第14話 当主失格
家でも学校でも氷みたいにクールだった御子神、それがつくも神が投げかけた言葉で触ったら壊れそうな
「宝物殿のつくも神が嫌いなの?」
「違う。つくも神様をちゃんと管理できるのか怖いの。何度も入ろうと試みるんだけど、宝物殿の前に立つたびに足がすくんで」
「でもさっきは入ったじゃないか」
「あれは……たまたまだから」
言葉を濁しつつ、未だに小さく縮こまる御子神。
僕は大丈夫だよと言っていいのかいいのか迷った。たった一週間でつくも神のことを知ったばかりで御子神ともやっと話せたばかりなのに、軽率に自信を持ってと言ってもいいのか。
ううん。これは大事なことなんだ。御子神をこのままにしてはおけない。
「御子神は家事だってできるし、物の扱いだって上手じゃない。僕より気が強いんだから立派に管理できるよ」
僕は正直に答えたつもりだった。けど返ってきたのは、ビリビリと雷が落ちたように叫ぶ御子神の拒絶だった。
「やめてよ! この間の事件だって私が本当は入らないといけないはずなのはわかっていた。でも結局深山君に頼ってしまった。自分のことだからわかっているもの。お役目も満足にこなせない、家のことも完璧にできていない。立派じゃないよ私は」
「御子神……」
わめき叫ぶ声を前にして僕は御子神の名前をつぶやくしかできなかった。そしてお父さんがさい銭箱の後ろにいる僕らを発見し、御子神を家にへと連れて行った。
ぼうぜんと立ちつくす僕に残ったのは、間違った選択をした後悔だけしかなかった。
***
ひとりぽつんと本殿の階段でうなだれる僕。こうしていても無駄に時間を過ごしているだけなのに、こうするほかないから虚しくなってくる。
だめだなぁ。御子神を応援するどころか怒らせるだなんて……御子神はしっかりしているから大丈夫だと思い込んでいた。実際は深刻なほど思い悩んでいた。前に部屋に入ったときに見た掃除のやり残し、御子神はそれを深刻に受け止めていたんだ。
でも他にどうすればよかったんだろう。
反省しつつもいい考えが浮かないまま、御子神のお父さんが戻ってきた。
「深谷君落ち込んでいるね」
「御子神は」
「興奮している状態だったから、少し自分の部屋で寝かしつけておいたよ。美羽もここ一週間、不法投棄のことなどで忙しかったから少し休ませたほうがいい。深山君も今日明日は家に帰ってゆっくり休んでくれ。宝物殿の掃除は私がするから」
お父さんのやさしい気づかいを受けたが、僕は立ち上がらなかった。
「御子神は、自分でもわかっているのにどうして宝物殿に入れないんですか」
するとお父さんは「少し待ってて」と本殿の中に入っていった。しばらくして一冊の本を手にして戻ってきた。
本の中はアルバムで、取り出した一枚の写真を渡した。それには小さい頃の御子神と黒いコートをはおった女性が宝物殿の前で撮られたものだ。二人はとても仲良さそうに元気いっぱい笑っていた。
「昔は美羽も宝物殿に入って、つくも神様と話しをしていたんだ」
「でも入るのが怖いってさっき」
「家内がいる時にはね。家内がつくも神様と話していると安心してつくも神様と話せるらしかったんだ」
懐かしむお父さんの横顔を見ながら、ようやく理解した。お父さんも御子神も管理できなかった時期、誰がつくも神を管理していたのか。御子神のお母さんだ。それが去年亡くなり、つくも神が見える御子神に回ってきた。
でも不安なんだ。僕がユーレイに出会ったらどうしようと同じぐらいに怖くて、震えて、怖気づいて。自分が立派にお母さんの跡を継げるのか。重圧に押しつぶされて。
家事もできないって泣いていた。どうすれば、御子神は自信を持ってくれるのだろう。
「そういえば、女の主の証をなくしたとつくも神が言ったけど、証ってなんですか?」
「御子神家の女の主が代々着る
写真には色鮮やかな紅白が映える大人用の巫女服を小さな御子神が袖をぶらぶらさせて、今では考えられないほどむじゃきに喜んでいる。両隣には御子神の両親がそれを見て笑っている。本当に幸せそうだ。
「ふだん家内が持っていんだが、去年事故で亡くなった後、遺品を整理していたら巫女服が見当たらなくなくて。ちょっとズボラなところがあるけど、あの巫女服をなくすはずはないと家中探し回ったけど見つからなくて。前に美羽がこっそり巫女服があった場所の前で、自分に着る資格がないから巫女服のつくも神様が自分から出ていったとつぶやいているのを聞いたんだ。おそらくそれも原因の一つかもしれない」
「そんなことあるんですか?」
「見えない私には……はっきりと断言できないんだ」
お父さんが悲しい顔でつぶやいた。代々の主が着る服なら歴史が古く、つくも神が降りているかもしれない。それが勝手に逃げ出さないなんて僕も断言できない。
もしその巫女服が見つかれば御子神に自信がつけるのだけど、手がかりがまったくない状態では探しようもない。僕にできることは、本当にないのかな……
トボトボと家に帰ると、僕は布団を被った。御子神が苦しんでいるのにのんきに遊んでいると罪悪感に潰されそうで、テレビもゲームも手を付ける気が起きなかった。まだ寝ている方がましだった。
けれど布団を被っていても眠れなかった。御子神がとりみだした姿が何度も頭の中でループ再生される。映像を振り払って、羊を数える代わりにおじいちゃんの三ヶ条をくり返してつぶやく。たまにこれをつぶやくといつのまにか眠ってしまうから、三ヶ条は羊よりも眠りに落ちやすい。
「三ヶ条其之一『物は常に清潔に』三ヶ条其ノ二『物を粗末にしない、勝手に捨てない』三ヶ条其ノ三「道具とは、愛と信念を持って接すること」」
何度も呪文のように唱えてくるとまぶたが重くなってくる。うつらうつらとなって、三ヶ条を唱えるのを止めてしまった。止まると同時に他のことも頭に浮かんでしまった。
だめだだめだ。もう一回。
「三ヶ条其之一『物は常に清潔に』」
つくも神たちあのままでいいのかな。
あの宝物殿だんだん物が増えて狭くなるし、ほこりまみれになりたくないはずだ。柱時計さんが御子神を心配しているように、他のつくも神たちも主が戻ってきてほしいと願う物だっているはずだ。
「三ヶ条其ノ二『物を粗末にしない、勝手に捨てない』」
御子神のお母さん、つくも神を管理していたのなら簡単に巫女服を捨てたり、紛失するはずはない。どこかに置いているかもしれない。
三ヶ条と考え事が混ざって、交互にくりかえすようになる。
「愛と信念を持って接すること」」
僕は嫌われたのかな。下手に元気づけようとして御子神を怒らせてしまった。でも、僕が言ったのは本当のことだ。
お母さんがいないのに家の手伝いをしている。僕の掃除は必要だからやっているわけじゃない、趣味のようなものだ。必要だから料理もする。掃除もする。つくも神の管理もする。誰の目からでも立派なはずだ。けれど完璧でないといけない、御子神はその重圧に押しつぶされそうになっている。
本当にそこまでしないといけないのかな。
僕にできることは…………
この考え事をしている最中に、僕は深い眠りについてしまった。
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