第6話 宝物殿をお掃除(入り口だけ)
翌日僕は宝物殿の入り口に立っていた。入り口付近には昨日まで積み上がっていた粗大ごみは無くなっていた。昨日のうちに宝物殿の中に運び込まれたのだろう。
御子神たちはまだ来ていない。日曜日だから遅くまで寝ているのかな。でも今のうちにやっちゃおう。
宝物殿には鍵がかかってなく、とびらのすき間から誰も(つくも神も含めて)いないことを確かめると、右手に乾ぶき用を左手に水拭き用のぞうきんを床に置いて、掃除開始!
宝物殿の中はほこりがたまっているから先に床ぶきから。先に掃除機をかけちゃうと床のほこりがまいがってしまうんだ。
掃除は効率大事、先に右手で大まかなほこりを取って、左手で床をふく。これを端から端までいったらぞうきんを入れ替えて床ぶきをするんだ。
床をふいていくと、きれいにふいた跡がひとつの筋が伸びていく。こんな筋ができるほどほこりが積もっていたんだ。こりゃ奥はもっと積もっているな。
どたどたとふいていくと、蔵の入り口の光が届くところでくるっとターン。この先は真っ暗だしまだつくも神がちょっと怖いから、とりあえず明かりが入ってくる入り口だけでも先にきれいにしておこう。
光が届くところまで何往復かして入り口付近の床掃除完了。ほこりも取りやすいように集め終わった。
あとは学校の掃除の時間みたいにほうきで集めたごみを捨てれば完璧だ。御子神がこれを見て、昨日みたいにほめてもらえるかな……なんて。
「おや、昨日の
ほめてくれたのは希望した人でなく、昨日の柱時計さんだった。唐突に僕の前に現れたからおっかなびっくりして腰が落ちてしまった。
「そんなに驚かんでも。昨日のお主がグローブを掃除していたを二階からとくと拝見しておったよ」
そういえば昨日グローブを掃除しているとき、宝物殿の上の窓が開いていた。もしかしてあそこから僕が掃除しているのを見ていたのかな。
「いやぁ。あのグローブ、まだ使えるのにこのままにするのは見過ごせなくて」
「やはり御子神の血に連なる物の守じゃな、物を大事にする性分は変わらん」
性分というか、おじいちゃんから徹底的に教えこまれたのが原因だけどね。
「じゃがこの宝物殿にいる物が本家の者でない人間を受け入れることは難しいぞ。特に今、ややこしいことが起きているしな」
ややこしいこと? それをたずねる前に柱時計さんはコッチコッチと中の振り子を揺らしながら棚によじ登る。
「そうそう、お主に一つ頼みがあってな。こいつは昨日他の捨てられた物と同じく入ってきたのじゃが、声が聞こえるようなんじゃ。一つ話を聞いてやってはくれんか」
柱時計さんは棚に置かれていたうさぎのぬいぐるみを時計の長針で指した。
ぬいぐるみは片耳が垂れていて、触ってみると支えていた糸が取れているようだ。後ろは布のすき間から中の綿が少し飛び出していている。黄ばみはなく洗濯はしているようだ。
「さ……ちゃ。……ちゃん」
ぬいぐるみから声が聞こえた。さすがにもう腰を抜かすことはなかった。
なんで声が聞こえるんだろう。昨日のテレビのように僕の祓い串以外では数日でつくも神にはなれないはずだし。
すると、ぬいぐるみのあごの下に『お焚き上げよろしくお願いいたします』と書かれた一枚の紙がはられていた。
「そこにいるの誰! 大事なもの預かっているんだから出ていってよ」
突然怒号が飛んできた。扉の脇からのぞくと、御子神が懐中電灯片手に昨日稲垣に怒った時よりも鬼の形相でどなっている。
笑った時もそうだけどあんなに怒った御子神は初めてで、まるで僕が悪いことした気分になる。
「出ていきなさい! 警察呼ぶから!」
あわわまずい、御子神に警察を呼ばれる前に、早々に宝物殿から出ていこう。
「僕、深谷だよ。泥棒じゃないよ」
「深谷君。なんでウチの宝物殿に?」
「昨日入ったとき、宝物殿の中ほこりっぽいかったからここきれいにしておかないとと思って。つくも神もきれいな方がいいだろうし」
つくも神のためであるのもそうだけど、本当は御子神にほめてもらいたいのが本音だ。だけどそれを直接本人の前で言うのは恥ずかしいからちょっと嘘をついた。
「別に手伝わなくてもいいのに」
あれ。ありがとうと答えてくれると期待していたら、うれしくない反応が返ってきた。
グローブのときは学校では見かけたことがない笑顔や頼もしさとかがあふれていた。けど、今日はいつも学校で見る冷たくそっけない御子神だ。御子神はそのまま足を本殿の方に向けて帰っていこうとする。
どうしよう、このまま感じが悪いまま終わるのは嫌だ。と持っていたぬいぐるみに目があった。
「御子神、このぬいぐるみなんだけど。これ宝物殿にあったんだけど、声が聞き取りにくくて。それに何か紙がはってあるんだ。なんて書いているかわかる?」
声を上げて引き留めると、御子神は足を止めて振り向いた。宝物殿から下りてさっきの紙を見せると、御子神の表情が険しくなる。それヤバいこと書いてあるのかな。
「ちょっとついてきて。ここじゃ暑いから、涼しいところで話すから」
