第3話 僕と御子神は親戚同士!?


「もうすぐお父さん来るからもうちょっと待ってて」

「う、うん」


 宝物殿のお化けについて話した後、なぜか神社の本殿へと案内された。御子神が僕のとなりで座ると、ピシッときれいな姿勢な正座だ。そのたたずまいは本当に日本人形みたいだ。


 わざわざ本殿に行くことになってことはまさか、僕には悪いものが見えてしまう能力があるからお払いしたほうがいいってわけじゃ……ただでさえお化けとか苦手なのに、そんなものが見えてしまうなんて絶対いやだ。

 震えるひざの上に汗がぽとりと落ちながら待っていると、御子神のお父さんが歴史の教科書でみた白の狩衣姿で入ってきた。御子神のお父さんは、温和そうな顔立ちで笑った時の御子神とどこか似ていた。


「深谷霊和くんだよね。君の家の家系で家神やがみという珍しい名字はなかった?」

「おじいちゃんがそうでした。家神霊吉やがみれいきち。でも家の中でしか使わなくて、だいたい深山と名乗っていました」


 おじいちゃんの家の名前を伝えると御子神のお父さんは「ああそれで、うちの神社の墓に……」と一人で何か納得していた。


「それと宝物殿のお化けと何か関係あるんですか?」

「お化けじゃなくて。うち神社ではつくも神様を神様としてまつっているの。宝物殿で深山君が見たのがそれ」


 つくも神? 年月が経った道具が妖怪に変化する妖怪のあれ?


「上つなぎ神社は霊力が集まりやすい場所で、道具がつくも神様に変化へんげしやすいんだ。私たちの家は『物の守』というつくも神様になった道具や預けられた道具を管理するのを生業としてしているんだ」


 ここの神社そんないわれがあったんだ。四年生の時に引っ越してきたから町のことよく知らなかった。


「御子神家は江戸時代から代々つくも神が見える一族。そのうちの一人が分家として出て、家名を御子神から家神家と名乗ったそうなんだ。えー、つまり深山君とはうちは親戚関係ということだ」


 御子神と僕が親戚だって!? 四月から一緒のクラスだったのにまったく知らなかった。

 クラスメイトがまさか親戚同士だという事実に御子神も驚いているのかなと思ったけど、表情を一切変えていない。そんなに僕のこと興味ないのかな……


「しかし、つくも神様になるのは何十年も宝物殿に居続けた物だけ。深山君が見たというテレビは数年しか経っていない。それがつくも神様になることはふつうない」


 妖怪とか苦手な僕であるけど、ある程度の知識はある。つくも神は百年ぐらい物持ちが良いものがなる妖怪だ。けどあのテレビは昨日墓地で捨てられていた物でまだ新しい。古いものが特徴のつくも神とはほど遠い。

 すると御子神のお父さんは、僕のすぐそばに置いていたに目を落とした。


「その祓い串を貸してくれないかい?」

「は、はい」


 持っていたはたき、もとい祓い串を渡すと、それを稲垣のグローブに撫でるようにこすりつける。けどグローブには何も起きなく、祓い串もついていた砂がついて白い紙が砂で汚れただけだった。


「深山君、今度は君がグローブにこれで触れてみて」


 言われた通りに今度は僕が祓い串を握り、グローブを紙の部分でなでる。すると、グローブがガタガタと震えたと同時に目と口が出現した。


「うぉーい鶴弥!! 迎えはまだか!! 今日野球の試合だろうが!!」


 本殿全体に響くぐらいのいきのいい大声がグローブから飛び出してきた!

 あまりにも大声で鼓膜がキーンと鳴って僕と御子神は耳を塞いだ。


「うぁ、グローブがしゃべった!」

「急に大声出さないでよ」

「おう、悪い悪い。ここ数日動いていなかったから体がなまっちまってな。で、ここどこだ?」


 キョロキョロとおもちゃみたいな二つの目を動かして本殿を眺めている。これがつくも神なんだ。でも宝物殿にいたのとは違い一切動いていていない。


「美羽、グローブはしゃべってるかい?」

「うん。あまりあまるほどのうるさいぐらいに」


 あれ? あんなにうるさかったのに、聞こえていないの? それに御子神のお父さん、耳を塞いでいない。


「美羽が今見えるということは、この『降魂祓串こうこんはらえぐしは家神の血筋用につくられた神具だね』

「つくも神を降ろす?」

「つくも神が見えるようにすること。道具には長い年月を経てつくも神が宿るものと霊力が強い土地に居座り続けるとつくも神が宿るものがあるの。うちの宝物殿は霊力が一番強い場所にあるからひとりでに魂が宿って、自分から動いたりできるの。このグローブはある程度の年月が経っているけど百年は間違いなく経っていないからつくも神が宿ることはまだない。けどそれで撫でたらつくも神が顕現けんげんするようね」


 なんだかRPGゲームの敵モンスターを手なずけるアイテムみたいだな。

 そうか、つくも神でなかったテレビの上にあった祓串を触ったからテレビがつくも神になったんだ。昨日の肝試しもこれで粗大ごみにさわっていたんだった。だから僕にしか声が聞こえなかったんだ。


「さて、これで一通り説明したわけだけど。深山君にお願いがあるんだけど」


 お父さんが改まって話そうとすると、すぐそばで御子神の冷たい視線がささった。あの……僕なにかしました……?


