第8話 さっちゃんはね。

 今朝のきょうはく状が送られて以降学校の中で不意打ちにあわないかびくびくしていた。なんでぬいぐるみのことでおどされないといけないのかわからない。

 きょうはく状のことは御子神はないしょにしよう。もしもきょうはく状のことを話したら、怖がってしまうかもしれない。

 で、きょうはく状以外の成果といえば……


「今日の収穫ぜろだった」

「やっぱりそう簡単に見つかるわけはないよね」


 帰り道で成果を伝えると御子神がかくんと少し首を落とした。御子神の方の反応からみてもそっちもいい情報が入らなかったみたい。

 帰りに上つなぎ神社でぬいぐるみの写真を撮る約束だから御子神といっしょだ。


「今日はクラスの人を中心に聞いて回ったけど、さっちゃんという人は聞いたことないみたい」

「もしかしたら、五年生の人にはいないかも。低学年の子が持っている可能性もあるし」


 御子神はそう考えるものの、あのきょうはく状がなければ五年生の中に持ち主がいる可能性がまだある。席を外してからそんなに時間が経っていないのにあれを入れられたのだから持ち主、もしくはその知り合いは僕らのクラスの中にいる可能性が高い。


「明日もう一度みんなに写真を見せて聞き込みをしたらどうかな。見せたら反応が違うと思うし」

「そうだね。まずはユサの写真を見せてもいいかも」


 神社の社務所に昨日ぶりに入る。ユサは二階の御子神の部屋にあるというのでついていきながら改めて中を見ると、外は和風建築なのに中はフローリングと見た目と異なる。

 二階に上がると、ここも同じく洋式のフローリングで敷き詰められている。女の子の部屋といえばファンシーなグッズが所せましと思っていたけど、そういう感じはなくさっぱりと涼し気な感じだ。


「あんまり私の部屋じろじろ見ないでよ」

「あっ、ごめん。外と中との見た目が全然違うから珍しくて」


 注意されてしまったが、親戚とはいえ知り合いの部屋となると色々目移りしてしまう。ふと本棚を見ると少女漫画とかも置いてある。神社に関する本も一緒にだけど、女の子の部屋なんだなと感じた。そして御子神が勉強机に置いていたユサを持ってきた。


「さっちゃん見つかった?」

「ユサ、まだつくも神になっているんだ」

「霊力の強い境内にいるから、効力が切れないよ。宝物殿のつくも神様も境内から出るとしばらくしたら消えてしまうから」

「ねえ、さっちゃんは?」

「ごめんねユサ。まだ見つからない」


 しゅんとユサの垂れていない耳が垂れる。悲しそうな表情を見せるユサをみかねてユサの頭に手を乗せる。


「大丈夫だよ。きっと見つかるから」

「ほんと?」

「うん。深山君も私もさっちゃんを必ず探してあげる。それに」


 御子神の励ましにユサは明るさを取り戻した。けど僕はそれに同意できなかった。きょうはく状にユサを探さないように書かれていたということは、ユサが戻ってきてほしくないということが考えられる。

 でもユサは、さっちゃんのお母さんに勝手に捨てられたと証言している。もしかしたら、別の誰かがユサが戻ってくるのをじゃましているのかもしれない。

 うん。きっとそうだ。そうでないと、ユサがかわいそうだ。


 パシャリと御子神が携帯で写真を撮った音が聞こえた。


「これでユサの写真をみんなに見せてくるからね。他にさっちゃんがどんな人か特徴とか憶えていない?」

「さっちゃんはね。夜はいつも勉強疲れたって帰ってはわたしをぎゅっと抱きしめるのが好きなの。それでねそれでね、朝は行ってきますを行って学校に行ってね」


 なんだか仕事から帰ってくるお父さんみたいだ。

 あれこれとさっちゃんの特徴を伝えようとユサはけん命に言うけど、具体的なことが伝わってこない。やっぱり目が見えていなかったのが致命的だな。そしてしゃべり終えるとそのままこくんと首を傾けて寝てしまった。