***
宝物殿とは反対側のお守りを買う場所である社務所の裏に回る。中に入ると、ひんやりとした空気が流れてきた。宝物殿になかった文明の利器のクーラーが入っていて、まるで冷蔵庫の中に入ったみたいだ。さっき蒸し暑い中掃除して汗たっぷりかいたから余計にすずしく感じられる。
御子神曰く、社務所は家も兼ねているそうで、普段はここに住んでいるそうだ。
「このぬいぐるみ、宝物殿にずっとあったものじゃないよね」
「うん。たぶん他の粗大ごみといっしょに捨てられていたものだよ」
ソファーに座り、御子神がぬいぐるみに耳を当てるとまた声が聞こえた。
「さ……ちゃ。……ちゃん」
「目覚めかけのつくも神様ね。前に年月が経った道具にはたましいが宿ると言ったでしょ。宝物殿以外の所でもつくも神は宿ることがあるの。特にぬいぐるみとかは人に一番近くで大切にされるから宿りやすいから」
つまりこのぬいぐるみは野生のつくも神ということなんだ。前に上つなぎ神社の宝物殿は霊力が強いところにある話があったから、宝物殿に居続けたおかげで目覚めたのかもしれない。
「それとこの紙だけど、お焚き上げのお願いね」
「おたきあげ?」
「物を大事にしているとつくも神に怒られると感じて捨てられない人が、神社に頼んで天に返してあげるために燃やすこと」
「つくも神を信じている人っているんだ」
「ここの町の人たちは特にね。でも他の所でもそういう考えを持っている人がいるよ」
つくも神が見えなくても、大切な物にはいると信じている人がいるんだ。
そういえば、お母さんも古いカバンをどうして大切にしているのと聞いたとき、最初の結婚記念日に買ったものだからお父さんとの夫婦のきずなを捨てるみたいだからと置いていたな。稲垣のグローブも持ち主の思い出を覚えていた。物も人も一緒にいた時の思い出を共有しているんだ。
あれ、でもこのぬいぐるみは捨てられていたはずだ。大切な物なのに、つくも神が怒るからお焚き上げするだなんておかしい。
「このぬいぐるみ、捨てられたんだよね。そんなことでもお焚き上げするの?」
「もちろん物を捨てた上でお焚き上げするなんて絶対にしない。物を天に返すことは大事な行事だから、不浄な理由でしたくないもの」
御子神がお焚き上げをしないといってくれたので安心した。
よかった。捨てられたあげくに持ち主から恐れられて燃やされるだなんてかわいそうだ。
「さっちゃ……。さ……ちゃん」
「このぬいぐるみ、持ち主の名前をくりかえしているみたい」
御子神からぬいぐるみを受け取り、耳を当てると「さっちゃん」と人の名前を発している。けど、「さっちゃん」以外の部分が聞き取れない。まだ完全に目覚めていないから声が上手く発せていないんだ。
「これで降ろしてみるね」
僕は机の上に置いていた降魂祓串を持って、ぬいぐるみに近づけた。御子神のお父さんから「自分で持っていなさい」と告げられ、ここに来るときに必要になるかなと思って持ってきていた。
御子神がこくりとうなずき、祓串をぬいぐるみの頭になげた。
ぬいぐるみの目がパチパチとまばたきする。つくも神が完全に降りたんだ。
「ここ、どこ? さっちゃんどこにいるの?」
「上つなぎ神社だよ。さっちゃんって君の持ち主だよね」
幼稚園児ぐらいの女の子の声だったので、僕はていねいに声をかけたつもりだった。
「どこにいるの!? 早く帰らないといないとさっちゃんさみしがっちゃう!!」
ええー! どうしよういきなり泣き出しちゃった。
えんえんと赤んぼうのような泣き声をぬいぐるみが上げて、僕はどうすればいいのかわからず困ってしまった。けど御子神は泣き声にひるまず、ぬいぐるみと同じ目線に体を落として話しかけた。
「あなた持ち主に捨てられたわけじゃないの?」
「うん。私家に居た時は目が見えていなかったけど、さっちゃんが出かけている間に声が聞こえたんだ。さっちゃんのお母さんが、新学期だからもう古いし捨てたほうがいいって。でもさねちゃん、家に帰ったら真っ先に私を抱いて寝るのが好きなの。急にいなくなったらさねちゃんさみしがる」
ようやく事情を聞くことができたけど、しくしくとこの前のグローブのように涙は落ちないけど、本当に涙が出そうなほど悲しい声を上げていた。
そのお母さん勝手すぎる。人のものを勝手に捨てて、さっちゃんもぬいぐるみがなくなってきっと困っているはずだ。一刻も早く探さないと。
御子神も辛い顔を浮かべ、ぬいぐるみを胸の中で抱きしめると、赤ちゃんをあやすようにぬいぐるみの頭をなでた。
「大丈夫だよ。私もさっちゃんを探してあげるから。あなた名前とかつけられている? 名前があれば、その子が探しやすくなるから」
柱時計がいった大事にする性分は御子神の方がきちんと受け継いでいると思う。さっきだってどうすればいいか右往左往していたし、あんな風に物に気持ちを寄りそうこと僕にはできない。
ん? 私も? 僕いつぬいぐるみの持ち主を探そうって言ったっけ?
「私、ユサだよ。さっちゃんにつけてくれた大事な名前」
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