第4話 掃除して見返してやる

「ちくしょう。なんだよ。そんなに新しいのがいいのかよ」


 上つなぎ神社に戻る帰り道、稲垣のグローブはもう泣くのは止まり悔しさを爆発させている。グローブだから水滴は落ちない代わりに、砂がぽろぽろ涙のように落ちていた。


「まだ使えるのにね。でも稲垣君どんなに使ってて言っても断固として受け取らないだろうし」


 そのとおりだ。稲垣はこうと決めたら引かないタイプだ。僕や女子相手に簡単に折れるわけもないし、それでクラスのボスをやっていない。


「なあ、あんた。代わりにおれっちを使ってくれないか。俺っち長年使いこまれて使いやすいし、八面六臂はちめんろっぴの活躍してんだぜ」

「ごめん。僕、運動は苦手だから持っていても宝の持ち腐れになっちゃうと思う」


 グローブはぶすっとふくれてしまった。

 かわいそうだな。今まで使ってきたのに、墓地に置いてきぼりにされて稲垣とまた野球するのうるさいほど待っていたのに、その元気もなくなるほど落ち込んでいる。

 妖怪とかお化けとか苦手だけど、このグローブに何かできることはないかな。


「御子神、道具を持ち主に返す方法とか知らないかな。御子神の家ってそういうことをしているんだろ」

「……違うよ。そもそもウチの宝物殿にある道具は、ある人に渡すためたとか事情があってなくなく預かるはめになった物を保管する場所だから、いらないと捨てられた物を返すことまではしていない」


 そんなぁ。それじゃあ解決する方法がないじゃないか。

 するとまたグローブからポロリと砂が落ちてきた。グローブの涙だ。

 けどなんでこんなに砂がよく落ちるんだろう? 試しに手を入れてみると、手が砂の中に入れたみたいにザラザラとした感触が包み込んだ。

 うぇ、稲垣め全然掃除していないな。よく見ると、外の部分も砂がこびりついてまっ黄色だ。掃除していなきゃずっと汚いままだし、気持ちよくないじゃないか。


 ふとおじいちゃんの三ヶ条其ノ三『道具とは、愛と信念を持って接すること』を思い出した。僕はつくも神とかお化けとはまだ怖いけど、このグローブに何かしてあげたい。だってこれはだから。


「グローブさん、一度稲垣にきれいな形で見てもらおうよ」


***


 固くしぼったぞうきんを指に巻いて砂だらけのグローブにこすりつける。グローブのような革製品はたて方向に入っているからそれに沿って落とさないと。

 ふいた部分を手を放してみると代わりにぞうきんが真っ黒。


「いいねぇ。掃除されると体が軽くなっていくようだ」


 まるでおじいさんが熱いお風呂に入ったみたいにグローブは気持ちよく声を上げていた。

 だいぶ外側の汚れていた砂をきれいに落とすと、本来のグローブの色である茶色の部分が見えてきた。本当はオイルとかでもっときれいにしないといけないんだけど御子神の家にはないから、汚れ落としまでしかできない。


「扇風機持ってきたよ。これで乾かすの?」

「うん。天日干しだとグローブが痛んじゃうから」

 

 皮物は日陰で干して扇風機で乾かせ、でないとぬれた皮がパリパリになって使い物にならなくなっておじいちゃんから教えられたんだ。


「へー、物知り。さすが掃除大臣」

「むぅ、そのあだ名はやめてよ。あんまり好きじゃないんだから」

「ごめん。大臣ってつくものだから深谷君ってみんなから偉い人なのかと思っちゃって」


 全然偉くないよ。総理大臣にひっかけた古典的な言い回しなだけなのに

 御子神がぺこりと謝ると、ポケットからスプレー缶を取り出した。


「これエアダスター。これで中の砂落とせると思う」

「ありがとう」


 もらったスプレー缶を振って、グローブの中に放出!

 けほけほ、ものすっごい砂ぼこり。エアダスターの圧縮された空気が中の砂を吐き出して縁側を黄色い空気がおおった。そしてまたグローブについた砂をぞうきんで落とし、扇風機の前に置いて乾燥にさせる。


「ここまでしてくれてあんがとよ」

「オイルとか他の掃除道具があればもっときれいになれるんだけど」

「いやいやここまでしてくれるだけで十分だっての。きれいになったおれっちを見て、鶴弥がやっぱいるってなったら万々歳ばんばんざい……なんだけどな」


 扇風機の風でグローブの紐が揺れながら語気が弱まり、開いていた目が小さく閉じられていく。


「そんな弱気なことを」

「いんや、いつかあいつの手から離れる日が来るんじゃないかって前から思っていたさ。鶴弥が小さい時からずっと肌身離さず砂まみれになってこの体でボールを捕まえてきたから実際ちょっとガタがきているんだよ。この前の準優勝の祝いで新しいグローブが来て、ああもう引退の時期が近いのかとな。でもさもうちょっと別れってものを考えてくれよなぁ」


 お別れの時期。おじいちゃんからよく言われていた。どんなに大切にしても物はどこかで壊れてしまうから、その時はちゃんとお別れしないといけない。

 おじいちゃんの最期もそうだった。ずっと布団の中で寝ている日々が続き、いつも怖い怖いと恐れていたおじいちゃんが弱っていくのが信じられなくて、おじいちゃんのとなりで泣いてしまっていた。


「人も物もお別れの時期は来るもんだ。終わりが近づくとどうしても弱々しくなってしまう。だから霊和……物はぜっったいに大切にするんじゃ!!」と糸が切れたように亡くなってしまった。


 弱々しく消えるよりも最期に喝! だなんてある意味おじいちゃんらしい最期だった。だから僕の頭の中には怖いおじいちゃんのイメージがずーっと残ってる。

 このグローブだって、墓地で見捨てられていらないと告げられるよりももっと活躍させて、きちんとお別れしたほうがいい。


「深谷君、まだ乾かない? 早くしないと稲垣君帰っちゃうかも」

「まだ余裕はあると思うぜ。今日はダブルヘッダーで二試合あるんだ。まあ格下のチーム相手だからすぐに終わるかもなとか鶴弥は豪語ごうごしていたけど」


 チリーンと扇風機の風で軒下につられていた風鈴が鳴った。時間はもう四時を回っていた。



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