「つくも神が消えたのかな?」

「疲れて眠っているだけだと思う。動いたりするとつくも神様も疲れるから仮眠を取るから」

「ずっとさっちゃんのこと待っていたから疲れたのかも。でもどういう人なのか結局わからなかったね」

「ううん、一つだけ分かった。夜遅くまで勉強して帰ってきたということは、さっちゃんは塾とか習い事に行っている子ね。そこまで絞り込めたのは何よりね」


 塾の生徒か。うちクラスで塾に通っている人は限られるからだいぶ絞り込めるな。うん、大きな前進だ。

 眠っているユサをさわさわ触ってみると、ゆびの先までしっかりと受け止める柔らかいの感触が広がる。少し抱きしめるだけでじんわりと奥の方から温かくなる。さっちゃんも抱きしめるのもうなずける。

 と、布のすき間からにょきっと綿が飛び出してしまった。


「わっ、綿が出ちゃった。これじゃユサこのままだと洗濯機に入れられそうにないな」

「深山君、裁縫得意なの?」

「ごめん。僕、裁ほうだめなんだ」


 掃除に関してはおじいちゃんの指導で覚えたけど、裁縫に関してはまだ小さいから触らせてもらえなかった。五年生になってから教えると言われたけどその前に亡くなったから教えられないまま。

 でも後ろのさけ目をぬわないと出ている綿に水が染み込んじゃう。水を使わない方法もあるけどどっちにしても糸をぬわないとだめだ。


「じゃあ、私がする。お母さんから簡単にだけど裁ほうは教えてもらっているから。ちょっと見せて」


 御子神に渡すと、綿が出ているところやほつれているところをまじまじと見つめる。まるで職人が見ているようなタカのような鋭い目つきだ。


「うん。これなら私でもぬえそう。明日までにぬい直しておくから」


 それを聞いて安心した。御子神が裁ほう得意でよかった。なんだか安心したら小腹が空いたな。夕飯の時間じゃないけど。


「深谷君、もしかしてお腹空いてない?」


 え? なんでわかったの!?

 突然思っていたことを言い当てられて戸惑う僕、けど御子神は次の話に進んでいた。


「お腹は小腹? 大腹? 別腹?」

「何その選択?」

「お腹の空き度合いだけど。小腹が空いたとか、お菓子は別腹とか。すごく空いたときは大腹」


 独特な基準だな。

 この前の掃除大臣のことも褒め言葉のように受け止めていたけど、感性が独特なのかな。僕も掃除を欠かさずするという点では独特なのかも……


 小腹と指定すると、御子神がいったん部屋を出た。そして階下から持ってきたタッパーを開けると、ほわっと蒸気とともにものおいしそうな匂いが鼻に入ってくる。においに誘われるがまま、味が染み込んでそうなサトイモを一つ口にする。


「うん。いけるよこれ」

「よかった。他の人に食べてもらうの初めてだから」

「これ、もしかして御子神がつくったの」

「うん」


 御子神の手作り料理!? 和食だし、たしかに御子神らしい料理だ。そう考えるともっとおいしく感じてくる。たまたま作った物だろうか、次々とにものを口の中に運んでいく。


「深山君は感情が表に出るタイプだよね。おいしいって顔に出ているよ」

「ほんと?」

「うん。さっきもお腹空いたって顔に出てたし、霊園の時も自分が犯人じゃないと全力で違うって否定して。みんなもそれが分ってて深山君を囲って肝試しに参加させたんだよ」


 うう、お化けが怖いのがみんなにバレていたのか。男のくせにお化けが怖いだなんて恥ずかしいよ。

 ぐぅっと顔が熱くなると、御子神が微笑んだ。


「面白いね深山君って」


 僕おかしなこと言った?


「男子っていつも競争競争でピリピリしているからちょっと怖くて。けど、深山君ぜんぜんそんな感じはないから安心する」


 ウチのクラスの男子は稲垣ら運動組や花房とか塾生などの勉強組の二つがあり、日ごろ競争にさらされている。僕はそれに外れたその他組。どこにも属していないから稲垣らのグループの標的にされがちだ。

 御子神の目からしたら近寄りたくないと思ったのだろう。


 けど、こんなことを話すということはもしかして御子神は僕に……

 御子神手製のにものをまた一つ口の中に入れた。甘じょっぱい幸せな味が口に広がった。

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