除した一階のろうかでまた一人ぞうきん片手に今度は窓の汚れを落としていた。
御子神はあきらめていない。どこかに巫女服があるはずなんだと探している。でもこの辺で和服を扱っているお店なんて聞いたことがない。それを見越して稲垣に聞いたけど結局わからなかった。
一緒に探そうとしようにも、今の御子神は僕に冷たいしどうすれば……ん、このパターンどこかで見覚えが。
と僕が予感した通り大山が階段を滑り降りるようにやってきた。
「霊和またこんなところに来てる。どうしたの? もう今日一日元気出ませんな顔して。今日の給食がレーズンパンだったから?」
「僕がレーズンパン嫌いなのよく知っているね。今日御子神が稲垣と話しているのを見てさ」
階段の手すりにひじを置いていた大山がずるりと滑らせ、危うく階段から転倒しかけた。トンと猫が高いところからきれいに着地するように踊り場に降り立つと深刻な表情をのぞかせる。
「どうしよう。今日かさ持ってきていなんだよね」
「そんなに大ごと?」
「これは天変地異の前触れぐらいのことだよ。みみみけっこうドライだから、周りを巻き込む稲垣とは相性がぜんぜんよくないからね……っとその顔はみみみに何かあったようですな」
「また出ていた?」
「出てる出てる。今朝の派手な登校の時にみみみといた時にしていたのと同じ顔つきだから」
名探偵もとい名刑事大山の手にかかれば造作もないことらしい。
ぞうきんを持っていた手を止めて、大山にこの間の件を話し始めた。
「御子神は家のことをしっかりやって立派だよって言ったら怒らせてしまったんだ。自分は全然できていないの一点張りで、ちょっとほこりが残っているのも許していないんだ。今も探し物を一人でしようとしていて、僕には話してもくれなくて……僕は何もしない方がいいのかな」
つくも神を管理する役目も、家のこともお母さんみたいに完璧にできてない重圧が、御子神を苦しめている。それでも御子神は必死になっている。行方がわからない消えた巫女服を探そうとしているのもそれだ。
御子神は一人で抱え込みすぎている。何とかしたいけど、また嫌われてしまったらと思うと動けなくなる。
うんうんと話を聞いていた大山が突然、バシンと僕の肩をがっしりとつかんだ。
「霊和はぜんっぜん悪くない!」
「本当に?」
「がんばり認められてうれしくない子はいないよ。霊和だってみみみに掃除が上手いってほめられて悪い気分じゃなかったでしょ」
その通りだ。日頃掃除しているから掃除大臣とか変なあだ名つけられて嫌だった。けど初めて、それも僕が心中で気持ちを寄せていた御子神からほめられて胸の奥がほわっと温かくなった。
誰かのために掃除をしたい、御子神のために、つくも神のために動きたい。だからあの日暗くて怖い宝物殿に入ったんだ。御子神が喜ぶと思って。
「いやもう、みみみ責任感重すぎだって。私なんて掃除機かけてって頼まれたら四角い角を丸く拭く人がいるなんて初めてだなんて怒られちゃったもの。それに比べたらちょっと掃除のやり残しなんて気にしすぎ」
掃除の時間に適当にしすぎてゴミが残っているのに帰ってしまう大山が言うのは何だけど。確かに気にしすぎだという大山の主張もわからなくもない。
「僕は、どうすればいいのかな」
「もっとドーンと踏み込んじゃいなよ。せっかくの親戚ポジションなんだから」
「そんなことしていいの?」
「親戚だから踏み込める領域もあると思うの。私は友達という区分だからあまり家のこととか踏み込んだら失礼になるもの。大きなお世話と言ったらそれまでだけど、誰かのためにやるのは悪いことじゃない。怖がらずに行っちゃえ」
ポンポンと僕を応援するよう、背中を軽く叩いた。こういう時大山の存在は心強い。いつもふざけている感じなのに、重たい話には真剣に乗ってくれる。でも返してくれる言葉はいつもの調子。
前に花房が「大山はからかったりするが、人のことを笑ったりしない」とはこういうことなんだ。
「大山はさ、頼りになるよね。勘違いもするけど、人の気持ちを察して、相談にも真剣に聞いてくれて」
本当に大山は不思議だ。
僕がほめると、大山は胸を張って鼻息を鳴らした。
「ふふん。私は頼れるお姉さんを目指しているんだよね。普段はおどけもの、でも人の悩みを解決するカッコイイお姉さんポジション。でもみみみがうらやましいなぁ、こんなに大事に思ってくれる親戚ポジションの男の子が隣にいて」
「花房はそんなことないの?」
「ははは、どっちかっていうと口酸っぱく言われる立場だね。この間も塾にカバン置き忘れてさ、私のカバンおっきなクマさんのフィギュアを付けていたから塾のクラスの子に届けてもらった助かったんだけど、花房ったらお前はルーズだとか怒られてさ。こっちも実友のプッツンを抑えるのに必死なのにね、もうちょっとやさしくされてほしいよ」
「ん~それは大山がしっかりしないとダメだと思うけど」
と僕はさっきの話を聞いてあることを思いついた。
本当に大山さまさまだ。
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