「実は私は婿養子でこの家に嫁いできたからつくも神は見えないし聞こえないんだ。美羽は見えるのだけど、いろいろあってつくも神様たちの管理ができないんだ。それで深山君につくも神様たちの管理を手伝ってもらえないかな?」


 え、ええええ!? 無理無理。あの中に入ってつくも神の管理だなんて怖くて無理。暗いし、ほこりっぽいし、正体がわかっても物が話すだなんて全然受け入れないよ。


「おいおいおい、なんかそっちで大事な話をしているところ割り込むけどよ。こっちも鶴弥の試合に行かねーとなんないんだよ」

「鶴弥って稲垣のことだよね。というか今日試合だったの!? 一大事じゃん!」

「そーだよ。三時にグラウンドで試合開始なんだって。つか今何時だよ」


 白い壁に掛けてある振り子のついていない時計に目を向けると二時二十分を指していた。

 ヤバイあと四十分だ! すぐに拾って帰る予定だったのに、つくも神の話で時間経っていた。


「すみません、話はあとでお願いします。急がないといけないってグローブが言っていますので」

「そうなのかい。さっきの話のことはじっくり考えていいから」


 祓い串を置いてグローブやバットを腕の中にまとめて運ぼうとする。けど一人では持ち切れなくてコロンボトッと落っことしてしまう。もう一度手にバッドを、腕の中にグローブをはさもうとするけどまた落としてしまう。

 すると御子神が、落としたバットやグローブを拾うと本殿の入り口で靴をはいた。


「私も持っていてあげるから、急ごう」


***


 グラウンドに到着したときには、試合ギリギリの三時前だった。

 すでに稲垣たちはグラウンドにトンボをかけて試合開始を待っていて、相手チームもチラチラとグラウンドに立っている時計台を見ていた。

 僕がグラウンドに下りるや否や、稲垣がトンボを放り捨ててこめかみをひくひくさせて怒っていた。


「深山、遅いぞ。すぐ持ってくると思っていたのに、試合ギリギリに持ってくるなよ」

「ごめん。すぐに終わるはずだったけど色々あって」

「御子神とおしゃべりでもしていたのかよ。一人でお化けだとか騒いでいていいご身分だな」


 お腹のあたりがむかむかしてきた。

 なんだよ。実際にお化けというかつくも神だったけど本当にいたんだから。でもつくも神がいるって証明しようにも御子神の家の血筋の人しか見えないからできしなし、もどかしい。

 すると、御子神が前に出てきてどなった。


「深谷君一人じゃ持てなかったから一緒に持ってただけ。試合に間に合ったんだから怒らなくてもいいでしょ」

「なんだよ。お前には関係ないだろ」

「あそこの霊園ウチの敷地だから盗られないように預かってたの。霊園で肝試しするって言いだしたの稲垣君でしょ。言い出しっぺが責任取らなくてどうするの」


 ふだんあまりしゃべらない御子神の冷てつな言葉に稲垣は真っ黒な顔から少し青ざめていた。御子神が手に持っているバットも相まって鬼に怒られているみたい。

 もし御子神が前に出ていなかったら、稲垣に言われっぱなしでバあkにされていたところだ。

 ありがとうと言うべきところだけど、言い返せない自分が情けなくなる。


「わかったよ。早くみんなの持ちもん渡してやってくれよ。もう時間なんだから」


 時計を見ると、あと五分前だ。

 野球クラブのメンバーがわらわらと自分の野球道具をうばい取り、パンパンとグローブの感触を確かめて白線の前に並び立つ。

 みんな自分の持ち物を取っていったと思ったら、稲垣のグローブだけが僕の手の中に残っていた。


「そのグローブはいらねえから」

「これ、この間の大会まで使っていたのに?」

「新品のグローブがあるんだよ。これが壊れるまで取っておいたんだけど、なかなか壊れなくて機会がなかったんだ。汚いしもういらねえよ」


 左手を上げると、稲垣の手にはピカピカに光る新品の青いグローブがはめられていた。

 ちょっと待って、と口を開く前に審判が試合開始の笛を鳴らしてしまい稲垣は砂けむりをあげて走ってしまった。

 ぐすぐすとすすり泣く音が聞こえた。


「なんだよ。おれっちはお払い箱なのかよ、くそったれ」


 稲垣のグローブが憤りながら泣いている音だった。

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